トップページ | 2004年3月 »

2004.02.28

Microsoftのよくわからん声明

マイクロソフト日本法人が公正取引委員会から立ち入り検査を受けている件で、声明を発表したと言う。
WindowsをメーカにOEM提供する際に、たとえば日米欧の大手家電メーカなどはそれぞれの会社でも大量に特許を持った技術があるため、Windows搭載技術とバッティングする可能性がある。この際に、WindowsのOEM契約では採用メーカ側が「特許を使ってるね」と訴えたりしない、という取り決めをしていたというもの。
今回の声明では、日米欧の法律に照らして問題ないと判断しているが、今後のOEM契約では上記事項を削除する、と発表している。

OSやプラットフォームになるソフトウェアは膨大な技術の集積だし、いつの間にか相手の特許に触れている可能性が高い。そして、その際にいちいち相互確認と契約を進めると、メーカがスムーズに新機種を出荷したり、新OSをサポートしていくことが難しくなるから、確かに商習慣として上記の話はあり得る。
ただ、OEM契約の条件として運営をしてきたなら、それはやりすぎというもんだろう。特許料くらい払うのは当然じゃないのか。
「法を犯していないと確信してる」って、あぁた、それは違うざんしょ。自分たちも多くの特許技術を搭載する以上、相手の特許へのリスペクトはあって然るべきでしょ。
ブラウザ戦争(IE vs Netscape)の頃のように、OSとブラウザを一体化しちゃうのはずるいとかいう話じゃないからな。
よくわからん声明だ。しかも、指摘されたから外します、みたいなタイミングも解せない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.02.25

23日の空

22日、暖かく潤んだ風が吹いて20度を超えたと思いきや、夜には暴風雨となった。
翌23日、北風が湿度と熱を吹き飛ばしていく。午後にはすっかり冬に戻った。
塵と埃が風雨で洗い流された空は、春独特の白い羽衣をとりはらって、スカイブルーが直接見える。太陽が西に向かう中、東の空は淡い青のグラデーションがあまりに精密で、いくら見ていても見飽きない。淡いのに、深い。
帰り、すっかり日が暮れて群青の西に、白金に輝く金星。その下に三日月(実際は四日月くらいか)。暗い天幕の向こうに明かりがあって、そこに穴をあけたように見える星。
東京でもこんな空があるんだ。

24日はまた曖昧な空模様。こうしてゆっくり春になっていく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.02.23

2/22の本館更新

本館の京都ページ、旅日記篇に追加。
2003年夏の旅で訪れた圓通寺。庭園のみの撮影が許可されるようになった(2003年春以前は撮影厳禁、カメラを受付で預ける決まりだった)。その時にデジカメで撮影したもの。
静かな御寺の空気が、少しでも伝われば。

| | コメント (0)

2004.02.21

そんなに簡単に解決?

2/20は歯医者。噛み合わせの調整を昨年から続けている。
ここ数日の忙しさのせいか、ちょっと右顎の蝶番がいやな感じ(カクカクした感じと軽い痛み)。相談すると、口の中を見て奥歯に手を少し当てる。
「ここ、痛いね?」
「あい」(はい、とは言えない)
「こっちもね?」
「あい」
確かにそう、かみすぎて少し奥歯が痛かったのだが、顎ばかり気になっていた。

このあと、驚いたのは、奥歯の歯ぐきや頬の裏側のあたりをマッサージしたこと。そして、首の筋を伸ばすなど、いくつか施術した。なんと、その後には痛みが消えていた。
「どう? 歯ぐきと顎、痛くないでしょ」
「…(びっくり)はい」
いままで他の医者に何度も見てもらって、解決したことがない問題が、こんな形で軽減するとは。このあとで、ゆっくり続けている本格的な治療。
まぁこれは緊急対処であって、根本的な解決はいま続けている治療を通じて直していくんだけど、それにしてもかなり驚いた。
口のマッサージって、うまれて初めてだが、意外に気持ちいい。それに、ひどく酷使しているらしいこともよくわかった。
こんなことを学ぶなんて、ほんとに長生きはしてみるもんです(何いってるんだか>自分)。

| | コメント (0)

あったかいと猫が鈴なり

あったかい。18〜20日の用事の間も、移動が楽で助かった。
近所の梅は満開。時々、すてきな香りが風にのって届く。とはいえ、まだ2月下旬が始まったところ、今日(21日)の関東は暖かすぎかな。

ここんとこ、近所の猫だまりによく猫が出没する。ほんとに寒いと見かけないから、出てくればいくらか過ごしやすいんだろうね。
この猫だまり、自転車やスクーターが何台か停めてある。日の当たる午後は、スクーターのクッションによく猫が丸まってる。最近は、クッションと、足座の両方に猫がいたりする。
猫が鈴なりに成ってるみたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.02.17

18〜20日

18日の早朝から20日の夜まで、移動しながら忙しい状態。
その間、ここと、本館(サイドバーのLINKS参照)の更新はないと思います。
(余裕があれば書くけど。)

| | コメント (0)

まつやでぼーっとするヒト

某所、まつや、午後2時。
遅めの昼食じゃなくて、くっきりはっきり遅い昼食。手早くとろうと、空いていることを確認してから食券を買って、席に着く。
すぐにやってきた丼を一口食って、やっぱり唐辛子をかける。再び丼を手にして、食べつつ何気なく目を前方にやる。
制服着たOLの後ろ姿が見える。パンプスを脱いで、つま先でひっかけて、内股で足ぶらぶらさせて。身体を右によじっているから、右肩が少し上がって、背中が丸まってる。おぼつかない箸使いで、ゆっくり、ゆ〜っくり食べてる。
  肉をつまんで食べて。
  ぼーっとしてる。
  ご飯を口に入れて、もぐもぐ。
  ぼーっ。
  そのままさらに、ぼー〜〜〜っ。
  箸を丼につっこんで。
  なんかしらんがかき回して。
  その間も目は泳いでいるらしい。
  また、ぼーっ。
  箸を口に運んで。
  超ゆっくりで、もぐもぐ。
  ぼー〜〜〜っ。
よっぽど会社で嫌なことがあったのか。単にやる気がないのか。もう今日は社に戻りたくないのか。
私はといえば、その間も機械のように食べ、みそ汁を飲み、また食べる。
急に店が混んできた。あっという間に食べ終わると、お茶を飲んで立ち上がる。OLさん、まだぼーっとしてる。周囲の混雑に気付く様子もなし。周囲も彼女を見てみぬふりしてるようだが、混雑すると殺気立つまつやで、だいじょぶか、まぁ店員がいるか。と思いつつ、私もそのまま外へ出た。

猫を見てると、ぼーっとしてる。ヒトとしてはちょっとつきあいきれないくらい長く。
猫時間って、あのOLのような状態をいうのかと思いかけて、すぐに思い至る。
少なくとも、猫は食べている最中は、あんな風にならない。やっぱりあれは、猫時間じゃない。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2004.02.16

詩人の恋

そうそう、間抜けな話続きで。
今月の群像に掲載されていた、蓮見圭一の短編小説「詩人の恋」。
作者は故あって完全覆面作家ということが話題になったり、支持者がいる一方で「読むに値しない!」と激昂する人がいたり。まぁそんなことはどーでもいい、こういう風にきっかり二分するくらいがまっとうだろうし。
このタイトルを見て、すぐに思いつかなくちゃいけない曲があったのに、話がある程度進んでからやっと気付いた間抜けな自分に、相当悔しかった。(有名な一節、すぐに浮かぶはずなのに。そしておそらく作者は、気付いていることを念頭に書いているだろうに。)
いやまぁ、そんだけ。お勧めか? うーん・・・
蓮見圭一の作品は、ダメな人は絶対ダメだろうし、まぁ気になる向きはお読みくださいとしか言いようがないわな。

ところで、今年の群像の表紙。MAYA MAX MAYA MAXXの猿シリーズ。なんか気合いが感じられていいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

なんで気付かなかった?

トラックバックを受けていたのに、なかなか気付かった。どうした>自分
気付きやすいようにココログの設定を変えてみた(わかるのはオーナーだけですけど)。

そういえば、投稿日時をいちいち変更するの、めんどくさいのでやめにした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

透明な空に金星

14日は急激に暖かくなり、ぼんやりと白い空気に包まれた。と思いきや、春一番に化けた。帰宅したら、洗濯物が吹き飛んでいた。
15日、朝から青く澄んだ空。この色と透明度は冬か? でも、日差しは暖かい。部屋も暖まる。夕方になって買い物に出て、風の冷たさにびっくり。油断して、セーターを薄手のものにしてしまった。マフラーはしてたので、家には戻らずそのままでしのぐ。

帰り、日が沈んだ後の西の空を見上げた。ほんとうに日が延びてきた。金星が白く輝いている。まぶしいくらい。その近くに、飛行機がゆったり旋回している。妙にくっきりして、怖いくらい透明。
案の定、夜はひどく冷え込んできた。まだ2月だ。それにしても、金星が思い浮かんでくる。ほんとうに明るい金色、白金なんだ。それとも、夕焼けの残照のせい?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.02.15

2004/02のコミックビーム

コミックビームを出しているエンターブレインが角川グループに買収されたことを書いた

んで、今月発売のコミックビームは創刊100号だった。スピリッツ本誌より注目のIKKI編集らがお祝いのコメントを寄せている。そして、巻末にO村(編集長)の言葉が出ていた。買収にはびっくりしたけど、みんな落ち着いてる、もっとすごい事件があったんでベスト10にも入らないくらいだ、長期的には影響があるだろうけど、3〜4年くらいの短期的なスパンなら大きな影響はないだろう、角川さんも出版人だし、といった趣旨のコメントが出ていた。
まぁあれだ。とりあえず100号出たし、めでたい、ということだな。今後もがむばっていただきたいです。

「エマ」は今後の展開がいよいよ明確になって、むしろ「どう料理するよ」という状況。ヴィクトリアン・コミックというジャンルができつつある今(ん?)、この作品の行方は大きいぞ。
福島聡「少年少女」、いよいよ次号で完結とか。確かにそろそろそういう時期かもしれない。
ところで、やはり注目は志村貴子「放浪息子」。こういう感じ、あった、あった。と思ったりする。今月の修学旅行なども。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2/14の本館更新

京都ページの観光篇で、醍醐寺周辺の概略を追加。ここは、地下鉄ができる以前に行った際の印象が非常に強く、その頃のイメージが頭に浮かんでくる。だけど、概略解説はきちんと地下鉄についても触れています。

| | コメント (0)

2004.02.13

ガラガラの吉野家を初めて見た

吉野家の前を通り過ぎると、昼前から夜にかけてはほぼ満杯の店が、今日はガラガラだ。まつやの前を通り過ぎると、そこそこ客がいる。
そう牛丼を食う訳ではなく、マクドナルドのハンバーガーを食べると気持ち悪くなるけど(フィレオフィッシュは平気)、吉野家はそんなことないからまっとうなんだろう、くらいに思っていただけの私でさえ、この吉野家ガラ空きには驚いた。
「そんなに吉野家では牛丼しか食わないのか?!」と思うが、吉牛というくらいだから、吉野家に行くということは、牛丼か牛皿を食べることを意味していて、朝定食も他のメニューもはなっから眼中にないんだろうなぁ。(そして、他のどんぶりメニューを先週食ってみたが、あんまりうまくなかった。)

昔、旅先で朝食の店がみつからなくて吉野家に入った時。朝っぱらから牛丼を食う人で沸き返っていた。朝定食を頼んだのは私を含めて3名、カウンターの席はほとんど埋まり、わしわしと牛丼を食いまくる人々。
つまり、大盛りか並みか、つゆだくかねぎだくか、玉もいっちゃうか、ついでにおしんこかサラダもいくか、唐辛子で真っ赤にするかはたまたしょうがで紅くするかいやそんなの邪道じゃないか唐辛子はみそ汁だけにしとけとか、といったことは考えても、まさか他のものを食うとは思わないんだな、きっと。そんで、牛のない吉野家には行かないんだな。

牛丼に思い入れのない私は改めて、牛丼の浸透力の深さに驚いてました。はい、すんません。
暇そうな吉野家では、店員がガラスを磨いたり、机を拭いたり、自動ドアの溝を掃除したりしてました。えらいです。こういう店はつぶれちゃいかんです。がんばっていただきたいものです。オレがたくさん食うかは別だけど。(苦笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

暖かい=花粉

全国の花粉に悩む皆様、いかがお過ごしでしょうか。
本日あたりから、マスクをかける人が目立ってきましたね(東京の場合)。

***

朝のゴミ出しで「あ、来たな」と感じた。部屋に戻ると、ツーッと鼻水が。幼い頃からやってて慣れてるし、一時ほどひどい症状ではない。
でも、外出して帰ってくると、目の回りが少し重い。帰宅後は、すぐに身体をはたいて、洗顔して、うがいをして。当面はこれで乗り切る。今年は花粉が大量でないそうだし。

整体を受けるようになって、以前よりやり過ごしやすくなったように思う。バランスが整うと、身体の中で過敏な反応が減るのだろうか。
ただ、なんだか昨年からリバウンドが大きい。ということは、整えても割合早く戻っちゃうってこと。力んじゃうことで初めて自覚したりする。
不用な力は抜いとこう。でないと、必要なときにきちんと力を出しにくくなる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.02.12

秋葉原から思う東京の変化

ヤマギワソフト館、確かに死傷者はなかったけど、店としての被害は甚大だろう。イベントなどで集客力ある建物だからね。
しかし、このニュースが流れてすぐに「あぁ、最近アキバ、行ってないなぁ」と思い当たる人は(私も含めて)おじさんだ。電気街でなく、オタクの街になってから行かなくなった30代以降のおっさんは多い。

でも、私にとって秋葉原は、最初こそラジオ組み立てキットなどを買う電気街だったけど、むしろレコードを買う街と長く感じていた。ラジオ熱は割合早く冷めて、音楽に関心が向いたから。
1990年頃までは、今のVirgin、Tower Record、HMVのような大規模CDショップは少なかった。1970年代に秋葉原の石丸電気がレコード館を開き、ビルの上から下まで全ジャンルのLPレコードで埋める、というのは画期的だった。オーディオマニアがまだたくさん存在していたし、そういう人たちに機械だけでなくソフトも売るという形態を確立したんじゃなかろうか。私も幼い頃からお世話になった。
その頃はしかし、オーディオ・ブームが去りつつあったんだよな。かつてラジオ少年だったことがあっても、学生オーケストラに所属して、LPレコード以外は見なくなり、マイコン・ブームもほとんど縁がなく通り過ぎた。
そうそう、大学の卒論で実験をやるために、パーツを買いにきたことはあったな(注:私は理系学部ではありません、しかし、心理学では実験をやるんです)。あの頃はまだ16bit CPUが普及していなかった・・・いや、古いな〜。でも、必要なものだけ買ったら、レコードやCD以外の用事で通うことはなかったな。

もう一度、電気街としての秋葉原に戻ってきたのは、社会に出てしばらく経ってからだ。パソコンが32bit CPUを積み、急激に性能を向上させていった。仕事でUNIXをメインに扱うようになり、自分ではMacintoshを購入した。そして、本格的に丁寧に秋葉原を回るようになった。なにしろインターネットなどなく、やっとパソコン通信が普及し始めた頃だ。普段は紙の上で読む論文や情報を、足で稼ぐ情報とつきあわせる。なかなか面白かった。どのメーカーの製品も今のように市場規模が大きくなく、ソフトも店によって品揃えが違うし、海外のニューズペーパーが必ず置いてある店もある(MacWEEKとかPCWEEKなども含めて)。
いまから思うとウソみたいだけど、Web上の日刊紙もなく、技術動向を見据えながら、自分の足と嗅覚でいろんな情報を見ていたんだな、あの街で。

Windows95/98あたりから事情が変わり出し、頻繁には訪れなくなった。単なる情報ならインターネットがあるし、流通網が発達したのであちこちの量販店で何でも買えるようになった。神保町から人が減っていったのも同じ頃だ。
つまり、東京という都市の中での人の流れが変わり出したのだ。
たぶん、六本木ヒルズのような自己完結型都市ビルというのは、この変化の究極の形態なんだろうな。
でも、ゲリラ的に動くアキバのような街があってこそ、あぁした新しい流れを生み出すもとになるんだろうと思う。

ヤマギワソフト館の火事は、なんだかいろんなことを思い出し、また考えてしまった。うーむ、象徴的な出来事のように感じられてしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

秋葉原、ヤマギワソフト館の火事

インターネットではもはや旧聞に属することだけど、朝刊の第1面を飾り、weblogでもあちこちで触れられているこの件。やはりこれは、Akiba情報の老舗であるインプレス「Akiba PC Hotline」の記事にご登場いただくのが一番だろう。
ソフト館はビニール、紙、DVDやCDなど、燃えると煙を出すものばかり。そしてすごいのは、けが人も死人も出なかったこと。これがパーツ屋などがたくさん入った雑居ビルだと、階段に積み荷があってたいへんだったかもしれない。

秋葉原はもともと、秋葉神社からついた地名だ(大火のあと、幕府が火除けのために野原として残し、そこに秋葉神社を祀ったのが始まり)。その意味では、アキハバラよりもアキバのほうが、由来に近い。東京っ子なら親父が「アキバハラ」とつい言っちゃうのを聞いてるかもね。そんな神社、どこにあるかって? 今は移転している。
そして、秋葉神社は火除けの神様。神社そのものは移転していても、人に被害が及ばなかったのは、さすが秋葉神社由来のご利益というところか?

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.02.10

本館の京都ページ

8〜9日と、StudioKenKen 本館にある、京都ページの観光篇を更新。鷹峯コース概略を追加し、大徳寺周辺概略を増補しました。
なんかすごくゆったりしたペースで更新してますが(猫時間だし)、こちらもどうぞ。
サイドバーのLINKSにある「Studio KenKen(本館)」から行けます。

| | コメント (0)

2004.02.08

首都大学東京

東京の新大学構想、首都大学東京という名前になり、学長は西澤潤一博士を迎えるのだそうな。(今回は読売新聞の記事をリンク。)
そうですか、確かに石原都知事の言っていた「みんなが納得するような」人選かもしれない。
でも、やっぱり文学部系授業を排したのは納得いかん。東工大で文学を教えていた江藤淳を引き合いに出すのは妙だが、理学・工学的な考え方をする人々を前にして、文学を語るのはなお重要だろう。西澤学長のような識者を迎えるなら、より論理的に考えるために言語を扱う講座を考えることができるのではないだろうか。
もったいない、あぁもったいないよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

脱力中

2月6日、久々に整体の先生に診ていただく。左右バランスを取り戻し、無用な緊張を脱力の方向へ。みぞおちが柔らかくなって、呼吸が戻ってきた。
2月7日、起床すると、なぜか身体を緊張状態に戻そうとするような空気を嗅ぎ取る。戻る前にと思い、午後は歩く。曇って寒いけど、それでも整体の後だけあって、足がやわらかく地面につき、姿勢がよくなっている。歩くと効果を実感する。

2日間、必要なことだけはやりつつ、脱力中。
あ、文芸誌、チェックしとかないと。

| | コメント (0)

2004.02.05

その人でなければ書けない未熟作?

昨日書いた、須藤真澄「マヤ」のこと。
これにも思わず自分でコメントつけちゃったけど、「雪魚の棲処」が作品集『天国島より』に収録されなかったのも、なんとなくわかる。書きたいことを、あまりにも明確に言葉で押し出してる。『天国島より』の中に並んでいる他の作品は、書きたいことが作品世界自体から漂うようになっているけど、ここまで言葉にしちゃうと、合わなかったんじゃなかろうか。なんというか、若書きを見たというか(おい、失礼な書き方ちゃうか>自分)。

1月、たまさか機会があって小川洋子の「シュガータイム」を読んだ。この作品はまだ読んだことがなかった。芥川賞の受賞前から女性誌マリ・クレールに連載していたもの。小川洋子の作品の中では初期といってよいと思う。
女子大の文学部に通うかおるは、大学4年を迎える春休みに、食欲が止まらなくなる。そして、そのことを日記に詳細に書き記し始める。東京へやって来る小さな弟(身体が成長しない難病にかかっている)航平を迎え、自分はホテルのレストランでバイトを始めてから。そして、かおるの彼氏、吉田さんは性的不能であり、それを知った上でなおかおるはつきあっている。吉田さんの友人の紹介で、精神科医に二人が行き、二度と行かないと話をしていた。
かおるの食欲の変化は、親友の真由子に先に打ち明けられる。そんな折、真由子の発案で、真由子の彼氏、かおる、そして弟の航平に、吉田さんとで、大学野球を見に行くことになる。ところが、吉田さんは来ない、結局野球観戦は吉田さん抜きになる。帰宅後の夜、やっと電話が来たかと思うと、彼はバイクで向かう途中で交通事故に巻き込まれたという。そして、そのときに一緒に乗せていた人に付き添うという。翌朝の新聞記事では、吉田さんが後ろに乗せていたのは女性だったという・・・こうして中盤へと滑り込んでいく話は、大学4年の秋の野球リーグ戦まで続く。興味を持たれたらお読みください、哀しみの昇華を、最近J-POPで流行りのメッセージソングとはまったく違う形で描いている。それに、携帯電話がなかった頃のもどかしい恋愛も、面白いでしょ?
ただ、あれほど徹底的な構成をもって、透徹した文を書く小川洋子にしても、ここではそこまでがっちり固めきれず、脇が甘いと言いたくなってしまう瞬間がある。それは最後、表題の「シュガータイム」を、作中人物が説明してしまうことにも現れている。
ただ、あとがきにある


どんなことがあっても、これだけは物語にしておきたいと願うような何かを、誰でも一つくらいは持っている

から始まって、

この小説はもしかしたら、満足に熟さないで落ちてしまった、固すぎる木の実のようなものかもしれない。それでも、皮の手触りや、小さな丸い形や、青々しい色合いだけでも味わってもらえたらと思う。いずれにしてもこの小説は、わたしがこれから書き進んでゆくうえで、大切な道しるべになるはずだ。

という言葉を読むと、決意して、あえて飛び込んでやってみたような気合いも感じられる。
これもある意味、若書きと見える。だけど、読む価値はあるし、存在自体が胸を打つ面を持っている。
そういう作品も含めて、作者の軌跡だ。

全然違う分野だし比較するものではないが、須藤真澄の「マヤ」に収録されている作品も、同時期の他の作品と比べて完成度で見劣りするものがあったとしても、それが書かれることの意味は感得できるものだ。
そして、こういうものを読んだ時こそ逆に、読書の醍醐味を感じたりする。作品に書かれたテーマを「要するにこの作品はこうだ」と、情報として取り出すのを読書と思っている人にとっては、無駄かもしれないね。
だけど、作者と、その背後の胸/頭/心/世界の広がりは、その作者でなければ書けない未熟な作品に出会った時こそはっきりと感じられたりする。うまくいった作品だけでは得られない、固く青い感じ方の中に、確かにその人ならではの表現が、むしろ裸で差し出されている。こんな風に見えて、感じていたんだと、人の位相の多彩さと深さを思う。少なくとも「あらすじで学ぶ名作」では得られない、楽しいことだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.02.04

ジュンク堂のキケンなコミック売り場

久々にジュンク堂書店本店(東京池袋)の地下、コミック売り場に行ってきた。ここは豊富な品揃えを落ち着いて見ることができるため、たいへんキケン。あっという間に時間が経って、出られなくなる。

なんで行ったのか。須藤真澄の初期短編徹底救済蔵出作品集『マヤ』(創英社・三省堂書店)が、近所の書店で手に入らない。割合コミックの品揃えはあるお店なのだが。注文しようかとも思ったが、一応出たついでに見てみた。
入ってすぐの新刊コーナーに、大量に平積みされていた。早速ゲット。ついでに、他も少し見てみる。

エンターブレインの単行本は確実に増加して、棚の一角を形成している。福島聡と志村貴子が注目株らしく、大きく棚をとっている。志村貴子は棚上方に原画が展示してあった。当然だが、コミックビーム掲載時より線が細やかに出ている。ちょっと目を留めてしまう。
ちなみに、やっぱり近所の本屋で目立つ形で入ってこなかった『モンキー・パトロール』第4巻(有間しのぶ、祥伝社)が、しっかり入ってるなぁ。相変わらず紺野キタのような、目立たないけど確実なファンのいる作家のコーナーもあり。
カラーの原稿が壁に展示されているコーナーあり。入江紀子と松苗あけみの複製原画展(秋田書店からの新刊記念だろう)。しかし、複製原画展って?・・・それはともかく、単行本収録時にはモノクロページになるところが、カラー原寸大で見られるのはうれしかった。気になっていた入江紀子の新刊『フィービーはもういない』もゲット。
ここまで床面積と壁面積があると、こんな企画も常時やれるのかと関心。いやいや、募る思いをふりきって、地下から上がって帰りました、えぇ。

ちなみに、『マヤ』だけど、単行本未収録「雪魚の棲処」(ゆきなのすみか)が収録されている。
名作集『天国島より』(ぱらいそ島より、と読む)に収録された「改造計画」という作品の最後で、予告編だけあって、本編を長らく読めなかったので、朗報なり。この「改造計画」、なかなかネームを仕上げない須藤真澄に、当時の担当がついて回って改造しようとするも・・・という自爆ネタ。その最後で、編集が追い込もうと予告編を書かせたのが、件の「雪魚の棲処」予告編。
『天国島より』は、河出書房新社から最初に出て、長らく絶版状態だったのを、エンターブレインが新装再販した。こちらは今でも手に入るのかしら?あんまり見かけないような気がするけど。この頃の須藤真澄は、作者がある時期にしかかけないような輝きがあるなぁ。

ちなみに、『マヤ』には「うさぎ」という見開き2ページの作品がある。コンピュータのドット絵という特性を逆手に取ったこの作品、少女を見守るうさぎたちのてんこもりが凶悪にかわいい。こういう絵、思いつけないよ。

| | コメント (1) | トラックバック (15)

本館、更新

Studio KenKenの本館、京都ページの観光篇を更新。
黄檗の概略を追加した他、萬福寺を改稿。また、塔頭の宝蔵院の情報も追加。
こういうのもどうぞ、ご覧くださいませ。(サイドバーのLINKSにある「Studio KenKen」です。)

| | コメント (0)

2004.02.03

日付の設定ができるんだね

ココログの場合、記事を出すと、そのタイムスタンプで整理される。
ただ、その日の深夜に一日のことを思い出して書こうとすると、投稿時には翌日になっている。なんとなくペースが狂う。

iBlgというソフトがある。Mac OS Xで動作する、Weblog制御ソフト。カレンダー付きのメーラのような画面に記事を入力していく。これを試した際には、日付を自分で入力できた。

できないのかと思っていると、ココログでもできた。
下書きで一度保存すると、本文入力の下にある「投稿の状態」で、日時へのリンクができる。ここで、日付と時刻を設定できる。
というわけで、一部の記事の日時を設定し直した。以前のペースに戻せるな。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

IE6だと見えるね

初めて数日、デザインをいじってたけど、これで当面は落ち着きそう。元々のStudio KenKen色に近づいたし。

Windows 2000のブラウザもさすがに古すぎるかと、IE 5.5からアップグレードした。表題通り、ココログはIE 6以上だと無事に見えたし、@niftyが公式に確認しているブラウザもIE 6以上。が、世間でも結構5.5のまま使っている人もいるようで、検索すると「IE 5.5で見えないなんて」というココログが結構見つかる。
他にも、いかにココログをカスタマイズするかが、一つのジャンルを形成しているみたいだ。

私はといえば、テクニカルなことに拘泥しないで書くために使っているので、当面は落ち着くつもり。もしも本格的にいじり倒したいなら、Movable Typeを自分でいじってしまうほうがいいし、わざわざココログというお任せキットを使っているわけだから、静かにしていよう。
というか、そう宣言することで、自分への歯止めにするのだ。気になると、調べ始めてしまうから。(苦笑)

| | コメント (0)

節分、立春

晴れそうだという予報は外れて、3日は雨が時々降っていた。

3日は節分、豆まき。4日は立春。
より正確には、立春のポイントは黄道(天球での太陽の通り道)の315度にあたる。本当にそこを通るのは、4日の午後9時少し前とのこと。

立春の頃を境に、クリアな冬の空気から、潤んだ春の空気になっていくのだという(ある写真家の話)。
まだまだ寒いけど、空気に春の気配が混じり始め、昔の人はそれを立春と称したようだ、というのは面白い。関東は空っ風が吹くから、特に強く感じられるのだろう。瀬戸内方面のように温暖なところでは逆に、あまりない現象なのかもしれない。もっとも、昨年から今年にかけてはだいぶズレているように思うが。

木蓮のつぼみがふっくらしている。開花は意外に早いのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.02.02

大学で学ぶこと、大学改革

都立大学の再編成を都がトップダウンで決定した(しかも予備校に相談した)ことが昨年報道された。話題に…あまりならなかったのかしら? ちょっと検索してみても、新聞などの記事はあまり引っかからず、教職員組合の作った問題提起文書などがすぐに見つかる(注:PDFなので、Adobe Reader等のビュアーが必要)。個人的に話をした卒業生も、驚いていた。

都立大学、科学技術大学、短期大学、保健科学大学の4大学を統合し、新大学として発足させる。まぁそのあたりまで聞くと多くの人は「よくある組織改革だろう、企業だって無駄に広げた組織を統廃合でわかりやすくするもんさ」と思う。
今回の統廃合をよく見てみる。都市教養学部(人文系、法学系、経済学系、理工学系)/都市環境学部/システムデザイン学部/保険科学部の4学部となる。大学院も人文・社会系研究科/理工学研究科/都市環境学研究科/システムデザイン学研究科/保険科学研究科である。
人文系の研究には、社会学・教育学・心理学・哲学歴史などはあっても、文学や言語学が入っていない。つまり、それらは取り除かれることになるらしい。

確かに世間で言われることがある。文学部を出ても英語その他の外国語が話せない、文芸批評ができるわけでもない、トリビアの泉みたいな教養があるわけでもない、等々。
でも、文学部って、そういう実用知識を学ぶわけじゃない(トリビアは贅沢な無駄知識ですけど)。そもそも、大学ってそういう側面がある。もちろん役に立つことも学ぶ、しかし、すぐに役立つ訳じゃないことを延々と学ぶものだ。

世間では実用的と思われがちな理工系学部、たとえば、情報処理学などでコンピュータを専攻したとする。大学で学んだプログラミングは会社に入ってすぐに役立つのか。そうではない。じゃぁ、大学はしょぼいことを研究と称してやっていて、まっとうなことを教えていないのか。そうでもない。
一般企業では、たとえばWindows上で動く業務システムをすぐに開発できるか、といったことが実用知識になる。ところが、技術にも流行り廃りがある。Windows単体で処理できるものから、UNIXサーバとの連携が必要になり、さらにサーバを自前で持つための知識が必要になり、次はJavaをサーバで動かしつつクライアントのWindowsはどうするか、今後携帯電話もつなげるぞ、携帯電話のJavaはどうするかなど、次々に変化していく要求に応えなければならない。
そういう時に、コンピュータはどう動くのか、なぜプログラミング言語で記述するのか、その言語を解釈するプログラム(コンパイラ)はどう作るのか、いい設計ってなんなのか、通信がうまく行えるのはそもそもなぜか、プロトコルを設計するってどういうことかなど、技術そのものの背景にある捉え方・考え方を踏まえる習慣がついていれば、上記の要求にも対応できる。
そういった、対象の背景や背後を見抜く力を磨き、学ぶ場が大学だ。

文学部では、じゃぁ、何を学ぶのか。文学作品の批評をしたり、感想文を一生書いているわけではない。人間とは何か、それを主に言語という側面を通じて学ぶ場と言える。哲学も歴史も文学も社会学も心理学もみんな詰まっているのは、言葉というのが人間と他の動物を分つ最大の営為であり、それを踏まえて人間を徹底的に考える場だからだ。本気で学べば、術語から始まって、論文作法やら専門課程の高度な内容やら他の学問との連携やら、いくらでもやることがある。
それこそ、社会に出てすぐに役立つものではないだろう。しかし、社会に出て若年層から中堅層に移り変わった人々が「若い頃、もっと学べばよかったなぁ」と思い、定年退職後にカルチャースクールや市民大学に通う人々がたくさんいるのを見れば、文学部こそつぶしてはならない学部なのではないか。
私個人としても、実用的とは言えない文学、心理学、歴史などの講座を通じて学んだことは、直接の仕事ではなく、コンピュータのシステム作りにおいて人間とはどう反応するかを考える際や、開発時のメンバーの扱いなどに、間接的に活かす程度だった。しかし、後になってみればそれこそが重要なことだった。それに、論文作法をきちんと学べば、企業の中で企画書や報告書を書く時にもすごく役立つものだ。

だいたい、母国語で徹底的に考えることのできない人間が、海外できちんと議論もできるわけがない。これは産業界のカンファレンスなどで海外の人に触れればすぐにわかることだし、私もよく実感している。そういうバックグラウンドを学ぶはずの文学部を、経済的に役立たないからと切り捨てる大学が、本当に改革になるのだろうか。
もっとも、そういうことは旧帝大や一部の私学でやればよく、一般的な大学はもっと役立つことを、ということなのかしら。それでも、言語学や文学をきちんと考える研究科を残さなけりゃ、大学ではなくなってしまう。多くの大学生が、実際に学会やカンファレンス、あるいは仕事で海外に出て、初めて痛感するようでは、むしろ遅い(現在でもそうなのだから)。
改革するなら、学びの中心が若年層だけでなく、社会人や定年退職後の人々をもっとずっと積極的に受け入れるようにするだけでも、かなりいい空気に変わるんじゃないのか。すでに仕事をしている人間が学生に戻り、若い人々に話をするのも意義があることだろう。まだ学ぶ人がいる学問そのものの統廃合を、軽々しく行うもんじゃない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

冷たいと寒いの違い

2月の平日は氷雨であけた。本当に冷たい。少し穏やかに推移していただけに、つらく感じる。

そういえば、中学の国語の授業で「冷たいと寒いの違い」というのを考えさせられた。ちょっと考えて「冷たいというのは身体の一部分や表面で低温を感じることで、寒いというのは全身で感じることだと思う」と答えて正解だった。んが、教科書の先を読むと出ていたらしい。予習をまずしない習慣だった(復習はしていた)ので、そんなの知らんとは言ったが、誰も自分の頭で考えたとは信じてくれなかった。
信じてくれなくても別によい。むしろ今思い出すのは、こういう授業の皆の表情だ。初めて考えざるを得ないことに触れて、意外に真剣に答えようとする(まぁ興味ないから考えようとしない人もいたけど、それもまた当然)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.02.01

ココログは古いブラウザでは読めない

Blogの運営を始めたが、人によっては読めないかもしれない。

まず、Netscape NavigatorのVer4以前のものは、未対応だ。なにしろスタイルシートへの対応が中途半端で、いまとなっては古すぎる。
基本的に、Internet ExplorerはVer5.5以降、NetscapeはVer6以降(Ver7以降が望ましい)、そしてSafari Ver1.1以降は大丈夫なはず。
また、Opera、OmniWebのような、比較的新しいブラウザも大丈夫だろう。

私はMacでSafari 1.1、IE 5.2から見ている。
また、Windows 2000上のNetscape 7、IE 5.5でも確認ができるが、こちらは頻繁にはやらない。
実はWinのIE 5.5だと、列が2列でなく、1列に表示されてしまうことに気付いた(左にあるサイドバーが下にいってしまう)。ただ、Netscapeは正常表示であり、IE 6にすればうまくいってるのかもしれんが、現在放置中。なにしろHTMLコードは自動生成だし、こちらから手を下せない。

あと、漢字コードはUnicode(UTF-8)を使用している。シフトJISかEUCだけを受け付けるブラウザ(古いPDAなどにはある)の場合、文字化けする。これも、昨今のブラウザの状況を鑑みて、このままでいく予定。

自分のためのメモとしても、記しておく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

開通だそうです、みなとみらい線

本日の始発より開通、みなとみらい線。写真が載っていたアサヒ・コムの報道はこちら。なんでもかなりの混雑でダイヤが乱れたとか。

すでに報道されているように、1月30日で東急東横線桜木町駅は廃止になっている。1日の間を置いて、東横線は横浜駅からみなとみらい線に乗り入れるようになった。みなとみらい線では、みなとみらい駅が桜木町駅の代わりだ。とはいえ、みなとみらいの中、横浜美術館やクィーンズスクェア横浜の脇であり、まったく違う海寄りの場所になる。

桜木町駅廃止少し前の様子に、Blog以前の1月の猫時間通信で触れた。この記事で書かなかったが、ちょっと気になるのはJR桜木町駅の改札真ん前にある立ち食いそば屋。
JRだけでなく、東横線の客も含めてひっきりなしに入っていた。カウンターの内側、厨房に驚くほど多くの人が働いている。いなりずしもその場で(酢飯から)作っている。経営者と思われる人は、客にも厨房にも鷹揚に接する。
注文の品はさっさと出てくる、鷹揚な店と言っても、のろいことはない。こういう立ち食いの店にありがちな、殺伐とした感じがない、それが特徴。

東横線桜木町駅がなくなれば、客は減るだろう。こういった昭和の桜木町の空気を残すところも、残ってほしいもんだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

びっくり、アスキー/エンターブレインが…

29日、女優の樹木希林が左目失明というニュースには心底驚いた。
その前々日、アップルコンピュータの原田社長の退任というニュースにも、少し驚いた。

だが、私個人として驚き、かつ憂えているのは、角川ホ−ルディングスの買収宣言というニュース。ターゲットはアスキーと、その関連会社のエンターブレイン。アスキーは角川グループ入りすることになる。

何を憂えているのか? エンターブレインが刊行している月刊誌「コミック・ビーム」のことをだ。アフタヌーンでさえ載せないような、しかし青林堂が収録することも考えにくいような、独特の作品が多数掲載されている。また、作家の絶版作品をきちんと再収録して発刊し直す仕事も見事。
この路線、売り上げ至上主義を掲げられたら、ちょっと存続がやばくなるかもしれない。しかし、それでは絶対に得られず、しかもそれなりに読者の指示を集める作品が載っているのだ。
いまのやり方を、売れ筋至上主義でつぶさないでいただきたいものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小川洋子「博士の愛した数式」に読売文学賞

めでたいニュースをキャッチ!
小川洋子「博士の愛した数式」が、読売文学賞を受賞。
アサヒ・コムではここに報道あり。

昨年6月の猫時間通信で、「新潮」初出時に読んだ際の感想で飽き足らず、自分のページで宣伝し、9月にもう一度触れた。

地味で、いわゆる文学的な事件となるタイプの小説ではない。しかし、同氏の多くの小説は、最後に未来へ広がる希望のようなものが前に出てくることはあまりなかった。この小説は、そこでもう一歩踏み出している。また、現在の世相の深層をゆっくりと確実に動かす内容をふんだんに含んでいる。
今回の受賞は、一文学シーンなどよりも広がりのあるものだと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

これまでの猫時間通信をお読みの方々へ

まずはこれまでお読みくださった方々への、業務連絡めいたことから。

これまでは、Studio KenKenサイト内にあった猫時間通信ですが、ここでしばらく展開していくつもりです。
Blogを使う最大のメリットは、日付やテーマに応じて、すぐにバックナンバーを読み出していける点です。
記事の最後に
  2004.02.01 in 日記・コラム・つぶやき | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
といった行があります。ここに、テーマ別の記事を呼び出すリンクが入っています。記事がたまってきたら、ご活用くださいませ。

記事の右にはサイドバーがあります(場所は将来変更するかもしれない)。ここに、最近の記事などへのリンクが集まっていきます。

また、Blogは記事をデータベースにためていって、更新状況などをわかりやすくするシステムになってます。
その代表が、RSSリーダーでしょう。Blogサイトを登録しておくと、更新があったか、どんな記事が載ったかを自動的に巡回チェックしてくれるソフトです。詳細はこちらにあります。RSSリーダーで更新状況や内容の大筋を知ることができます。

以上がこれまでの猫時間通信との違いでしょうが、内容は変わりません。
難しいことは考えることもありません、いままでどおり、ごゆるりとお読みください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

猫時間通信@Blog、始めます

ココログのみなさん、はじめまして。
また、これまでStudio KenKenにある猫時間通信を読んでくださった方々、新形式へようこそ。

Blogに移っても、心・言葉・音・音楽を感じて考え、街歩きや京都や喫茶文化を愛するコンテンツであることには変わりはない。むしろ、テーマ別にバックナンバーを追いかけられるなど、便利な点が多いと思う。

というわけで、よろしくお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トップページ | 2004年3月 »