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2004.04.30

念力ブログ、動く

ジョークサイトは珍しくもないけど、これは」で紹介した、念力ブログ

二十九日目にして、動きがあった。
管理人(オーナー)からのコメント、一読を。

そうか、キーボードにものを落下させる念力、とゆー手があったか。(だからそうだと確定したわけじゃないってば>自分)
やりすぎて、パソコンを壊さないようにしてほしいものです。
どこまでいくか、さらに念波を送って、見守ってますぜ。

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2004.04.28

ジョークサイトは珍しくもないけど、これは

もう有名なんだけど、ここでも触れちゃう。
念力ブログ
とりあえず、二十二日目(4/22)のコメントあたりもどうぞ。読者からの書き込みと、オーナーからの返信がなかなか。

しかし、いつ念力で書き込みが出来るようになるんでしょうね。ゆるく期待してます。
最初の念力書き込みが「z」1文字で、実験が終了したので終わります、なんて展開はかなしいですし、オーナーはきっと、結界をはった部屋で、いろいろ修行していることと思います。
がんばってくださいね。(←こちらも、念力で、音無響子風に…って古いよ>自分)

ところで、こういうサイトで「あ、今は緊急に手で入力してます。地震を予知しました、みなさん、気をつけてください」などと書かれたら、騒然となりそうだな。

こういうもんが出てくるあたり、インターネット勃興期にジョークサイトがたくさん出たことをあわせて思い出したりするなぁ。

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2004.04.27

なんで古楽か、なんで雅楽か

そういえば、Blogで音楽をとりあげたことがなかった。
実は、昨年より笙を始めた(Blog以前の猫時間通信でも触れないできたが、ある程度続けてから書こうと思ったから)。雅楽の笙である。師匠について、習っている。ゆっくりとした歩みだが、少しずつ吹ける曲が増えてきた。
まったく新しい楽器と、音組織をもった音楽を、自分が中年になってからやるとは、想像もしていなかった。いまから思うと、当たり前に感じるのだが。

高校からアマチュア・オーケストラに所属しつつ、リコーダーなどを吹く。なんでリコーダーやトラヴェルソなどにこだわるのか? 西欧の音楽だと、18世紀以前の音楽か、むしろ20世紀以降のほうが相性がよかった。社会人になってしばらくすると、オーケストラのほうをやめてしまったくらい。
18世紀後半、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンが中核となった古典派音楽。彼らは古典派の熟成期であり、ベートーヴェンなどは19世紀のロマン派を呼び出した人。彼ら以前の音楽を「古楽」とまとめて呼ぶ。
古楽とはいえ、17〜18世紀のバロック音楽、それ以前のルネッサンス音楽と中世音楽がある。それも実は曖昧すぎる分類で、都市国家ごとに様々な発展があり…とヨーロッパの音の源を遡って行く。すると、現代の西欧音楽に流れ込んだ楽器や文化には、十字軍のもたらしたイスラム文化圏の音があった。たとえば、18世紀まで存在した撥弦楽器リュートは、アラブ圏のウードと同根である、など。
その気持ちは「なんでこんなに懐かしいのだろうか」である。日本人なのに、なんでこんなにヨーロッパの音が好きなんだろうか。また、西欧の人と一緒にやれば、呼吸やフレーズの自然さで、かないっこないのに、なんでこんなにやってみたくなるんだろうか。

ウードは中央アジアからシルクロードを経て中国に渡り、唐を経て日本に琵琶としてもたらされた。概念として、それは知ってはいた。
けれど、数年前に生の雅楽を聴いた時の衝撃。自分がいかに頭でっかちだったかを思い知らされたものだった。日本人は6〜7世紀あたりにこの音に出会い、二百年近い歳月を経て(遣唐使廃止などもあって)自家薬籠中のものとした。西洋音楽が入ってきて、根付いていった明治以来の百年。それ以前に、唐などを通じて多くのことを感じ、そして保存してきたものが雅楽だった。

実際、春の双調を耳にすると、青い色が思い浮かぶ(春は五行で木、色なら青)。最初は京都の東山を連想した。奈良の土を踏んで、もっとぴたりとくる場所があった。あおによし奈良。
身体が知っていると思った、生まれて初めての経験だったように思う。

ピタゴラス調律と、三分損益法という調律の共通点。また、教会旋法と、雅楽の調子の、似ている点と異なる点。その他、自分を揺り動かすルーツが垣間見えてきた気がしている。同時に、なんで19世紀の音の相性が悪く感じられたかにも思い至るようになり、むしろ以前より楽しめるようになってきた。
そんな経験をすれば、やはり習い出す。私はやってみなければ気が済まないのだ。音の聞こえ方や感じ方も、少しずつ変化してきているのかもしれない。折に触れてまた、音楽の事も書いていこう。

[付記]
sendaさんのブログtopazの「子供と雅楽を楽しむ会」にトラックバックいたしました。(2005.05.05)

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横浜の近代文学館

25日の日曜日は、晴れていたけど意外に温度が低かった。昼間は暖かくて上着を脱いだけど、帰りはけっこう風が冷たかった。
そんな中、わざわざ横浜まで行ったのは、神奈川県立近代文学館で開催中の、芥川龍之介展を見るため。

文学に関わる展示というものに、どれだけ意味があるかと問われたことがある。文庫でも全集でも、いっそのこと青空文庫でもなんでもいいから、いっぱいかき集めて読めばいいじゃないか、そんなに生の原稿が見たいか、と。
私の場合、生の原稿を見たいという欲望より、年譜にからんだ資料を一度にたくさん見渡せるため、その作家について考える際のポインターが増える、ということかな(あと、単純に横浜に行けるのがうれしいとかね)。
今回の展示だと、旧制一高在学中にニーチェ「ツァラストラはかく語りき」(ドイツ語)、ベルグソン「時間と自由意志」(英語)を読破していたのは知らなかった、なんてのがある。当時、まだ翻訳はなかったけど、確かに読んでいた人々がいたとは聞くし、そうであっても全然おかしくない。ただ、目前に読後感の書き込みがある蔵書を見るのはやはり楽しい。一方で、芥川と同期の一高無試験入学者には、文科I類に矢内原忠雄がいたのだなぁ、などと全然関係ないところを見ていたり(芥川は久米正雄らとともに文科III類)。

今回の芥川展の感想や、最近の元町などの変化は、また後日。

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2004.04.24

岡崎京子、手塚治虫文化賞大賞に

昨日、国際ブックフェアについて書いたんで、いまごろになって触れるけど。
第8回手塚治虫文化賞が決定し、4月21日の朝日新聞に選考経過も含めた報道があった。手塚治虫文化賞のページにも同じ内容が出ている。
(現在、トップページに第8回の内容が記されているが、第9回が決まると受賞の記録ページに移動すると思われる。1年以上経ってトップページに表示されていなかったら、そちらも見てください。)

  マンガ大賞:岡崎京子「ヘルタースケルター」
  新生賞:もりもと崇「難波鉦異本」
  短編賞:秋月りす「OL進化論」など一連の作品に
  特別賞:みなもと太郎「風雲児たち」など歴史マンガの新境地開拓とマンガ文化への貢献に対して

ノミネートは、佐藤秀峰「ブラックジャックによろしく」、岡崎京子「ヘルタースケルター」、矢沢あい「NANA--ナナ--」、みなもと太郎「風雲児たち」、福島聡「少年少女」、荒川弘「鋼の錬金術師」、羽海野チカ「ハチミツとクローバー」、山岸涼子「舞姫テレプシコーラ」、すずき大和「まんが紀行 奥の細道」。
モーニング連載で話題となり、医療関連法の見直しという社会問題にまで発展させた「ブラックジャックによろしく」。昨年もノミネートされたが、今年は1次選考での最高点。ただし、作者が辞退したため、これを除外しての選考となったそうだ。(岡野玲子「陰陽師」が大賞になった第5回で、1次選考最高点「刑務所の中」の作者、花輪和一が辞退したことを思い出した。)

岡崎京子は交通事故後のリハビリが続く中で、存在が忘れられないように再発売され続けていて、いまこそあげたいというところだろうか。最高傑作「リバーズ・エッジ」クラスの作品に対してじゃない、ということもわかった上での大賞だしね。
秋月りすも、ずっと読んできてあの安定感、おそろしいくらい。初期の作品に「そらまめ日記」というのがある。エッセイマンガ。モーニングで「OL進化論」掲載時に、はみだし欄の作者短信があるけど、あれを楽しみにしている人も多いんじゃないかな。あれをマンガでやったような作品。軽妙な中に観察眼、しかも作者の映画の趣味もみえて、楽しかった。すぐに連載が終わって、4コマに集中していたけど。

個人的には「少年少女」「NANA」「ハチミツとクローバー(通称ハチクロ)」などもおもしろく読んでいた。
特に「NANA」は、たまたま同じ名前の二人の少女が出会うというマンガらしい設定、しかも人気バンドに関係するという点で少女のあこがれを呼ぶネタが詰まっているが、その奥で“誰かに必要と思われたい”という人間の本性に触れている。それが底にあるから、主人公がスレない。10代に支持されているというが、読めばなるほどと思う。
ただ、同じ矢沢あいなら、作品のキズが見えていたとしても「パラダイス・キス」(Zipperに連載、完結)のほうが、読みやすく感じる。こちらは文化服装学院がモデルと思われる、ファッションネタ(お針子さん物語?)。こっちのほうが短い話だから読みやすいということじゃなくて、「NANA」はおそらく連載しつつどんどん話が膨らんで、ストレートな話にならなくなったんだろうな。それが魅力でもあるんだろうけど、「パラダイス・キス」でクライマックス(学園内のファッションショー)に向けて突っ走って行く熱気と、きちんと最後まで描ききったラストはなかなか。大人の描き方が一面的とかいっても、むしろ作品世界をうまく描き切るためにあえて単純化したんだろうと、好意的に思わせる何かがあった。
「ハチクロ」は美大生の世界、味がある。「少年少女」は短編オムニバスの世界、才気がある。特に「少年少女」は、もっと読まれてほしいものです。

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デザインを少しいじりました

表題と本文のフォント指定をいじりました。Mac OS XでSafariを使っている場合でも、太字がきちんと表示されるようになっています。
あと、日付表示をもう少し目立つようにしました。

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2004.04.23

国際ブックフェア(2)電子篇

ブックフェアの、続き(こちらに前編)。
デジタルパプリッシングフェアも同時開催されている。とはいえ、会場は地続きであり、どちらかで手続きすれば、どちらも入場できる。

デジタルパブリッシングフェアは、印刷方法や出版物制作フローの改善に関わる展示(印刷会社や、印刷技術を提供する会社)、オンデマンド出版、電子出版などがある。
注目されているのはやはり、電子出版だろう。

活字離れとはいわれるが、それでは文字から離れているかといえば、PCや携帯電話でメールを大量に書く人々は増えている。そこを読書の起点にできないかという試みは以前からPCやPDAなどで行われてきたが、今年はいよいよ本格的な動きが見えつつある。
その一つ、Σブック。松下電器産業が読書端末とデータフォーマットを開発(ここにプレスリリース)。購入した書籍データは、SDメモリカードに書き込む(著作権保護機能付リーダーライターが必要)。読書端末を、複数の書籍を束ねたものとして扱う。
もう一つ、ネット上の貸本屋、Timebook Town。端末とデータフォーマットをソニーが開発。読書端末とPC上での読書ツールについては、上記サイト内「ツールについて」で、情報を得られる。こちらは貸本。月会費が210円、1冊あたり315円〜で60日間、読書可能(60日経つとそのデータは開けなくなる)。よく読むジャンルでは、月1,000円で5冊まで借りられる、という利用形態もある。

端末そのもののブツとしての魅力は、ソニーのLIBRIeのほうがちょっと上か。画面が紙に近い、E Ink電子ペーパー(日本ではTOPPAN取扱)を採用している。画面自体が発光せず、自然光や通常の照明の光を利用して読めるので、眼が疲れにくいと思われる。また、テキスト画面のぺーじめくりなどは、今の段階ではこちらのほうが(Σブック端末より)反応が速い。
ただし、こちらは貸本である。それについて、ブースで話を伺うと、面白い答えが返ってきた。「実際にどうなるかは運営してみないとわからない面もありますが、今の段階では、一度か二度読んだらブックオフに売っちゃうような本を、これで読むということを考えています。貸してもらって面白ければ、あるいは必要なら、やっぱり紙の本を買うと思うんです。ですから、既存の出版物との共存になるのでは、とも思ってるんです」
なるほど、紙から電子への完全置換を無理にやるより、やれることからやっていくわけか。
ただ、ソニーのLIBRIeはWindows用読書ツールがあるけど、Macintosh用やLinux用はない。他の機種やOS向けにもほしいところ。

一方、Σブックのほうは、歴史的資料を電子化する展示があった。早稲田大学図書館に保存されている江戸時代の「釈迦八相倭文庫」と、大正7年刊行の樋口一葉「たけくらべ」を電子化して閲覧するというもの。インプレスのケータイWatchの記事がある。
これは廣済堂が中心になって図書館向けに行うもの。従来のマイクロフィルムからの置き換えにあたるか。
ただ、Σブックは、画面が青っぽく光るのが、個人的にはどうも気になる。これだけはどうにかならないものか。

両フォーマットは、現在のところまったく互換性がない。このあたり、今後はどうなっていくのか。まだ立ち上がったばかりなので、数年のスパンでみないとわからないだろう。一度データ化されれば、たとえばHTML(やT-Time)、XMLなどになっていれば、相互にコンバートは可能になる。たぶんそのあたりのことも、開発時には織り込まれているので、ビデオ戦争のようにはならないと願いたいもの…

1990年代初頭から電子ブックを事業にしてきたボイジャー。今年も新潮社と一緒に展示している。
ただし、ここ数年続けてきた「T-Timeビューアを活用した個人出版」というトーンは控えめになってきた。出版社が利用しているT-Time用フォーマット、ドットブックをオンデマンド印刷、ΣブックやLIBLIeなどの読書端末などにも活用するシステムを全面に立てていた。新潮社や筑摩書房などを通じて実績あるシステムを、新しい読書経験にも活かす方向性。
もちろん、従来通りドットブックから生まれた出版物を展示販売していた。
また、azur(アジュール)という新ツールを発表。これは、著作権の切れたテキストを集めて電子図書館を作るプロジェクト、青空文庫のためのツール。このツールのお試し版とともに、現在青空文庫に収録されているすべての著作物が収録されたCD-ROMが販売されていた(500円)。これは試しに購入したが、まだ起動していない。ただ、T-Timeの出来を知っている私は、けっこう期待している。そのうちレポートします。

他に、PDAや携帯電話での電子ブックビュワーも、いままでのように展示されている。

数年前からの動きが、今年に入って一挙に表面化してきた。それが一同に見られる場にもなっている。
今までの本をそのまま置換できるものが、いきなり生まれたわけではない。やっと目に見える形になったので、皆が考える機会が出てきた、ということだろう。

私個人は、紙の本は絶版や品切れが避けられないことが、どうしても気になっている。そういう時に、データ化しておいて、オンデマンドで入手できればたいへんありがたいと思う。このことは数年前から何度も試みられてきているが、いまひとつ浸透していないかもしれない。古い漫画でやると、意外にうまくいくかもしれない。
もちろん、データを手にして検索できたりすることは便利だが、そういうことは、著作権の消失したている古文書などでこそ、やりたくなる。その際、現在ない文字をどう扱うかの問題もある。青空文庫はすてきだけど、学者の支えにより公的なプロジェクトもあるとなおいいよね。
紙という媒体の便利さは、やはりある。そして、電子図書館がそれを下支えする方向性を、歓迎したい、絶版や品切れを減らすためにも。電子出版は電子読書端末だけじゃないし、電子読書端末によってむしろ、紙との補完がきちんと進むといいと思っている。

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国際ブックフェア(1)紙篇

東京ビッグサイトで開催されている国際ブックフェアを見てきた(4/22〜25)。
詳細は公式サイトをご覧いただきたいが、出版に関する展示即売会である。国内外の出版社、書籍の販売に関する展示(書棚とか、コミックのビニールカバーをかける機械とか)、印刷会社や印刷システム、電子出版などが所狭しと並ぶ。
出版業界のイベントとしてはかなり規模が大きい。書店が仕入れに活用するのも見かけたし、編集プロダクションやブックデザイナーなどが商談を行うのも目にした。海外の出版社が展示や商談を行うケースもある。ただ、全体としては出版社や編集プロダクションの出版物や方向性に関する展示、また出版に関する業務フロー改善のための展示が多い。
展示即売会であるから、その出版社が売る気で出店していれば、当然買える。ブースによっては20%オフなどを打ち出すところもある。一般読者も、入場料を払うなり、招待券を見せるなりすれば、入場して購入できる。

出版社に関しては、人文科学・社会科学系、文芸系、自然科学系、総合出版系、教育系、児童書系などに分類され、ブースが設営されている。ただ、本が大量に集積する展示会である。時間がいくらあっても足りない。洋書バーゲンもあるし。
河出書房新社や国書刊行会などの文芸系、またみすず書房・未来社・勁草書房・岩波書店などの人文系、大学出版会の集まったブースなどが新鮮。大修館書店も同様。
本屋では一つの会社の出版物をまとめて見る機会は少ない。いっぺんに並ぶと、いつもと違う切り口で見せられるわけだ。本屋の棚は必ずしも出版社の思う棚になっていないわけで、「出版社の思い描く本棚」で見せてくれているようなものか。
だいたい、本屋に行ってもなかなか出会えない本も最近は多いのだ。こういう場は、一般読者に取ってこそ貴重なはず。

また、講談社はほんの一部しか持ってきていないのに、ガンダムや京都のシリーズムック、文芸文庫、学術文庫、現代新書、ブルーバックス(自然科学)、選書と、本当に幅広くやっていることを実感する。
児童書に力を入れた出版社が集まってブースを出したり、本とかかわるキャラクターグッズや雑貨があったり(ムーミンやチェブラーシカを擁するプチグラは目立っていた)、これだけいっぺんに様々なものを見ると、かえって壮観で気持ちいいくらい。

角川書店は、ケロロ軍曹を全面に立てている。神保町駅の広告がケロロ軍曹になっていることといい、ここでもテレビアニメの宣伝を行っていることといい、これを会社のメイン・キャラクターに仕立てる模様。小学館のドラえもんを狙っているんだろうな。その裏にひっそりと、コミックビームなどエンターブレインのコミックスが並んでいた。がんばれ、ビーム!
ちなみに、河出書房のブースでは、作家ゴーリーのコーナー、文芸誌「文藝」を中心にした文芸書の平積みコーナーがあった(綿谷りさも当然ある)。その中に、鷺沢萌の手書きポップを見つけたときは、驚きとともにぐっときた。

会場を歩きながら、やっぱり本は大事だとしみじみ思う。紙で綴じた本の質感。それは本来、言説や知識を残すための仕事だったし、それがこれだけ集積されることは、素直にうれしい…ということで、電子篇に続く。

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金星と三日月

久々に東京ビックサイトに行った。暖かく、上着どころか半袖のほうが楽な日。展示会を見学してから表に出ると、うっすら紅い。西のほうは水分でぼんやりしている。海が近いからか。
家に近づく頃には、すっかり群青色になった西の空。見上げると、ぴかぴかの金星。その下にうっすらオレンジを帯びた、細い月。
ちょっとみとれてしまった。

金星と月は、明日の夜、合になる、とのこと。

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2004.04.22

アップル、ノートブックをマイナーチェンジ

さて、アラン・ケイの概念から影響を受けたMacintosh。

PowerBook G4iBook G4がそれぞれ、マイナーチェンジを果たした。ネタとしては古いけど、プレスリリースはこちら(PowerBook)こちら(iBook)

iBookのCPUクロックは1GHzに達した。メモリも、それまで640MB最大だったが、1.25GHz最大に変更された。廉価機種が高性能になり、それはそれで歓迎されるべきことです、はい。

PowerBookは、12inchのお買い得感が増量したか。だけど、15inchと17inchがCPUクロック1.5GHzのモデルになったこと、GPU(グラフィック用プロセッサ)にATI Mobility Radeon 9700を採用していて、特注すればGPUメモリを標準の64MBから128MBまで増設できることも大きい。手堅いマイナーチェンジだ。

これはこれで、きちんと発展してもらわないとね。

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アラン・ケイ博士、チューリング賞に輝く

なんかかんか、ニュースはあるもんだね。
アラン・ケイが2003年のチューリング賞を受賞、という発表があった。以下に情報源を。

アラン・ケイ博士、“PC業界のノーベル賞”「チューリング賞」受賞(インプレス、Internet Watch)
SqueakLandのニュース

しかし、インプレスさん、いくらなんでも“PC業界のノーベル賞”はないんじゃありませんか? PC業界というと、ひどく矮小なイメージになってしまう。もっと幅広く、しかもアカデミック寄りだ。(一応、記事本文にはそのように書いてはあるけど、見出しのイメージは重要なんじゃないでしょうか。)
チューリング賞は、チューリング賞を出すことを目的とする財団があるわけじゃない。ACM (Association for Computing Machinery)という、コンピューター科学に関する世界最初のアソシエーション、つまり、学会だ。多くのコンピュータ関連の研究者は、ここを含めたいくつかの学会に所属する。重要な研究と貢献をしたとみなされる人を表彰し、賞金を出してより研究に励むように、というもの。ちなみに、その年に重要な研究をしたというのではなく、それまでの研究成果が大きく着目され、「あれがあったから、いまこうなっている」とはっきりしたものが対象になっていることが多いかな。
フォン・ノイマンと同時代人にして、計算理論から人工知能問題まで幅広く研究を続けたアラン・チューリングの名にちなむ賞だけに、ACMが出す最高の賞。そしてコンピュータ科学に関する学会としても最高レベルの賞と言われる。

これまでの受賞者のリストを見てみよう。
1971年のジョン・マッカーシー。人工知能学会を立ち上げて、AIブームを巻き起こした。
1972年のエズガー・ダイクストラ。アルゴリズムの専門家であり、コンピュータ言語ALGOLにより、構造化プログラミングを提唱した。
1974年のドナルド・クヌース。アルゴリズムや計算理論の詳細を究めた大著で有名。また、組版システムTeXの開発者。
1977年のジョン・バッカス。世界最初の高水準コンピュータ言語FORTRANを開発。また、バッカス-ナウア記法の発明により、コンピュータ言語の定式化にも貢献。
1981年のエドガー・コッド。データベースの先駆的研究者。RDBの概念提唱をはじめ、実装に至る多くの研究テーマをもたらした。
1983年のケン・トンプソン、1984年のデニス・リッチー。UNIXオペレーティングシステムの、最初期の研究開発者。もちろん、C言語など、重要な開発も。
1984年のニコラウス・ヴィルト。コンピュータ言語ALGOLの研究を発展させ、Pascalを開発。アルゴリズムとデータ構造の研究を押し進めたことでも有名。
1987年のジョン・コック。RISCコンピュータに関して、CPU命令セット、コンパイラなどを含む広範な研究を行った。
1988年、アイヴァン・サザランド。画面上で画像をどう扱い、どう描くかというコンピュータグラフィックの基礎を確立した。スケッチパッドという最初のグラフィカルなコンピュータは、1962年の発表、後続の研究に莫大な影響を与えた。
1997年、ダグラス・エンゲルバート。マウスを発明。1968年、マウスとキーボード、画面によるインタラクティヴなコンピュータを開発し、デモ。ヴィジョンを提示した。
2001年、オレ・ヨハン・ダールとクリスティン・ニガード。1960年代に最初のオブジェクト指向言語Simula IとSimula 67を開発。

一般の人々にインパクトを与える研究をちょっと抜き出しても、これだけある。パソコンというより、コンピュータ全般の発展に貢献した人が選ばれていることが想像できるだろう。

アラン・ケイが何をしたかはもう、先の記事にも軽く触れてあるし、検索すればそれこそズラーッと出てくるはずだ(日本語でも)。
多くの場合、Dynabookという現在のノートパソコンに直接つらなるようなコンセプトを提示したことが有名だ。ただし、コンピュータ科学という面では、Dynabookの理想を1970年代の技術で構成して見せたAltoで、ヴィジョンを見える形で提示したこと。そこに搭載したオブジェクト指向言語Smalltalkの仕様を決定したことで有名。
サザランドのグラフィカルなコンピュータという概念、エンゲルバートの発明したマウス、ダールとニガードによるオブジェクト指向言語(というよりシミュレーション言語と呼ぶ方が正確か)といった先行する研究を膨らませて、「紙のように使えるコンピュータ」「それを使って教育できるコンピュータ」というヴィジョンに結実させ、実装例を示した。
それはアップルのLisa、MacintoshというGUIをもったパソコンに宿った。そうして、いまのWindows時代がある。

だけど、そういうものは実は、アラン・ケイの目指した世界とは違う。ましてや、ビジネスに役立ついまのコンピュータでは得られないものを、本当は考えていた。Smalltalkとは、利用環境と開発環境が渾然一体に溶け合っていて、人が考えた事をどうコンピュータ上で見える形にするかに、最大の焦点があった。掛け違えたボタンを、どう考えるべきか。
アラン・ケイはその後、Smalltalk-80に基づきつつ、それを大幅に拡張し、その後の様々な研究成果なども見つつ、自身の新しい概念も含めて、Squeakという世界を作り上げている。
これは、言語であり、実行環境でもある。それまでの反省もふまえて、開発環境として使わない人でも役立ち、楽しめるように設計され直している。しかもOSやマシンに出来るだけ依存しないように設計されてもいる。移植されれば、どんなマシンの上でも同じプログラムが、同じように動く環境でもある(Windows、Macintosh、各種UNIX、WindowsCE、Zaurusなど)。昨年は和書も出て、話題になった。
マックに影響を与えた、ということはもう一々言わんでもいいだろう。彼が1970年代に考えたことを実現できるだけのハードウェアやネットワークが、やっと揃ってきた。これから彼の理想がどう発展していくかも、大事なことだと思う。
(そうは言っても、現実の生活では普通にMac OS Xユーザをやってる自分だったりする。)

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2004.04.21

加賀乙彦「ザビエルとその弟子」

加賀乙彦「ザビエルとその弟子」が掲載されたのは、群像4月号(発売は今年の3月)。
今月の群像5月号で、創作合評に取り上げられている(笙野頼子「金毘羅」の次)。蛇足ながら、合評とは数名で語り合いながら評するスタイル。群像のは創作合評として、文芸誌に掲載された創作について、3名で語り合う伝統。今月は、黒井千次、津島祐子、星野智幸。

「ザビエルとその弟子」について、3名がともに、少々食い足りなさを感じているようだ。
この作品は、話の骨子だけを進めていくような印象がある。
同様の印象を合評の諸氏も感じたようだ。歴史的事実に基づく作品だから、かなり史実の束縛を受ける、その中では、ザビエル臨終のシーンで、日本に残したアンジロウの亡霊との対話くらいが、作者の想像の入る箇所になる、そこが対話で淡々と進むのが、テレビの再現シーンのようでもあり、テンションが落ちるようでもあり。
津島氏は、この作品を導入とする、もっと大きな小説の構想があるのではないか、そうでないと、従来の氏の作品と思うとなんだか落ち着かない、という想像までしている。

でも、私はもう一つ違う感じを抱いている。別の作品を連想したからだ。同じく群像で以前に連載され、すでに単行本になった作品。同じくザビエルをテーマとした作品。
島田雅彦「フランシスコ・X」である。
資本主義の輸出によるグローバリゼーションに対して、どう振る舞うかが日本全体の関心を覆った時期だった、2000〜2001年初頭にかけての連載。イエズス会のフラシスコ・ザビエルが日本を目指し、まさに奮迅する。何が彼をそうさせたのかを、その育ちから追っていく。話が進むに連れて、不吉な挿入句を差し挟む、ト書きのような声。彼が力尽き、やがて遺体が腐らない奇跡に聖人となる。そうして、20世紀の終わりまで、声は突っ走っていく。
この作品に対して思うところあって、同じ雑誌に掲載したような印象を、私は受けていた。史実に対してただ素直に。あえて地味な視点を選んで(ザビエルを、出来のよくない中国人の弟子、死を看取ったことで名前が残っているまじめなだけの弟子が、話を進めて行く)。作者はあえて何も語らず、ただし、日本とそうでない文化との衝突に関する感想だけは一つ添えて。
そういう作品を、あえて提示しているならば、「フランシスコ・X」へのメッセージ(もっというなら違和感の表明)に感じられるのだ。

実際にどうなのかはわからない。ただ、私はそんな連想をした。

ちなみに、「金毘羅」の合評。津島氏が熱を入れて(?)語っている。

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猫の成長は早い

暑かった〜。夜、急激に冷えてきて、風がうなっている。

ひさびさに、近所の猫だまりで、ちびっこい猫を見かけた(以前の記事は、これこれ)。やっぱり母猫らしき大人が、近くにいる。まだ見守られている。
それでも子猫はちょっと、大人びていた。薄い灰色の背中はそのままだけど、いっちょまえに、落ち着いて座ってる。もう赤ん坊猫の頃のように好奇心でもって、あちこちつつき回したりしていない。まん丸の眼は、ノラ猫らしく、やぶにらみっぽくなってきた。いつのまにか、思春期がやってきていた。
あのあたりは人も猫にやさしいようだ。立派に野良になりな。

ところで、珍しく毎日、せっせと更新している。
どうせ猫時間ですから、また急に間があくかも。その気のあるうちに、書いておくのだ。

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pingサーバーにひっかからない?

昨日、3件記事を出した。ココログpingサーバーには、なぜか最初に出した「短編『勤労感謝の日』が載らなかった。
続いて公開した「コミックビーム5月号」と「マイナスが山崎さやか?」は載っていた。

なんで?

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2004.04.20

マイナスが山崎さやか?

先に触れたコミックビーム5月号の広告に、「マイナス」が復刊するとあった。全3巻、4月24日一斉発売。

1990年代、小学館のヤングサンデーに連載。世間が過激な内容に情緒を逆なでされたようで、ついに人肉を食う回に至って回収を命じられ、単行本掲載の際に書き換えを余儀なくされた、問題作。
と言われているが、リアルタイムで読んでいた私には、人肉を食う回はまったく問題なかったと考えている。ショッキングな描写はまったくない(編集と作者がよく詰めて、意図が伝わるように考え抜いて、描いた回だったんじゃないか?)。これが問題になるなら、もっと怖いシーンもあったなぁと思い、世間の反応に逆にびっくりした。
あの頃、ヤングサンデーは遊人のエロティックな描写が問題になったり、「バクネヤング」があまりに当局をおちょくった内容でやっぱり問題になったり。その延長だったんじゃないかな。
今回、問題の回を初出時の状態で復刊するという。読めばわかると思うけど、その回は全然過激じゃない。
むしろ過激だったのは、主人公の生き方が徐々に変貌していく様だ。人から拒否されるのが怖くて、なんでも受け入れようとしてしまう女性が、新任の高校教師となる。そして、上司・同僚・生徒に好かれるためなら何でもする。やがて彼女は「美人で素直(?)で生徒のことをわかってくれる教師」というポジションを得ていくが、彼女の嘘を見抜いて認めようとしない女生徒を殺害(怖いといえば、このあたりのほうがずっと怖いゾ)。それがうまいことバレずに済むと、自信を得てしまう。今度は認められた人間という立場を利用して、暴君に転じる。
その過程の凄まじさのほうが、はるかに面白い作品なのだが。最後がどうなるかは、それぞれが確認したほうがいいでしょう。あっさりした終わり方だけど、著者なりに仁義をつけたのだと思う。

コミックビームの広告には、著者は“山崎さやか”とある。いま、モーニングで「はるか 17(seventeen)」を連載して人気が出ている、その人。
ちなみに、ヤングサンデーでは“沖さやか”だった。同一人物だったとは…気付かなかったです、はい。

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コミックビーム5月号

純文学雑誌と漫画雑誌を同時並行して書いてなんだかなぁなんて思ってるそこのあなた。
表現するものはなんでも扱うのだ、気にしないように。

というわけで、濃い漫画が多いせいか誌面全体が黒っぽいコミックビーム。(←つまり、描き込みが濃い漫画が多いということね。)

5月号のハイライトは、やっぱり森薫「エマ」なんだろうなぁ。
時は19世紀末から20世紀初頭、大英帝国のヴィクトリア朝。名家の長男ウィリアム・ジョーンズは、元家庭教師の家の召使いエマ(主人との相性もよく単なる召使い以上の教養も身につけている)に好意を持つ。お互いに好意を持ちつつも、身分違いの恋が認められなかった頃。エマはジョーンズ家のあるロンドンを離れ、新たな屋敷の召使いとなる。ウィリアムは家督を継ぐ決心をし、家柄のよいエレノアの恋心を受け入れて、婚約宣言をする。
一方、エマは新しい主人の元で新しい生活をスタートさせる。婦人のお供をしてミセス・トロロープに会いに行った際に、なぜか気に入られる。そして、主人夫妻がロンドン行きの際のお供の一人となり、ロンドンの百貨店で偶然ミセス・トロロープと出会う。さらに、ミセス・トロロープが出席するパーティの侍女として、借り出されることになってしまう。
今回は、そのパーティシーン。今まではってきた伏線が、一本につながる。ミセス・トロロープは、実はウィリアム・ジョーンズの母、訳あって別居しているらしい。そして、パーティはウィリアムとエレノアの婚約披露。二人はそこで出会ってしまう…
ほとんど読めていた展開だけに、すごくストレートにきましたね。倒れたエマは結局ミセス・トロロープとともに屋敷に泊まることとなり、当然ウィリアムがそこへやってくる。そして、母であるミセス・トロロープもそこへ。
うーん、実をいうとストレートすぎてちょっと拍子抜けしたところもある。たぶん、一番書きたい事は、来月以降に出てくるものと、期待してます。母の謎も残っているし。

志村貴子「放浪息子」。修学旅行が終わって、今度はおねぇちゃんの付き添い。男の子にフラレたもんで、見返そうとアイドルのオーディションに応募したんだが、土壇場で一緒にということになる。しかも、女装を知ってるおねぇちゃんに二人セットで売り込まれてしまう。結果は、オーディションに通ってしまった。夢でアイドルの麻衣子ちゃんに「お前は女の子なんだから」と喜ぶも…
やっぱりそうきたか、と思うけど、こっちのほうが「エマ」よりちょっと味が深い。

巷では評判がいいらしい岩原裕二「いばらの王」。毎回よく練られた立体構成(古城脱出劇だからね)と、設定。だけど、いまひとつノリきれないのは、私が意地悪だからなのか?
二号連続巻頭カラー「Astral Project 月の光」(作・mariginal、画・竹谷州史)。これも実は同様の印象。
むしろ2年もあけて連載再開の小池桂一「ウルトラ・ヘブン」なんかのほうが、やっぱり気になるなぁ。
全然違う路線の安永知澄「やさしいからだ」。ある意味、短編小説っぽい世界。毎号テンション上げてきたけど、今号は少し箸休め気分かな(長く続くものは、そういう回があるものなので、悪い意味で言っているのではない)。

ところで驚いたのは、あすなひろし「さりげないあした」
1959年デビュー、1972年小学館漫画賞受賞、2001年逝去。私が一番漫画を読めなかった頃の作品。
少し古いけどていねいな絵と話のつくり。ちょっと古くても、これは今でも読めるな。こういうものがあったとは、実は知らなかった。作品集全2巻をエンターブレイン(ビームの出版元)が発行するそうだ。
この会社、記憶にとどめるべき、あるいは掘り出すべき作品出版の引き受け会社となってるね。
それに関して、もう一つ、エントリを起こしておく。

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短編「勤労感謝の日」

本屋大賞、川端賞」で触れた、川端康成文学賞受賞者の小説家、絲山秋子。
今月発売の文學界5月号に短編「勤労感謝の日」が掲載されている。先日は、絲山氏の作品に触れ損ねているので、ちょっとだけ。

主人公の恭子は、勤労感謝の日というのにやさぐれている。36歳で無職の彼女には祭日も関係ない、失業保険は薄く、就職もやばい。おまけに、裏に住む長谷川さんとの義理によって、見合いまでセッティングされた。けったくそ悪い相手をぶっちぎって、かつて勤めていた会社の後輩、水谷に呼び出しをかけ、渋谷で飲む。バブル期に就職活動をし、もっとも平等に扱われそうな会社に女子総合職として入ると、それがお為ごかしでしかなかった、しかしガンガン働いた頃のことを話して…
短い話なので、ここから先の細かいことは書かない。水谷を解放して家の近くまで戻るが、すぐに帰る気になれず飲み直す。そのくだりがよい。気分の悪い日に愛用するその店で、こう描く。
「私はこの店に夜を買いに来るのだ。真っ暗で静かで狭い夜一丁。」
そうして、淡々と終わる。

バブル期、就職が楽だと言ってもそれは男子だけ、女子はたいへんだった、それでも今よりはまだよかったといった事実。また、どうしてあんなにと思えるほど働いたあの頃の仕事への感慨。いやみなく会話の中に活写される。それが飲み直しを経てラストにつながる。
このラスト、書き過ぎって人もいるかもしれない。けど、こんな夜がほしいこと、おそらく一度や二度じゃないでしょ? これでいいのだ。

ちなみに、巻頭掲載である。その次に、佐川光晴の中編「弔いのあと」。
これもいいんだけど、終わりのまとまりがよすぎて、「勤労感謝の日」よりちょっと印象が薄めかも。あぁ、でもまぁ、手にしたら読んでみてくださいね、きっと。意欲作だから。

さてさて、来月の新潮には川端賞受賞作が掲載される。

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2004.04.18

イラク、残る二人の人質、解放

アサヒ・コムの記事より。
とりあえず、よかった、よかった。

日本政府は「マスコミも含めて今後責任持てんから退避してくれ」とか「もう行くな」などと言っている。さらに与党内から「本人と家族に金を負担させるべきだ」とかいう声が流れてくるのは、今の世論がそういう方向にあるから、と見ているのだろう。
だけど、政府の対処方法だけでは不足だと感じる人々が、個人で、あるいはNGOなどを通じて動く場合がある。あるいは報道目的の場合も。絶対安全な場所以外ではそういうことをしてはいけない、という格好の口実になってしまっては、問題がある。
危険地帯に赴く時には自己責任の部分が生じるし、判断が甘さが危険を招くこともあるだろう。今のイラクはまさしく戦争状態にある。だから、NGOなども含めて一度離れるしかないのかもしれない(自衛隊も離れるべきかの議論はいまはおいておく)。それはそれで正しい。だけど「今後、国際貢献に関してはまず国のいうことをよくきくように」という前例になってしまうのは、よくない。政府方針には入っていないから関係ない、という状態にしてしまうのは、もっと問題がある。そういう事例になりかねないんじゃないように見えるのだ。

たとえば。あるメーカーが、非常に厳しい経済状況になったため、安全に儲かる製品開発と販売へシフトしたとする。研究開発部門は、当然すぐに役立たない技術や製品を開発する予算がない。だけど、そういう中で、上司の命令も無視して、通常業務が終わった夜に、コツコツ実験や開発する人がいたりする。
で、景気が回復してきて、いよいよ新規技術で打って出る局面になった時、命令無視でこっそりやっていた技術のいくつかが、日の目を見たりする。そして、それが利益をもたらす場合がある。
青色ダイオードのような極端な話をしているのでも、プロジェクトXでもない。こういう話は時々あることだ。
国と一企業ではレベルが違う、と思われるかもしれん。だけど、日本が他の国を援助する場合でも、政府が決定した正規の案件だけでなく、民間や草の根レベルで行われていることが、援助国に強い印象を残す場合だってあるだろう。政府集中型がいい、民間はよけいなことをしなくていい、という常識になってしまわないことを願う。

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本屋大賞、川端賞

ちょっと古い話題。「博士の愛した数式」で読売文学賞を受賞した小説家の小川洋子が、第1回本屋大賞を受賞。こちらに記事あり。パチパチパチパチ(拍手)。

で、4月17日、川端康成文学賞受賞者が報道された。小説家の絲山秋子「袋小路の男」(群像、昨年の12月号掲載)。こちらに記事あり。パチパチパチパチ(拍手)。
とはいえ!しまったー! 私、この号の群像、買い損ねてる・・・

ちなみに、絲山秋子氏は昨年文學界新人賞でデビューの新鋭、新潮の昨年10月号に掲載された「海の仙人」は芥川賞候補になった。けっこういいです、だけど、単行本はまだ出てない。デビュー作などは単行本「イッツ・オンリー・トーク」(文藝春秋)に収められている。
こちらに公式サイトあり。ちなみに、Safariだとトップページの見栄えがだいぶIEと異なります・・・作者、マックユーザなのだけど、なんとかする気はないのかしら。)

ところで、川端康成文学賞は、芥川賞のように新人に限って出す賞じゃない。
たとえば昨年は、堀江敏幸「スタンス・ドット」(短編、単行本「雪沼とその周辺」に収録済)に、青山光二「吾妹子哀(わぎもこかな)し」(同名の単行本に収録)である。すでに名のある方。
堀江氏の「スタンス・ドット」は、たいへん完成度の高い短編、じわりと胸に押し寄せる逸品。ボウリング場を経営する初老の男は、空いているそのボウリング場を見ながら、全盛期の繁盛や妻との生活などを回想する。耳も悪くなり、かつての気持ちよいピンの音も聞こえなくなっている。そのまま静かに店を閉めるつもりだ。そんな閉店間際、若いカップルがトイレを貸してくれとやってくる。ちょっと迷ったが、貸すついでに、代金はいらないから1ゲームやっていかないかと誘う。遠慮する二人に、今日が閉店なんだ、記念に、と勧め、ゲームが始まる。そして・・・音へのこだわりが、ラストで焦点を結ぶ。
静かに胸に響くすてきな短編。こうした作品と同列の賞をとったということは、作品の完成度が高かったということだろう。
読む機会が楽しみ。

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夏日?!

なんつー気温だ。27度を超えたって?
こっちは昨晩から体調不良、肩こりと頭痛だけでも治しにマッサージへ・・・体調不良はそれだけじゃなく、どうも昨日、開店記念に食ったラーメンがあわなかったんじゃないかと思う。
なんで最近のラーメンは、妙にこってりした味なんだろう。スープも濃く、野菜は少なく、煮豚はやたらと醤油味で、さらに鶏唐揚げまで入ってる。タンパク質がありゃいいってもんじゃない、一つ一つのパーツに味がついてりゃいいってもんでもない。皿や丼としてのバランスがあるだろう。品がない。
身体の水分バランスが狂っちまった。

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2004.04.16

イラク邦人拘束、第1陣は解決

この問題、もうあちこちで報道されてて、主要新聞社などでいくらでも記事が見つかる。リンクは貼らない。
3人が無事に解放、まずはよかった。
でも、さらに拘束された二人は未解決。こちらも無事に解決されてほしい。イタリア人の人質には実際に被害が出てしまっている。謹んでご冥福を祈りつつ、解決を願う。

イラクへの自衛隊派遣に、私はもとから反対だ。しかし、政府は(十分な検討をしたかどうかもはっきりしないまま)派遣を決定し、出してしまった。派遣される側も困るはず(そうは言っても軍人はリアリストであり、職務を遂行して帰ってくると信じているけど)。そんな中、自衛隊ではなく、現地にいる民間人が拘束され、自衛隊撤退を要求されるという、一番起きてほしくない事態が起きた。
この状況で自衛隊を撤退させれば、誘拐犯の要求をのんだ形となる。おそらく他の不安定な情勢の地域にいる日本人も標的になるだろう。こうした事件がすべて解決するまで、撤退のタイミングを計れない状況になってしまった。

あの3人が自業自得というのは、その通りだ(ウチでは私が当初そのような認識を示し、同居人と険悪になりかけたゾ)。しかし、人質にとられた家族は気が気じゃないだろうし、みんながよってたかっていじめるのは、ほめられた話じゃない。
本来非難されるのは、自衛隊と関係ない人々を人質にとること、しかもイラクの宗教指導者や統治機関(機能してるかは別にしてさ)とは見解の異なるらしい犯行組織のはず。

問題は、米国のような圧倒的軍事力を持つ国が、その力を背景に物事を決めていくこと。フセインを排除した後でどうなるかをきちんと見切らず、しかも混乱するイラク内情勢を軍事力で抑圧していれば、不満も出る。それに異議申し立てをしようとしても、話し合いは一方的になりがちで、戦争も起こせない、そうなると結局テロや誘拐を戦略に組み込んで動く人々が出現する。米国がテロを再生産してしまうような状況。

米国の統治は(お世辞にも)成功したとは言えない、だいたい第2次大戦の日本占領をモデルにしている時点で間違っている。ブッシュ大統領が強弁したところで、今はすでに戦争に戻っている。しかも、統治権の委譲日程は変えないという。
もしこれで、米軍は引き上げるから、続いて日本の自衛隊が警察的な対応を続けてほしいなどと言われたら、どうするのだろうか。人道支援だからやるのだろうか。それで戦火が再び起きないようにするにはどうすればいいか、有効策はあるか。確かに自衛隊はいまのところ友好的に迎えている人々も多いようだが、カンボジアPKO以上に難しい判断が続く状況なんである。撤収帰還のタイミングを、政府はどうみているのか。
米国には徹底的に方向転換を迫った上で、最後までつきあってもらうべきだな、非常に統治が難しい地域の蓋をあけちゃって、そのあとをうまく治められないんだから。

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読んだぞ、若者じゃない21世紀文学

3月12日に「文芸誌の積ん読、福永信」で、新しい号が手元にあるのに古い号を読んでる、などと書いていた。その後も、急いでいる時など手近に置いてあるものをぱっと鞄に突っ込んで出かける。移動の電車で「えぇと、群像の4月号か、今読んでるのは・・・しまった、3月号だったじゃん」などと声に出さず呟き、うーむと思いつつもやっぱりそのまま読んだり。パラレルに、細切れに。
4月に入ってから負債を返上するように読んでいた。わらわらと、もりもりと。

長嶋有「パラレル」(文學界2月号)。
「僕」こと向井七郎は、ゲーム会社に就職して、システムやシナリオをデザインする仕事をしていたが、会社が倒産。フリーで同じ仕事を続けるものの、契約した相手にキレて辞める。そのことで明確になった妻との不仲は、やがて妻の不倫から生じた別居生活を経て、離婚に至る。ただし、元ツマとの関係は完全に断たれたわけでもなく、時々メールや電話のやりとりがある。
一方、僕には津田幹彦という大学時代からの友人がいる。彼の父は事業に失敗して夜逃げし、彼は母と一緒に千葉へ引っ込んで退学。就職して激しく仕事をし、貯めたお金で事業を起こすと、従業員を50人も使う規模へと成長させる。
津田の起こした事業を最初の頃から支えてきた大輔の結婚式直前、津田と向井が待ち合わせるあたりから話がスタート。向井はネクタイを結ぶことが出来ないので、津田に結んでもらって式に出る。津田は(独身ながらも)社長としてスピーチ。その津田は、キャバクラに入れあげていて、サオリと話をしつつ、レイコに入れあげている(というか、いままさに落とそうと画策しているようだ)。
話は時間に沿って進まず、思い出を遡及しては今の時間へと戻り、を繰り返す。
向井と元ツマとの微妙な距離感。津田とキャバクラ嬢の距離感(登場するうちの一人と結婚することになります、さてそれは誰?)。そして、津田と向井。
「なべてこの世はジョブとラブ」、「俺は面食いじゃない、顔面至上主義なんだ」、「ラブより弟子」、「(複数の女性と同時につきあっていくことを)パラではしらせる」、みんな津田の言葉。津田は女出入りが激しい。向井はそんな津田の女性の趣味を、美しいけどなんだか表情に乏しいように感じている。オンナを取り合わない、そして、お互いにそれほど深入りはしないが、どこか響き合う瞬間があって、しかしそれは断じて友情という特性の薄い一般的な言葉に置換できるものではない。
現在30代後半に入った世代、深入りせずにお互いが並行して生きつつ、ひょんな瞬間にぐっと触れ合ったと思うと、また距離があく、そして完全に切れることもない。切るかつながるか二つに一つではない、しかしそれは自分への正直さへの表明である、そういう生き方をする世代の、人とジョブとラブへの距離、そして生きること。
読み終えた時は印象に残っていた。
他にも、文學界4月号の短編、たとえば山田詠美「夕餉」(夕餉の支度をする女性、彼女が自分の存在を自覚した瞬間)、あるいは藤野千夜「ペティの行方」(美少女という自覚を持つ少女の悪意とその周り)、吉田修一「夫婦の悪戯」(後輩の結婚式に呼ばれた夫婦が悪戯でお互いにウソをつきあうだけの話だが、ホテルの密室空間の感触が生きてる)といった手練の読み物も楽しんだ。

だけど、中編の小池昌代「木を取る人」(詩人の眼が散文に活きてる)に続いて、長編加賀乙彦「ザビエルとその弟子」(ともに群像4月号)を読み、おや、淡々としてるようでみんななかなか、と思っていると。とどめに笙野頼子「金毘羅」(すばる4月号)。

この「金毘羅」。作者自身の生年月日をまず持ち出してしまう。そこで生まれた赤ん坊の魂はすぐに絶え、海にいる金毘羅の魂が陸の「御山様」を目指して上がり、乗っ取った、それが私だったのだ、そして私はそれにやっと気付いたのだった、というスタート。私の個人史−−−国家神道の本場伊勢に生まれ育ち、金毘羅ゆえに人としてうまく生きていけない上に、女の身体で男として途中まで育てられ、作家になって最後に千葉へ移った−−−と、神話・神道・神仏習合の歴史等とが重なりあっていく。長大さが饒舌にも見えかねないギリギリのところを、笙野節全開で突っ走るテンション。
その頂点は、長く人間として暮らしてきた私が、金毘羅であることに覚醒した瞬間にやってくる。生まれを思い出しながら最後の一点(御山様)を目指して長い坂を登攀していく、その胆力と膂力にすべてが終結していく。しかもそのシーンは、子供時代の私が、人間としての私の生活を不愉快に思わなかった幼かった奇跡の一日、ハイキングで上った山から団扇で神を呼び寄せる天使となる、すばらしい平和と静寂。人間と金毘羅の習合による苦しい暮らしを、真剣かと思えばぱっと身を翻してからかうようなそれまでの語りが、この平和な一点に結実する。
自分を純化させる過程そのものが信仰であり、それゆえ伝導も教化も行わえるわけがない。国家の生み出す認識と制度、性差の生み出す認識と常識、そういった前提を弄びながら立論して悦に入る知欲主義者たちを突き放し、神話と個人の関係を徹底して(妄想という自覚さえ持って)生み出す。
そうか、小説ってここまで自由だったんだ。
実は、笙野節全開の作品で、一番圧倒され、感動したのは今回だった。これはべらぼうな作品だ。要約してどうなるもんじゃない。
読め。以上。

津島祐子「ナラ・レポート」は文學界4月号で連載完結。実は熱心に読んでいなくて、時々抜けてるけど、労作だ。あとでまた読み返してみよう。すばらしい、おつかれさまでした。
ちなみに、群像3月号から連載が始まった橋本治「権力の日本人」。平家物語について、橋本治流に読み解いていくのだが、これもなんだか読んでしまう。

実は、「ナラ・レポート」や辻原登「ジャスミン」(文學界にて集中連載、現在単行本発売中)にしても、そして「金毘羅」にしても、今の日本で生きることを振り返るための、長大さと強靭さに触れている。それはやはり水村美苗「本格小説」に端を発している流れに感じられる(おそらく同時多発的に多くの作者が感じていたことが、時期を前後して出てきたのだと思うが)。
21世紀の小説は、若い世代だけでなく、これほど豊かに語られているのだなぁ、と。

さて、もっと読みましょう!

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驚きの訃報2つ

作家の鷺沢萌が死亡、35歳。しかも、自殺と報じられている。
文芸雑誌「文藝」(河出書房新社)の昨年春号に、特集があった。犬の写真が写ってたな。
すごくたくさん読んだ作家ではないのだが、まだまだ新作を読める人だと思ってた・・・

しかも、火事にあってやけどを負った漫画家の横山光輝が死亡、69歳。
見たねぇ、読んだねぇ、鉄人28号に伊賀の影丸、ジャイアント・ロボにバビル2世、などなど。
鉄人28号のリメイク・アニメが出るという話の他に、こんな話題も出たりした直後・・・

謹んでご冥福をお祈りいたします。

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2004.04.13

イマドキの高層ビルって何に見える?

先に投稿した「暑い日、新宿を歩いた」に続いて。

六本木ヒルズの前あたりから、再び東京の変化が加速している。
朝日新聞4月12日の夕刊は、建築家で東大教授の内藤廣氏のエッセイ「回転ドアと『都市再生』−−よそゆき超高層は不要」を、文化面に掲載している。
六本木ヒルズで児童が回転ドアに挟まれて死亡した事故から話題を立ち上げている。回転ドアそのものに功罪はないことを指摘。むしろ都市再生を目指す高層建築物が、その建物で完結するテーマパーク型の、非常によそゆきの空間を作ることに腐心するあまり、本来人がたくさん出入りする低層階の公的スペースとしての配慮が足りないのではないかと述べている。そして、たとえ企業の私有建築であっても、多くの人が出入りする低層階のあり方を考えて、外からなだらかに連続するような空間設計を目指そう、東品川や汐留のようにスーツとネクタイが似合うただ立派なだけの街では不自然だ、と提案していく。
荻窪を例に挙げ、見かけは決していいばかりではないが、身近な古い建物を活かした濃密な空間があるような街は、成熟していっている、それを助けるような再生がいいのではないか、とも。

少々論理の飛躍があるけど、短いエッセイだし(論文じゃないし)、趣旨は十分伝わる。
私が昨年5月(Blog以前の記事)に書いた「街並とカフェ」の最後のほうも、論理的ではないが、似たようなことに触れた。

ただね。ちょっといたずらっぽい見方が入るけど。
建築家で一流目指したい人は、それこそ「建築とはこういうもんだ!」というような、それ一つで完結してもうケチのつけようのない完璧無比なものを造りたい人も、結構多いのかもしれない、そのあたり、どうなんだろう? でも、ビルは街の一つの要素だしねぇ。(とはいえ、その大きさゆえ街の空気を決定するものの一つでもあるので、問題なのだが。)
それに、スーツにネクタイで隙なくガンガン仕事をしていつもテンパッてる人は、放っておくとノロノロした連中が公共施設をすぐにたまり場にしちまう、そんなフラフラしてる連中なんか日本にはいらねぇんだ、とか思ってたりしないのかな。でも、人間、長く生きてればいろいろあるし、みんながいつでもパリパリ緊張しているわけじゃないからねぇ。ネクタイを緩める時に、ほわーんと出来る場所はほしいでしょ、やっぱり。
なんかねぇ、「日本だって世界標準のトップに常に入ってるんだ!」ときばってる人たちの、ペニス原理の象徴に見えるんだな、最近の高層ビル群は。(←別にまじめにフロイト的な分析を考えてるわけじゃございませんけどね〜)
ビジネス街じゃない地域は、また別の空気を醸す建て方があっていいと思うし、本質的なゆとりがほしいなぁ。それに内藤氏のエッセイは、触れていると思うんだなぁ。

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暑い日、新宿を歩いた

所用で新宿に赴き、ついでに西口の地下街を久しぶりに通った。

小田急エースタウンがリニューアルしていた・・・っていつの話よ>自分。リニューアルは確か昨年のはず・・・単にここを通ってなかっただけなんだけど。
食い物一辺倒だったそこは、こざっぱりと明るく、女性服売り場もある。昔ながらの喫茶店もガラス張りで明るくなり、いくつかの店はなくなった。あのへんで残っていた昭和の風景は、これでなくなったかな。いや、タクシー乗り場のロータリー自体が昭和からの光景か。
売り場案内を見ていると、端に「ミラノ座」の名が入ったカフェがあることに気付いた。ミラノ座と言えば、歌舞伎町はコマ通りをまっすぐ進み、コマ劇場に突き当たる手前の道を右に曲がって公演手前に見えたはずの、名曲喫茶。
店の前に行ってみる。ガラス張り、しかしどうも奥のほうは丸見えではないようだ。ステンドグラスっぽい飾りも見える。入り口の案内を見ると、クラシック音楽とコーヒーというコンセプトは変わっていないらしい。
ただ、昔の、あの古くさい佇まいを知ってると、どうもいまひとつ入る気がしない。誰か一緒の時にしよう・・・
ちなみに、調べるとここにリニューアルしたスカラ座のページがあった。

なんで歌舞伎町の、しかも風俗街のまっただ中にそんな名曲喫茶があるかといえば、歌舞伎町は2次大戦後に歌舞伎座を作ろうとがんばって、その計画は頓挫してしまった。で、それがコマ劇場に化ける。やがて、名曲喫茶やジャズ喫茶などが栄えた時もあったそうだ(私は全盛期は知らん、そこまで年くってない)。まぁいつの間にか性風俗のほうが強い街になって、そっちのナンバーワンになっちまった。ジャズとコーヒーやお酒の木馬も、だいぶ前に消えた。

で、急に、あの歌舞伎町のスカラ座跡地には何があるのか、気になった。
行ってみると、そこはラーメン屋だった。うーん・・・いまの歌舞伎町らしいかな。

***

JR新宿駅に向かう途中で、アルタの裏通りの道を左へ曲がってみる。
そういえば、昭和初期から営業している喫茶店「武蔵野茶廊」があったのを思い出したのだ。
かつて、アルタとその裏手あたりは喫茶店だらけで、文人や編集者や写真家などがたまっていたという(もちろんリアルタイムには知りません)。あそこは移転して残って営業してたなぁ、時々入るし、などと思いつつ歩くと・・・
韓国料理が入っていた。思わず立ち尽くして、左右を見てしまった。こっちのほうがショックが大きかった。
ふと見ると、はす向かいのふぐ料理の店が外を塗り直している。その脇にあった、和の小物を扱っていたお店は、建物ごとなくなっていた。

調べてみると、ここにあるように、今年の1月15日に閉店したという。
決してお客が入っていなかったわけではなかったし、行けばウェートレスもマスターも非常にまっとうなお店だった。コーヒーの味はやや流行とは違っていたけど、本を広げて足を休めるのにちょうどいい。
あのへんは、TOPSくらいになっちゃたなぁ。

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2004.04.11

写真展「アシリ・レラ」

4月9日、四谷の写真専門ギャラリー Days Photo Galleryにて開催されている写真展「アシリ・レラ それはアイヌ語で『新しい風』」に行ってきた。

アシリ・レラさんは、知る人ぞ知るアイヌ女性。山道アイヌ語学校を主宰しながら、環境問題・平和問題に取り組み、講演などの出演多数という方。
12年に渡って撮り続けてきた写真家、宇井眞紀子氏の写真展が、4月6日(火)〜11日(日)。そして、アシリ・レラさん出演のトークイベントが数度開催された。私は9日(金)の部に申し込んだ。

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SunとMSの和解と提携(2)

4月8日 am1:04に出した「SunとMSの和解と提携、その背景」だけど、ある意味わかりきったことを書いたりした。日本の一般新聞には「業績が悪化してきたSunの台所事情と、Linuxが広まっては困る両者の思惑が一致したのではないか」といったような記事が出たりしたもんで、そりゃないよと思った、というのがある。

だけど・・・

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2004.04.08

SunとMSの和解と提携、その背景

やっぱりマイクロソフトはとんでもねぇ」の最後のほうで、ITmediaの記事をリンクして一言だけ触れた、SunとMicrosoftの提携。日本では週末にかかったため、記事の多くは週が明けてから出たようだ。以下にいくつか掲げるが、もっともっと報道されている(選択に他意はなし)。

米Microsoftと米Sun、歴史的な和解により“敵”から提携関係へ(インプレス、Internet Watch)

昨日の敵は今日の友--サンとマイクロソフトが和解(CNET Japan)
特許尊重への動きを示すマイクロソフトとサンの和解(CNET Japan)
  (CNET Japan、他にも関連記事あり)

SunとMicrosoftが歴史的な和解、過去の係争をすべて終結(日経BP、IT Pro)
MicrosoftがSunと和解,10年契約で技術提携(日経BP、IT Pro)
MicrosoftとSunが和解! いったい何が起きたのか?(日経BP、IT Pro)

なにしろアップル・コンピュータ以上に辛辣にマイクロソフト批判を繰り返してきた会社である。それが和解した上に、10年に及ぶ技術提携の契約をした。その重みは確かに、歴史的という言葉になるだろう。
この提携はどっちに有利なのか、どちらがどちらの軍門に下ったのか、という話になりがちだが、一概に言えないところがある。

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身体が開く

寒いなんて言ってたら、その翌日から気温回復。6〜7日はうらうらと暖かい。7日はだんだん曇ってきたけど、それでも身体は楽。
歩きながら、身体がほころんでいくような、周りに対して開いていくような感じ。

これでたまに出るくしゃみがなければねぇ。

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2004.04.07

4/6の本館更新

久々に本館を更新しました。
京都ページの観光篇で、岩倉・宝ケ池の概略を追加。

今年2/22、昨夏の京都旅行で撮った圓通寺の写真を公開しました(旅日記篇にある2003年夏の旅日記に、圓通寺の写真を追加)。
この圓通寺も含めて、岩倉・宝ケ池の概略としています。写真も一緒にどうぞ。

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2004.04.04

続・やっぱりマイクロソフトはとんでもねぇ

やっぱりマイクロソフトはとんでもねぇ」では、PCWatchに掲載されていたXBoxについてのインタビューに触発されて、長々と書いた。えらく大雑把だが逆に、大枠としてこんな流れがあったし、そこをあの会社は見ているな、ということは考えといてもいいなと思ったわけ。

ただ、オペレーティングシステム(Operating System、通称OS)を「コンピュータを操作するための土台となるソフト」と記した。で、操作という言葉についてのイメージが、人によって大幅に異なるみたいだ。
そんなわけで、「やっぱりマイクロソフトはとんでもねぇ」の補足として、OSについて少し整理しておく。

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冷える

なんつー冷え込みだ。東京の最高気温は10.8度とか。
午前、地震で驚いた。震度3は久しぶりかもしれない。
無事に頼みます、大地様。

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やはりマイクロソフトはとんでもねぇ

IT系出版社インプレスPCWatchは、Web日刊ニュースの先駆けとして有名だけど、ニュース以外にもおもしろい記事が載る。最近読んだ「見えてきたMicrosoftの次世代Xbox戦略」(後藤弘茂の海外ニュースという連載記事の一つ)もそうだ。記事は2つに分かれている。リンクは以下。
  (1)
  (2)

内容は、Microsoftのゲーム向けのカンファレンス Game Developer Conference(GDCと呼ばれる)で発表された新プラットフォーム「XNA」について、チーフ・アーキテクトのAllard氏にインタビューしたものだ。
ちなみに、XNAがなんだか知らんという方は、とりあえずCNET Japanの記事あたりで感触をつかんでから、御本家のページを見るのがよいかな。
ただ、ある程度技術的なことを知ってる方は、上記の後藤氏のインタビュー記事から入っても面白いだろう。というか、一番よくわかるかもしれない。
記事はかなり長いし、技術的背景がまったくわからない人に対しての簡素な要約は、無理だろう。読んだという前提で、書きたいことを書いてしまうことにする。

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どこまでも歩けそうな夜

間があいてしまいましたが、花粉症のみなさん、お元気ですか〜?
今年は軽いとか言ってるけど、3月28(日)あたりに急に暖かくなり、それ以降どうも目のまわりがほんのり赤い。かきむしるほどじゃないけど。日によるけど、赤くなったり、平常に戻ったりの繰り返し。目が重い日は、やはり炎症止め目薬を点眼。まぁ例年よりは軽いですけどね。
にわか花粉症じゃなく数十年やってる身だから、慣れてはいる。けど、花がきれいに咲いてきたなぁと思った時に、目と鼻がぐずぐずしてくるのは、どうにかならんかなぁとは思う。

4月2日の金曜日、前日の雨はあがった。お昼前くらいから陽光が出て、午後は見事な快晴。街のあちこちで「あついくらい」という言葉が挨拶代わりになっていた。雨が降ったり、突風が吹いたりと落差の激しい日々だけど、桜は散らず、元気に咲き誇っている。桜並木があればもう街が桜色、でもさすがにこの週末くらいまでか。桃とは別の意味でゴージャス。
夜7時になっても暖かく、上着なし、シャツ1枚で歩ける。なんだか妙に身体が元気。歩調をゆるめないまま、どんどん歩く。どこまでも歩いていけそうだ。気持ちいい。
必ずそういう夜がやってくる。その時に「あぁ、今年も本当に春だ!」と全身で感じ入る。今年は4月2日だった。

翌日の土曜日、朝はいくらか冷え、昼は暖まったけど、夜は寒くなってきた。明日は天気がよくないそうだ。さすがに、どこまでも歩けそう、などとは思わない。けど、これでしっかり春になっていくんだと、身体が準備を始めるらしい。
目の周囲の赤さ、これが一緒なのが、なんだかなぁ。

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