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2004.04.27

なんで古楽か、なんで雅楽か

そういえば、Blogで音楽をとりあげたことがなかった。
実は、昨年より笙を始めた(Blog以前の猫時間通信でも触れないできたが、ある程度続けてから書こうと思ったから)。雅楽の笙である。師匠について、習っている。ゆっくりとした歩みだが、少しずつ吹ける曲が増えてきた。
まったく新しい楽器と、音組織をもった音楽を、自分が中年になってからやるとは、想像もしていなかった。いまから思うと、当たり前に感じるのだが。

高校からアマチュア・オーケストラに所属しつつ、リコーダーなどを吹く。なんでリコーダーやトラヴェルソなどにこだわるのか? 西欧の音楽だと、18世紀以前の音楽か、むしろ20世紀以降のほうが相性がよかった。社会人になってしばらくすると、オーケストラのほうをやめてしまったくらい。
18世紀後半、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンが中核となった古典派音楽。彼らは古典派の熟成期であり、ベートーヴェンなどは19世紀のロマン派を呼び出した人。彼ら以前の音楽を「古楽」とまとめて呼ぶ。
古楽とはいえ、17〜18世紀のバロック音楽、それ以前のルネッサンス音楽と中世音楽がある。それも実は曖昧すぎる分類で、都市国家ごとに様々な発展があり…とヨーロッパの音の源を遡って行く。すると、現代の西欧音楽に流れ込んだ楽器や文化には、十字軍のもたらしたイスラム文化圏の音があった。たとえば、18世紀まで存在した撥弦楽器リュートは、アラブ圏のウードと同根である、など。
その気持ちは「なんでこんなに懐かしいのだろうか」である。日本人なのに、なんでこんなにヨーロッパの音が好きなんだろうか。また、西欧の人と一緒にやれば、呼吸やフレーズの自然さで、かないっこないのに、なんでこんなにやってみたくなるんだろうか。

ウードは中央アジアからシルクロードを経て中国に渡り、唐を経て日本に琵琶としてもたらされた。概念として、それは知ってはいた。
けれど、数年前に生の雅楽を聴いた時の衝撃。自分がいかに頭でっかちだったかを思い知らされたものだった。日本人は6〜7世紀あたりにこの音に出会い、二百年近い歳月を経て(遣唐使廃止などもあって)自家薬籠中のものとした。西洋音楽が入ってきて、根付いていった明治以来の百年。それ以前に、唐などを通じて多くのことを感じ、そして保存してきたものが雅楽だった。

実際、春の双調を耳にすると、青い色が思い浮かぶ(春は五行で木、色なら青)。最初は京都の東山を連想した。奈良の土を踏んで、もっとぴたりとくる場所があった。あおによし奈良。
身体が知っていると思った、生まれて初めての経験だったように思う。

ピタゴラス調律と、三分損益法という調律の共通点。また、教会旋法と、雅楽の調子の、似ている点と異なる点。その他、自分を揺り動かすルーツが垣間見えてきた気がしている。同時に、なんで19世紀の音の相性が悪く感じられたかにも思い至るようになり、むしろ以前より楽しめるようになってきた。
そんな経験をすれば、やはり習い出す。私はやってみなければ気が済まないのだ。音の聞こえ方や感じ方も、少しずつ変化してきているのかもしれない。折に触れてまた、音楽の事も書いていこう。

[付記]
sendaさんのブログtopazの「子供と雅楽を楽しむ会」にトラックバックいたしました。(2005.05.05)

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