« SunとMSの和解と提携(2) | トップページ | 暑い日、新宿を歩いた »

2004.04.11

写真展「アシリ・レラ」

4月9日、四谷の写真専門ギャラリー Days Photo Galleryにて開催されている写真展「アシリ・レラ それはアイヌ語で『新しい風』」に行ってきた。

アシリ・レラさんは、知る人ぞ知るアイヌ女性。山道アイヌ語学校を主宰しながら、環境問題・平和問題に取り組み、講演などの出演多数という方。
12年に渡って撮り続けてきた写真家、宇井眞紀子氏の写真展が、4月6日(火)〜11日(日)。そして、アシリ・レラさん出演のトークイベントが数度開催された。私は9日(金)の部に申し込んだ。

そう大きくはないギャラリーの白い壁に、さりげない日常の風景の数々。レラさんや子供の豊かな表情、北海道の自然、祭りなどの写真に混じって、アイヌ紋様の刺繍も展示されるそれは、頭の奥の何かを揺り動かすような、しかしそれが明確な記憶のイメージとはならずもどかしいような…。
しかも、実子・養子・里子をいっぺんに育てている子供らの写真は、今の日本の日常風景とは明らかに異なる。懐かしいというわけではない。なんなんだろうね、既視感があって、とても不思議な気持ちになる。聖と俗の区別なく人が生きる世界とでもいうか。

写真のあとには、トークイベント「アイヌ文化の集い」。
アシリ・レラさんがいらして、現代日本語訳したユカラ(アイヌの叙事詩)を2篇、演じた。そうして、子供達のためにかわいい話をもう1篇。さらに、帰り際、写真1枚1枚について、レラさんご自身が解説してくださった。

一つ、紹介してみる。
最初に演じたユカラは、長老達の言うことも聞かずに、利益を求めて多く狩り、それを和人に売っていた夫婦の話。いつものように夫婦で交易に出ようと船を漕ぎ出すと、暗雲立ちこめて行く手を阻まれた。人々の諌めにも、長老達の語りにも耳を傾けなかった彼らを、カムイ(神)が許さなかったから。そして、二人もカムイのことを気にかけ、また子供を残してここで死ぬわけにもいかず、近くに上陸した。
近くの岩に扉があることに気付いた夫は、妻を呼んで二人で入っていった。入ってしまうと後ろの扉は閉まり、暗くなる。二人はとにかく進むしかない。やがて小さな光が見えたので、急いで飛び込むと、また後ろが閉まった。扉は古くから言われる、海のそばにある死者の世界への扉だった。長老達の話に耳を傾けていればこんなことにはならないのだが、二人はあまり聞かないでいたので、入ってしまった。
帰ることが出来るのか、不安に思う二人の前に、見たこともないほど美しい森、川のある世界が広がっている。最初は目を奪われるが、すぐに帰りのことを思い出した。ここはどこなのか、どうすれば帰れるか、そこに住む人々に尋ねようと家々の戸を叩くが、誰も答えてくれない。この夫婦が見えず、声も聞こえないのだ。あちこちを尋ねてすっかり意気消沈し、ここはあの死者の来る世界だと気付いた時には、もう遅い。やっと一軒、答えてくれる人に出会った。その人に尋ねれば、やはりここはそうだという。
二人はうすうす気付いていた自分たちの行為に本当に反省し、帰ってしなければいけないことがあると訴える。答えてくれた人は、自分は利益に走ってここに迷い込み、生きながら死後の世界に入って、もう出られなくなった、私のようにならないには、と出る方法を語る。
出る方向を示した上で「そちらに向かう時に、差し出される食べ物を絶対、口にしないこと。どんなにいい匂いがしても、どんなにおいしそうでも、食べないこと」。
夫婦は礼をいい、一目散に出口に向けて走る。おいしそうな匂いをくぐり抜けて、やっと出ることが出来た二人は、戻るといままでの行為を反省した。二度と目先の利益に走らず、木を植え、必要以上には収穫を貪らない生活を続けながら、熱心に子供を育てた。夫婦が老いて、二人が育てた地は、あの世界で見てきたような美しい森と水に恵まれた地になった・・・

その場で聞かないと、語りの気は伝わりにくい。だから、ここで紹介するのはこの1篇だけ。
実際のユカラは、囲炉裏を囲んで輪になって聞くという。火を見ると人は落ち着くから。その際、太鼓なども入るのだが、語りを知っている人々が囲炉裏を叩き、一緒に音を入れていくという。すると透明な音が鳴って、それがまた語りを盛り上げていくのだそうだ。
囲炉裏を組む木は、炭化して乾ききった堅い木だ。おそらく叩いた音は、金属のような木のような、うれしいような哀しいような音がするはず。
夜、静寂、炎、語り、そして乾いた音。想像すると鳥肌が立ってきた。
ところで、私個人は、実は教訓話が苦手である。これは本当に幼い頃から一貫していた。それでも、この話の最後を聞きながら、なるほどそうやって伝えていくのかと、神話的な型の伝達方法に思いを馳せていった。

なお、10日の夜には、長いユカラを演じると話していた。私は所用で行けなかったが、二晩行かれた方も多かったのではないだろうか。ちなみに、写真展は11日までなので、あと1日ある。

もひとつところで、この話は(僭越ながら)私が書いた「繭玉」と類似点があったりする。別世界に行き、その世界の人に触れることが出来ないという点で。
もちろん、私は私でまったく別のところから発想しているし、教訓もないし(だいたい教訓、嫌いだし)、背景から何からまったく違う。まして、ユカラを真剣に読んだことはない。こんなところで似た設定に出会うとは思ってもいなかった。
ただ、驚きはなかった。やはりそうか、という気持ちばかりだった。

そういえば、早稲田の近くにある会社に勤めていた頃、アイヌ料理店 レラ・チセ(風の家という意味)があって、昼食をとりにいったな。2000年冬に新井薬師のほうに移転したという。それからは行っていない。中野か新井薬師方面に行くことがあれば、行ってみるか。

|

« SunとMSの和解と提携(2) | トップページ | 暑い日、新宿を歩いた »

コメント

はじめまして。私も栃木から四谷の写真展「アシリ・レラ」に4月7日に行きました。宇井さんともお会いしましたが、予定外のスケジュールでいらしたレラさんとも、そこでお会いすることが出来、感激しました。レラさんに、アイヌ紋様を描いてもらい帰ってきました。エネルギッシュで肝っ玉母さんのようなレラさんステキでした。

投稿: 桧山 敏子 | 2004.05.08 01:19

こちらこそ、はじめまして。私が行った日はえらく混雑してて、宇井さんも来客やら電話やらでお忙しく、お話はできませんでした。
レラさんはとてもざっくばらんなお方のようでしたね。それに、宇井さんの写真も、妙に思い入れを強く醸さず、その時の光をくっきり写すものだったのが、よかったですね。押し付けがましくなくて。

なんだか雑多にいろんなことを書いてるサイトですが、よろしかったらたまにのぞいてやってください。
それでは。

投稿: kenken | 2004.05.08 19:20

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/16751/423216

この記事へのトラックバック一覧です: 写真展「アシリ・レラ」:

« SunとMSの和解と提携(2) | トップページ | 暑い日、新宿を歩いた »