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2004.04.13

イマドキの高層ビルって何に見える?

先に投稿した「暑い日、新宿を歩いた」に続いて。

六本木ヒルズの前あたりから、再び東京の変化が加速している。
朝日新聞4月12日の夕刊は、建築家で東大教授の内藤廣氏のエッセイ「回転ドアと『都市再生』−−よそゆき超高層は不要」を、文化面に掲載している。
六本木ヒルズで児童が回転ドアに挟まれて死亡した事故から話題を立ち上げている。回転ドアそのものに功罪はないことを指摘。むしろ都市再生を目指す高層建築物が、その建物で完結するテーマパーク型の、非常によそゆきの空間を作ることに腐心するあまり、本来人がたくさん出入りする低層階の公的スペースとしての配慮が足りないのではないかと述べている。そして、たとえ企業の私有建築であっても、多くの人が出入りする低層階のあり方を考えて、外からなだらかに連続するような空間設計を目指そう、東品川や汐留のようにスーツとネクタイが似合うただ立派なだけの街では不自然だ、と提案していく。
荻窪を例に挙げ、見かけは決していいばかりではないが、身近な古い建物を活かした濃密な空間があるような街は、成熟していっている、それを助けるような再生がいいのではないか、とも。

少々論理の飛躍があるけど、短いエッセイだし(論文じゃないし)、趣旨は十分伝わる。
私が昨年5月(Blog以前の記事)に書いた「街並とカフェ」の最後のほうも、論理的ではないが、似たようなことに触れた。

ただね。ちょっといたずらっぽい見方が入るけど。
建築家で一流目指したい人は、それこそ「建築とはこういうもんだ!」というような、それ一つで完結してもうケチのつけようのない完璧無比なものを造りたい人も、結構多いのかもしれない、そのあたり、どうなんだろう? でも、ビルは街の一つの要素だしねぇ。(とはいえ、その大きさゆえ街の空気を決定するものの一つでもあるので、問題なのだが。)
それに、スーツにネクタイで隙なくガンガン仕事をしていつもテンパッてる人は、放っておくとノロノロした連中が公共施設をすぐにたまり場にしちまう、そんなフラフラしてる連中なんか日本にはいらねぇんだ、とか思ってたりしないのかな。でも、人間、長く生きてればいろいろあるし、みんながいつでもパリパリ緊張しているわけじゃないからねぇ。ネクタイを緩める時に、ほわーんと出来る場所はほしいでしょ、やっぱり。
なんかねぇ、「日本だって世界標準のトップに常に入ってるんだ!」ときばってる人たちの、ペニス原理の象徴に見えるんだな、最近の高層ビル群は。(←別にまじめにフロイト的な分析を考えてるわけじゃございませんけどね〜)
ビジネス街じゃない地域は、また別の空気を醸す建て方があっていいと思うし、本質的なゆとりがほしいなぁ。それに内藤氏のエッセイは、触れていると思うんだなぁ。

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