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2004.05.30

6月2日まで更新を休む予定

列島、今年最高の暑さ 東京31.7度、各地で真夏日(アサヒ・コム、5/30)

いや、あっつい、あっつい。
風が吹くとそれなりに気持ちいいんですけどねー。

6月2日あたりまで、所用で更新できなくなる予定です。
まぁ3日ほど黙って更新しなくなることは、これまでも時々ありましたけど、しょっちゅう見に来てくださっている方々もいらっしゃるので、事前にわかる時はお伝えしておきます。

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昔イージーリスニング、いま…

カフェや喫茶店に行くと、どんな音楽が流れているか。
いわゆるカフェ・ブームに関わったチェーン店だと、ボサ・ノヴァやフランス歌もの、または聴きやすいジャズなどもかかる。スタバとか、エクセルシールとかね。
かっちりした喫茶店だと、クラシック音楽(あまり重いものじゃなくて、バロック音楽やモーツァルトなどが中心)もよく流れている。

そういえば、いわゆる喫茶店のBGMといえば、イージーリスニングってジャンルが相場だった頃がある。
イージーリスニングというのは、クラシック音楽ほどシリアスでない、弦楽器主体のやわらかい響きの音楽。映画音楽、大ヒットのポップス、スタンダードなどを、その楽団流にアレンジして演奏する。ポール・モーリア、パーシー・フェースなどが有名どころ。1960〜1970年代に一般的だったかな。
気楽に聴けるなんて言葉通り、BGMとして練り上げられていた。

では、VELOCEのような、喫茶店チェーンが背後についている、カフェ系の店。
時々、1980年代のフュージョン(日本のものでなく、アメリカ西海岸らしきもの)を耳にする。
ジャズが突っ走って前衛になっちまって、かえって野暮ったく聞こえた頃に、ラテンやロックなどと融合する新しい響きを追い求めたフュージョン。もともとリラックスした雰囲気もあって、決してBGMに使えないわけではない。実際、日本のフュージョンの代名詞に近いスクェアの曲は、テレビで頻繁に使われていたし。
ただ、値段が安いことがとりえのカフェで響くフュージョンは、すごく薄いコーヒ−よりも味気なく感じられて、なんだかちょっと物悲しい。

おしゃれな創作和食ダイニング・バー(なんだそりゃ?)といった趣の店に入れば、1960年代ブルーノート系ジャズをかけるのが、数年前に流行った(いまでもやってるけど)。そういや、サンマルク・カフェでもそうか。
だいぶ時間を経て、ジャズはいい感じでリラックスする音にみなされるんだ、と思ったりしたけれど、1980年代の曲はそこまでいってないのか。世間では80年代リバイバルがけっこう行われているわけなんだが、本当に枯れるにはさらにあと10年くらい(つまり出来てから30年くらい)かかるのか。それともそういう問題ではないのか。

まぁどっちでもよくて、時と場を選んで流さないと、音楽がないほうが気持ちよく感じられちゃうから注意、ということなんだけどね。

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2004.05.28

五十嵐大介「魔女」1

発売日をだいぶ経てから買ったコミックスのひとつ、五十嵐大介「魔女」の第1集(小学館、IKKIコミックス)。五十嵐氏久々の、がりがり描き込まれたストーリー。

アフタヌーンに連載している「フォレスト・ノート」「リトル・フォレスト」は、田舎暮らしの中で、浮かび上がってくる思い出や出来事や試行錯誤を、淡々と描いている。絵もどちらかといえば白っぽく、日本の山里の空気がじんわり浮かび上がるもの。

対して、「魔女」の絵は、精密な描き込み。もともと五十嵐氏の絵は、線をたくさん描くものだが、この作品集では線とスクリーントーン、べた塗りのグラデーションが濃い。
そうして、話自体も濃密なもの。

最初の話、第1抄「SPINDLE」は、前後篇から成る。東西にまたがって世界を支配するものが目指す「首都」が舞台。作中で「首都」と呼ばれるそこは、イスタンブールしかないだろう。美しい白人の女性が、この「首都」で自分の望みを達成しそうと動き出す。
一方、「首都」から1000キロ離れた遊牧民族の野営地では、代々女性が糸を紡いで刺繍を織るうちに、「伝言」を織ってしまうことがある。少女は「伝言」を織り、その「伝言」の主の声に従って、首都に赴く。
「首都」での30年前。冒頭の美しい女性、ニコラの幼い日。バザールの若衆の一人、ミマールに思いを寄せるが、ミマールの弟のフォローもむなしく、完全に拒絶されてしまう。その時の強い思いが、彼女を実業家に、そうして、世界を支配する原理に精通する魔女へと駆り立てる。
バザールを取り壊し、スーパーマーケットを建てにやってきた彼女は、手始めに自分を邪魔する者を魔術で始末すると、ミマールの周辺で動き出す。
一方、「伝言」に導かれた少女は、ニコラがミマールをおびき出すために発した声を、一瞬耳にする。
ニコラが指定した中央門とは、東ローマ帝国最後の皇帝コンスタンティヌスの怨念を封印する場。彼女はここで、自分がそれまでに蓄えた力を総動員して、ミマールからすべてを奪おうとするが…
冒頭の話として、作品の基調を示すには十分。おもしろく堂々としている。

「ゾハル」(光輝の書と訳される、ユダヤ教神秘主義の教典、13世紀に出現し、19〜20世紀にまとめられたというが、正確な出自には謎もあると言われる)、「抱朴子」(中国の晋代に、葛洪がまとめた神仙道の教典)といった書名も登場する。黙示録的な設定ではあるが、これら魔術の詳細には触れず、また人類などといった大きな話は出てこない。
どうやらこの作品集は、自分が自分であるために必要であるという確信の元に、その人を強く規定し、かつ突き動かす思いが、周囲の拒絶や軋轢を起こす時の話らしい。
そのとき彼女は、人間の認識の限界を踏み越えて、世界の深部に触れる。死力の限りを尽くして、軋轢に立ち向かう。正確には、魔術の限りを尽くして、だ。
第1話に関しては、欲を言えば、何かが足りない気がする。せっかく説明を少なく紡ぎ上げた話の最後に、少女がちょっとおしゃべりしてしまうところが、少々うるさく感じられてしまったからだろうか。ややぜいたくな望みではあるが。

第2話「KUARUPU」の基本路線も似ている。舞台は熱帯雨林。稀代の呪術師クマリの見せるイメージの深さ。こちらのほうがはるかに強くおそろしい。森の作家、五十嵐大介の面目躍如たる傑作。
こちらでは、熱帯雨林の大開発が済んだ後の収穫について、まさに黙示録的なコマが描かれる。この読後感をどうみるかで、作品の評価とは別の、好悪の印象が変わってくるかもしれない。もっとさらりと描いたほうが、という人もいるだろう。ただ、昨今のBSE、鳥インフルエンザといった問題を思うと、森の作家は静かに怒っていることが、伝わっても来る。

近頃のIKKIは、五十嵐大介をはじめとして、鬼頭莫宏、篠房六郎など、1年以上前のアフタヌーンのような誌面。一方、毎月買うところに至っていないのはなぜだろう、などと思っていた。
でも、この連作集を読むと、なるほど、まだこういう漫画は可能なんだと気付かされた。こうした作品を世に送り出したこと自体に、乾杯したい。

ちなみに「むかし、魔女がいた」という言葉に続いて、見開きで現れる作品集のタイトル。網膜に刺激を与えた時に見えるパターンのようでもあり、刺繍のようでもあり、聖堂の飾りのようでもあり。突飛かもしれないが、「風の谷のナウシカ」冒頭のタペストリーも少し連想して、あの作品が後続世代に与えたイメージの強さも感じたり。「魔女」というタイトルにふさわしい強度。これだけで、作者の気合いがわかる。

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Mac OS X 10.3.4 Update

アップルから、Mac OS X 10.3.4 Updateが出ている。

・ソフトウェアアップデートより可能。

・また、アップルのダウンロードページより、Mac OS X 10.3.4 Updateにて、アップデータ単体のダウンロードも可能。

・内容の詳細は、TIL (Tech Info Library) 内の記事「Mac OS X: Mac OS X 10.3.4 Update について」を参照のこと。

TILの記事の他に、ソフトウェアアップデート経由の情報によれば、ATIおよびNVIDIAのグラフィックカードのドライバが更新され、OpenGLなども含めて向上しているというが、OpenGLを使う環境でも、体感速度がそう向上した感じはなし。あ、iBook (G3 900MHz)だからか?

既存のセキュリティアップデートもすべて入っているという。
セキュリティアップデートが頻繁でないのは、こうした公式アップデータのためなのか?
もしそうなら、セキュリティはセキュリティで、手早く対応策を公表してほしいぞ。

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2004.05.26

Mac OS Xのセキュリティ問題、続いてる?

Mac OS Xのセキュリティアップデート2004-5-24」は、セキュリティ企業Secuniaの指摘した脆弱性の対策だった。アップル・コンピュータでも配布のアナウンスがあった。さらに続報が出ていた。

「Mac OS Xの脆弱性は未解決」とSecunia(ITmedia、5/25)

ヘルプビューアの件は解決しても、disk://のプロトコルの問題は未解決ってわけですか。ふーむ…

ちなみに、この件に関しては既にいいページが出来ていた。

Mac OS Xに緊急の脆弱性(All About Japan [Mac OSの使い方]より)

まったくわからんという方々は、とりあえずこれに目を通すのがいいかと。
ともかく、やっぱりAppleの公式のコメントがほしいところ。きちんとアナウンスやコメントが出るかが、問題の分かれ目にもなっているのだから。

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フォルテ・ピアノ奏者小島芳子氏の訃報

アサヒ・コムより。
フォルテピアノ奏者の小島芳子さん死去

43歳。肺がんだそうである。ショック…
もうあのハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンは聴けないのか。

チェロ奏者の鈴木秀美と組んだ「ベートーヴェン:チェロとピアノのための作品全集」(BMGファンハウス)。これはすばらしい。
いきなり全集は買えないという方は、「シューベルト:アルペジオーネ・ソナタ」(BMGファンハウス)に収録されたベートーヴェンのチェロ・ソナタ第3番をどうぞ。
チェロ・ソナタの3番って、ベートーヴェンの中でも屈指の名曲だけに、フルニエ、トゥルトリエ、ロストロポーヴィッチ等々名盤に事欠かない。
一方、鈴木&小島の演奏。従来のモダンなチェロとは異なる、だいぶ渋い響き。そうして、残響の短いフォルテピアノ(とはいえ、モーツァルトの時代よりはだいぶ長く豊かな音)。古楽器の特性を考慮した演奏は、音量の増減よりも、音色や音質の大幅な変化を活かした細やかなニュアンスなのだが、それに頼りすぎると音楽がちんまりまとまってしまう。二人の演奏は、大きな音楽の骨格を、風通しのよい音でダイナミックに表現するもの。1996年の録音だが、もちろんまったく色あせていない。

27日にお別れ会があるという。所用で行けませんが、ご冥福をお祈りいたします。

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乾いた風と虫干し

雨っぽく、季節外れの台風も来訪、台風一過と思いきや、再び雨。
そんな東京も、25日になって、やっと晴れた。ほんとに5月でしょうか?と思っていたが、肌寒いくらいの風と、強い日差しこそ、5月。
そこここで、猫が虫干しの様子。木陰を見つけては、ヘチャッと座ったり、寝そべったり。調子にのって庭に入り込んで、犬においかけられたり。
湿っぽい日が続いたあとはあやしいのだが、案の定、花粉症的鼻水大噴出。猫は気持ち良さそうだが、こっちはズルズルーである。
でも、梅雨入り前のこの季節、もうしばらく晴れて、いい風がほしい。人間も少しは虫干ししたいし。ズルズルー。

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2004.05.25

芥川龍之介展 @ 神奈川県立近代文学館

横浜の近代文学館」で軽く触れたまま、放置していた。もう一度見に行く機会があればと思っていたけど、いつになるかわからなくなってきたし、感想を書いておく。

朝日新聞夕刊の文化欄でも記事が出ていたし、行けば掲示されているのだが、芥川龍之介展は県立神奈川近代文学館20周年記念でもあり、12年前の芥川展で最多の入場者数を記録した上に、再開催の要望が多かったからだという。そういえば、開高健展などはそこそこの入り、それに比して谷崎展や中島敦展などは意外に入っていた(もちろん漱石展は混雑していた)。文学という言葉に某かの感慨を抱いて行く人々の年齢層を考えると、大正文壇作家および教科書掲載作家のほうが人の入りがいいのかもしれない。(最近の教科書掲載作家はだいぶ変化してきているようだけど。)
今回は土曜日に行ったせいか、特に混雑していた。しかも、手記・手紙や蔵書などの展示も多く、丁寧に文字を読んでいるとあっという間に2時間が過ぎる(さらさら見れば1時間もかからないだろうけど)。私は後半、飛ばして見る事になった。もしも行かれる方で、ゆっくり読みつつ見ていくつもりがあれば、閉館時刻は午後5時であることを念頭に組み立てられたほうがよいと思う。

***

展示会全体は、生涯に沿って、写真・記録・手紙・原稿・メモ・絵などを陳列したもの(生い立ちに関するところは家系図もある)。「横浜の近代文学館」で、旧制高校在学中から海外の原書をかなり読み込んでいたことに触れたが、むしろ日本の怪異譚を集めてはまとめていたことも、印象に残る。王朝ものだけでなく、「堀川保吉もの」「河童」などにも時々見られるゾクッとするような肌触りを連想させる。

今回の目玉は、漱石が芥川の「鼻」を激賞して文壇で高名になった(1916年)直後、小説の依頼がきて書いた作品が、どうにもいい形に定まらない不安を漱石に向けて書いた手紙(プログラムp.8に収録)と、その返事だろうか。悩む芥川に対して、ちょっと考えすぎていて運びがスムーズでないところもあるが、クライマックスのくだりはよく、なにより普通よりはずっとよいのだから、悩みすぎないことだ、何本も書くとわかるようになってくる、といった内容のことが記されていた。
この作品は、「芋粥」である。確かに「鼻」ほどのインパクトはないが、よく知られた作品であり、当時から評判がよかった。自作に対して、厳しいバランス感覚の批評眼で接していたことが垣間見える。

そうして漱石は亡くなり、芥川の初の著作「羅生門」が発刊され(1917年)、時代の寵児への道を歩き出す。同年、薄田泣菫(大阪毎日新聞文化部所属、詩人としても有名)から新聞小説連載の依頼があり、「戯作三昧」に結実。
この頃、鎌倉で教師(海軍機関学校英語担当)と創作の二重生活をしており、その脱出を試みている。結果はよく知られているように、薄田泣菫に話をして1919年、毎日新聞の文化部に移り、職業作家になる。その直前に、慶応義塾の知人に話をして、東京の大学での職業も模索していた。実は、東京に戻ることも大きな目的になっていたようだ。確かに創作に関して、人に会い、資料を得て、ということを考えれば、東京のほうが有利だったのかもしれない。その後は「田端文士村」での生活となる。
おもしろいのは薄田泣菫の求めに応じて一生懸命、新聞連載を心がけていること。なかなかうまくいかないのだが、新聞社に入る前から「給金をもらっているのだから」と何度か試みている(契約でお金をもらえるようになっており、すでに生活には困っていなかったようだ)。
結局、1920年を最後に新聞連載は行われなくなるのだが、妙に律儀な性格だったのだ。

この性格が、終生ついてまわる。1921年、大阪毎日新聞本社に呼び出され、中国特派を打診される。そうして、なんとかケリをつけて出発するものの、直前にかかった感冒がよくならず、特派員記事も満足にかけぬ状態で、予定を切り上げて帰国。その後も体調不良と不眠を抱えたまま、原稿の依頼や督促に律儀に応えようとする。睡眠薬の常用と、王朝ものを書かなくなるのがこの時からという。
律儀な性格は、晩年に至って、自分の家族が経済的な問題で苦しんでいることに際して、親族会議を開いて支援を約束したり(書面に残っている)、改造社の日本文学全集(いわゆる円本)の宣伝のために講演旅行に参加したりと、様々な面に出ていたようだ。心身をすり減らしていったようでもある。

自殺直後の新聞報道が展示されており、当時の衝撃の大きさが伝わる(後追い自殺者が出たのである)。これに匹敵する扱いは、三島由紀夫のニュースが最後だろうか。
菊池寛の弔文、死後の全集作成にあたっての佐藤春夫の言葉なども展示。有名な、宮本顕治が雑誌「改造」の懸賞論文で一等になった、芥川の死を扱った「敗北の文学」もある。(ちなみに、この時の次点が、小林秀雄「様々なる意匠」であるのも有名な話ですな。)

展示会のサブタイトルは「21世紀文学の預言者」である。
会場の至る所に掲げられている「侏儒の言葉」などからの引用。このアフォリズムは、文藝春秋巻頭言をまとめたものである。ちなみに、最近の作家でここまで影響力を持った文藝春秋巻頭言は、司馬遼太郎だろうか。晩年の芥川のキリスト教への傾斜と、遺作「続・西方の人」も当然とりあげられており、ここからも預言者というイメージが立ち上がるのだろうか。
21世紀文学の預言者としての言葉を拾う、という趣向らしい。

***

この趣向が成功しているかどうか…正直にいえば、よくわからなかった。そんなものはなくても、おそらく多くの人がそれなりに様々なイメージと言葉を受け取って帰っていくはずだし。

私が展示されていれば嬉しいと思っていた、初版本の装丁などはあまりなかった。大正時代の装丁はいいものが多いのだが、今回はあまりお目にかかれず(谷崎展ではかなりあった)。
一方、自筆の絵はがき、晩年の河童の絵などが展示されていた。作家が望んではいないのかもしれないが、目に何がとらえられているかが垣間見えて、こういうもののほうが原稿よりおもしろい。もちろん、手紙や手記などは原稿とはまったく別の面白さがあるが。
もっといえば、芥川也寸志がTVで語っていた父の記憶として、SP盤でストラヴィンスキー「火の鳥」などを所有して、聞いていたという話もある。この話に、私はひどく打たれた。当時の現代音楽を、聞いていたわけだ。
(もっとも「火の鳥」は1910年の作品、1920年代にストラヴィンスキーは古典回帰などと言い出して、作風が変化していったのであるが。)
芥川のイメージと、「火の鳥」などの響きは、離れていそうで意外に近くないだろうか。豊麗な響き、急に飛び出すガクガクとしたリズム。そういうものも集めると、晩年の芥川の作品にある、おだやかなようでいて、どこか乱れた、独特のリズムとも通底するものがあるかもしれなかったなぁ、などと思う。せっかく五感を活用できる場なのだし。
そんなことを雑然と考えつつ、プログラムを買って、出た。

あれこれ書いたが、質量ともに大規模であり、作家の生涯と作品を一覧するにはまたとない機会でもある。ご興味があれば、ぜひどうぞ。現在開催中、6/6まで。

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2004.05.24

検索とWeblog

Internet Watch(インプレス)のやじうまWatchに掲載されて、えらく有名な記事。
multithread: institute of informationの記事に、「Google検索結果にウェブログの記事を表示させない方法」がある。ここも含めた様々なBlogの記事が、検索結果の上位に入ってくるとうるさいと感じる場合に、それを除外する方法を示している。
…というか、Googleの検索オプションを見ると「そのキーワードを除外して検索する」項目があるので、わかってる人はもうやってたと思う。ただ、一々やるのが面倒なので、便利な方法を仕立ててみました、ということ。

たとえば漫画家・作家・音楽家などの名で作者公式サイトがないかを調べる場合、Blogの情報はノイズになる、という場合は便利。私も使う手だ。
一方、公式ページがわかったあとで、Blogページで触れられた短文を読むために、あえていっぱいひろって眺めることもある。
どっちもそれぞれおもしろい。

その後のmultithreadの記事には、ウェブログがマイ・ホームページになる日というコラムがある。
少し引用してみる:

さて、僕は別に「下らない日記しか書けない奴はウェブログを使うな」とか言いたい訳じゃない。WWWは誰もが自由に情報を発信できる空間だし、ウェブログシステムは多くの人が使えた方が良いと思う。ただ、WWW検索技術が変質し始めたWWW空間に対応できていないのは確かだと思う。

そう、WWW空間は変質している。もちろん要因はウェブログの普及だ。

そして、検索エンジンがWeblogの内容を適切に評価した新しいエンジンになっていく必要があるのではないか、別に個人Weblogはくだらないからやめろといってるのではないのだ、と繰り返し書いている。
自分のサイトをノイズ扱いされたと思った人で、感情的な反応をしたケースがあったのかもしれないね。
検索は技術に裏打ちされているのだから、自分で可能な限り使い分ければいい。むしろ、検索結果にバイアスをかける場合に、どこまで利用者がそれを楽に制御できるかを研究することが、大事になりそうに思う。

かくいうわたしは、ちょっとメモを残しておこうと書いたら、Googleの「山崎はるか」検索で、このサイトがえらい上位にきたもんで、ありゃりゃと思ってたのだった。(そこの方、あえて試すことはないですよ(苦笑))

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2004.05.22

Mac OS Xのセキュリティアップデート2004-5-24

Mac OS Xのセキュリティアップデート、登場。
ソフトウェアアップデートを起動すると「セキュリティアップデート 2004-05-24」が加わっている。
ダウンロードに関しては、米国AppleのサイトにVer10.3.3用と、Ver10.2.8用が出ていた。
日本は土日にかかっているせいか、まだアップルのダウンロードページ・インデックスが更新されていないようだ。
…っていうか、未来の日付のアップデートなんですけど。

内容は、ヘルプビュワーの脆弱性改訂で、つまり以前ここここで触れた問題を改訂したもの。
とりいそぎ、メモとして貼っておく。

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2004.05.20

文学賞ふたつ

伊藤整文学賞に阿部和重氏の「シンセミア」など決まる(アサヒ・コム)
三島由紀夫賞に矢作氏、山本周五郎賞に熊谷氏(アサヒ・コム)

三島由紀夫賞は、矢作俊彦「ららら科学の子」。
候補のラインナップなどは、こちらからどうぞ。

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コミックビーム6月号

さて、5/12発売のコミックビーム6月号。

連載復活の桜玉吉「御緩漫玉日記」が巻頭カラー。なんつーか…このどーでもいーことの連続つーか、ゆるさつーか…いや、ほめてますよ、やっぱりおもしろい、玉吉。女性アシスタントの鼻歌を発端に自分の無意識ポケットに遡って、それをネタにさらに関係者を巻き込んでいくクダリ、この人ならではの味。
もっとも、20世紀文学金字塔マルセル・プルースト「失われた時を求めて」に始まる記述が、世界中の小説から映画からマンガなどで消費されまくったことを思い、しわしわ〜とした気分にもなってしまう。玉吉のはそれで終わらないからおもしろいわけで、くだらん想起をして損してるのは自分だけなんだが。さて、気を取り直して。

須藤真澄も一時復帰。「おさんぽ大王特別編 小さい夜の音楽会」。バリでジェゴグという竹楽器の大楽団を聞くツアーに参加して、現地に行ってみると、なんと人が集まらず中止になったというじゃあ〜りませんか。怒りつつツアー企画会社に連絡すると…
相変わらず、散歩の範疇を越えてる。いい。先月のコミックビーム、おもしろくてよかったんだが、「おさんぽ大王」のような漫画が全然ないから、風通しが悪い感じがある。一つあるだけで、雑誌の雰囲気が変わる。
須藤真澄のマンガって、おかしいところとホロリのバランスがよくて、しかも癒しには落ちないのがいいんだよな。上野顕太郎のギャグはもともとそういうものじゃないし、竹本泉は普通にねじくれてるし(なんだそりゃ)。いや、両氏の作品は好きだけど。
新連載企画中ということなんで、まぁ楽しみにしてます。

先月、大きなポイントを通過した森薫「エマ」。私は「この展開までは織り込み済み」と書いたけど、多くの読者がコマ割を何度もなめるように眺めていたんじゃないかな。そして、こうやって持ち上げたあとこそが、大切。
その大切な今月。ウィリアムの実の母、ミセス・トロロープの若い日の回想へ、いきなりとんでいってしまった。
こうきましたか、いや、こうでなくちゃ! 先月、感情表現のために大きなコマを多用して、絵によるクレッシェンドを使い切った上で、今月は回想シーンらしい、しかし説明の極力少ない描写。先月があったからこそ、新しく立ち上がる回想シーンも活きる。
映画を見るようですな。そうして、きわめてヴィクトリア朝的な表現。

志村貴子「放浪息子」。モデル事務所に合格し、女の子になった自分の夢に、夢精してしまう先月からの続き。保健室で先生に相談しようとしたら、菊池さんがいたんで相談できず「頭が痛い」とウソついて寝てしまう。結局、早退してうちで寝ていたら、おねーちゃんが同級生の瀬谷くんを連れてくるといって女装をさせ…一応、ネタばれはなしということで。
ひとつ気になるのは、主人公の二鳥修一がイヤなやつと思っているアイツが、割合単独行動を取っているように見えること。こういうケースもあるんだろうなぁ。だけど、個人的な経験や、年下のいじめられ子の相談などを聞いた数少ない経験では、3〜6名程度の集団でいやがらせをする傾向が強いように思っていた。いまの子はどうなんだろう。
志村貴子の作品では、人をあっさり描くところがあるんで(余白を味わうとでもいうか)、ほんとに単独行動が多いのかがはっきりしない。修学旅行の時のように、ふだんは周りとあれこれやっていて、たまたま修一にいやがらせをする時に、一人で向き合うことが多い、ということかな。
あと、男性にとっては、精通が起きたなら声変わりも始まるから、女の子に見えちゃうというシチュエーション自体が成り立たないんじゃないか、という疑問もあるかもしれないな。ただ、ほんとに女っぽいと見なされ続ける子は、声変わりがはっきりしない場合も稀にあるという。第2次性徴を迎える直前の、様々な軋轢と違和感を描き出すためのファンタジー装置は、うまく作動し続けているように思う。

いましろたかし「ラララ劇場」、先月は触れるのを忘れてたけど、今月もいい味。というか、こんな救いのなさ、結構ふつーだったりするんだよなー。
安永知澄「やさしいからだ」、絵柄がひどく変化した。どうしたんでしょうか。
鈴木みそ「銭」、同人誌篇などもコンスタントにおもしろく続いている。あすなひろし「幻のローズマリィ」、先月に引き続き掲載。小池桂一「ウルトラヘブン」はもう少し話が進んでいくのが楽しみ。

しりあがり寿にも戻ってほしいなぁ。準備中だというし。

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昨日触れたMac OS Xの脆弱性

昨日触れたMac OS X上の脆弱性について、続報あり。

「Mac OS Xの新たな脆弱性」の警戒レベル引き上げ(ITmedia、5/19)

情報が公開されちゃねぇ、最高度になっちまうわけだが。
アップルが早いとこ、パッチを出してくれるのが一番。とっととお願いしたい。
ダウンロードしたファイルを開かないのが当面の対策かな。特に、.dmg(ディスクイメージファイル)に注意。
特にSafariの場合は、環境設定→一般を呼び出して「ダウンロード後、安全なファイルを開く」のチェックを外しておくほうがいい。(もともと、こうするほうが安全。)

Safari_pref_window.gif

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2004.05.19

Appleとエンタープライズの関係は、HPCで

ところで、こんな記事もある。

「iPodだけじゃない」HPC分野で利用が広まるアップル〜アップルHPCセミナー(Enterprise Watch、5/13)

HPC、すなわちHigh Performance Computingとは、高性能で安全なコンピュータとネットワークの環境を前提に、並列計算機環境を構築して高度な計算を行うもの。たとえば、遺伝子解析、天文計算、天候のシミュレーション、大規模な流体力学計算、などなど。科学者が中心になって行うプロジェクトが多い。
この分野で、実はアップルが意外に深くコミットしているのだ、ということを、セミナーで訴えたというもの。
実際、海外の研究者が集まるシーンで、PowerBook G4を取り出す人も少なくないことは、過去の猫時間通信でも何度か触れてきた。Office環境とUNIXが自由に混在するのは、やはり便利であるしね。
日本ではそういう場合、圧倒的にIBMのThinkPad(しかも中身はFreeBSDやLinuxだったりする)。これは、かっちりしたハードウェアが好みの日本人に、やはりぴったりくるからだろう。

一方で、こんな記事も。

Mac OS XのIE 5.xやSafari 1.xに任意コードが実行できる深刻な脆弱性(Internet Watch、5/18)

先日も書いたけど、せっかくいいもん、持ってるんだからさ、たのみますよ、Apple Comupterさま。

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SunとMS(IBM)その後

4月に「SunとMSの和解と提携、その背景」および「SunとMSの和解と提携(2)」で触れた、Sun MicrosystemsとMicrosoftの提携は、IBMがモンダイなのだ、という話。
連休明けからゾロゾロと動きが表面化してきた。

「いずれMicrosoftにとって代わる日が来る」Novellが王座奪回に意欲〜VERTAS VISION 2004 Las Vegas 基調講演
  (Enterprise Watch、5/10)
米Sun、米Microsoftとの技術提携の詳細内容を発表
  (Enterprise Watch、5/12)
PCや携帯電話から業務ソフトなどを利用できる新戦略「IBM Workplace」
  (Internet Watch、5/17)
日本IBM、「Webアプリケーションを超える」クライアントソフト新戦略を発表
  (Enterprise Watch、5/17、上と同じくWorkplaceの記事)
IBM、「Workplace」デスクトップソフトに関する新たな提携企業を発表へ
  (CNET Japan、5/17、上記の補足などに)
マイクロソフト北川氏、「Linuxは無料ではないことを理解してほしい」〜GET THE FACTS SEMINAR ゼネラルセッション
  (Enterprise Watch、5/17)
日本IBM、SOAに基づいたミドルウェアとコンサルサービスを発表
  (Enterprise Watch、5/18)
マイクロソフト、Notes/DominoからSPS/WSSへの移行ツールを無償提供
  (Enterprise Watch、5/18)
サン、Linuxベースの統合デスクトップ環境「Java Desktop System」を発売
  (Enterprise Watch、5/18)

もういっぱいあるんで、とりあえずインプレスの媒体からリンクをとり、CNET Japanでちょっとだけ補足。もちろん、ITmediaにも記事が多数ある。
なお、上記記事群に対して、SAPやBEAの動きと、MicrosoftのLonghorn Serverの予定を加えれば、より幅広い視野となって、とりあえずはOK、というところか。
それぞれの記事を要約してもかえって面倒なので、私のことばでざっと眺める。

・デスクトップPCのアプリケーション環境の見直しを提唱しているのが、Sun、IBM、Novell。キーワードは、Java、Rich Client、Linux。
・Lotus Notesを所有するため、インターネットを介してのグループウェア機能からオフィス市場を新たに切り開いていこうというのが、Novell。

・Microsoftのオフィス市場に立ち向かうのが、Sun。しかも、Microsoftとの技術提携の成果と、Javaを生み出した会社である点を、フル活用しようとしている。

・Webサービスとグループウェアのおいしいとこどりをしようというのが、IBM。


・IBMはサービス指向アーキテクチャによるコンサルティングサービスも視野に入れて、より包括的な展開を目指す模様。Javaのエンタープライズの世界で力があるBEAや、最近特に競合が目立つSAPとの差別化をはかり、デスクトップ市場との連携まで視野に入っている。

・IBMはさらに、自社のPOWERチップに関するコミュニティを築いて、コンピュータに関するあらゆるものを提供する会社の強みを、さらに強化しようとしている。

・Microsoftは、なかなか切り崩せなかったLotus Notesの世界を、自社製品への移行ツールを使って取り込む所存 → その先にはLonghornのクライアントとサーバーの世界。

・Microsoftは、Linuxに傾き、Windowsを悪玉呼ばわりされることをほぐしていく姿勢 → その先にはLonghornのクライアントとサーバーの世界。

念のために触れると、Linuxは安価で安定したデスクトップになりうるが、決定打となるアプリケーションがなかったために、いまひとつ普及しなかったと言われている。また、Javaを中心にしたネットワーク・サービスのための環境も、いよいよ整ってきた。そこから、Sun、IBM、Novellがほぼ同時に、このタイミングでぶつけてきた。特に、自社OSと自社CPUにこだわってきたSunが、ハードもソフトも使用した分だけお金を払えばよいという「ユーティリティ・コンピューティング」にシフトして、Linux上での展開を含めた戦略を打ち出してきたことが、注目されている。
オフィス・スィート製品などは本来、PC関連のパーソナルな製品としても取り扱われていたけれど、1990年代とは状況が変わっている。インターネット利用、それもブロードバンド前提が当たり前となり、あらゆるデータをネットワーク経由でやりとりするようになってきた。デスクワークを支えるためにはむしろ、サーバとの連携を前提とした世界が必要になっている。Microsoft Officeのように、大きなアプリケーションが集まって連携する形よりもう一歩踏み込んで、簡単な連絡からファイル共有、文書作成などがシームレスに、セキュアに行える世界。もちろん、Microsoftも自身を変革させようとしているし、各社の一連のオフィス・スィートが本当に新しい世界を開いているかをユーザが検証していくのもこれからだ。

ソフトウェアの開発も重要な観点になる。開発手法は、Javaの登場と普及をきっかけに、大きく変わってきた。問題がでかいので深入りはしないが、しっかり設計して、しっかり作り込んで、その後でじっくりテストして、というサイクルでは追いつかないほど、ソフトウェアに要求される性能も規模も巨大になり、それに応じた開発方法が要求されるようになった。ソフトウェアのパーツを手早く開発してテストしながら、全体像に結びつけていく作業も様々な機会に行っていく。さらに、ネットワークの利用を最初から考慮して、内部構造から使用感まで、よりスマートなものに変えていく必要があった。
こうしたことは数年前から(開発者の間で特に)話題になっていたが、今年に入って大会社が製品を多数発表する動機にもつながっているはずだ。

デスクトップPCの開発仕事をする場合でも、エンタープライズシステムに絡む仕事になる。さらに、組み込みシステムに関しても、ホームサーバーと各機器のネットワークが当たり前になりつつある。通信インフラのさらなる向上とICカードやRFIDなどの広がりに応じて、あらゆるデバイスがエンタープライズシステムと関係してくる構図…うーん…

それはさておき、あらためて、大きな市場をすでにおさえたMicrosoftと、かつてそれを成し遂げており、再び成長の道を歩んでいるIBMという2つの会社が、いかにデカいかを思い知る、一連の発表でもある。
ただ、インターネットという形のない世界を、筋の通った見えやすい環境(しかも柔軟な変化と発展に耐えうるもの)にしていくことが、本当に始まったばかりだと受け止めておいたほうがいいと感じている。
今後どうなるか、すぐにはわからない。ただ、Linuxの大量導入が進む中国やEUのことを考えると、Microsoftが必ずしも有利とは限らない。なにしろ、ここに名前が挙がった企業は、それまでMicrosoftとの激烈な提携と闘いの両方をやってきた会社が多いのだし(Sunだけは初めてになるけど)。

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花粉症的目痛、治まりつつあるみたい

先日書いた「花粉症なのか?」で、目が重くて、鼻水を垂れ流してしまう症状だが、治まりつつあるみたい。
いったいなんだったんだろう。なにしろ、粉塵、花粉、気温の変動(運動性アレルギー性鼻炎)といった具合に、候補がたくさんあって、何がどうだったのか、よくわからない。
とりあえず、落ち着いているうちに。今日はとりあえず、電脳ネタ。コミックビーム他のネタは、また明日以降に。

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2004.05.16

花粉症なのか?

気温と湿度の乱高下が激しいが、13日〜16日にかけて、なんだか目が重くて、鼻がよく出て、いまごろになってなんじゃらほい…と思っていたが、これって花粉症の症状ではないか。
と思って、歩いている人を見ると、時々マスクをしている人がいる。
うーん、そうなのか?

書きたいことはいくつもあるんだけど、目の疲労を軽くするため、少々ペースを落とすつもり。

同じように花粉症っぽい症状が出ている方々に、お見舞い申し上げておきます、はい。

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アキバでの小ネタをひとつ

秋葉原を歩いていると、チラシを配っている。けっこううるさいこともある。
たとえば、コスプレ喫茶・メイド喫茶のチラシを配られないようにする方法。

シャツを、ジーンズの中に入れて歩く。
周囲に「わしゃ、中年オヤジじゃ!」と宣言して歩くようなもの。
これなら、若いコスプレのねーちゃんは、まずチラシを渡しません!

わしはおなかが弱いもんで、シャツを外に出して風通しのよい状態で歩くと、たまに腹が下り気味になったりするもんで、あんまりやらないようにしてるだけなんすけどね。

え? うるさいのは「ソフトあります」と違法販売のチラシを配られる時だって?
それを見た目だけで回避するのは、難しいのでは?

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川端賞受賞作、やっと読んだ

新潮6月号(100周年記念号)、たくさんのエッセイと創作が載っていて、年表もあって、しかもみんな短いからぱらぱら読んでいけるんで、買われた皆さんはそれぞれ「なんだかお得」と思ってるんじゃなかろうか。

本屋大賞・川端賞」で触れた、川端康成文学賞受賞作、絲山秋子「袋小路の男」。初出は群像、この100周年記念号に載録。やっと読んだ。
12年間、高校生から社会人になっても、一人の男を思い続ける「私」の、告白調の短編。
高校生のくせに私服なもんで、ジャズバーに出入りする「私」は、そこで「あなた」に出会う。相手にされなくて、大学に入ってから他の男とつきあって、卒業後は大阪に行って、それでも忘れたことはなく、でも、「あなた」とは顔を合わせなかった。結婚式のために戻ってきた東京で偶然出会う。「あなた」はあのジャズバーで働きながら、作家を目指しているという。昔と変わらぬ無謀さに心が踊り…
いや、短い作品です、直接読みましょう。実りのうすい恋とか、純愛と呼べるけれど少し違うのかなとか、こんな「あなた」に12年間も…などいろんな感想が出るだろう。ただ、感涙必至のストレートアヘッドな純愛小説よりも、「だめんずウォーカー」よりも、はるかに様々なことを感じさせてくれるはず。

ぷっつり静かに終わるラストがとてもよい。
そうして、私が思い出したのは、作者が昨年の新潮で書いた長い「海の仙人」(芥川賞候補になったが、綿谷りさと金原ひとみのダブル受賞となった)。
最初、ファンタジーなる無益で無害なわけわからん仙人が出てくるところから、話が立ち上がる。主人公の男は宝くじで一等賞があたってしまい、会社をやめて、海に引っ込んで暮らしている。家なのに砂を敷く、変わった暮らし。そこにファンタジーが現れて、居候となる。
こちらも、主人公の男と、職場で知り合った女性が出てくる。主人公が宝くじに当たった事を相談した唯一の人。単なる知人から友人になり(女は主人公を好いている)、だが二人は真っ当に向き合わない。そこに、元職場の人間やら、この街の漁師やらも出てくる。そうして、女が男に初めて向き合うべく、駆け寄るところで終わる。
これもおもしろかった。けれど、いくつかある話の軸が並列に配置されてしまい、いまひとつ響き合ってこないようなもどかしさがあった。作品の長さのせいというより、次から次へと沸き立つように並べていったためなのかもしれない、有機的な感じがあまりしてこなかった。
「袋小路の男」は短編、しかも告白調の自在な文体。そこには、それまでのいくつかの作品で描かれた、肉体関係を伴わない人同士の思いが、結晶として宿っている趣き。たいへん見事。

蛇足ながら、川端賞の選評が掲載されている。小川国夫の選評が、作品に響き合う美しいもの。これが作品を一番よく紹介しているかもしれない。

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2004.05.12

暑い、猫ダラーン、練習も暑い

家を出ようとすると、日陰になっている塀の上に、野良猫が一匹。2階から塀の上を眺める構図なので、よく見える。
しかし、デブだ。塀の上は地べたのように肉を支えてくれないから、ビローンと伸びた肉が引力に呼ばれている。
きっと、暑いんで空中に肉をさらして、冷やしてるのかな。猫にやせろといってもわからんしな。

暑い時は、笙の練習が少々きつい。
笙は、火鉢か電気コンロで、吹く前、演奏の合間、吹き終わってから、必ず暖める。水分を飛ばして、まっとうに演奏できるようにする。しまう前にも、水分を飛ばす。
あれです、リコーダーを吹いた事がある方は、水分がたまって音が出にくくなることがあったのを、思い出してもらうといいです。
それを、熱で防ぐ方法、とでもいえばいいか。もちろん、カンカンに暖めたりはせず、湯船よりいくらか高い温度に保つようにする。
[注意:まっとうなリコーダーは木製なので、人肌であっためてから吹く。ヘタに扱うと割れるから。構造に似ているところがあると、扱いも少し似るか。]

暖かいほうが、楽器の鳴りはよい。ぼーんと共鳴するのがわかる。それはそれで、うれしい。
でも、真夏もコンロで暖める。もちろん、やります、楽器は大切ですから。むー。

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ある売り場でのハムスター

某日。とあるデパートで買い物をしてから、ペット売り場を通りかかった。ハムスターがいる。
子どもの頃、2回、飼ったことがあるな。両手で餌を受け取る仕草が、なかなかいい。丸まって寝るのも、なんだかいい。
いまは、種類も豊富で、いろんな模様と毛並み。でも、みんなポワーンとしている。夜行性なので、夜のほうが元気だしね。

あるケージの中では、回し車で寝ているのがいた。
そこへ、一匹、乗ってきた。回そうとする。
ころころと転がる、寝ていたヤツ。
どうする? と思ったら、寝ぼけたまんま、起きた。
で、回そうとするヤツと、反対方向に動き出した。
左右に揺れるだけの、回し車。
2匹とも「???」という顔のまま、回そうとしたヤツが降りた。
と、回し車の中に残されたヤツが、ごろんと転がった。そうして、そのまま惰眠の続き。もちろん、回し車の中で。

うーん…葛藤がほんとに少ないみたいだな。
うらやましいかというと、そうでもないけど…少なくとも、いまに集中して、ヘンに思い煩わないという点では、ヒトより上手だな(あたりまえだって>自分)。

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2004.05.11

SONY、動いた

立て続けに電脳ネタだけれど、SONY、動いた。

ソニー、キーボードレスの最小Windows XP機「VAIO type U」(PCWatch)

「取り急ぎ撮れるだけ撮ってみました」写真で見るVAIO type U(ITmedia)

VAIOシリーズ一新、他にもiPodと競合するHDDプレイヤー(記事はAVWatchより)なども出ている。
携帯プレイヤーにあまり興味の湧かない私は、上記のVAIO type Uが気になった。こういうマシン、待ってた人、多いんじゃないかな。
え? わたしはしばらく様子見。こうも画面が小さいと、眼精疲労になりそうだし(苦笑)。

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アップルはとてももったいない使い方をしている

もう5/6の記事なんだけど、いまさらながら触れておきたい。

アップル、セキュリティ勧告の「不適切」な分類に再三の批判(CNET Japan)

昨今、どの会社でも問題となっているのは、セキュリティに関するアップデートを出さないことそのものではない。
むしろ「きちんとアップデートは出してるし、そうたいした問題じゃないし、被害も出ていないから」といって、正確な情報公開の姿勢が見えないことが、問題になるのだ。上記の記事もその文脈に沿っている。そして、Apple Computer(以下、Apple)がほとんど認識していないように見えることも。

Microsoft(以下、MS)のWindows系OSは当初、便利に使えるような機能を盛り込もうとするあまり、セキュリティの脆弱性が目立つ設計になっていた(ネットワークを介して相互のコンピュータでデータやプログラムを行き来させる機能は、基本的に脆弱性を生み出しやすいものだが、Active XやIE、Outlookなどをはじめとして、MSのソフトはゆるすぎた)。
最初は「そうたいした問題じゃないし、パッチも出しているじゃないか」と言っていたが、専門家やユーザからの非難は大きかった。自身でもどうにかせにゃならんと判断したからか、Trustworthy Computing(信頼あるコンピュータ利用とでもいうか)を全面に打ち出した。あの会社のことだからどこまで本気だか、という当初のユーザの声も、2002年あたりからは、一時の思いつきで宣言したわけではないとわかるようになってきた。必ずしも迅速ではなかったとしても、情報を開示し、パッチをあててくれと呼びかけるようになった。それでもユーザはアップデートしないものだとわかるや、Windows XPの次のサービスパックは、セキュリティ対策を多く盛り込む事になった(遅れてますけどね)。

一方、SolarisやJavaを持つSun Microsystems(以下、Sun)は、Micosoftの設計のまずさを非難し、Sunの製品はそんなことはないと言ってきた。しかし、まったく脆弱性のない製品はない。確かにWindowsよりも脆弱性発見数が少なかったとしても、問題があったらすぐに告知し、ユーザに対策を示さなくてはいけない。
2002年あたりから「確かに脆弱性はMSより少ないけど、ユーザへの情報開示や、セキュリティパッチの提供などではMSのほうが上ではないか」と、非難する向きも出始めた。
現在では、Java Runtime Environment(一般ユーザのためのJava実行環境、通常のJavaはこれがインスールされている、通称JRE)にも自動更新を組み込んでいる。もっとも、いくつものバージョンのJREが混在する場合の問題が、指摘されたりもしてたけど。

どうも、Appleは「UNIX、BSDで基本設計はしっかりしてるし、その上で動かすフレームワークもアプリケーションもきれいに作ってあるし、問題が起きても対処するから」という状態でいいと思っているらしい。一般ユーザにむずかしいことをいうよりも「ソフトウェアアップデートをかければいいし、デフォルトでそうなってるし」というつもりらしい。
それじゃぁ、だめなのだ。セキュリティ関連コンサルタントやエンジニアらは、様々なOSやソフトウェアの間で生じる脆弱性に関して調査した結果を元に、Windows、Mac OS X、BSD系OS、Linuxなどにセキュリティの警告を行う。それらは公開されることも多い。Appleが出すテクニカルな資料は、その勧告や見解に対して、どの問題をつぶしたかの対応が正確にとれるように、情報を出す必要がある。
それとは別途、一般ユーザに対して「○月×日、セキュリティの関するアップデータを出したので、必ずあててくれ」と常々わかるWebページを用意し、表面的なことから詳細まで記すべきなのだ。希望するユーザにはメールでも知らせるべきだ(確かにMac OS Xニュースには一応出ているけど、どれだけのユーザが読んでいる事やら)。それに、ユーザは必ず新しいOSに移行するとは限らないのだから、もしも本気で移行してほしいなら「セキュリティ問題があるので、移行してほしい」とはっきり伝える義務がある。なにしろ、WindowsやSolarisなどと違って、あるバージョンのOSのサポート期間がいつまでかがはっきりしないのだから。

そうして、こういう部分をきっちりやらんから、Mac OS Xは、基礎部分にまっとうなBSD系OSをもっているにも関わらず、WebObjectsというたいへんすばらしいツールがあるにも関わらず、信頼性が一段(どころか二段も三段)低く見られてしまうのだ。TerminalやX-Windowで楽しく遊び、Lispその他でプログラミングに関するアイデアを試すだけでは、すべてを自分でやる研究機関以外からは見向きもされなくなる(いや、もうそうなってるか)。
さらに言えば、Xserveといったブレードサーバを出した場合、企業は単にハードウェアやその保守だけを買うのではなく、セキュリティやアプリケーション環境も含めた総合力を買う。確かに世界第3位のスーパーコンピュータを、Mac OS Xなどで実現できたかもしれないけど、それは大学院生のボランティアというリソースがあってのこと。一般企業ではこうはいかない。

一般IT市場に目を向けているようなそぶりはあるけど、どうも本気でその分野にバリバリ出て行く気もないようだ。Xserveも映画やアニメのスタジオ、音楽制作やビデオ配信、インターネットのプロヴァイダを中心に出荷できればいいと考えているように見えてしまう。
ならば、せめて、個人ユーザに対して誠意あるセキュリティ対策ページを作り、そこに情報を集中させるとともに、アップデータの存在や、OSバージョンアップとの関係を明示すべき。
そういうことを真剣にやらないで、クローズド帝国のままでいるのは、今後問題になるはずだ。

Mac OS Xって、UNIX層からアプリケーションで操作できるところまで、幅広い分野を実装していて、意外に(といっては失礼だけど)よくできてる。まぁJavaなどで若干積み残しなどもあるけど、UNIXマシンとして使ってもけっこう楽しいし、ただのMacとしても使えるし、アメリカのエンジニアや研究者が持っているのを見かけることも意外にある。それほど大きくない会社で、よくあれだけの範囲をカバーできるもんだとも思う。
それだけに、宝の持ち腐れになってて、もったいない、と思うのだ。

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2004.05.09

新潮は100周年記念号、吉田秀和と中原中也

先月の文芸誌をまだ読み終えないうちに、次を買った…雑誌は買っておかないと返品されてしまうし(まぁ注文でも手に入る可能性はあるのだけど)。

今月の新潮は、創刊100周年記念号。世界でもっとも長く続いている文芸雑誌として、多くのエッセイや創作(短編小説)が集められている。
本屋大賞、川端賞」および「勤労感謝の日」で触れた、川端康成文学賞受賞作、絲山秋子「袋小路の男」も、選評とともに掲載されている。これも買ってきたばかりで未読。

さらりと読めなそうなエッセイをぱらぱらめくっていたが、吉田秀和「悼む歌」のところでページがとまった。音楽評論家として高名な氏は、昨年奥様と永別されたことなどもあり、しばらく執筆を止めていたが、今年の春から再開された。その間のことは、レコード芸術での連載再開に、少し触れていた。
新潮のエッセイは、同じころのことを、まったく違う文で語る。
その内容に触れようかとも思ったが、非常に短いものだし、内容をなぞってもうまく伝わらないはずだ。
吉田氏は中原中也と知己の関係にあったこと(これは初期の「主題と変奏」で触れられており、有名)。氏のところへ来た浅井イゾルデと署名のある2編の詩が引用されていること。さらに生前の中也を知るものならではの、言いおくようなことばが出てくること。それだけはメモしておく。
端正な文で詩歌の本質に触れている。一読すべし。

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人のそばの猫

ゴールデンウィークは暑くなったり寒くなったり極端だったけど、今日(5月8日)などは日中暑く、夕方から涼しくなっていった。
買い物をしようと、いつもの猫だまりを通る。猫がたむろすところに面した家は、家人が出てきて何やらやっている。そのそばで、子猫と親猫が、置物のように対象形で、塀の上にいる。よくこうして二匹で、塀の上から人通りを眺めているが、今日は庭でがたがたやっている人のほうを見ている。
いじめたりおそったりしないとわかっている人と、つかず離れずの距離にあるし、塀の上にいて、安心している模様。

猫は犬のように、人の視線と感情を常に寄越せと言わない。ただ近くにいて、ぷらぷらしている。ずるいっちゃぁずるいのかもしれんが、猫のほうが犬よりも早く家畜化されたんじゃないかという説は、こういう時に実感するね。

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2004.05.06

5/5の本館更新

Studio KenKen本館、1ヶ月ぶりに京都ページの観光篇を更新。
洛北は上賀茂神社周辺と、下鴨神社周辺の概略情報を追加しました。京都の古代からの聖地と、その周りを歩いています。

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2004.05.05

この記事か

朝日新聞に、アイヌ料理店レラ・チセを開かれた故・佐藤タツエ氏の記事がある。
  首都圏初のアイヌ料理店十周年 誇り伝えた女性店主追悼
  (オフタイムのパーソン欄)

今日の朝刊でも記事になっているようだ。亡くなられたのは昨年12月31日とのこと。本日、西新宿の常圓寺で式典が開かれるので、掲載されたようだ。
この記事のためか、写真展「アシリ・レラ」への参照数が増えているみたい。

私はアイヌ文化について某かのことを語るほど深くコミットしていない。
ただ、写真展「アシリ・レラ」でレラ・チセに触れた時に書いてなかったので、ここで。

レラ・チセで食事をしたものとして、深く御礼申し上げるとともに、ご冥福をお祈りいたします。

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2004.05.02

アフタヌーン7月号

他に記しておきたいことあれど、とりあえずアフタヌーン6月号(4月24日発売)をば。

昨年から路線が変わり始め、ちょっと波長があわないところもあるなぁ、などと思いつつ読んでたアフタヌーン。そろそろ路線が確定してきたのだろうか。それなりに安定しているか。

今月の注目は、表紙の「ラブやん」じゃぁない。
田中ユキの新連載「神社のススメ」だ。ストレートじゃない恋愛ものを書く人、というイメージがあったが、神社できましたか…と思っていたら、舞といい、雅楽といい、神職の描き方といい、むしろ本格神社漫画となりそうだ。だいたい、神職になった人が一度は悩みそうなところに、まっさきに触れている。連載漫画的第1回としては、とてつもなく正統な話の作りなんだが、過去のこの人の作品から考えても、面白くなりそう。
連載中のものでは、岩明均「ヒストリエ」! ずいぶんゆっくりと話を立ち上げるなぁと思いながら、読んできた。エウメネス(アレクサンダー大王の書記官になった男)の少年時代回想が続いていたが、いよいよ話が立ち上がってきた。スキタイ人奴隷トラクスが、主人の酷使への復讐により、カルディア市を大混乱に陥れる。その死亡を見てから帰宅したエウメネスは、自宅で父の死に出会う。だが、父を殺したのはトラクスだというヘカタイオスの証言を、嘘だといい、査問会が開かれるところからが、今月の話。
ここでヘカタイオスは、エウメネスの言葉の端をとらえて容赦なく責めた上で、彼は実はスキタイ人隊商の子を拾って育てたんだ、証言もあると言明する。初めて知った事実に、驚愕しつつも、妙な納得さえするエウメネス。今度はヘカタイオスの言葉をとらえて、逆襲を始めようというところで、今月はおわり。
このような劇を描くと、現在の漫画界で岩明氏にかなうものはいないのではないか。さらに、この査問会の様子を見つつ、私はイラク問題に激しく揺れた各国の世論やムードを思い出したりもした。時期の一致は、まぁ偶然なのだとは思うけど。

巻頭カラー、ひぐちアサ「おおきく振りかぶって」。野球漫画は、リアルとファンタジーの距離感をどう構築するかがモンダイ。この作品は、リアルに大きく振って、球の間で生じる人に焦点を当てる。そのために、枚数を丹念に束ねて、現実の野球を描き出す。ありそうでなかったタイプ、人気が出ているのもわかる。今月で一段落、増ページは読み応えあり。
その意味では、オタものをテーマにする木尾士目「げんしけん」も、路線としては似ているか。先月の新入部員からの続きだが、サキというよく動くキャラは、やっぱりここでもよく動いてて、作者の中で一番ツボにはまってるんだな、きっと。ちなみに、テレビアニメ化だそうです。作品内作品「くじびきアンバランス」も同時アニメ化とな。もうこのあたり、オヤジなのか全部はついていけん。そうは言いつつも、私が一番笑ったのは、巻末のアメゾ・ザ・ボイスにある、作者の二コマ漫画。
星野之宣「ムーンロスト」(SFを得意とする作家の、スペースもの)は最終回、高田祐三「幻蔵人形鬼話」(桃山からくりファンタジー)は第1期完結。手堅い作品が終了。雑誌の雰囲気が少し変わっていくのだろうか。
そんな中、相変わらずの芦奈野ひろし「ヨコハマ買い出し紀行」。これ、大好きだけど、最近時々アップダウンを感じることがある。今月は二重丸。逆に、木村紺「神戸在住」は、箸休めの回かな、重い話が少し続いたし。漆原友紀「蟲師」、今月はちょっといい話。最後の陰膳、実はなくてもいいような気もしたのだが、読み返すとそうでもないかとも思う。うーむ…まぁ無理矢理結論を出さなくてもいいや。隔月連載で交互に掲載される「もっけ」も、実は楽しみにしとります。
安定してきたとよ田みのる「ラヴロマ」。Blog以前の猫時間通信2003年9月で、一度触れている。「単行本で揃えたりするのはもう飽きてしまいつつあるが、連載は楽しみに読んでる」と書いてて、まぁその基本は実は変わらないのだけど(っておい)、成長していく作品に好感。

まぁこの雑誌、ページ数が多くて、いっぱい連載があるから、他にも「勇午」だの「EDEN」だの「無限の住人」だの「あぁ女神さま」だのの安定連載までいれると、きりがねぇ。五十嵐大介「リトルフォレスト」もどうぞ。
内藤曜ノ介「ラヂオヘッド」は、もう少し連載を読んでから触れたい。

岩明均「寄生獣」、坂口尚「あっかんべェ一休」、高野文子「黄色い本」、黒田硫黄「大日本天狗党絵詞」なんて傑作が出てきたアフタヌーン。最近は静かだよなぁ、なんて思うこともあるけど、なんだかんだいいつつも、読むところはあるか。

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日向と猫

4月29日、それまでの天候がうそのように快晴。そのまま30日、1日と暖かかった…のに、夕方の風の冷たさは、なに? 昼間はカラッとして爽やかですばらしかったが、夕方からは寒いくらい。

最近、猫たちのひなたぼっこを見かけなくなった。冬は日向によく集まっていた。今日のように昼間の気温が24度を越えるような日は、さすがに暑いのか、日向にはいない。近所の猫だまりはよく日が当たるから、午前も午後もあまりいないようだ。暗くなる午後7時あたりになって、やっと姿を見せる。
チビ猫も、ほんとうに大人っぽくなってきた。落ち着いて塀の上に座り、人の流れを悠然と眺めている。まだ小さいけどね。薄いグレーのしましまも、かっこよく整ってきた。
猫にも人にもいい季節だ。

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