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2004.06.05

ビル・アトキンソン氏の語るMac誕生

Apple Computerが開発し、GUI普及の起爆剤となった、LisaとMacintosh。Lisaの誕生は1983年、Macintoshは1984年。(ちなみにTRONプロジェクトは1980年に提起され、1984年に立ち上がっていたことも、念のために並記しておく。つまり、Mac同様、TRONも20周年。)
そのGUIに関わる開発のほとんどを受け持った、Bill Atkinson氏の講演があったそうだが、日程があわずに私は行き損ねた。
以下にレポートがあがっている。

・「ビル・アトキンソンが語る『Mac誕生ストーリー』」(CNET Japan、5/13)

・「ビル・アトキンソン氏講演 in mACademia」(マサトレ、5/17)

個人の報告。だからこそというべきだろうか、貴重な写真がいくつも掲載されている。深謝。

・「ビル・アトキンソンが明かす Mac 誕生秘話」(Mactopiaのスペシャルコラム、林信行氏、5/28)

(上記リンクは最新コラムへのリンク、違う内容が表示された場合は「過去の記事一覧」の第166回第116回をクリック)

・「特別企画 AltoとMacのミッシングリンクがいま明らかに ビル・アトキンソン マッキントッシュを語る」(MacPeople 2004年7月号、柴田文彦氏、5/29発売)

最後の一つは雑誌を直接読まなければならないが、他は直接Web上の記事を参照できる。読めることに感謝。
上記の記事は、いずれもそれぞれの執筆者のアンテナにひっかかった部分を、写真なり記事なりでかいつまんで取り上げている。できればすべて目を通すことをお勧めしたい。

***

これらを読むと、かなりおもしろいことがわかる。特に、Smalltalkを一度でも起動して、簡単なプログラムでよいから、何か組んでみたことがある人には。
Alto上で動作するSmalltalkのデモを見たアトキンソン氏は最初、Smalltalkに非常によく似たウィンドウとスクロールバーを作っていた。ウィンドウは黒線の枠、タイトルはウィンドウ上部左端にあって、スクロールバーは左側。いくつかのSmalltalkシステムをいじったので記憶が混同しているかもしれないが、確かSmalltalk-80準拠の場合、スクロールバーはマウスのフォーカスが当たった場合に、ウィンドウの左側に現れる仕組みになっていたように思う。しかも、Smalltalk-80ではウィンドウを複数のペインに区切ることもよく行われていた。各ペインごとにスクロールバーが現れたり引っ込んだりしていたようにも記憶している。
これに比べれば、確かにLisa/Macintoshの示した、ウィンドウ右側に固定したスクロールバーが現れることは、視点の複雑な移動をなくし、現在作っているコンテンツに集中しやすい環境を形成していったことがわかる。矢印カーソルがテキスト選択しやすいようにI-Beam型に変わることも同じで、カーソルの形の変化がむしろテキスト作業をしやすくしている。また、最初は各ウィンドウ上部についていたプルダウンメニュー。ウィンドウの大きさが変化するたびに、メニューの見え方が変化するために好ましくないとして、画面上端に固定したメニューバーを発明することで解消している。
MacPeopleのみに入っている写真に、初期のLisaの画面のWindowがある(p.18の4番目の写真)。ウィンドウが画面上に散乱することがわかりにくくなるとして、ウィンドウを縮小してデスクトップに並べる写真。これなど、見る人が見れば「UNIXのX-Windowで、1990年代前半のウィンドウマネージャとして人気があった、twmによく似てるなぁ」と思うかも。
後続の人々が考えそうなおおよそのことを、試行錯誤をしながらかなり実験して取り上げていったことが、よくわかる。もちろん、これはアトキンソン氏の記録と記憶に基づくものであり、他の資料をあわせるとまた様々な側面が浮かび上がるはずだが、非常に興味深いものだ。やっぱり無理しても行けばよかったかなぁ、と思わせるほどに。

ちなみに、Altoは研究所で試作された贅沢なコンピュータであり、特に画面上にビットマップを高速に転送することは、ハードウェアによって行っていた。これをソフトウェアですべて実装していると勘違いしたアトキンソン氏は、どうすればあの高速表示が可能かを研究して、QuickDrawに結実したという伝説がある。
実際、ちょっとでもグラフィッカルなソフトウェアを書いたことがあれば、MC68000という非力なCPUであの速度をたたき出すこと自体、只者でないことは理解できると思う。
そうした技術的な側面を、これだけの情熱と実験を通じて、わかりやすく・使いやすく・楽しい操作経験に結びつけようとしたことが、なおすごい。「使っていてなんとなく楽しい」といわれるが、開発者がそう望んでいたからこそなのだろう。

Macintoshを「画像や音楽に強いプラットフォーム」として売っていた時期があった。いまでもそのような認識で販売しようとするケースもある。
しかし、それは違うんじゃないか。
上質で楽しい使い心地があるからこそ、様々なことを情熱をもってやれる、そういう道具であることに力を入れてきたプラットフォームなんだと思う。
その意味においてMac OS Xは、見かけこそ違うが、やはりMacintoshらしい空気を纏い続けていると思う。

***

被験者を用意して、実際に使ってもらい、その様子を観察したりインタビューしたりする役を、ゼロックスPARCから移籍してきたラリー・テスラー氏が行っていたと、MacTopiaの記事にある。
氏は、Smalltalkにおいて、オブジェクト指向言語に必須のクラス階層構造を示すクラス・ブラウザを開発した方だったはず。
そして、その画面の見かけによく似た印象を持つアプリケーションが、現存している。しかも、大量に使われている。

アップルのiTunesだ。いわずと知れた、音楽ジュークボックスソフト。
多数の楽曲をジャンル/アーティスト/アルバムの階層構造で整理・表示してくれる。インタラクティブで、作業モードによる操作の制約も非常に少なく、気持ち良い使い心地を提供してくれる。もちろん、Mac OS Xの開発ツールにおける、JavaBrowser(Javaのクラス・ブラウザ)も同様のユーザインタフェースを持つ。
こんなところに間接的な子孫がいたりするのも、おもしろいところ。

***

ところで、アトキンソン氏の講演は、Mac開発の過去を振り返ることではない。こういう経験を経て写真家になり、既存のカラー印刷システムに不満を持ち、新しい色管理システムを開発した。それを採用した最初の商業印刷会社が日本の帆風であり、記念講演を行ったというもの。
この本題についても、上記記事にあるので、どうぞ。

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