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2004.06.27

バロック音楽と一口にいうけど

西洋の古い音楽、特にバロック音楽が好きだ。ただし、音楽は様々なものを聴く。中世でもルネッサンスでも現代ものでも、またまったく違うジャンルのものも聴くけど、演奏にまで手を出すのが古楽分野になっている、というところか。

バロック音楽と一口にいうけど、時代の幅はけっこう広い。17世紀初頭の1607年、モンテヴェルディのオペラ「オルフェオ」の初演前後に端を発して、バッハやテレマン、ヘンデルらの活躍した18世紀後半に及ぶ200年弱。
大バッハと称されるヨハン・セバスチャン・バッハの息子、エマニュエル・バッハが活躍した18世紀中葉から末にかけては、古典派の完成に向かう時代であり、エマニュエルの晩年はモーツァルトやハイドンの活躍期とダブる。
古典派が18世紀後半から19世紀初頭にかけて、そして19世紀のシューマンがロマン派宣言をして音楽がさらに変わっていったように言われるが、よく見れば古典派以降は1つの時代が100年もない。つまり、世界史という概念が誕生した19世紀の人々の捉え方をもとに、音楽史が記述されている。
その意味では、バッハ以前の音楽の長い累積を、中世→ルネッサンス→バロックととらえるのは、少々乱暴に思えるのだ。

ただ、コレルリがバロック中期、イタリアのヴァイオリン音楽を完成の域に高めたといっても、現在のヴァイオリンのレッスンでのコレルリは、中級者の通過点のような印象が強い。ヴァイオリニストは非常に多くの曲を習得しなければならなし、その中でもコレルリなどが一般に好まれることはあまりないのだろうか。
モーツァルトの持つこわいくらいの純度、ベートーヴェンの深々とした響き、それ以降の作曲家達の情緒の深さや振幅の大きさ、ドビュッシー以降に出てきた不思議な風通しのよさと色彩感などととは、まったく方向性が異なる。
こんな話がある。19世紀後半、一度忘れられたモーツァルトが、ブラームスらの活躍により、再び聴かれるようになってきた。ロシアでも交響曲が初めて演奏されたとき、リハーサルを聴いていた評論家が言ったこと。
「これはこどもの音楽だ」
そう聴こえる人は現代にもいると思う(そして件の評論家は悪い意味で言った)。モーツァルトでさえ、こうである。コレルリを聴いて、そこに表現されたものに深い情緒を見出せない人は、こういうかもしれない。「人間としての感情や繊細さのまるでない音楽だ」などと。
いまだに19世紀〜20世紀前半の音に価値をおくことが多い、現在のクラシック音楽市場をみれば、バッハ以前を十把一絡げにまとめがちになっちゃうのも仕方ないのか。

でも、音楽の聞き方、捉え方、枠組みをいったんとっぱらって聴いてみれば、ずいぶんと音が様々なことを教えてくれる。
私が特に感じるのは、17世紀から18世紀にかけての音楽の変遷は、西欧が今のようになっていく過程を色濃く反映している、ということ。宗教と哲学・科学の位置づけが逆転して戻らないことが決定的になり、都市や国家の交流、さらに植民地による大規模な資本の動きが活発になった時期。スペインからオランダやイギリスに強国の地位が移り、フランスに強い王権が存在し、北イタリアの文化的リードが衰えつつあった時期。その狭間にあるドイツ語圏は、戦乱と混乱の中から、安定を模索していく時期。
いや、話を広げすぎた。音楽に関わる事で言えば、ヨーロッパ世界がそれまでに比べて飛躍的に豊かになり、人やモノの動きが活発になり、時間や空間の感覚が変化していく時期。

***

たとえば、17世紀はまだ先進的文化地帯だったイタリア半島を見ると。
イタリアのモンテヴェルディは、それまでのルネッサンス音楽の、静かで安定した様式とともに、自ら切り開いた猥雑なまでに賑々しく語る、新しい様式の音楽を、意識的に書き分けた。しかし、普通にポップスやロックを聴き、たまにジャズやクラシックをたしなむ人が、モンテヴェルディのバロック音楽、ことに伴奏と歌だけの曲などを聴くと、まずとらえにくくて驚くかもしれない(いきなり聴けるようになる人もいますけど)。歌うというより語り、その合間をガツンガツン動く伴奏で、なんなんだと思ってしまう。そのうち、朗々と歌い出したりするし。
つまり、聴いたことがない響きや書かれ方の音楽を耳にした場合、すっと馴染める場合もあるけど、たいていは少し耳がなれてこないと聴こえないことも多いということ。
遡ってパレストリーナあたりのイタリア・ルネッサンス音楽を耳にして、そこからモンテヴェルディの音楽を聴いてみれば、和声を前に押し出すことから、言葉を前に押し出した音楽の新鮮さが聴こえたりする。

しかし、モンテヴェルディや同時代の作曲家達、少し後代のコレルリらが完成させたヴァイオリン音楽なども含めて、やはり音の作法や様式がいまとは異なる。コレルリの音楽は丁寧で高潔、しかし単調さはなく、きちんと情熱の発露する瞬間も多いのに。
思うに、ゆったりした音楽から始まって、それが落ち着くと初めて速い楽章がやってくる教会ソナタや合奏協奏曲の形式や時間の捉え方が、今の表現とは異なるからだろう。音楽は時間を形式の前提に持つ芸術だから、時間感覚が聴きやすさに直結しやすい。
今に連なる時間感覚と形式感覚、調性を切り開いたのは、17世紀後半に生まれ、18世紀にまたがって大活躍したヴィヴァルディだろう。そう、非常に有名なヴァイオリン協奏曲集「四季」を書いた人。

速い第1楽章、ゆったりした第2楽章、続く第3楽章で華やかに曲をしめる。
耳を強引に引っ張るくらい強く速い旋律で曲を開始して、人々の心をつかむ。
独奏と合奏が適宜交替するだけでなく、独奏に技巧的で響きも華やかなフレーズを入れて、耳を引く山場を作る。同時に、そこに至る過程も単につなぎの旋律や響きにせず、転調や変奏や音色で何かしら音楽的なサプライズを入れて、興味を引き続けようと努力する。
サービス精神旺盛。眠くならない程度の変化と刺激。当時の耳には、アヴァンギャルドに響いたかもしれない。
実際、ヴィヴァルディは18世紀のヨーロッパで非常に有名だった。その後の協奏曲のあり方を規定した。でなければ、バッハが編曲などを通じて学んだりもしないし、テレマンがそのサービス精神を音楽に受け継いだりもしなかったはずだ。

しかし、私はヴィヴァルディが非常に優秀な作曲家だとは思っていない。ただし、ストラヴィンスキーがいうように「生涯に、600曲の協奏曲を書いたのではない、600の変奏曲を書いただけだ」などというほど低く見てもいない。速度感覚と音色感覚を現在に引き寄せることに成功した作曲家の一人として、きちんと耳にしたいだけ。
ヴィヴァルディは確かに時間や音色をより今に近いものにした。だけど、やっぱり、18世紀の人だ。一人の人間の中に宿る、複雑な葛藤などまで音に残したわけではない。そういうものが中心になるのは、移動距離が増えて、様々な環境に身を置く人が増えてきた19世紀以降になるんじゃないか。
移動距離が増え、職業の分化が進み、一人の人間が家庭・職場・社会で複数の立場を意識して生きるのが当たり前になれば、葛藤も増大する。それが、19世紀以降の音楽に出てくる管弦楽の深い響きと大きな音量の振幅に表れてくるようではないか。

逆に言えば、それ以前の音楽を聴く時には、人間の中にうねる情緒や葛藤などを音に表す、という見方から離れて、別のものを聴いてみたっていい。
そこから初めて、自分達が日頃聴く音楽の、より深い可能性にも気付く場合もたくさんあるのだし。

***

話が飛んだ。
そのヴィヴァルディらの音楽と、フランスはルイ王朝の様式の両方を取り込んで、当時文化的後進国だったドイツ語圏の人々から、豊かな響きが立ち上がってくる。その掉尾に、バッハとテレマン、それにイギリスに渡ったヘンデルらがいる。
このあたりが、一般的に言われるバロック音楽のイメージだろう。
ヴィヴァルディのガチャガチャ速い弦楽器の動きは、ドイツの黒い森に染められて、内省の気配を秘めていく。バッハ「マタイ受難曲」のような傑作の生まれる所以だ。
それに飽き足らぬヘンデルは逆に、世界最大の商業地イギリスに渡って、ヴィヴァルディ以降の(今となっては能天気に聴こえる)音楽の集大成のような「水上の音楽」などをものにしている。そのヘンデルは、合奏協奏曲では形式でコレルリに帰りつつ、速度感はヴィヴァルディ以降のものを盛り込んでいて、瑞々しい。

こうした音楽を浴びるほど聴いてから、バッハの息子のエマニュエル、シュターミッツら古典派の入り口の曲、さらにハイドンやモーツァルトに至る音楽を耳にすると、音楽の質量が急に増大するのがわかる。社会が豊かになるに連れて、豊かになる管弦楽。
しかし、ハイドンなどは音に赤裸々に自分を込めるようなことまでは、まだやり尽くしていない。それだけに、ベートーヴェンがいかに革命的だったかも、ひどく強く実感できる。

200年という時間の広がりと、ヨーロッパの東西南北にまたがる広がり。様々な流行の波と、その中で生き抜いた音楽家達。
その時代ごとの、一番アヴァンギャルドな音を耳にする気になって、こういう音楽を聴いてみる。実際にそうすることなど不可能だとはわかってるけど、その気になってみることが肝心。
だから、私は「癒し」のためにバロック音楽を聴くことは、まずない。
そんなだから、1990年代以降のイタリアの音楽家達(代表はイル・ジャルディーノ・アルモニコ)が、うるさいくらいのヴィヴァルディや17世紀初頭イタリアの音を響かせてくれるのが好き。

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