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2004.08.25

8/31あたりまで更新途絶えがちかも

8/24、前日の寒さとはうってかわって、ジメジメと蒸し暑い。梅雨みたいだ。
帰りがけ、猫だまりで3匹まとまって、和んでいた。なんだかそのあたりが、ポヨンとやわらかい空気。
最近、あんまり見かけなかった。カラスが出入りしているからだろうか。カラスはカラスで、なかなかかわいいんだけどな。カラスは猫の天敵だからな。街でも野生のせめぎあいは続く(そんなたいそうな話か?)。

えー、なんか忙しいです、ちょっと眠いです。8/31あたりまで、長い記事は起こさないかも。更新途絶えがちかも(避けたいけど)。
その前がよいニュース(ABC再開)で、よかった。

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青山ブックセンタ−、再開のしらせ

ついに出ましたね、情報が。

経営再建中の「青山ブックセンター」、営業再開へ(アサヒ・コム、8/24)

他に新文化のWebニュースフラッシュで、8/24更新にもあります。こっちはさすがに取次の名前が出てるね。

9/29、午前10時に青山本店、午後2時に六本木店が再開。従来通りヴィジュアルと人文系に特化した品揃えという。
まずは再開を祝しましょう。

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2004.08.23

HHK…キーボードのことです

とある日。キーボードを買いに行った。音楽のキーボードじゃない、パソコンでテキスト入力するヤツ。
私はノートPC主義者だが、ちゃんとした机の上ではやっぱりまっとうなキーボードを使いたいと思うことが増えてきた。今年の猛暑のせいか?
かといって、いま家にあるアップルのキーボードは、やや心許ない。ここはひとつ、まっとうなキーボードを!

そう思うと秋葉原に出向く。別に新宿でも池袋でも有楽町でもいいのに、アキバ。古い人間である。

祝・ヤマギワのソフト館、再開。Mr.ドーナツも早く復活するといいね。

開店したドンキホーテものぞいてみた。混雑にびっくり。アキバのドンキじゃないと買えないものがあるとは思えない。けど、他のドンキより通路は広いし、1階のファストフード系も盛況。よく考えてみりゃ、アキバデパートがデパートじゃなくなっちゃった今、実はここが本当の意味でのアキバのデパートなんだな。実は深く考えて開店したのかも。
電気街を見下ろす、建築中のでっかいオフィスビルやマンション…神保町の変わり様もすごかったが、ここはもっとすごいなぁ。このまま進めば、旧青果市場あたり一帯に漂う「東京下町らしさ」は壊滅しそう。もっとも再開発の予定でもあるのかもう生活や仕事が見えない建物もあるのだが。

***

あ、いや、キーボードだった。これが迷う迷う。まず、マック用のキーボードは種類が以前より減ったのだろうか、選択肢が少なくなったように思う。
Appleの新しいキーボードは打鍵音が静かだが、タッチはいまひとつ。Microsoftは不細工で論外、Logitechは打鍵の反発弱すぎ。Flicoの新品はなぜか見かけず。
サンワサプライから出ている薄型タイプは、iBookやPowerBookのキーが上質になったような感じで、ちょっと心動かされた。ただ、パチャパチャいう音が気に入らないし、内蔵のUSBハブがでかい。
となると結局、Happy Hacking Keyboard(HHK)系以外に選択肢がない。Professionalのあまりのキータッチのよさに驚愕するが、24,000円を超える価格にもびっくり。Professionalよりややスカスカした感じだが、他と比べればだいぶよいHHK Lite2のUSモデルを購入する。Macintosh対応させるためのキット(ドライバ込み)も購入。合計で7千円代後半。まぁ通常のWindows向けキーボードに比べれば高いわな。

まずやるのは、キートップの変更。Macキットには、Winなどと一部異なるキーがあるため、キーを変更しておく(いやならやらなくてよい)。
続いてドライバをインストールして接続し、システム環境設定で設定アプリケーションを立ち上げて変更すれば、すぐに使える。ちなみに、同梱されたドライバはMac OS X 10.2までのものなので、10.3以降はPFUのWebページよりダウンロードする(インストール時にCD-ROMを要求されます)。
細かい設定はしないけど、私はDeleteキーをBackspaceに割り当てて使っている。

適度に指をおろせば打鍵、そして適度な反発。興奮気味にバチャバチャ打ってみても、剛性が高くて安心感あり。なんというか、打つことが気持ちいいのだな。テンキーがなくてコンパクト。打鍵音はやや大きいが、実にまっとうな製品であることを実感。値段を考えればお買い得。
ASCII配列(記号の位置が少し違う)、ControlキーがAの真横にある配列を見ていると、ついX-Windowを起動したり、emacsを起動したりする。特にemacs、viにはグッド。なのだが、どちらかといえば文字入力が一番大きい作業なのであって、そうそう遊ぶ暇もない。
まぁでも、打つテキストの量と、手への負担を考えれば、まっとうな対策を打ったわけで、満足度は高し。

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2004.08.19

AppleがiPodで読書提唱?

もう秋か?」なんて書いたら、途端に関東だけ晴れて、酷暑である。四国はたいへんなようである、もう被害が広がらないといいんだけど。それより、朝日新聞の夕刊。東京の打ち水作戦より、四国の状況のほうが、記事の優先順位が上じゃないのか?

それはさておき。アップルコンピューターは、メールおよびWebで「Apple eNews」を刊行している。まぁ販促用ではあるが、OSや標準アプリのアップデート、セキュリティ・アップデートの情報なども入っているので、知っておいて損はない。
Apple eNews August 17, 2004では、ご存知ですか?New iPodならではの便利な機能に、おやと思った。

電話がかかってきた時、停止ボタンを探して押すより、イヤフォンをジャックから抜けば再生が止まる方が直感的だし、新しいiPodはそうなってるよ、というくだりじゃない。
その先の、テキスト表示機能があるから、青空文庫から落とした小説を読みながら、音楽も聴けますよ、というところ。

これが出てきたのは、CNET Japanのブログで有名な梅田氏の記事や、有名無名の様々なブログや日記で「いいテキストビューアがあればなぁ」なんて話があるからだろうか。テキストファイル表示機能は以前のiPodからあったものだし、いま注目するのは世間であれこれいわれているからではないかと思ってしまう。
でもね、iPodの小さな画面じゃぁなぁ、縦書き表示もできないし(8/7の記事参照のこと)。

そうはいっても、携帯電話で読書をする層がいるということを考えれば、iPodの画面で読書をするのもありかもしれん。青空文庫は著作権が切れた、あるいは著者が掲載を許可したテキストが集められている(つまり古典は結構手に入る)。逆に、現在の人気作はない。断っておきますが、青空文庫のテキスト群を読むだけでも相当におもしろいです。ただ、読み手を限定しそうだな、と。
あ、電車男などを読むにはいいのかもしれんな。
話がそれた。AppleがiTunes Book Storeとか開いて、著作権管理機能付きテキストなんてものを販売し出したら、どうなるだろうか。そもそもApple自身が読書データの販売に興味を示さなければ、実現もしないわけなんだがね、やったら意外に興味を持つ会社もあるかもしれんね。

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2004.08.18

加賀乙彦「ザビエルとその弟子」その後

今年の群像4月号に掲載された加賀乙彦「ザビエルとその弟子」が単行本になった(講談社)。
ここでも4/21にとりあげた。遅まきながら、ちょっと補足。

4/21の記事では、この作品を読了すると、2000〜2001年にかけて連載された、ザビエルを扱った作品、島田雅彦「フランシスコ・X」を連想させる、と記した。そして、これに対する違和感の表明のような作品に見えた、といった意味のことも書いた。
もちろん、これは私の勝手な連想だ。それに、「違和感の表明」というのは、政治的な意味合いはまったく含んでいない。ザビエルをネタに現代を照射する形をとらず、ザビエル本人に出来るだけ直裁に接しつつ、そこから日本とキリスト教というテーマを扱ってみたい、それが一番大切だし、遠藤周作「沈黙」などから連なる今の日本の小説だろうと、作品で表明しているように見えた。そういったニュアンスだ。それに、氏には名作「高山右近」があるし。

そのすぐ後、新潮6月号の創刊一〇〇周年記念号で、エッセイを書いている。作家陣に出された共通のテーマは「作品が生まれる瞬間」。「小説の座標軸」が加賀氏の執筆記事。
小説を書くのに、人物がきちんと心の中で生きていればおのずから書ける、としていくつかの例を出しつつも、やはり小説を書く際の心得は少しあると続ける。

それは、時の流れという横軸の物語を、それを超越する縦軸が支えているという、小説の座標軸である。

横軸は「歴史という実際の出来事と接触することが多い」といい、人生が20世紀の闘争の歴史と関わってきたこと、そこから小説は時代の証人であるべきだという思いが生まれたこと、学んだ小説がスタンダール、フローベル、トルストイらであることなどに触れている。
そして、縦軸には「絶えず変動し混乱して時代の動きを超越して、人間どものあさましい確執を哀れみながら見据えているもの」という。世阿弥の夢幻能が範であり、新作能を書くのもこうしたところからくるという。
そして、ザビエルを書くためには縦軸がきっちりしている必要があり、「私の小説作法の、一つの帰結、夢幻能形式の小説という発想に辿りついた」という。
この言葉は、新刊の広告でも用いられている。バックナンバーを注文できるし、図書館などでも読めるので、ぜひこのエッセイもどうぞ。

読み終えた後の何ともいえぬ淡い味と手応えの薄さ、それにも関わらずなぜか何度も思い出してしまう不思議を、うまく自分の中で消化できずにいた。こちらのチューニングがまだきっちりあっていなかったという感じ。それは、このエッセイですこしく解けた。
それでも私には、この作品はまだ不思議なままである…いや、不思議という感想は、善し悪しとはまったく関係ない。食い足りないようにさえ見えるのに、記憶に結合して時々吹き出してくる、この小説の立ち姿自体が不思議なのだ。
あ、それが夢幻能なのか…
もしかすると、フランスの作曲家フォレ、晩年の室内楽みたいな作品なのだろうか。淡くて、でも再度触れたくなって、なぜか記憶に残るというのは、フォレ晩年の名作の特徴だ。

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もう秋か?

14日夜にあついですねなんて書いたら、翌日の15日は気温が20度程度。一気に14度ほど下がった。
16日の月曜、日が射すと暑いけど、風は気持ちいい…なんて思っていたら、夜の9時くらいから湿ってきて、17日は夕方から雨。
めまぐるしいけど、それ以上に鱗雲だの揺れるネコジャラシだのを見てると、もう9月になったのかと思ってしまうね。

近所の猫だまりでは、毎年春と秋によく見られるように、猫が雨を避けつつも、地べたで寛いでいる。
前を歩いていた若い女性が、猫をみつけると声をかけた。ぐぅ〜っと伸びをしてから、しゃがんだ女性にゆったり近づく。頭をちょっと撫でてもらうと、今度は背中を寄せて「ほら、撫でていいよ、ほら、撫でなよ」といわんばかり。もちろん、女性はにこにこしながら撫でる。
人慣れし過ぎとも思うが、餌じゃなくて撫でてもらいに寄ってくる猫をみると、なんとなく頬がゆるんでしまって、そんな自分はきっとあやしいオジサンなんだろうなぁと思いつつ、帰路につく。

ところで、ココログ、重いよ〜。どうにかしてくれ>@nifty。

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2004.08.16

8/15の本館更新

Studio KenKen本館の更新です。

8/15、京都ページ街ネタ篇を更新。
この夏に出たミーツ別冊「三度目からの京都通本」を枕に、ここ数年の中京で思うことをつらつらと。それにしても、今年はまだ行ってないなぁ。

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2004.08.15

珍しく印刷で戸惑う

うちのプリンタは、沖データ通信のMicrolineシリーズ、いまとなってはかなり古いタイプだけど、まだ現役で使えるレーザープリンタだ。Macでの利用が圧倒的に多いが、たまにWindowsを使うことがある。
とあるMS-Word文書、A4横(Landscape)で、縦書き。これをWindowsから、1枚に2ページで印刷したいと思った。こんな具合の仕上がりになるはず。

Print040815.jpg

用紙設定は、A4横(Landscape)で、縦書き。オッケー。
プリントダイアログを表示すると、1ページに何枚印刷するかを、ドロップダウンメニューで指定できるようになっている。「1ページに2枚印刷する」と指定して、印刷。
全然違う結果が出る。
こっから試行錯誤が始まって…どうもマニュアルも釈然とせず…何枚か紙を無駄にして…

やっとわかった。
用紙設定はもちろん、そのままでよい。
プリントダイアログから、プリンタのプロパティを呼び出す。そして、ここでは印刷方向を縦(Portrait)にしてから、マルチページで「1ページ内に2枚」のアイコンをクリック。プリンタのプロパティダイアログでOKボタンを押して、閉じる。
それで、プリントダイアログでは、1枚に1ページと指定したまま、印刷開始。

つまり、A4横に設定された紙を、縦方向に2枚並べなさいと、プリンタのプロパティ(すなわちOkiのドライバレベル)で指定してやる。プリントダイアログの設定は直接いじらなくていい。
プリンタダイアログでの設定と、ドライバのプロパティでの設定で、似たような項目が重複して存在していて、すぐに見抜けなかったんだけど。それにしても、うーん、決してわかりやすいとはいえないなぁ。

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さんさん

暑い日が続いてますね。明日は雨に注意らしいけど。

午前中から30度を突破する日が続いていますが、夕方に吹く風はけっこういい日もあり。もちろん、湿度でベタベタにならない夕暮れがいいに決まってる。けれど、少なくとも夜には温度が下がる日が多いみたい。その証拠に、ちゃんと猫の姿を見かける。
夜の9時になっても31度くらい、なんて数年前の夜に比べると、意外にふつうの夏なんじゃないかな。もっとも、日中の暑さが続いているから、身体が弱っている方やご老人などには相変わらずきついんだけど。ポカリスエットが必需品であることは、変わらず。
ここで地熱を吸いすぎて、残暑が厳しくなりませんようにと祈っておこう。

全然関係ないけど、この夏、サンダー・ビスワナサンというジャズ・サックス奏者が来日しているそうだ。都内のライブハウスをまわったり、講習を持ったりしているそうな。
もしもNHKに出演したりすると、こんな風に紹介されるんだろうか。

「本日のゲストです。アルト・サキソフォーン奏者の、サンダー・ビスワナサンさんです」

ビスワナサンさんって、なんかへんだー。
(くだらんけど、なんか頭にこびりついちゃったんで、つい書いてしまった。)

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2004.08.11

7/24、伶楽舎、雅楽公演

7/24の伶楽舎、雅楽公演(紀尾井ホール)について、だいぶ時間が経ったがメモしておく。

第1部は古典。黄鐘調の管絃として「西王楽 破」と「拾翠楽」。続いて舞楽「散手」。
第2部は新作。西村朗作曲「夢幻の光」(委嘱初演)。
ちなみに、東京の夏音楽祭2004の参加公演であり、西村朗は同音楽祭で中心的な役割を担っている。

第1部の古典は、ハイライトの舞楽がよかった。管絃は管(龍笛、篳篥、笙)が3人ずつだったが、舞楽では5人編成。音量と音質が強靭になったのは、調子の演奏だけでもよくわかった。舞手が入場すると、兜を着けた面に鉾の力強さ、会場の期待が高まる。一見飄々とした動きのようでいて、要所では丹田から力強い気が漲る。すばらしい!
雅な軽みと、鉾を操っての厳かさが同居。場が清められていくようだ。至福。
暑くて疲れたせいか、眠っている人もいましたけど、まぁご愛嬌。聴衆も概ね熱心だった。

第2部の新作。20世紀後半の現代音楽オーケストラのような響きを、ほとんどそのまま雅楽の管絃に持ち込む。オルガンのように響く笙、ピアノのように響く箏、フルートのように響く龍笛(しかも龍笛はかなりの負荷がかかる演目だったのではないだろうか)。
退屈とまで思わないが、しかし、これを雅楽の管絃でやる意義が聴こえてこない。瞑想法を内容構成の発想の大本にしていると、作曲家自身の言葉でプログラムに書かれている。標題は確かにそうだ。しかし、まるで西洋音楽の、バロック合奏協奏曲のような構成(カデンツァ的ソロもある)。
楽器や響きの生理から導かれた音というより、コンセプチュアルな構成が先にあって、それを雅楽の管絃におろしてきたような作曲。いや、作曲者が楽器の生理にあわせるべきだとまでは思わないし、官能によりかかってつまんない曲になるのは凡百の西洋オペラにたくさんある。だけど、先にコンセプトがあって、それを雅楽や西欧近代オケなどに適用するだけというのも、座りが悪い。
新作雅楽には、再演されてきた武満徹の傑作「秋庭歌一具」がある。あのあとの新作雅楽は、あれを意識して力んでいるのかな、と思える瞬間に出会う。今回、それはなかったけど、新しい音に共振する瞬間も感じられなかった。

西洋の古楽器のために書かれた現代の曲も同様だが、単に従来の音楽語法が、新しい音色で響けばいいのではないことは、作曲者ももちろんわかっているのに、結果的にそうなってしまうことは、往々にしてある。そこから「古い楽器は当時の音楽だけを演奏していた方がいい」という意見が出てくることも、よくある。今回も、舞楽はたのしめたから、余計そういう人も出てきそう。
だけど、現代に生きる我々が、古い楽器や、古い音組織の語法を活かしつつ、今の響きを作り出す事は、決して無意味とは思えない。それが、また今現在の楽器や音楽に影響を与え合ったりするのだし。だから、こういう機会は非常に大切だと思うが、その結果がこんな体験というのも悲しい。

こんなこともありますが、新作雅楽、これからも続けていただきたいとは思ったのでした。

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2004.08.07

カルロス・クライバーが聞かせてくれたもの

カルロス・クライバー逝去に対して、独善概論から、トラックバックをいただきました。多謝。

私が最初に買ったクライバーの録音(当時はLP)は、実は父のエーリッヒのものだった。ウィーン・フィルを振ったベートーヴェンの交響曲第9番と第3番。もう手放してしまったのだが、すっきりとバランスがよくて、こういうドイツ系音楽家もいるのか、と気持ちよく聞いていたことを覚えている。
そのすぐ後、カルロスがえらく有名になった。日本デビュー盤の第5番を聞いてみて、ビックリ。バランス感覚のよさは共通するところがあるものの、響きがまったく異なる。オケの合奏への集中度がきわめて高く、メゾフォルテのなんでもないフレーズがしなやかに響き、そのしなやかさを失わないままにフォルティッシモへ登り詰める。クライマックスでのテーマ(有名なダダダーン)、その強靭さに鳥肌が立った。実際の速度以上に速度感を感じさせるリズムの運びにも驚いた。ヤラれてしまった。
こういう路線では、ベートーヴェンの第7番が最上のものだと思う。木管と弦と金管が寄せては返し、異常に音が豊富な第4楽章。速くないのに、ものすごく速く感じる。
逆に、第4番など、オケはたいへんかもしれない。あの速度の第4楽章は!

私はオペラ鑑賞がどちらかといえば苦手なほうで、特に昼メロ以下の内容のないお話だと我慢できなくなることがある(オペラなら歌舞伎のほうがいい)。見るなら20世紀以降か、18世紀以前のものがありがたい。その意味でも、彼が得意とした「ばらの騎士」のすばらしさは、得難いものがあった。内容のある台詞と筋運び、一流の歌手に、文字通り錦上添花のオケ。
ヴェルディ「椿姫」(私は作品としては「?」だが)、ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」、またベルクの「ヴォツェック」など、真摯な葛藤を強いる状況自体をテーマにした作品に注力し、他は振らない。彼がいかに、心身ともに中身の濃い音楽体験を重視していたかがよくわかる。また、20世紀がいかに人に葛藤を強いた時代だったのかにも思い至る。そういえば、エーリッヒが南米に逃れ、そこで育ち、後にヨーロッパで音楽を志すも父に反対された、それがカルロスだった。

そう多くはない録音の中で、一時期ずっと心を占めていたもの。
それはブラームスの交響曲第4番。ウィーン・フィルがあんなに熱心に弾きながら、醒めた目がどこかで見つめているようで、響きは枯れているのになお生々しい。諦観などという落ち着いたもんじゃない、こんな風に、地上に異世界(黄泉の国と言ってもいい)を呼び寄せるような演奏がなんで可能なのか。スコアを見ながら何度も繰り返して聴いた。
ブラームスをあまり聴かなくなり、後にアーノンクールがベルリン・フィルを振った第4番で新しいフレージングに耳を洗われたとき、思い出したのはやはりカルロスの録音だった。
19世紀に生まれ育ち、自分達は18世紀の極上の作曲家達には比較すべくもないと述懐していたこともあるブラームス。その覆しようがない葛藤自体が音になる様に自らを没入させるからこそ、蒼く深く広く燃え上がるあの音が出たのだろうか。

20世紀は本当に終わったのだと、感じ入った。

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ベランダに飛来して逃げるもの

夕刻、ベランダで音がした。蝉のような虫の羽音、続いてカツーンと手すりを叩く金属音。

何事かと出てみると、手すりにカラスが止まっている。私から目を背けるや飛んで、向かいの木に止まった。またすぐに羽ばたく。その向こうには蝉が数匹、飛んでいく。

蝉を追いかけていて、ベランダに逃げ込まれたので、追ってきた。つかまえ損ねた上に、人の気配がしたので自分が逃げた、というところか。
食べるのか、追いかけて遊んでいたか、両方か。ふだんは雀が遊びにくるくらいの静かなベランダでの、熾烈な追いかけっこ。直後に少しドキドキした。
まぁ珍しいものを見た。えらく湿っぽい夕焼けだった。

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iPodとiTunes Book Storeと、電子書籍と

iPod miniの発売が、三大紙と日経と産経の夕刊の記事になる…そして、その後もiPod mini人気は衰えず、しかも供給は潤沢でなく、第4世代iPod(白い新しいヤツね)が売れていることが、ごく普通の人々の口にのぼる…
ほんとうに一般的になりつつあるようで、驚いた。

私個人は、移動中に音楽を聴くことはまずない。その時間に何かするとなれば、読書だ。つまり、iPodが発展して電子書籍も読める形がほしいと思っていた。audible bookだけじゃなくて、ちゃんと読めるデータを、著作権管理した上で販売できるシステムがあるのだし。
そのことを7月中旬に書こうと思ってたが、同様のことを思う方は多いようで、CNET Japanの人気コラム「梅田望夫・英語で読むITトレンド」に先を越された。7月26日「iPodをめぐるあれこれ」の最後には、以下のような言葉が出てくる。

さて最後に、音楽人間というよりも活字人間の僕が欲しいなと個人的に思う「Pod」(取り外し可能な格納機)は、活字ビューアーだ。その対象は、インターネット上に溢れているコンテンツで、かなりまとまったボリューム感のあるもの。短いものをざっと眺めるのではなく、がっちりしたものをじっくり読むには、やはり本のフォーマットが優れている。気軽にコンテンツをダウンロードすると、日本語の場合ならきちんと読みやすい縦書きの本(あるいはいろいろなフォーマットに)に自動的に組んでくれるいいソフトが内蔵されているポータブル・ビューアー。ハード的にはソニーのLIBRIe(リブリエ)や、その競合や、その延長線上で用意されてくるものでいいが、電池が長持ちして、ユーザ・インタフェースとデザインをiPodのように素敵なものにしてほしい。

梅田氏がそのようなデバイスを持ったなら、青空文庫プロジェクト杉田玄白などのデータを活用して、自分専用ライブラリを構築して持ち歩きたいという。

現在でも青空文庫リーダーとして、azurがある。ただし、azurはPC上に特化しており、いまひとつ持ち歩きの利用には遠い感じがある。PDA上でT-Timeを使う手もあるけど、もっと簡単にデータ管理をしたい。
またiPod自体がすでにテキストリーダー機能を持つのだが、あの小さな画面で、縦書きなど思いもよらぬリーダーで、長文を読みたいとは思えない。(ちょっとしたテキストを眺めるのはまぁ可能だけど。)
でも、iPodは機器として大変優れているから、あんな風に軽やかな使い心地で楽しめる電子書籍ビューアがあればいいと感じる人は多いはず。

しかし、それより、もっと重大だと感じていることがある。
アメリカやヨーロッパでiPodが成功しているのは、iTunesと、iTunes Music Store(iTMS)と、iPodがスムーズに繋がって、自分の音楽に囲まれる喜びをいとも簡単に満たしてくれることだ。持っているCDを取り込める。ないアルバムや曲を、iTMSで気軽に試聴して、バラでもアルバム単位でも好きに購入できる。iTMSは、ビルボード・ヒットチャート・トップ100を年度別に見ながら購入したり、有名人のプレイリスト(Celebrity Playlist)を見て、自分が持っていない曲を、必要なら試聴した上で購入したりと、至れり尽くせりである。購入した曲を、CD-Rにも焼ける(回数制限はある)。
iTMSは日本ではまだ始まっていない。だから、いまの日本ではiPodの人気だけに目がいく。
でも、たぶんiPodの成功の背後にある、全体のサービスこそが重要であり、それはそのまま日本のレーベル(多くは電機メーカーが資本に噛んでいる)には脅威になってしまう。だから日本のレーベルはなかなかiTMSと契約したがらないようだ。
でも、気軽に試聴できて、購入も簡単で、その後の活用の幅が大きいというのはきわめて重要。

これが電子書籍にきたらどうなるだろう。Webブラウザ経由じゃなくて、ビューアとショップが緊密に結びついて、しかも著作権管理もある。試し読みもちゃんと出来る。フリーのテキストデータもちゃんとダウンロードできて、容易に持ち運び用書棚が出来上がっていく、それも古典から今のものまで好きに選べる…こんな電子書籍サービスが始まり、そのビューアとデータを持ち運ぶデバイスがある…その時こそ、真の成功になるんじゃなかろうか。
ソニーが立ち上げた貸本システムと、端末のLIBRIe。端末自体は初号機としてはよく出来ている。ただ、購入手続きやユーザインタフェースなどにまだ工夫の余地がありそうだ。PC上でのユーザインタフェースのヒントが、azurにちょっとだけあるような気もしている。
ただ、ソニーは貸本システムにこだわっていて、もしも購入したいならばちゃんと出版社の本を買ってほしい、既存の本のよさを補いつつ、ちょっと読みたい人向けのサービスなんだと言っている(以前の記事の他、各種雑誌インタビューでも同様の答えがなされている)。この基本思想は、出版社と喧嘩したいと思っていないこともあるだろうが、現在の電子書籍システムがまだ取り回しのいいものではないことを、認めているからではないだろうか。
データを所有したい人向けなら、ビューアでの立ち読みと購入がスムーズに操作できるようになってほしい。出版社も簡単に絶版にしないでほしい。そういう体系が整ってくれば、ちゃんとした市場に育ち始めるように思う。

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2004.08.05

青山ブックセンター再建、続き

丸一日かかってしまう予定が何日も続き、ABC再建の話題以外は更新できなかった。
移動中に群像連載の橋本治「権力の日本人」を2ヶ月分まとめて読んでいたり。平家物語の橋本治流解説。これ、開始当初は期待してなかった(すまん)けど、けっこうおもしろいです。橋本治文体に慣れるよう頭をチューニングするのにちょっとかかるかもしれんけど、日本の組織人の官僚性などいろんな日本の今を考えるためのヒントがあちこちに散りばめられてる。まだ連載半ばだけど。

さて、そのABC再建記事へのトラックバック、多謝。

Think negative, act positive記事からのトラックバックは、私のABC再建の短い紹介じゃなくて、7月17日の記事「青山ブックセンターの営業停止の反響の大きさ」に対してだった。たぶん、私の一連の記事の中では、ここが一番考察の多い記事だったからなのだろう。
洋販という取次が書店を経営して、タワレコなどの店に買っちゃう勝っちゃうのは問題があるかもしれないけど、やってくれという声。Apple Computerが直営店をやっちゃってるこのご時世、それもありなのかもしれない。
もちろん、洋販がやるからといって、洋書にシフトするだけではなかろうとも思う。国内の本も含めて、やはりここ10年ほどの勢いがなかった書棚を、もう一度リフレッシュしてほしい、そのために、既存の流通網に穴をあけてもいいんじゃないかとも思う。版元から直接仕入れて並べるのを得意とするくらいでもいいと思うし。

*second message*記事からのトラックバック。私の記事で知った上で、洋販のプレスリリースを引用している。丁寧にどうもです。
新宿に肌のあう書店がないから、ABCを利用していたという客は多かったようで、私もそうだったのかもしれないな。でも、一番の問題は青山本店がけっこうすいていて、そこを再建させることなのかもしれない。あそこは人が流れてくる場所じゃなくて、わざわざABCヘ行かなければいけなかったから。六本木店、なくなった新宿店よりも、ここがなんとか軌道にのってほしいと、個人的には思う。

BigBanの記事からのトラックバック。確かに、ここを愛用している人に限ってつぶれるとは思っていなかったろう。
一部報道では、問題があったのは書店じゃなくてグループ経営の方だという記事もあったし(7月24日の記事参照)、後に紹介する新文化の記事もそう書いている。そうであったとしても、書店というのは薄利多売、再生は簡単にはいかないと思う。再開しても、前よりパワーダウンしたと言われては、かえって人が離れる可能性もあるだけに、気合いを入れ直したいい顔で再会したい。

***

本屋が情報のポータルとして長く機能してきたけど、インターネットが出て以来揺らぎつつある。ABCの再建がうまくいったとしても、中小の書店が厳しい状況には変わりない。
ジュンク堂のようなメガストアは、出版中のたいていの本と重要な絶版書までがあって、棚を見ることが出来て、ちょっと座って読めて、よく本を知っている店員も抱えていて、端末で検索もできるという具合に、既存の本屋と検索型ネット書店のいいとこどりをしている。だから人を集められるし、ほしいものがいくつも見つかってしまうと、どれか一つは買っちゃうという心理をうまくついているように思う。しかも、池袋は現在、埼玉と東京西部両方からの仕事人(含自由業)・学生が大量に流れ込む場所である。本は神田という常識がまだ生きていた頃に、あえて神田につくらなかった見識はすごい。たぶん関西が本拠で、関東の常識にとらわれない上に、商売人としての計算もきっちりあったのだ。

本と言えば、喫茶店・カフェ。大規模な本屋にカフェが入る昨今の事情だけでなく、昔から本屋のあるところに喫茶店、カフェはつきもの。喫茶店の経営事情もけっこうタイヘンだという。
小規模経営の喫茶店がかなり減っている一方で、チェーン店がちょこまか増加していること、さらに客を店が客を選ぶくらい個性的なカフェがぽつぽつ出来ていること。
さて、書店がメガストア中心になって中小規模店が減っていること、効率よく売れ筋をおく大型書店(メガストアより小さいが通常よりは規模の大きな書店、あおい、Book 1st、旭屋など)はそれなりに生き残っていること。その一方で個人経営の、やはり顧客を選びそうな古書店は繁盛していること。
この二つは、関係がありそうに思える。ちゃんと生き残りたいなら、売れ筋を揃えて、店のイメージを明るくそこそこ感じのよいものにして、様々な人々にそこそこ便利な店として来店されるようにすること。そうじゃなければ、メガストアに到達するか、個性的な小さな店で常連を集めていくか。

ABCは、個性ある東京の中型書店だった。その個性は、ここ10年くらいで薄まっていく傾向も感じられた。とはいえ、他の大型書店にはない書棚であり、だからこそ惜しまれた。
今までの反省の上で再出発するのもいいけど、どんな客が店を愛して買い物をしていたか、またどんな客にこそ愛されて長く来店されたいか、そういう人々はどれくらいるだろうかを描いて、今までの店にとらわれずに、長くしたたかに商売をしてほしい。
上記のカテゴリーなんか粉砕するくらいに。

***

さて、新文化の8月4日のWebフラッシュニュース。引用する。

青山BC、3社合計負債30億円

8月2日に債権者に宛てた文書で明らかに。破たん原因については、ビル建設のために土地購入・建物建設資金を借入れたがバブル崩壊とともに土地の価値が下落、結果債務超過に陥り、運転資金も借入れできなくなった。そのため、栗田への支払いが滞り、同社から破産申立てを受けたという。

洋販の再建案詳細はこれからと、先日の記事にもある。洋販自身だってタイヘンな状況のはず。ツッコミドコロ満載の再建だろう。それを跳ね返して、再起してほしいな。

というわけで、上記の3サイトの他に、plus 87記事にもトラックバックをば。

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2004.08.03

青山ブックセンター、再建へ

あぁ、書く時間なくても、「青山ブックセンター、民事再生の可能性?」の続きだから、触れとかなくちゃね。

新文化のWebニュースフラッシュ、8月2日の記事によると、青山ブックセンターは再建への道を選択したそうだ。一部引用してみる。

ABCを運営するボードほか2社は7月30日、東京地裁に民事再生の申立てを行った。支援表明していた洋販に、3社全体の株式の80%を売却し、経営権を引き渡す。洋販は早期に金融機関から資金協力を得ると同時に、取次会社の協力を取り付け、橋本店を除く4店舗の営業再開を果たしたい考え。

詳細は直接上記サイトへ。具体的な再建については今後詰めていくとのことだが、保全監督命令が出て、破産申告は中止になった。この夏末を営業再開の目標にしているそうだ。
気合い入れた棚構成で、またやってくださいませ。

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