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2005.05.06

笛吹きもオーボエ吹きもなぜか好き

[バッハの無伴奏チェロ組曲 BWV1007-1012]

前回一曲一話の続き。未読の方はそちらを先にお読みください。)

ところで、ブリュッヘンの<<ラ・フォリア>>はすばらしかったのはいいが、肝心の笛で吹く無伴奏チェロ組曲はどうなったか。

リコーダーが非常にまっとうな楽器であることは、あの演奏でよくわかった。
そこで練習曲がたくさん載っている楽譜や教則本を買ってきて、他の曲で指と舌を慣らしていった。しばらくすると、第3番ハ長調のメヌエットのように、ほとんど旋律を聴かせる曲は、それなりに聞こえるようになっていく。

吹いていってもわからないのはたとえば、第1番の出だし、プレリュード。
G音を基調に落ち着いた分散和音が進行していくこの曲は、河の流れのように揺るぎない。その流れがD音で一度ゆるやかになる。上りの音階から微妙に転調するように見えて、下りの音階で軸足をDからAに移すと、徐々に急な流れになる。A音を軸に激しく周囲を飛び回る音はしかし、太い流れの中で己を見失うことがない。オクターヴ高いG音を中心に広々としたト長調の分散和音に戻ると、曲はさらに太い河となって終わる。見事な一筆書きのようだ。
チェロという楽器は、胴の共鳴が素晴らしい。これだけとれば、ヴァイオリンよりはるかに魅力的なくらい。この胴鳴りを利用して、低音パートと高音パートを弾き分けられるし、さらに分散和音が部屋の隅々まで広がるように弾くこともできる(もちろん、それなりに技術を要するが)。
この響きの豊かさを利用すればこそ、プレリュードの滔々とした流れが醸し出される。
リコーダーはそれが難しい。いや、できないんだ、本来は。残響の多い学校の踊り場を使っても、悲しいくらいのっぺりした響きになる。

ブリュッヘン本人によるあの楽譜の演奏は、絶版だという。他の主な録音を次々に聴き、1970年代後半〜80年代前半を彩ったセオン・レーベル(現在CBSより復刻)の最新録音(バッハのブランデンブルグ協奏曲の名演奏があった!)を聴いても、その疑問は晴れなかった。
やはり、あの楽譜の演奏を聴きたいものだ。
そう思っていたら、廉価盤として再発売された。早速買ってきた。(まだ高校生だったと思う。)

胸を躍らせて、針をおろした。
いや、すごい。すごいんだが…
リコーダーで吹いた無伴奏チェロ組曲第1〜3番は、確かにバッハの音楽ではあるが、当曲を知る身としては、手放しで感動する、というほどでもなかった。やはりリコーダーという楽器であの曲を演奏することは、無理を伴うと感じないわけにはいかなかった。最初に出会ったのがコレルリの編曲であったことを、ラッキーに感じたくらい。

ただ、発見はあった。
聖書のように押し頂いて、荘重に、あるいは厳粛に演奏をするのが常識だった頃に、1本の笛を超絶技巧で駆って、軽々と踊るように、音楽を彫り込む。
この組曲は、実はバロック音楽の通例にあるような、単なる舞曲集である。
くっきりとそう宣言するような演奏。
かといって、音楽のおもしろさはまったく損なわれていない。運動性を強調した軽い演奏であっても、音楽の太い幹は微塵も揺るがない。
バッハの音楽の凄みを、別の面で見せられた。また、それを感じさせるブリュッヘンの演奏も、やはりたいしたものだったのだと思う。

そして、セオン・レーベルから、アンナー・ビルスマによる、バロック・チェロの演奏が発売された。
バッハの音楽にへばりついた付着物を洗い流したと評され、多くの演奏家や評論家にショッキングとさえ呼ばれた、あの名盤だ。
これを耳にした時、思った。
そうか、ブリュッヘンは楽譜の前書きの通りに思っていたんだ。
「チェロ奏者になったつもりで演奏せよ」と。
彼はきっと本気でチェロを吹いているつもりだったんだと、ビルスマのチェロを聴きながら、改めて感じ入った。

演奏の価値を決めるのは、奏者の持つファンタジー(想像力)、音をイメージする力だ。
この当たり前のことを、強く激しく教え込まれたのは、この曲を通してだったのかもしれない。

***

この組曲はそれぞれ、プレリュードで始まり、ややゆったりしたアルマンド、速いクーラント、遅いサラバンドと続く。そして、メヌエットか、ガヴォットか、ブーレーといった中庸〜やや速めの旋律的な曲を経て、ジーグという狩の音楽で締めくくる。このパターンは、バロック時代後期のフランスやドイツの舞曲集によく出てくるものだ。
第1〜3番だけでなく、すべてすばらしい曲だけど、私は第5番ハ短調が格別に好き。

プレリュードは、ゆったりした序奏からアレグロに入る、フランス風序曲(バロック音楽に出てくる型の一つ)。荘重に響かせても、古楽器を使って軽みを求めても、実に堂々として美しい。
ゆったりしたアルマンドは、広々とした回廊の中を静々と歩むよう。
クーラントのつっかかるような、弾むような、不思議な跳躍と速度感。ハ短調という響きがもたらすサラバンドの重さ。この2曲は、この組曲集の中でも特徴的だと思う。他の組曲よりも大柄なプレリュードに対応するような強靱さがある。
だからなのか、本来は割合楽しげなガヴォットの曲想も情熱的だ。締めくくりのジーグはその分、第2番ニ短調のジーグのような疾走感はなく、旋律の大きな弧が印象に残る。
鍵盤音楽にたとえると、イギリス組曲の第6番に少し似ているかもしれない(あの曲も好き)。

演奏も、実にすてきな録音や演奏会に恵まれている。長く忘れ去られ、20世紀のチェロの巨匠にして音楽の神様、パブロ・カザルスの録音がなければ、ここまで広がったかどうか。他にも、モノラル時代やLP時代、さらにCD時代に入ってからの古楽器、現代楽器、いくらでも見つかる。
そして、よほど基準に達していないものはともかく、たいてい何らかの形で楽しみが見つかるのも、おもしろい。この曲の懐は、よほど広く深いんだろう。
だけど、忘れちゃいけないのは、バッハが30代の頃に書いた音楽であること。この頃のバッハは、まだ自分の息子らに名声を凌駕される前、若々しい音楽を次々に書いていた頃。そして、器楽合奏の名曲の多くを、この頃に生み出している。
そういう意味では、私個人は、極端に荘重さを強調するよりも、バランスよく、躍動感ある演奏のほうが好みかもしれない。

ちなみに、ブリュッヘンの編曲に魅せられてか、フルートやオーボエで挑戦する向きもある。また、ブリュッヘンの弟子の女流奏者フェアブリュッヘンも、リコーダーで録音している。
ほんとにみんな、この曲が好きなんですね。(私もだけど。)

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