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2005.07.17

王子ホールのエレクトラ、完結!

今年も「王子ホールのエレクトラ」がやってきた。
王子ホールが作曲家の笠松泰洋氏に委嘱した室内楽編成のオペラ。蜷川の「グリークス」で音楽を担当した笠松氏が、作曲だけでなく台本構成も行った作品であり、当日はタクトもとる。
演奏家は8名。歌は1〜2名、これに語りとダンスが加わって、コンサート形式とは思えぬ多面的な新作音楽劇だ。
3部構成をとり、1年に1部ずつ上演。今年は完結編「弟 オレステスの放浪と帰還」。

昨年の興奮はすごかった。父(アルゴス王アガメムノン)の仇を望む姉エレクトラが、弟オレステスとともに母とその愛人アイギストスに剣を向ける。復讐は成功するが、母殺しの罪を負って錯乱してしまうオレステス。
1幕で休憩なしの上映、しかも大きなクレッシェンドをうねりつつ形成していって、そのクライマックスでズドン!と幕切れになった。

今年は2幕構成。狂ったオレステスが罪人扱いされ、親族からも孤立し、画策がすべて破綻した挙げ句、アポロンの神託によりアルゴスを追放されるまでが第1幕。
続く第2幕は、数年後のこと。黒海の北の果てにある、ギリシャから遠く離れたタウリケに赴き、アルテミス像を盗み出してアテネに持ち帰ることで、親殺しの罪が消えるという神託を実現しようとして、死んだはずの姉、イピゲネイアに出会う。当地で巫女をして生き残っていた姉の機転でアルテミス像を持ち出そうとするところを見つかり、軍勢に押さえられそうになるところを、女神アテナの言葉で逃れ、故郷を目指して船を漕ぎ出す。

昨年が一点を目指して凝縮していくものであれば、今年は錯乱したオレステスが罪から逃れようと画策する様、周囲の反応を多角的に描いていく。音楽も舞台も非常に懐が深く、客席まで利用する語り(篠井英介氏)とダンス(森山開次氏)は昨年よりも深くつらい絶望を、実にさりげなく表出していく。昨年とはまったく別の意味で戦慄が走る。

ただ、私が聞いた日(15日)だけだったのかもしれないが、第1幕に関しては音楽陣がいま一つかみ合いきっていないようなもどかしさも感じた。ソプラノの飯田みち代氏に、今年はバリトンの成田博之氏が加わり、表層の声をソプラノが、深層心理をバリトンが歌う、しかもその影では室内楽編成のオケが実に細やかなテクスチャと間合いの音楽を奏でるシーンがある。その立体感を、なんというのだろう、舞台の神様が降臨してきたような密度で表現したいのに、そうなりきっていなかったような瞬間があった。
断っておくが、合奏に大きな瑕などなく、実に整ったものだった。しかし、あの達者なメンバーなら、もっと踏み込めるのではないかと贅沢にも思ってしまった、ということだ。
この気持ちは、第2幕が開くと同時にきれいに解消し、歌、器楽、語り、踊りが一体になって神がかったオーラを静かに発散していった。

特に第2幕は、罪を消さんと放浪するオレステスが、死に別れたはずの(生け贄に捧げられたはずの)姉と出会うシーンで、オペラティックなすばらしい旋律を二重唱で描ききっていた。
軍勢に追いつめられたところをアテナから解放され、姉と船で故郷に向かうラストでは逆に、唱歌のような単純な旋律のリフレインになる。繰り返しの中で音が静まり、舞台もゆっくり暗転していく。
第1幕の、まさに救いようのない悲劇、第2幕前半の格調高い再会を経て、すべての傷や憎しみを洗い流し、溶解していくような、静かな緊張と解放の同居。

終始素晴らしいダンスを披露していた森川氏だが、ラストでずっと同じ姿勢を保ったままゆっくりと上昇していく演技は、まさに鳥肌がたつものだった。語りの篠井氏も、女性と男性の声を巧みに演じ分けて、ともすると展開がわかりにくくなる作品を、実にすっきりと聞かせてくれた。

蜷川グリークスの、圧倒的な人と言葉によるドラマの積み重ねとはまったく違う味わいとなった。
もしこれを「憎しみから去るには、許しと解放しかない」と言ってしまうなら、それは論理的解決を放棄するようにさえ見える。しかし「すべてを含んだ上で、なおそうするのです」ということを女神を通じて示しているところに力点があるように見受けた。
ギリシャ悲劇の、クライマックスに神が降臨してすべてを解決してしまうパターンを逆用した、古代も現代も変わらぬ人の愚かさと賢さを描く、ダンスと語りを含んだまったく新しい音楽劇。

昨年、舞台がクライマックスで突如断ち切られて非常に苦しい気持ちになった。その落とし前はきちんとつけていただいた。想像とはまったく違う形だが、すべてが溶解して昇華していく、すばらしい余韻とともに。

王子ホールの試みは、非常に高いレベルで成功した。
スタッフの皆様へ、心からの祝福を!

もっとも、客席でハンカチをとり出して目頭を押さえる人々が、終演後に手を掲げて拍手を続け、カーテンコールが続いたことで証明済みではあるけれどね。

今後はぜひ、1日で3部をすべて上演する、あるいは3日間連続公演を行う、といった形態で、一気に観てみたいものだ。

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コメント

kenkenさま
トラックバックありがとうございました。
連続公演、いいですね〜
でも再演難しそうですね〜出演者を集めるだけでも大変そう....
これからも遊びに来ますね!

投稿: ハシモト ユウコ | 2005.07.20 23:52

こちらこそ、ブログですぐに的確な記事を読めて、とてもうれしかったです。
再演、ぜひやっていただきたいのですが、おっしゃるようにあれだけのメンバーのスケジュールをおさえるだけでも難しいでしょう…お金のこともあるし。
せめて、金は出すけど口は出さない大きなスポンサーでもつかないかしら、などと思ってしまいます。
私もちょくちょく遊びに行きますね。

投稿: kenken | 2005.07.21 00:21

P.S. 重複コメントのようでしたので、一つは削除しました。一応お伝えしておきます。

投稿: kenken | 2005.07.21 00:22

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受信: 2005.07.20 22:53

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