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2005.08.26

2005年10月号までのアフタヌーン

あんまり時間がないので、さらりと。

2005年10月号にて、豊田徹也「under current」、最終話。
予定より長くなったが、もちろん、それだけの読みごたえ、あり。
昨年暮れの記事で、前半連載中に少し触れている。
その後の話。旦那探しを依頼した探偵は、どこかズレてるような人。堀は相変わらず無愛想なままで、よく出入りして晩飯をたかりに来るじじいの間で一見静かに話が進む。旦那はやはり見つからず(この探偵とのくだりはなかなかすばらしい運び)、何とか日常に戻ってやり過ごしていけるようになる。
ところが(第9話)、近所の女の子が失踪し、そのことが引き金となって、かなえは幼い頃に同様の事件に巻き込まれたことを思い出す。今回の女の子は無事に見つかったが、過去に友人を見殺しにした罪の意識に引きずり込まれていき、ふさぎこんでしまう…
雑誌を読んでいない方、この先は、11/22に発売予定の単行本を読みましょう。様々な伏線が「under current」のタイトルに導かれるように、最終話へ流れ込んでいます。

豊田氏は「GOOGLE」でも、まいてあった様々な伏線が最後に流れ込むスタイルをとっている。短編なのでやや性急な感じが否めなくなかった。この作品でも同様のスタイルをとっていて、これはおそらく「次こそは!」という思いから来るものだろう。
今回も後半がやや性急な感じもある。だが、この作品は魅力が上回っている。
必読ですぞ、マンガ好きの皆様。

もうひとつ、五十嵐大介「リトル・フォレスト」も(だいぶ前だけど)連載終了。
ラストできちんと自分なりの決着をつけているが、そこに至るまで黙々と耕し、下ごしらえをし、調理し、食べ、近隣の人と話をする日々が描かれている。そのおいしい食事の積み重ねの中には、底流となる思い(一時都会に住んでいた自分と、今の自分と、自分を捨てた母と、小森に定着している同世代への複雑な思い)があり、最後の4話で一気に動いてはっとさせられる。
スローライフという言葉で単純にくくりたくない要素をしっかり描いているからこそ、読みごたえが出てくる。ただし、ウジウジ悩んでいた彼女が、地域に根付く活動をしているシーンで終わることについて、違和感も残しつつなのだが。
単行本も発売開始。(今日、買うのを忘れてた…)

どうなるかとヒヤヒヤしつつも、ちゃんとスタイルになってきた瀧波ユカリ「臨死!!江古田ちゃん」風呂前有「ぺし」。「ぺし」は単行本も出た。北道正幸「プーねこ」とともに、まずまず楽しんでます。

一方、一時ちょっとテンション落ちた?と思わせた木尾士目「げんしけん」
春に笹原の上の学年が卒業し、人数が減って、荻上はコミケに出店。大野のコスプレに海外からの友人が絡む展開。相変わらず読ませる。
自分をさらけ出さない笹原、荻上の展開は、かつての「五年生」を思わせるジリジリ感。おそらくこの作者の地は、こっちだろう。
それだけに、ぬるヲタはどこへ行くのか、もひとつ迫るものもほしい。ラストは案外近いように思うし。
(ちなみに、単行本第6巻は「同人誌」にひかれて特装版を買っちまった。これはまぁ豪華な「同人誌」でございましたです。)

好調が持続しているひぐちアサ「おおきく振りかぶって」、動きが出るか毎号気になる芦奈野ひとし「ヨコハマ買い出し紀行」に加わってきた感じがある、冬目景「ハツカネズミの時間」
モーニングからの引越連載だけど、こっちに来てからむしろ面白くなってきた。お願いですから、今度は完結させてください…

ところで、気になること。
岩明均「ヒストリエ」だが、バルバロイの中に溶け込んで成長する過程もたいへん面白い。
一方、背景が鉛筆だけのコマが増えていくことが、気にかかる。この作品は背景が広く大きく、ストーリーも絵も時間がかかると思う。
単行本に収録する際、鉛筆の背景画にペン入れするならば、負債を積みつつの連載になっているように思うが、どうなのだろう。
作者の制作スタイル、時間的な制約、その他いろいろな理由が重なっているのだろうか。もしくは、単行本収録時に手を入れるから、細部は後で描く、という方針なのだろうか。
とにかく、この連載をいい形で続け、終えることが出来るように祈っている。

今回はこのへんで。

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