切々と紡ぎ続ける歌姫、またはタペストリー
[遊佐未森「タペストリー」]
しばらく間が空いたからというわけじゃないけど、たまにはポップスを。
遊佐未森って、1980年代後半から1990年代前半までそこそこ話題になったけど、それ以降は一部の人々で静かにかつ熱烈に愛好されているような気がする。
(ご存知ない方は、オフィシャル・サイトをどうぞ。)
というのは、彼女のことを好きだという方に話をうかがうとたいてい、アルバムなら「瞳水晶」(1988年)、「空耳の丘」(1988年)、「ハルモニオデオン」(1989年)、「HOPE」(1990年)あたりが話題になるから。
デビューアルバムから連続するこの4枚は、確かに遊佐未森のイメージを皆に刻印したのだった。それはすなわち「どこか懐かしくて、でも古くさくない、爽やかで中性的で、少し幻想的な、美しい声と響き」とでもいえばいいか。
デビューアルバムから立て続けに4枚、独特の声と響きを連発し続けるのは並大抵のことじゃない。この一連のアルバムは、プロデューサーである外間隆史、作詞家の工藤順子が描いた世界観と、遊佐未森自身の持つ声と響きへの指向性が噛み合っている。
まっすぐで透明な声、それを活かした「僕」という二人称が、女性/男性を無効にして、人という存在の根っこにある記憶を掘り起こすような響き。
ただ、最初の3作が外間的な童話的物語世界観から立ち上がってくる、閉じた世界の音になっている。いや閉じた音というのは不正確か。歌声が遊佐未森本人というより、はまり役を演じているような雰囲気が漂っている、と表現するほうが正確だ。大げさに言えば、母胎にいるような安心する感覚。しかし個人的には鬱陶しく感じられる時もあった。
それが「HOPE」になると軸足を残しつつ、感覚が外に向かう。もう物語に世界観を語らせることもなく、もっと乾いた音で淡々と、だが意外にも力強く本人が前に出てくる。「空耳の丘」で遊佐未森を知った私が、本当に彼女のアルバムを好きになったのは、実はこの「HOPE」からだった。
デビュー以降、 遊佐未森はソニーで計11枚のアルバムを作った。
私がソニー時代のアルバムで一番好きなのは、最初の4枚ではなく、「momoism」(1993年)。
ドラムスのような打撃音を排除し、たゆたうような間合いの中で、地面に足をおろした彼女が歌う。1曲目「オルガン」からして、それまでとは違う等身大の響き。自らのことをそのまま歌った、柔らかいラップ、9曲目の「エピローグ」11曲目「月夜の散歩」。
最後に入っている「ブルッキーの羊」は、知る人ぞ知るゴフスタインの絵本を歌ったもの。
よく知っていたはずの知人から、初めて本音が漏れたと思える肉声を聞いて、半ば驚き、それでもやっぱりそうかと思い、微笑んで改めて話をする。そんなアルバム。
続くミニアルバム「水色」では、ケルトの響きをバックに、アコースティックな音に浸りきって、ある恋の始まりから終わりまでを淡々と、しかし切々と歌う。すてきな響きに包まれる30分。
でも、この路線は以後続くことなく、やはりどこかコンセプチュアルなアルバムが続いていたように感じる。その意味で、最初の濃厚な4枚が記憶に強く残るのは道理なのかもしれない。
ソニーからEMIに移籍した1997年、シングル「タペストリー」を発表(CMに使われた)。
そして1998年、移籍後初のアルバム「ECHO」が出た。
意味、コピーに置き換えられるものから解き放たれて、好きな曲と詞を集めたようだ。中盤に加わるケルト・サウンドも、彼女の好みをストレートに反映させていると思う。
「タペストリー」は、アルバムではリミックス版が収められている。
小河星志の曲は、8分の6拍子の、ゆったり揺れる弧を描く。8分の6拍子は舟歌(バルカローレ)などに使われ、右に左にゆったり進む様を連想させる。それが、いつもの遊佐未森節よりも大きな弧を描く。
そして、歌い手自身による詞は、生きている一刻一瞬が、胸にタペストリーとして織り込まれていく様を歌う。
この不思議な歌詞はきっと、輪廻を歌っている。
「あぁ 大きなうねりに/この時間をあずけるまで」というくだりは、そうとしか思えない。
不思議な歌詞はメロディの弧に乗って、明確なイメージとして結実し、納得されてしまう。
歌い手である遊佐未森自身が、この曲をすごく好きかどうかはわからない。のりにのって書いた詞かどうかも知らない。
でも、この曲に込められた何かは、おそらく彼女が書いて、歌ってきた中で、一番大きく深い何かに触れている。しかも触れてから、あたかも何事もなかったかのようにまた、静かに大地に戻って微笑んでいる。
あっさりとした、深い曲。
こういう曲は、そう何度も書けないものかもしれない。
いままで何度聞いたろう。何度聞いても不思議な納得がある。そんなのは私だけなのかもしれないんだけどね。
(6月19日にまわってきたミュージカル・バトンで、「よく聞く、あるいは特別な思い入れのある5曲」にも含めた。)
ところで、あなたは輪廻があると信じますか。
輪廻しようがしまいが、生き方は本来変わらないものだと思うけれど、この曲を聞いてると本当に輪廻があるように感じられる瞬間があります、私は。
「ECHO」発表から間もなく、ソニー時代のベスト盤。それから、EMIで9枚のアルバムを作った。中には大正から昭和初期の歌をカバーした「檸檬」も(これ、はまりすぎてます)。
今はヤマハに移籍し、レコーディング中とのこと。
ちなみに「タペストリー」は、アルバム「ECHO」の他に、EMI時代のベスト盤「TRAVELOGUE sweet and bitter collection」にも収録。
iTunes Music Storeでも発売中。もちろん試聴も可能です。
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コメント
本文中、アルバム「momoism」に関して、曲名を間違えていました。訂正いたします。
投稿: kenken | 2005.09.09 00:07
私もタペストリー大好きです。
飽きるほど聴いてるけど飽きない。
輪廻かぁ・・・。
曲のとらえ方はちょっと違うかな。
投稿: | 2011.10.05 10:49