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2005.10.17

ありがとう

10月も半ばを過ぎれば、街は速やかに暗くなる。飲み屋の入り口の曇りガラスから灯がこぼれている。
その前に、ネコが数匹、身を寄せている。入り口には空っぽの餌皿。戸口を見上げて、じぃっとしてる。笑い声のする店に向けるまなざし。

まだかなー、まだかなー、あかないかなー。

そんな声が聞こえてきそうだ。
こうして、餌をくれそうな、あるいはかまってくれそうな人が出入りする場で頻繁にネコを見かけるようになったら、涼しさは本格的になっていく。あれほど続いた暖かい日々も、そろそろ去っていくのだろう。

***

読んだものがきちんと身体に染み込んでくる感じがしなくなった。ひどかったのは7月後半くらいからか。
もちろん、どんな文章でも読めば意味はわかるし、意味をとれなくて苦労することはまったくない。(だから、仕事などに支障をきたすようなことはない。)

情報を取得して、適切に行動すれば済むような文書でなく、もっと深く広く考えさせられるような文章が、身体に染み込んいかない。
文芸誌は買っていたし、本も気になれば買ったり、借りたりする。
ただ、読んで意味が頭に入っても、脇の下からざぁざぁ流れ出てしまう。
文芸作品の持つ世界の描き方に、自分をチューニングして、そこに浸りつつ、自らとの間を行き来する、この当たり前のことがうまくいかない。
もっとはっきりいえば、感情が自分の中で生起してくる感じが薄れていく。
砂になってしまったようだ。
辛うじてどうにか読めたのは、庄野潤三氏の連載「星に願いを」(群像)。
こんなことは生まれて初めてだった。

そういえば、子供の頃、熱を出すとよく見た夢。
砂漠にいる。
全身が砂になって、砂漠にうずもれている。
「このままじゃバラバラになっちゃう」
ちょっと意識を集中して、砂から持ち上がって身体を作ろうとする。しかし、身体は砂のまま、ジャリジャリと肉体を形成しようとする。
集中は続かず、崩れ落ちる。
なんでだろうと考える間もなく、もう一度身体を作ろうとしてみて、やはり同じことを繰り返す。

この夢の感覚とは違うのだが、しかし、意識が身体に染み渡っていかない感じは、少し通じるものがあったか。
ものすごく困ることはないのだが、胸と腹の深いところで何かが逼迫していった。

***

ふと、10月7日発売の文學界に入っていた、瀬戸内寂聴氏のエッセイが目に入ってきた。
「目白台アパートの円地さん」
円地文子生誕百年記念特別エッセイと題されたそれは、源氏物語翻訳に全力を注いでいた頃の円地氏を、そばにいて仕事を助けていた出家前の瀬戸内晴美氏の目から描いている。
一緒に暮らした楽しさ、ふいに味わう行き違い、そして引っ越し。出家を決意した瀬戸内氏の元に飛んでくる時の、円地氏のことば。

何気ない文の中に、無駄なく、二人の間に行き交う心が描かれている。
それを読み終えた瞬間。
ふわりと何かに包まれた。続いて胸を塞いでいた何かがとれた。
いきなりではないが、数日以上かけて、身体が揺り戻していくようだった。

今月発売号に掲載されている創作を、試しに読んでみた。
あ、読める…
聞こえなくなった音を取り戻し、続いて感情が蘇ってきたようだった。
しかも、10代で源氏物語の翻訳で最初に読み始めたのは谷崎源氏だったが、読破できたのは円地源氏だったことを、思い出した。

庄野氏が群像に連載していた「星に願いを」は、今月で完結。
とにかく、間に合ってよかった。
ありがとうございます。

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