かもすぞー(「もやしもん」)
取り上げるにはすごく遅いネタだけど、おつきあいくだされば幸いなり。
「もやしもん」
石川雅之がイヴニング(講談社、隔週誌)に連載しているマンガの単行本化。
昨年、1〜2巻が発売された。
発売直後から名前は知ってはいたし、朝日の読書欄にて紹介されたことも知っていた(カジュアル読書というコーナーで毎週1冊、マンガの単行本が取り上げられるコラム)。また、先月取り上げた「日本一怖い! ブック・オブ・ザ・イヤー2006」でも、昨年の10冊に入っていた。
だけど、読まんでいた。近所の書店でパッと買えず、なんとなく放ったままになっていた。
正月に買ってきて、読んだ。
しまったと思った。
なんでもっと早く買わなかったのか!と。
こんなおもしろいマンガは久々。
沢木直保(さわきただやす)が、幼馴染の結城蛍(ゆうきけい)と一緒に農大に入学したところから始まる。青空入学式では事務が、院生の長谷川遥が行方不明なので、気づいたら通報せよと連絡。とぼけた式が終わると、沢木は入学したら会うように祖父から言いつかっていた人物、樹慶三のことを思い出す。
二人が樹の研究室に向かっていると、沢木は地中から猛烈にわき出す菌類に気づく。沢木は菌類を見ることができる。そして、そこには行方不明のハセガワの札が…。
大学当局に通報すると、警察立ち会い、ギャラリー多数の大騒ぎになる。そこへいきなり現れた白衣の老人は、警察が制止する間もなく掘り始めてしまう。ものすごい死臭の中、出てきたのは人ではなく、アザラシの死体。実はキビヤックというエスキモーの発酵食品を作っていた。そこに平然と現れる長谷川。二人はそのまま研究室漬けの日々となる…
長い紹介ですまんけど、まぁ一言で紹介するなら「農大学園マンガ」(そりゃ縮めすぎ)。
え? それなら、菌類を判別する能力者を軸にしたお話だから、サイコパスものをお笑いテイストに切り替えた常套手段ばかりじゃないかって?
いや、近来これほど漫画的に面白いものは少ない。
たとえば、第1巻は118〜119ページの見開き。
ホンオフェという韓国の(世界で2番目に強烈という)発酵食品を食べるシーンだ。
新入生それぞれが時間差で口に食品を入れ、とんでもない反応を示す様子が、コマを追うたびにすごくよくわかる。教授がその感想を聞いている最中にも院生や上級生らが独自の行動をとったりと、映画のように皆の様子もうかがえる。
手塚治虫先生ならなんといわれるか、うかがいたくなるようなコマ運びではないか。
また、発酵について作品で触れるとき、「美味しんぼ」以降のパターンを踏襲してしまうと、詳しい人ががっちり解説することに始終する。
ここでももちろん教授が語るのだが、「もやしもん」では菌類や発酵の過程を菌類に語らせる。文字数は確かに多いけど、一番肝心のところを菌類キャラで擬人化して見せる。
彼ら菌類のキーワードは
かもせー
こうして、第1巻の第9話「かもすぞ」は菌類が半ば主人公になる。
とにかく、マンガとしての見せ方が、王道をいっている。
そして、自然現象を菌類キャラの視線から扱う際に、菌類が見える主人公の特殊能力が、人と自然現象とを結びつける役割になる(もちろん教授や院生らの知識とともに)。
実際、主人公の沢木の周囲にはいつも菌類がいて、人物や作品そのものへのツッコミ、人の事情とはまったく無関係に動き回る世界を垣間見せる。
したがって、雑誌連載によくある欄外の登場人物紹介が、菌類の紹介から脚注も兼ねることになり、第2巻では作者の遊びへと進化する。
第1巻だけで入学してから数日しか進まない。野球マンガの試合運びみたいな、とんでもなく遅い進行だが、この作品ではそれゆえにいきなり放り込まれた農大という世界、いやむしろ研究室という世界の濃厚さをじっくり味わうことができる。これは大学で研究室にからめとられたことがある人ならば、どこか共感できるだろう。個人的には「動物のお医者さん」よりおもしろい。
第2巻は作品世界の説明が終わり、春祭という農大独特の学園祭になる。このめちゃくちゃな世界はまぁ読んでのお楽しみだが、私はゆうきまさみの名作「究極超人あ〜る」を連想した。つまり、あんなのが好きな人にとってもこたえられない面白さ。
ちなみに、第2巻は本の底面にも注目。
マンガって、ネタのおもしろさ、新鮮さばかりを追い求めてしまうことがある。ビックコミックオリジナルの安定した大人向け(=サラリーマン向け)の世界は、これまで構築されてきたドラマのパターンに、いかに新鮮に見えるネタを注ぎ込むかにかかっているようなところがある。テレビドラマ的なパターンともいえる。
それが悪いと言っているわけではない。パターンがあったとしても、それを面白く読ませるために、原作者(脚本家)も作画(役者兼カメラ兼演出)も非常に苦労するのは自明だし、そこにオリジナリティが宿る。
だけど、ネタの膨大さや新鮮さだけじゃなく、マンガの描き方の面白さを中心に据えた作品はそうそうない。それも、いままでのマンガをたくさん読み、そこから先に進もうとして出てくる描き方。かといって、アートや文学や劇画ではなく、あくまでマンガなのだ。
だから、何度も読めるし、何度でも面白い。
時々こんなのが出てくるのが、マンガの奥深さだ。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント