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2006.05.30

パーヴォ・ヤルヴィの来日公演への雑感

パーヴォ・ヤルヴィ&ドイツ・カンマーフィル・ブレーメンのベートーヴェン交響曲全曲演奏会、私が聞いてきた限りの模様は記した(初日二日目の夜)。
この魅力的な演奏にインパクトを受けた人は多いだろうが、個人的には音楽そのものから少し離れたことも感じていた。

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合奏精度は曲や日によってバラつきがあったにせよ、ヤルヴィとドイツ・カンマーフィルの演奏のベースは、以下のようなものだ。


  • ヴィブラートのない美しい響きを軸にして、和声の解決によるドラマティックな表現の美しさをくっきり示す。
  • トランペットとティンパニに古楽器を用いた、硬くてヴィヴィッドな音を用いることで、リズムの撹乱と、その解決による力動感(あるいはユーモア)もくっきり示す。(もちろん高い合奏精度を前提にするから出来る。)
  • 小編成ならではの一体感、達者な奏者達の音色の豊かさを用いて、音量に伴う音色の変化も多用し、弱音の美しさと強音の力強さによる豊かなニュアンスを伝える。
  • ベートーヴェンの指示するメトロノーム記号を意識して、速めのテンポがもたらす推進力から、構成の堅牢さを意識しやすくする。

このため、形式が明確になり、とても美しい音楽を体験できる。エレガントささえ漂うが、力強さも失わない。刺激的な響きを強調するだけの古楽器アプローチの演奏とは大きく異なる。

[付記] ここでいう「古楽器アプローチ」とは、「古楽器オーケストラ=すべて古楽器を使うオーケストラ」ではない。
現代楽器を使うが、作曲当時の奏法を考慮に入れ、弦楽器のプルトや管楽器の編成も作曲当時の常識的な編成に抑えた形態を指す。
この際、トゥッティの音色を決定するトランペットとティンパニは当時の楽器を使うことがある。アーノンクール指揮/ヨーロッパ室内管弦楽団によるベートーヴェンの演奏が代表的な例だろう。
より正確には「ピリオド奏法」と書いたほうがよかったかもしれない。古楽器オケと、ピリオド奏法は響きが異なるので、私は区別している。以上を補足しておく。(2006.05.31)

ベートーヴェンの音楽は感動的であっても、美とは認識されにくい。ヤルヴィとドイツ・カンマーフィルは、まるで天国にいるような美しい交響曲像を引き出してくる。そして、長調で茶目っ気ある音楽を書いたベートーヴェンの素顔を、力強い響きの中に垣間見せてくれる。
その一方で、アンコールに聞こえてきたシベリウス「悲しいワルツ」のはかなくも絶望的な美しさ、「コリオラン序曲」の胸を抉る響きを思い出すにつけ、ヤルヴィの振幅の大きさにも思いを馳せる。

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エストニア出身である彼は、故国で打楽器と指揮を学んでから、1980年(18歳)でアメリカに渡る。指揮はバーンスタインらに学んだという。
エストニアはバルト3国だ。この地域は1980年代から1990年代にかけて、ソ連邦の崩壊と独立という激動を経験している。
エストニアでも決して愉快とは言えないことがたくさん起きただろう。その過程で、日本にも作曲家アルヴォ・ペルトらの作品が広がっていった。そう、あの祈りの音楽のペルトだ。もちろんヤルヴィはペルトらの作品も盛んに取り上げているという。

ベートーヴェンも、ナポレオンを軸にしたヨーロッパの激動を経験し、苦しい時期を経ながら第9に至る交響曲を生み出した。
ヤルヴィのベートーヴェンを聴いていると、苦しい時に大切にしなければならないのは美とユーモア(笑い)であり、それこそが人の心に放射される光なのだ、ということに思い至る。

音楽は時代の産物であると同時に、また時代を超えて伝わる面も持つ。ただし、響きは絶やさず鳴らしていなければ、伝わっていかない。
21世紀の今、18世紀〜19世紀初頭のベートーヴェンの響きを演奏することは、単に追体験するだけでは意味がない。では、我々がかの時代の音楽を通じて感じるもの、得るものは何なのか。
そういう根本的な問いがあるからこそ、今回の演奏が生まれてきたはずだ。

もちろん、聴く我々は、その美を堪能しさえすればいい。
だが、その背景にある心意気も同時に伝わるからこそ、他の誰とも似ない演奏が生まれ、心を打つ。あの二日間を思い出すたびに、そんなことも感じている。

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コメント

「古楽器アプローチ」という言葉について、説明が不足していたように思われたので、補足しました。

投稿: kenken | 2006.05.31 00:44

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