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2006.05.29

パーヴォ・ヤルヴィ&ドイツ・カンマーフィル・ブレーメンのベートーヴェン(1)

ヤルヴィといえば、ネーメ・ヤルヴィの振るシベリウスやグリーグの名演奏が懐かしい(ドイツ・グラモフォンから出ている)。
しかし今ならまず、ネーメ・ヤルヴィの長男、パーヴォ・ヤルヴィ。また、次男のクリスチャン・ヤルヴィもいる。二人とも中堅どころの指揮者として頭角を現してきた。
5月にドイツ・カンマーフィルハーモニック・ブレーメン(以下ドイツ・カンマーフィル)を率いて来日しているのは、兄のパーヴォ・ヤルヴィ。

ドイツ・カンマーフィルといえば、ハーディングの棒のもとで続々と名演奏を生み出してきた。現在の音楽監督が、パーヴォ・ヤルヴィ。
そのパーヴォが、満を持してベートーヴェンに取り組み始めた。交響曲全集の第1段として、第3&第8のカップリングが発売されたばかり。
近年話題の楽譜、新ベーレンライター全集をベースにする。また古楽器のオーケストラを研究し、現代の楽器の機動性に当時の響きのバランスを考慮に入れたもの。弦楽器を6-6-6-4-3で編成し、音量のバランスと音色を考慮してトランペットとティンパニだけは古楽器にする。ベートーヴェンの書いたテクスチャがきれいに見えるだけでなく、現代楽器の表現力も活用するという。

今回の来日公演は、横浜みなとみらい大ホールでベートーヴェン交響曲全曲集中演奏会を開くのが目玉。まだ録音されていない作品も含めて、作曲された年代順に聞く企画。
加えてヴァイオリン協奏曲のソロに諏訪内晶子が予定されていたが、体調を崩して活動休止中。その代役がなんと、ヒラリー・ハーン。
ヒラリー・ハーンの協奏曲は横浜に先行する各地の演奏会で、絶賛の嵐を呼び起こしている。

バタバタ忙しかったので無理だと思っていたが、急遽時間がとれたので、初日に行ってきた。聞き飽きたとさえ言えるベートーヴェンにお金を払うのは久しぶりだ。
そして、1回のつもりが、2回聞きに行くことになった。もちろん、すばらしかったからだ!

***

初日は第1〜2を続けて演奏し、休憩後に第3「エロイカ」。
開演前の舞台を見ると、弦楽器の編成は8-7-5-5-3のようだ。舞台右から第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリンの配置(ヴァイオリンはいわゆる両翼配置)。コントラバスは第1ヴァイオリンとチェロの後方。また、トランペットとティンパニはヴィオラの後方。モダン楽器のオケとしては、やや変則的な配置。
メンバーが登場すると拍手が起こり、全員が揃うと深々とお辞儀。そして、チューニングせずにいきなり指揮者登場。驚くが、確かに儀式みたいなチューニングはいらないのだろう。音程に自信があると見た。

第1番の短い序、やや速めながら堂々と歌い出す。正確な音程と、相互によく聞きあうメンバー達の溌剌とした動き。ヴィブラートをあまりかけない弦楽器が、澄んだ和音で管楽器と響きあう。ここまでで、すでにこのオケの実力が聞こえてきた。
続く主部は驚くべき快速。しかし、弾むフォルテの和音の余韻から、見事にアインザッツの揃った素早い音形が立ち上って、ものすごく気持ちいい。ほんのわずかにずれかかっても、すかさず全員で建て直してしまう。自発性に溢れるオケのフレッシュさに、こちらの胸も弾んでくる。いや、ベートーヴェンが第1番に込めた覇気が、音になって弾んでいる。

ヤルヴィはかなりベートーヴェンによるメトロノームの指示を意識している。だから速いのだが、それが弾む覇気となって表れてくるとは! カルロス・クライバーを思わせる踊るようなしぐさ、円を描く棒。団員の自発性を最大限に活かしているようだ。
バランスに気を遣い、楽譜に書かれているが聞こえにくいテクスチャがくっきり浮かぶ。かといって、過剰に音をいじりまわすようなことはしない、それは編成や採用する楽器で既に決定しているから。優秀な団員を信頼しつつ、要所を引き締める。そこにフォルティッシモで金管とティンパニが加わると、音は弾力性を保ったまま、筋肉質な力強さもたたえるのだ。
この変幻自在は、第1楽章コーダの力強さ、第2楽章展開部の音色の変化、第3楽章の主部とトリオの対比、第4楽章のクライマックスなど、すべての部分に活きてくる。決め所では必ず、和音が正確に響きあって、相互の音を増幅しあうような音の柱が立つ。

おもしろかったのは、第4楽章の冒頭。
フォルテの属音に続くヴァイオリンの呟くようなフレーズ。ここでテンポを大きく揺らし、レチタティーヴォのように扱う。続く主部との対比の、鮮やかなこと!
そして何より、このレチタティーヴォと、第2番の序に聞こえてくるニ短調が、すでに第9を呼び出していることを連想させる。
なるほど、全曲演奏会を開く意義は、こういうところにあったのか。

続く第2番も、豊かなニュアンスに富む。
第1楽章コーダ、ニ長調から一度転調して離れ、そこで曇り空のような和音の中から、トランペットのfis音が陽光のきらめきのように顔を出す。この転調の力強さをくっきり音にできるのは古楽器オケくらいかと思っていたが、ここまで見事にやれるとは。
第2楽章の(ベートーヴェンには珍しく)流れるようなメロディの美しさもいいが、急転直下の転調が魅力的な第4楽章もすばらしかった。

何より、こんなに活き活きと美しいベートーヴェンを聞いたことがあるだろうか?
そう、あの「美しさより構築性が美点」とされるベートーヴェンの交響曲に、弾む音色が醸す明るさと、この世を肯定する天国的なハーモニーの美しさが加わる。
この美点は、ソナタ形式の提示部繰り返しが必然的なのだと気付かせてもくれる。飽きることのない美しい音によるテーマの繰り返しはむしろ嬉しいし、繰り返すたびに必ずニュアンスが深まるようにヤルヴィは振る。特に第2番の第1楽章で顕著。

この時点で、今回は時間のある限りは来なければ、とさえ思った。

***

休憩後の第3番
第1楽章、冒頭。速い、力強い! しかし無理して力こぶを作るような野暮ったいこともしない。弾力ある音に支えられて、美しい弱音から目覚ましい強奏までの振幅が大きい。その割にはややあっさりした味付け。
むしろ力点は第2楽章にあった。速めに進む葬送行進曲、ハ長調のファンファーレに続く急転直下のフーガを、実に聴かせてくれた。ヴィオラの見事な力演、それに呼応するチェロ。トランペットとティンパニが加わると、舞台に大きな音の柱が立ち上る。男泣きとして有名な箇所だが、ド演歌には決してならず、激しい感情の表出と、その抑制のドラマこそがすばらしいのだということを思い出させてくれる。
第3楽章の運動性は、このオケの独壇場。しかも、響きからはエレガントな感じさえ伝わってくる。

続く第4楽章は、様々な楽しい仕掛け。冒頭、やや遅めで始まるや、見る見るうちに速度を上げていく。この楽章のテーマが「プロメテウスの創造物」という劇音楽から転用されていることを想起させる、乙な演出。第3変奏を弦楽器のトップによる弦楽四重奏にして(新ベーレンライター版の指示)、続く全楽器の導入を劇的にする。また、ハンガリー舞曲調になると、クラリネットのベルを上げさせて、弦楽器との掛け合いをくっきり浮かばせる(これはヤルヴィの茶目っ気だろう)。
この最終楽章は、力強さとユーモアの同居こそがすばらしく、それこそが人間なのだ言わんばかり。
しかし、一度クライマックスを迎えてから速度を落とすと、第2楽章を思い出すように歌う。だからこそ、不安げな短調へと移り、不気味なブリッジを経て、コーダに突入した瞬間が、実に新鮮。
コーダは再び冒頭のように、遅く始めてなだれ込む。大見得を切ると、すべての楽器が遠慮なく跳ね回る。巨人の踊りを支えるようなティンパニが見事。

第3番は、あまりに第1〜2楽章が重いため、全体の構成を作って聞き応えある演奏にするのが難しい。
ヤルヴィは、第1楽章の快速でユーモアと真摯さを同時に押し出し、第2楽章の振幅の大きさで曲の下地を作る。そして、第3楽章の踊りを経て、第4楽章に先行楽章すべての内容を統合している形を、くっきり浮かび上がらせる。
だから、よくある「1〜2楽章だけが印象に残る」演奏にはまったくならない。

細かい演奏上の粗はあったが、それを補って余りある勢い。パワフルでエレガント、そして何より美しい。
昇り竜、天まで届く、とでもいおうか。
終演後のブラヴォーも納得である。

おもしろかったのは、各奏者が指揮者に立たされて、観客の大きな拍手を浴びていたが、ティンパニ奏者の時に複数の「ブラヴォー」があったこと。
驚いていたようだが、今日のMVPはまさに彼である。

***

しかし、これで終わらなかったのがすごいところ。
アンコールに、シベリウスの「悲しいワルツ」。
打楽器はバチを現代のものに持ち替え、弦楽器はヴィブラートをかける。

合奏精度は本日随一。速めに進むピアニッシモの、なんと美しくはかないこと。
それまでかけてこなかった弦のヴィブラートが、それまでの緊張を解くように、心を震わせる。
舌にのせた氷菓子の甘さと冷たさに、泣き出しそうになってくる。

18世紀に生まれ、19世紀を呼び出したベートーヴェンの音楽の、なんと安定していたことか。
その天国的な響きに比べて、20世紀のシベリウスの物悲しく不安定なワルツが、なんと狂おしくも愛おしい音であることか。
そして、私たちはこの響きをも踏み越えて、21世紀に生きている。

今日のベートーヴェンは、21世紀を生きる我々のものなのだ、というヤルヴィからのメッセージと見受けた。
これこそ、この日のベストかもしれない。

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