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2006.05.29

パーヴォ・ヤルヴィ&ドイツ・カンマーフィル・ブレーメンのベートーヴェン(2)

すばらしかった初日に続いて、チケットをとった。
二日目は午後に第4、ヴァイオリン協奏曲、第5。こちらは早々に完売と聞く。
夜に第6〜7。こちらをとった。

***

まず第6番

第1楽章の冒頭から、美しい和音とともに、活気ある響き。そう、これは「田舎に到着した時の晴れ晴れとした表情」なのだ。活気に満ちて、しかもおおらかであってこそ。昨日の第2を思わせる清潔なフレージングがすばらしい。
しかし、全体にホルンの音程がやや不安定。また、合奏の精度が昨日よりやや落ちている。さすがに二日目に2公演はきついのかもしれない。もちろん、そのような細かい点が非難の対象になるような演奏ではないのだが。

第2楽章のヴィオラとチェロの豊かなニュアンス。そして木管、とりわけフルートの豊かな表情は、そこだけ拍手を贈りたいほど。本日のMVPだろう。
第3楽章はベートーヴェンのメトロノーム指示を意識して、むしろ通常より少しゆったりしたテンポ。弾む音がここでも効果的で、まさに農民が「ホー、ホー」と踊っているようだ。
第4楽章の嵐、低弦が極めて明晰に聞こえる中、トランペットとティンパニが吼える。バルコニー席は地響き! しかし、楽器のバランスは崩れず、弦の刻みも木管も、そのまま聞こえてくる。なんて合奏だろう! ベートーヴェンが後代に影響を与えた音の凄みが、腹の底から感じられる。

終楽章もなかなかだったが、このメンバーならもう一歩先へ進めたんじゃなかろうか。確かにフレーズが何度も積み上がっていく美しさはあるが、嵐が去った後の感謝を背景にした祈りのような静けさには至らなかったように思う。ヤルヴィは「もっともっと」とフォルテとピアノの対比をつけたかったようだが、オケは4楽章の発狂するほどの強さから、完全に脱力するのが難しかったのだろうか。
もっとも、そこに至った演奏など滅多に聴けないものだ。
拍手が早かった点も、ほんの少し残念。指揮者はそれでもしばらく余韻に浸っていたようだ。

この第6番は、他の曲と比べると、一番仕掛けの少ないストレートな演奏に聞こえた。
逆にこの曲は、仕掛けを多用すると不自然になったり、演歌のようになってしまいがちだ。
むしろオケの力に任せつつ、音と呼吸を大切にする今回のアプローチは成功だったと思う。ヤルヴィは、あえて妙なことをするタイプではない。スコアと虚心坦懐に向き合い、フレーズの運動の必然性をきちんと音にしながら、活き活きと曲を描き出す。
このため、繰り返しの多い第6番を、退屈せずに聞き通すことが出来た。それだけに、終楽章はやや残念だった。
惜しむらくは、もう少し疲労の少なく条件のよい時に、オケのメンバーの集中力を高めて聴きたかった、ということくらいか。

***

続く第7番
曲ごとに弦楽器のメンバーが順番を変えたり、管楽器もトップが入れ替わったりするのが、このオケのおもしろいところだ。
学生時代に音大で1等賞をとったメンバー達が演奏旅行したアンサンブルを核にしているという(会場で配られていたドイツ語と英語の資料より)。
音楽を、そしてこの団体を続ける上で、パッションをもっとも重要視する彼らの7番は、実は今回一番の期待を持っていた。

拍手に迎えられたヤルヴィは、オケに振り向くや、指揮棒を一閃!
あのイ長調のフォルテがホールを圧し、観客すべての呼吸も残響も、指揮棒に吸い取られていく。そこからオーボエが、クラリネットが、次々に立ち上り、あの長く豊かな序が続く。正確な音程による和音の解決が、実に気持ちいい。
どの曲でもたいへん達者なフルートは、ここでも伸びやかに主部へ移っていく。そして、皆が幸せなリズムの中に巻き込まれていく。ヴィオラとチェロがくっきりとした輪郭を曲に与える新鮮さは、長らく聴けなかったものだ。

その第1楽章の勢いのまま、指揮棒を下ろさずいきなり第2楽章へ。そして、これはすべての楽章に渡って一貫していた。一筆書きのような勢い。
ただし、2楽章の清潔な響きを聴けばわかるように、決してニュアンスまで一本調子になったわけでない。フレーズの入りと終わりをしっかりと押さえ、流線型の弧を描く。それがクリアに、次から次へと積み重なっていくと、空が青すぎて物悲しいような気分になる。(ティンパニが入りを間違えて、入らなかったのは驚いたけど。でも、このうまいティンパニにして、こういうこともあるくらい、演奏は魔が差す瞬間があるものだ。)
第3楽章は、木管とホルンによるトリオの旋律が実に見事。きれいな弧を描いていた。

だけど、何よりおもしろかったのは第4楽章。
通常よりゆったりとしたテンポで始める。ボォゥンと響く低音に乗って、まぁるく踊る弦楽器と木管・ホルン。インタビューに応じたヤルヴィは、第7の終楽章を「Reelのリズムではないでしょうか」と言っている(ロビーで発売されていたパンフレットより)。なるほど、確かにそうだ。
スフォルツァンドの和音が美しい。徐々にペースを上げながら提示部の繰り返し。そこでベースとなるテンポに至る。繰り返し後も緩急自在。
このテンポの追い込みで作られた揺り動かしは、展開部の転調で間を取る際、音色の変化とともに、夢のような美しさと力強さを醸していた。だからこそ、再現部に戻るとき、嬉しくてたまらなくなる。合奏の粗は確かにあるが、それを上回る魅力。
コーダの転調、フレーズの追いかけあい、音の柱のせめぎあいも見事。 特に最後、スケールによるフレーズの頭に力をおいて、いくつものスケールが積み上がる様は圧巻。
エレガント、パワフル、リズミカル。しかも美しい! ベートーヴェンがあえて単純なテーマを選んで、転調の凄みを見せつける曲を書いた意義が伝わってくる。
終演するや、今度は聴衆が悦びを爆発。

「舞踏の神化」ともいわれるこの曲は、速さで勝負する場合もある。ヤルヴィは、流線型のフレーズを活き活きと奏することで、リズミカルという言葉の根本をとらえ直す表現に向かった。カルロス・クライバー以来だろうか。
この曲でも奏者の疲れと思われる粗はあったが、それ以上に彼らのパッションが際立ち、実に聞き応えある瞬間の連続。
むしろ、この強行軍のような企画が本当に意義あるものかを、私個人は考えてしまった。(全公演を聴けば、また考えが変わるのかもしれないが。)

***

絶えない賛辞(スタンディングとブラヴォー)に、オケも配置を替えて、アンコール。(ここで席に戸惑うヴァイオリンが出たり、楽譜が落ちたりして、笑いも。)
曲は「コリオラン序曲」。

冒頭のフォルテ。オケの底力が炸裂する。まさに咆哮。
本番の緊張から解放され、力の抜け切ったソリスト級の奏者が、心を通わせたアンサンブルの凄み。
度肝を抜かれた人も多かったんじゃないか。

端正かつ激烈なハ短調が、絶妙なピアニッシモを経て終わる瞬間。
夢のように明るく美しかったヘ長調とイ長調の空間から、現実の世界へ引き戻されるような寂しさを覚えた。
昨日の「悲しいワルツ」のようにヤルヴィは、アンコールで現実へ引き戻すクッションを作ってから、聴衆をホールの外へ送り出す人なのだろうか。(考えすぎだとは思うけれど。)
この素晴らしいアンコールに、大きな歓呼の声が出なかったのは、おそらくこの寂しい終わり方のせいだろう。

それだけに、オケのメンバーが去る頃になってやっと声が上り、オケがいなくなったあとも拍手は途切れず、指揮者が一人で応ずることになった。もっともヤルヴィは、(片づけをしているコントラバスを除いて)誰もいないオケを指差し、「いや、褒め称えられるべきはオケなんだよ?」とでも言いたげだったが。

***

ヤルヴィは、正確で美しい和音、それをベースにする和声の解決によるドラマを改めて捉え直す。
そして、ベートーヴェンが和声に加えて導入した、リズムの撹乱とその解決についても、流線型のフレーズを、音楽の生理に沿って正確に描くことに徹する。
そのために、弦楽器のヴィブラートを廃し、ティンパニとトランペットだけは古楽器を用いる。さらにホルンも場合によっては現代楽器に古楽器的奏法を取り入れ、音色の変化をつける。さらに楽器のバランスを磨き上げる。
古楽器的なアプローチを用いつつ、やや人為的に響くラトルらとはそこが大きく違う。

こうして、目新しいことはやらないのに新鮮で、エレガントなのに力強く、ユーモア溢れて陽気だが、悲しみや絶望も含む大きな振幅を手にした。
それは、パッションを核にするドイツ・カンマーフィルを得てのことだろう。
本公演で、パーヴォ・ヤルヴィの人気はほぼ確定したと思う。それほどインパクトある公演だった。
続く第8、第9は行けないのであきらめたが、感想をうかがいたいくらいだ。

課題があるとすれば、生演奏において、録音並みの精度を追求することだろう(この点ではヨーロッパ室内楽管弦楽団などには若干劣る)。ただし、このオケはそれを踏み越えても追求する音楽がある、と感じる。
精度と情熱のより高度な統合、その手綱をどう握るか。
しかし、パーヴォ・ヤルヴィは、指揮者としてはまだ若い。昇り竜は、相思相愛のオケを得た。これからが、非常に楽しみだ。

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コメント

いい演奏会でいたね。正直 こんなにいいとは思いもかけず感動しきりです。8番はソリストが達者だから出来るような斬新さでした。彼らのスタイルは好みがわかれそうですが 9番はあたりさわりなく{合唱前が素晴らしい} 合唱 ソロはそれぞれ合格点でしたが あの悲しみのワルツや5番 7番 コリオラン後のたちのぼる熱気、もしくは心の響きを私は感じませんでした。8番は素晴らしい出来です。聞いていれば前衛芸術の絵がポンポン浮かび上がる絵画的な演奏でした。とにかく今回のヤルヴィに感動した人なら8番をとると思います。聴衆の喝采は9番の方でしたが。

彼の情熱は私の心を溶かしました。
また1番ききたいですね!

投稿: pluena | 2006.05.29 10:23

pluenaさん、最終日の感想、ありがとうございます。
やはり第8番でしたか。実は第7番と第8番のプログラムがあればよかったのになぁ、と思っていました。演奏会が終わったので、楽しみにとっておいたCDを開封、第8番を聴くことにします。
ほんとうに1番はすばらしかったですね。この室内楽オケの今後も楽しみです。

投稿: kenken | 2006.05.29 13:56

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