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2006.06.20

癒されたいわけぢゃございませぬ

西欧の古楽、いわゆるJ.S.バッハ以前の音楽が好き、という話をすると「癒しの響きがいいんですねぇ」と言われることが、たまぁにある。
相手は悪気があるわけじゃないんだろうが、一応話しておく。

「いや、癒しというわけではなく。中世の音楽って前衛みたいに響くし、バロック時代でもまっとうに演奏すればむしろ破壊力ある響きだと思うんですけどねぇ」

ちなみに、雅楽まで遡ればもはや古代の音楽。ギリシャ旋法と基本発想は似ていて、西欧古楽にぐるっと一周して結びつくぢゃないか、とまで話すかは、相手の反応によりますが。(日本の現代音楽作曲家だって、雅楽に興味を示す方は多い。)

***

19世紀の音楽を中心に、深々とした響き、圧倒的な強弱の振幅、狂気寸前の情緒を求める向きには、18世紀以前の響きは、軽く安全でポップスみたいに響くんだろうか。実際はそんなことはないんだが(そして現代オケで演奏するモーツァルト以前の音楽は、逆に甘口が強調されすぎることも多いんだが)。
むしろ19世紀の音楽が消費し尽くされて、ハリウッドとワーグナーがほとんど接するような状況では、18世紀以前の音楽のほうがはるかに即物的で前衛的に聴こえる、というのが古楽に接し始めたきっかけだった。
(いまとなっては、1960〜1980年頃の演奏にあるような前衛性を強調してしまえば、かえって古くさく聴こえるのかもしれないが。)

19世紀以来のきまじめなカルチャーに対して、前衛として気張らず、まじめに極めようとしたら、古楽が出てきた当初はおふざけに聴こえた、という印象はあるかな。そうなら、サブカル的な印象も少しあるのかもしれない。(演奏者達はもちろん、そんなことは考えていないはず。)
そういう意味では、文学とマンガの両方にまたがって読む生活も、古楽やアジアに軸足を置いて19世紀以降も聴いていく音楽生活も、似たところがあるのかもしれん。(後付けだけどな。)

当ブログではまったく関係ないような話がいきなり飛び出すことがよくあるんだけど、そういう事情なんで、ご興味のあるところからおつきあいくださいませ。

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