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2006.11.14

教養の変化?

先日の記事「お受験なんでございますか」で、最後のほうに書いたこと。
若者が受験を効率良くパスすることしか考えなくなったのは、他に知るべきと感じていることがたくさんあり、そのために教養をつける過程で受験勉強もする、というあり方に共感できなくなっていること。

これ、実は1980年代に受験をした世代が既に、似たような状況になっていたんじゃないかと感じていた。

ただ、あの頃は受験だけの勉強をくだらないと思う教師が厚い教養を示し、またそれを受け取って大学に行く者がまだいくらかはいる世代でもあった。
その教養とは、古典に関するものから今に至る流れであり、旧制高校の生徒が学んだ哲学・歴史や地理・文学・音楽・美術といったものを下地にしつつ、今にフィットする方向を考えるものだったろう。

1990年代に入ると、研究の速度が上り、細分化されていくにつれて、そういった教養のあり方そのものが問い直されるようになった。
それは今の大学が、実用的で役立つことを教えようという方向、教養学部や文学部のあり方を変えようとすることなどにも繋がっている。

一方、戦後社会の中で育まれたゲーム、アニメ、マンガ、児童文学、ライトノベルといった存在が大きくなり、それらをベースに会話が成立するようになっていったこともある。(1960〜1980年代のサブカルは既に古典である。)

若者が知りたいことは、サブカルの古典から今の楽しみ、そして今を生きるために必要な、単にひけらかすためではなく、きちんと役立つ知識、ということなのかもしれない。

また、1990年代から続くアカデミズムの動き、世の中で求められている言葉を見越したからこそ、新書ブームが起こり、そして続いているのだろう。つまり大人も、変化していく世の中についていくため、コンパクトな知識を得たいと願っている。
逆に言えば、無駄を承知でたくさんの文物に触れていく教養よりも、うまく知識と方法論を組み合わせて、マニュアル的な知識をパッと仕入れたい、ということ。

大人がこうなのだから、若者が受験以外のムダを省きたいと思うのは、当然なのかもしれない。

マニュアル的な知識でうまくいけば、そこから先はあえて考えようとしないだろう。つまり、そこで思考停止する。
でも「これさえ知ってりゃオッケー」は便利だが、その状況が変われば、オタオタすることになる。
そういうマニュアル的な知識を出す人は逆に、様々な(一見ムダな)経験も踏まえつつ、自分の身体で獲得していったはずだ。みんながそればかり求めたら、提供する人々の層が薄くなっていくことになる。
ムダを承知で、興味の赴くままにあれこれ探っていき、そこから興奮とともに発見する。それを支えるためにこそ教養がある、というのは、やはりヒトという存在として大きくは変わらないはずだ。
志ある人はやはり、シロナガスクジラがオキアミを海水と一緒の呑み込むように、文物に触れまくるほうがいいと思うんだな。

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コメント

ぼくも概ねそんな風に感じていました。
ひとつは、従来型の教養を身につけようというモチベーションが、どこからも得られにくくなっている、ということがあるように思います。
何故モチベーションが‥‥と考えると、話は漠然としてしまいますが、大きな意味で、理想(人間としての、でも、社会としての、でも何でもいいですが)を考えることが難しくなったからなんでしょうか?

投稿: どぜう | 2006.11.19 11:04

どぜうさん、コメントありがとうございます。
モティベーションが得られなくなってきている、ということは、従来の教養を得ても、自分にプラスになるとは思えない、ということと等しいのでしょう。
どぜうさんのおっしゃる「理想を考えるのが難しくなった」というのは、「何を知っていけば自分の人生にプラスになるかがわかりにくい」ということの裏返しなのかもしれませんね。

元々の教養とは、多少のムダも含めてたくさんの知識や経験を得ることを通じて、より広く深く考える支えになるもの、という意味合いがあった。(加えて、江戸まで続いた文人趣味や、旧制高校的な教養ある人間像というものも影響していたと思います。)
でも今は、そんな教養のあり方を追求する間に、状況が変化してしまうように感じられるし、下手な考え休むに似たりであって、すぐに役立つ知識がほしい、それこそが今の教養だ、ということなのかもしれませんね。

投稿: Studio KenKen | 2006.11.19 19:49

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