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2006.12.31

ピリオド奏法と古楽器オケ

ところで、2006年のオーケストラは」、眠くてたまらんかったせいか、書き忘れたことがあったので補足(ちょっと長めになっちゃったけど)。

ピリオド奏法という言葉は、通常の現代の楽器を使うオーケストラ(モダンオケ)が、作曲家在世中の演奏方法や習慣を考慮して行う演奏を指す。
一方、古楽器オーケストラ(古楽器オケ)の場合は、楽器そのものから作曲当時のものを使い、演奏方法や習慣ももちろん同様にする。

どちらが優位か、どちらがよいのかといったことは、決める必要はない。説得力ある演奏であれば、どちらでもよいのだ。それが古い音楽の演奏というものだから。

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ただし、1980年代以降盛んになってきた古楽器オーケストラがあったから、ピリオド奏法が意識されるようになった、とは言えるだろう。

これはつまり、ウィーンのアーノンクール(ヴィオラ・ダ・ガンバ、チェロ、指揮)、オランダのレオンハルト(鍵盤楽器、指揮)、ブリュッヘン(リコーダーとトラヴェルソ、指揮)、ビルスマ(チェロ)らが軌道に乗せた古楽器によるバロック音楽演奏が、古典派やロマン派へと拡大していったことと直接関連している。
その響きの面白さに惹かれたモダンオケがあり、また古楽の弦楽器奏者達に不満を抱いていた一部の指揮者との希望が合致して、現代の楽器で、古楽器的な響きを再現するようになっていった。
その響きの新鮮さと説得力が、今に至る流れになっている。

日本では、以前のモーツァルトブーム(1980年代末のバブル期)で、古楽器オケを招聘してモーツァルトの集中演奏を行った。今年(2006年)のモーツァルトイヤーでは、その種がモダンオケに舞い降りて、一斉に芽を吹き出したような印象がある。

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モダンオケで普通に演奏すると、金管がとんでもない音量で鳴るため、弦楽器の人数を増やし、木管も倍管編成(1つのパートに二人、つまり倍の編成)をとるようになる。ベルリオーズやワーグナー以来の拡大志向から、そのような荘重さを持った演奏の方が(極端に言えば)ありがたく響くし、(普通に言えば)説得力もあるように感じる。この響きは19世紀後半以降の音楽にはふさわしいが、それ以前となると微妙である。
響きは豊かだが、逆に言えば贅肉が多い。そのため、ベートーヴェンの指定したテンポよりも遅めのほうが、自然に響く。

19世紀後半以降の演奏の延長上が見えなくなった1980年代は、カラヤンやベームらの巨匠が相次いで亡くなった頃でもあった。
その頃、激しい主張を携えた演奏家はむしろ古楽演奏の分野にいて、活動範囲をバロックから古典派、さらにロマン派まで広げていた。ブリュッヘン、ノリントン、ガーディナーらだ。

古楽器オケの特徴は、楽器の音量・音色のバランスがとてもよくなること。
モーツァルトやハイドンで金管やティンパニのフォルテが出てくると、モダンオケの場合は抑えて演奏させる習慣がある。
古楽器オケではそんな必要はない。強く鳴らしても、弦楽器や木管のフォルテときっちり噛み合って、何とも言えない濃い色合いの音になる。
また、弦楽器の弓が、現在の通常と形が異なり、ほんとうに弓矢の弓のような湾曲になっている(今の弓は逆に湾曲している)。古い弓を用いると、弓を一杯に使って大きな音を出すことにはあまり向かないが、弓の中央付近で細かく動きをコントロールできるため、一音ずつ微妙なニュアンスをつけることに向く。
(木管楽器も繊細で舌遣いの微妙なニュアンスをつけやすい。)
モーツァルトの流線型のフレーズが、魔法のような浮遊感で飛び交う美しさ。そして、非常に鮮やかな水彩の音色。
古楽器オケは古典派の演奏常識を塗り替えていった。

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では、モダンオケが古典派のスペシャリストを招くと、どうなるか。

弦楽器の編成をぐっと減らす。もしも可能ならば弓も古い時代のものを用いる(本体より弓のほうが奏法に与える影響は大きい)。無理な場合は、現代の弓でどのように当時のニュアンスを出すかを工夫する。
また、木管を倍にせず、トランペットとティンパニは古楽器を用いる(音量と音色があまりにかけ離れているから)。ホルンは現代の楽器を用いるが、可能ならば古楽器の奏法を参考にする(転調によって音色が変化するため、転調そのものが効果的な表現になる)。
常にヴィブラートをかけるのをやめて、必要最低限に抑える(場合によってはノン・ヴィブラートを基本とする)。音程に気を遣うようになり、純正なハーモニーがきちんと響き合うことを確認するようになる。
何より、小編成で俊敏な動きをとれるため、響きのだぶつきがなくなる。筋肉質で素早い音に変わる。

こうなると、ベートーヴェンの指定した「速すぎる」とされるテンポが、現実的に感じられるようになる。広々とした感じはなくなるが、集中力が増し、スフォルツァンド(一音だけ突然強くする)がとても効果的になる。それによって、ベートーヴェンが得意とするリズムの撹乱が表に出てくる。
モーツァルトやハイドンもそれぞれ、とても力強い響きに生まれ変わり、フォルテとピアノの落差が思わぬ詩情を生み出す。

また、古楽器の音色になかなか馴染めない場合も、ピリオド奏法の音ならば(元がモダンオケの音色だけに)いくらか聞きやすくなる。
新しい機動性と音色を獲得したモダンオケによる古典派演奏は、アーノンクールやノリントンらの主導により、ブラームス、ブルックナー、ウィンナワルツ、マーラーらの音楽まで視野に入ってきた。

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こうしてみると、クラシック音楽の演奏は、ずいぶんと変化していくことがわかると思う。
しかし大切なのは、演奏時に何を見据えて表現するか、その表現は徹底的に行われているか、である。演奏は(響きの法則上間違ったことをしなければ)不正解がない。あるのは、徹底的な表現があり、それを受け入れる人がいるかどうかだけ。
現在のピリオド奏法の隆盛は、まさにこのポイントを突いて、いい響きを醸せるから、脚光を浴びている。
その運動からむしろ、もう一度古楽器オケの面白さを味わい直してみるのも一興かもしれない。

長生きして様々な演奏に触れていくことも、人生の喜びの一つになるのかもしれない、などということまで考えてしまう年の瀬である。

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