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2006.12.31

拍手雑感

さて、アーノンクールのモーツァルトで、最後に面白かったこと。
それは拍手。

曲が終わり、アーノンクールはまだ手を下げないのに、拍手が始まってしまう。戸惑い、一度拍手が止まると、腕が下がる。再びザァッと沸き上がる拍手。
アーノンクールは音楽を消費するような生き方を望まない人だろう。コンサートは、日本流に言えば一期一会の場であり、その終わりの余韻も含めて音楽経験のはず。たまにはこんなコンサートを味わってみるのもいいんじゃないのかな。

一方、歌舞伎では主役が花道から去ってゆくと、唄があっても拍手でかき消されてしまうが、そういうものだ(劇が主で、音楽は場作り)。
ちなみに雅楽で舞楽を奉納する際は、元々は拍手がないものだった。現在ホールの舞台で行われる場合は、もちろん拍手が入る。この時、舞手が退出する際の楽も、鑑賞の対象なのだが、歌舞伎のように拍手がかぶってしまうことがある。かなり残念ではあるが、仕方ないのかな。
日本では、舞台にのっている人はきっと終わるや否やの大絶賛を期待しているに違いない、と思いながら聴いている人が多いんだろうか。

要は聴くべき音、観るべきものを観賞して、ちゃんと意志を伝えるように拍手すればいいんだけど。
ノリノリの演奏で、ウワッと拍手も盛り上がることは確かにある。
けれど、いち早く拍手をする、なんてことが求められるクラシックの演奏会は、むしろ少ないと思ってもいいんじゃないかな。(余韻を味わえないのは寂しすぎます。)

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