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2007.07.28

二人の永眠

7/19の午後2時半前、臨床心理学者の河合隼雄氏が逝去された。享年79歳。(たとえばアサヒ・コムの記事はこちら。)
ユング派心理学を紹介し、独自の箱庭療法を完成・普及した。また、夢や神話への言及、さらに文学作品の読み込みで幅広い支持を得てきた。
文化庁長官に就任してからは、むしろたいへんだったのかもしれない。高松塚古墳壁画の損傷修復の問題で奈良の明日香村に謝罪に訪れ、その後に倒れてからは意識が戻らなかったと聞く。
氏の本領はやはり箱庭療法だろうが、人の深層をくみ取るように読みつつ、常にユーモアややさしさを忘れないあの著作群に気持ちが揺さぶられた方々も多いのではないか。
私が学んだ心理学はまた別の考え方を持っていたし、氏の著作に全面的に共感するものではないが、魅力と読みごたえに溢れていたとは思っている。
深くご冥福を祈ります。

***

その数時間後、私の祖母がひっそりと息を引き取った。

90歳を過ぎても、食材の買い出しは自分で行くなど、年齢の割には元気に過ごしていた。若い頃のようにはいかないが、ボケてはいなかったし、時折フランス料理を楽しんでもいた。(若い頃、祖父にご馳走された洋食がおいしくて、それ以来洋食が大好きだった。)
昨年秋、大病をして、下半身の自由がきかなくなってきた。急に衰えが目立つようになった。歩くこと、移動することが思い通りにならず、日常生活が不自由になったことが、気力を奪ったようだ。
それでも元が丈夫だったのだろう、今年の春、みやげに持参したル・ノートルのショートケーキを一つ食べて、おいしいと話していた。

ただ、徐々に広がるガンはどうしようもない。今年の6月末に緩和ケア病棟に入り、静かな時を過ごした。(とはいえ、誰かが必ず見舞いに行っていて、緩和ケアの病室とは思えぬほどにぎやかだったが。)
見舞いに行くと、加減のいい時は、少しだけ話ができる。夢で大雨が降っていたとか、冷蔵庫の中に云々とか話しつつ、孫が来ている時の「おばあちゃん」の顔になる。
おだやかで、子供や孫やひ孫を抱擁する、一族のゴッドマザーの顔に。

永眠の前日も、見舞いに訪れた。もう話す体力は残っていないが、声をかけると反応がある。少し苦しそうにしていた祖母に対して、痛み止めなどを看護士にやってもらっていたが、なかなか眠れずにいた。
しばらくすると、口腔の専門家がやってきた。口腔清掃の後、とても穏やかな眠りが訪れた。口腔の先生曰く「まだ意識がありますし、眉間や口の動かし方などを見て、気づかってあげてくださいね」。
専門家の見立てはすごい。感心するとともに、身体の自由がなくなっていき、意志疎通もうまくとれず、口をきれいにしてほしいという思いに気付かないことに、申し訳なくも思う。でも、こうして気づかってくれる方がいて、静かな眠りがやってきて、よかった。
その周りで、息子や娘達(つまり私の父や叔父、叔母達)が話していると、私が3歳頃の、祖父母の居間のようだ。この声をバックに、いい夢を見てほしいと、心の底から祈った。

子供たちと、一部の孫に囲まれて、静かに息を引き取ったそうだ。(私はその日、仕事をしていて、母からの電話で知った。)
最後の病気は苦しかったとはいえ、大正・昭和・平成と長く生きて、大往生の葬式は穏やかだった。まさに、ありがとう、だった。
深く深く冥福を祈るものである。

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