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2007.07.31

忘れ難き日だろう

先日のエントリー「二人の永眠」は、他の方にとってみれば「臨床心理学の巨人と、お前のばあさんとの日を並べられても、だからどーしたってんだ」というところだ。

祖母は明るく柔らかで、子や孫、ひ孫らを受け入れつつ、野放図にもしない何かがあった。威圧感などとは無縁でありながら、一族の中心となる立ち位置、ゼロポイントといっていいような何かをまとっていた。小さな家のことだが、ある種のカリスマ性と言っていいようなものを持っていたのかもしれない。
私が幼い頃まで経営していた旅館のおかみとしての働きがそうさせたのか、元々そんなところがあったから祖父を支えてともに旅館を経営できたのか、それはなんとも言えないが。

入院してから、何かとても神々しいような、厳かな瞬間が時折あり、生の不思議を思った。そんな時、ほとんど同時に河合隼雄氏の訃報にも接した。
河合氏は日本のユング派臨床心理の紹介者、箱庭療法の創始者である。カリスマ性があったことは、私が触れるまでもない。
同じ日に亡くなったことは、私個人にとって、何かの符牒のように感じられてならなかった…まぁ確かに他の方にとってはどうでもいいことかもしれん。

***

7/29、参議院選で自民党(および公明党)が記録的大敗を喫し、初めて自民党が参院第1党から転げ落ちた後、作家の小田実氏の訃報が流れた。享年75歳。

・アサヒ・コムの記事(7/30)

・YOMIURI ONLINEの記事(出版トピックより、7/30)

ベ平連で一緒に活動した哲学者の鶴見俊輔氏が「戦争が遺したもの」(上野千鶴子、小熊英二との対談)で、結成当時のことについて触れている。打診にすぐ応える話を、いかにもと思った。

ところで個人的には、ベ平連の活動がテレビで報道されると、幼かった私に周囲の大人たちが「あぁいう人になってはいけない」と言ったことに一番インパクトがあった。それで名前を記憶したんだから、皮肉なもんだ。
周囲の大人たちは思想云々以前に、法律を破るような人になってはいけない、とだけ伝えようとしてたことに気付いたのは、少し大きくなってからだったと思う。
一方こちらは、兵士として戦争に参加するという、正しいか正しくないか究極の迷いにある人に対して、命がけで逃げちゃえ、と実行しちまう人がいることに衝撃を受けていただけ。思想云々以前の、もっと原初的な驚きから見入っていたことは、あまり伝わっていなかったのかもしれない。
(そして、もう少し大きくなった私はどちらかといえば、鶴見俊輔氏の著作により深い衝撃を受けていった。)

***

今年は吉田茂氏の薫陶を受けた最後の総理となった宮沢喜一氏、戦後の日本共産党の柱となった宮本顕治氏も亡くなった。
日本の戦後政治のメインストリームは、自民党の吉田派と岸派の間に生じている面があった。一方で、戦前は非合法だった共産党が合法化され、社会党とともにまた別の選択肢を見せてきた。

今元気なのは、岸の直系にして戦後レジームからの脱却を唱える安倍総理であり、自民党内に大きな対立軸があるわけではない(吉田茂氏の血筋を引く麻生外相は、そう吉田派的な言動というわけではない)。
市民運動も流行らず、オルタナティヴが見えにくい中、参院選で安倍政権が惨敗した。安倍不信任いうことより、目立った選択肢が他にない時、どうすればいいのかという状況で、国民が放った窮余の一策、というのが本当のところだろう。
市民の側からオルタナティヴを出そうとしてきた小田実氏の逝去と、参院選の結果が重なったことは、なんだか偶然とは思えない。
そうして、民主党の正念場はむしろこれからであり、ここでグダグダになれば与野党ともに美しいどころか「情けない日本」になっちまう可能性もあるわけだ。いや、もうじゅうぶん情けないのか…。

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