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2007.09.20

音楽の原理

ものすごくうれしい時の表現って、跳ねる、飛び上がる、天に上りそう、ふわふわと浮き上がるような、といった具合に、躍動や上昇と関わりのある言葉が出てくる。また、その時に上昇するイメージの多くは、晴れ渡っているだろう。
そういえば、子供は喜ぶと、ほんとに飛び跳ねるし、アニメーションでもその手の表現はよく出てくる。
たぶん、哺乳動物にある程度は共通の感覚なのではないか。だから、犬や猫などを見ても「うれしそう」とわかったりするんじゃないか。

生得的に味わう感情は、身体の動きや姿勢、筋肉の状態などにある程度関連している。
逆に言えば、その種の感情を味わうと、身体の動きや姿勢も、それに沿ったものになる、ということなのかもしれない。

もっと抽象的な事柄、たとえば時間などはどうだろう。
自分の目・顔があって、そこから前に見て開けている方向が、未来。
自分の背後の方向が、過去。
つまり、時間は、空間の把握と、関連して身に付いていくことを示唆する。
そして、歩いていくことと、そこで生じる時間経過との関連から、自然な比喩として受け入れられている。
この比喩に着目して、それが英語ならどう活かされているか、といった具合に、外国語の時制を学ぶケースもあると聞く。

***

音楽の場合。
音程が高い音はより上、低い音はより下のイメージにつながる。
ピッコロやフルートが高い音で吹き渡れば、上空を飛翔したり、鳥のイメージにつながりやすい。一方、コントラバスやティンパニ、大太鼓などの響きは、どっしりした大地を連想させる。ドラムやベースの太い音は、テンポの速い場合であっても、やはり足を地につけて失踪するイメージにつながる。

テンポは、繰り返される音の時間間隔で決まる。もちろん、時間経過の速度につながる。
速くなれば、走っている、あるいは乗り物が疾走しているイメージになるだろう。
遅くなれば、歩いている、あるいは立ち止まっているイメージに近づくだろう。

こんな具合に、音程の高低、繰り返される音形の時間間隔(テンポ)が、空間把握に置換されて、認識されている。
これは同時に感情の状態にもつながっている。
たとえば、高いところに上ることと、嬉しさの関連から、高い音に向かってテンポが上がっていけば、喜ばしいことに向かって突進していくイメージにつながる。
逆に、テンポを落としながら、低い音に向かっていくと、徐々に落ち着いていく、場合によっては悲しい状態になることなども表せる。

さらに音量が、感情の激しさの指標になる。
また、楽器が多数合わさって、音量や音色が複雑さを増すと、大勢の人間がいっぺんに何かを感じているように思われるだろう。
逆に同時に鳴る音がどんどん減れば、徐々に静まるだけでなく、場合によっては一人になっていく、孤立する、などというイメージにもつなげることが可能だろう。

和音は、同時に鳴らす音程の関係が、安定感を与えるか、緊張感を増すか、という観点で組み立てられる。
実際に個々の音の組み合わせがもたらす効果は、西欧の調性音楽か、インド古典音楽か、はたまた雅楽のような最古の管絃楽かといった、文化的な文脈によって、違ってくる。
ただし、音階の中心となる音があり、それを軸に動いては、また戻ってくるのを支える、という面で、ある程度は共通の仕組みによっているだろう。
また、同じ和音でも、同じ音をオクターブ以上を介して離れた音程で鳴らす場合(西欧ではオープンハーモニー)と、オクターブ内の密集した音程で鳴らす場合(クローズドハーモニー)では、広々と感じと、ぎゅっと固まった感じがする。
ここでも、音程の持つ距離感や空間把握と同様の原理が作用しているように見受けられる。

***

和声による緊張と弛緩の組み合わせ、さらに音程、テンポ、音量、音色、合奏の規模や同時になる楽器や声、といった様々な要素の多くが、空間と時間経過の把握に基づいている。空間と時間の把握の際に味わう感情が、音楽の情動とつながっている。

つまり、音による空間の建築を行うのが音楽なのだが、音はその場で視覚的に立ち止まるものではなく、時間経過とともに変化する。だから、音の繰り返しや変化を通じて建築するしかない。
それは常に何らかの感情の変化を伴うものであり、だから音楽は感情表現だけを目的にしているように感じられやすい。ただし、高い精度で繰り返される音の繰り返しと、それにも関わらず生じる揺らぎの心地よさによる、音響構造の建築こそが、その感情の温床であるがゆえに、不正確な音響建築は中途半端な印象になる。
では、機械のように正確ならいいかといえば、そこまで正確な音の繰り返しは逆に、異常や緊張を感じさせるものになりやすい。そのような音は、日常にはむしろないものだから。そこで適度な揺らぎが必要であり、それはヒトという種に固有のパターンだけでなく、文化や音楽ジャンルの文脈(さらには好み)によっても変わるので、一概には決定できない要素も多々ある。

このあたりのさじ加減、捉え方の違いが、様々な音楽パフォーマンスを生み出し、おもしろくする。
音の鳴らし方、歌い方、演奏などについて、正解はあるようでなく、ないかといえば皆無というわけでもない、という微妙なところが、音楽の豊かさと複雑さの源泉だろう。

と、とりあえずの自分用のメモを記してみた。

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