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2008.05.20

CDは減っても音楽はそう簡単に減らない、はず

前のエントリーの最後で、往年の巨匠達のCDはカラヤンを含めて売れているが、新しい演奏家達のCDはあまり売れず、そのため点数も減っている、ということに触れた。
CDが売れないのは特にクラシック音楽に顕著だそうで(クラシック音楽という括りもあまり好きではないが、便宜上仕方ない)、西欧ではオーケストラ奏者を目指す層も以前より薄くなっている、と音楽好きがしばしば話題にする。
しかし、他のジャンル、ポップスやロック、ジャズなども同様で、iTunesなどに代表されるデータ販売などがその穴を埋められるか、ということもしばしば雑誌やWebで記事になる。

***

これで思い出すことがある。
2005年あたりに火がついた「のだめ」ブームだ。

音大を舞台にした「のだめカンタービレ」というマンガが、クラシック音楽の話題を提供し、そこに出てくる曲を紹介したCD、さらにのだめオーケストラのCDが空前の売上をたたき出している。(もっとも、クラシック音楽では1万枚売れると御の字、という世界なので、桁が2つほど少ないわけだが。)

それより重要なのは、「のだめ」に出てくる曲を取り上げると、演奏会のチケットがよく売れる、ということ。
さらに「のだめ」のマンガやドラマ化に縁のある指揮者、デプリーストが振る都響(東京都交響楽団)は、特に注目されやすい時期が続いたこと。
ゴールデンウィークに有楽町フォーラムで開催され、安価な演奏会が多数開かれる音楽祭「ラ・フォルネ・ジュルネ」は、2007年には「のだめ」ブームと積極的に手を組んだ。
逆に「のだめ」で取り上げられていない曲については、以前のようになかなか客が入らないことも意味する。ブームが去ってみると、あまり状況は好転していないことになるのかもしれない。

ただ、これは別の見方も出来る。
マンガやドラマ(アニメもある)で曲を知ると、着メロにしたり、iPodなどに入れて聴く。こういう時は他のポップスなどと同様に、出来るだけ安価に済ませようとする。音楽は以前のLPレコードの時代と異なり、溢れるように手に入れることが出来るし、たまにしか聴かない曲なら、図書館から借りて聴くことも可能だ。それに小金を出せるなら、安価な全集でごっそり手に入れて、折りに触れてゆっくり聴くことも可能になった(極端な話、ベートーヴェンの交響曲全部を3千円以下で入手できる場合もある)。
一方、CDにお金を落とさないケースでも、演奏会には行ってみようか、という層はいる。つまり、彼らはただ音が聴ければいいのではないと思われる。生の迫力と聞かれたら、そうだと頷くだろうが、それ以上に「演奏会という場で体験したい」ということではないだろうか。

「のだめ」にはすったもんだを繰り返す登場人物達が、それぞれの思いを背負ってステージに立ち、喝采を浴びたり、失敗してブーイングを浴びたりもする。
それと同じではなくとも、人間が演奏し、同じ場でそれを聴き、奏者達の表情や身体の動き、緊張や興奮なども含めて、同時に体験する、だからこそ演奏会にわざわざ足を運ぶんじゃないだろうか。
また、あのマンガは他のクラシック音楽マンガと異なり、演奏会の空気感そのものを描き出そうと努力している。
それはやはり、日常とは異なる何かであり、おそらく「のだめ」を通じてその面白さを感じ取った人々が、自ら体験してみようと思っているんじゃないか。

これが正しいのかどうか。人によってだいぶ違うだろうし、こんな風に単純化していいかどうかもわからない。
ただし、いくばくかの正しさがあるなら、1950〜1960年代と同様に、多くの人が「スペシャルな何か(の体験)」を望んでいる、という風に見えてくる。

インターネットのなかった頃は、レコードという音楽メディアを通して、それを得ていた。いま、ただ曲を聞くだけなら、CDをレンタル出来るし、廉価盤も増えているし、データとして購入することもできる。
録音へは以前よりもアクセスしやすいのだから、むしろ演奏会に足を運び、スペシャルな体験をする。その素晴らしさを思い返すためにCDを聴く、という形で、以前とは演奏会と録音メディアの順位が逆転しているように見える。

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こんなことを考えていたら、5月17日の朝日新聞朝刊で、津田大介氏がコラム(声のページの「異言新言」)を書いていた(音楽配信メモ主宰の音楽ジャーナリストとして、また音楽著作権に関係する著述などで有名)。
そのコラムによれば、CDの売上ピークは1998年の5878億円、それがこの10年で3271億円まで下がっている。
一方、日本音楽著作権協会の使用料徴収額は、1998年の984億円から、2007年の1156億円にまで伸びている。
全国コンサートツアー事業者協会のデータより、1998年のライブ入場者数が1430万人、そして2006年は1978万人と増加している。
つまり、CDだけを音楽産業の指標にする時代ではなくなってきている、ということになる。
こうしたデータを背景に、音楽不況といわれるが、需要はむしろ増えているはずであり、本来の音楽ファンの声を汲んで、適正価格での提供を考え、iPodなどに著作権補償金をかけることは本来の道ではないだろう、というのがコラムの趣旨である。(興味がある方は直接参照されたい。)

もしかするとクラシック音楽業界は、特殊な傾向を持つのかもしれないが、それはともかく、音楽産業全体のデータが、私の推測と似た傾向を示すのは、なかなか興味深い。
それに、YouTubeやニコニコ動画などの動画共有サービスには、それこそものすごくたくさんの演奏動画が、日々溜まり続けている。音楽DVDなども含めて、ただ聴くだけとはおそらく違う経験だろうし、むしろこちらを好む方もたくさんいるだろう(実際、iTunes Storeでも音楽ビデオをわざわざ買う人々は多数いる)。カラヤンはもしかすると、こういう状況をこそ望んでいたのかもしれない。
言語と音楽は、人間を人間たらしめている大切なものだ(それだけではないが)。何がそこまで大切なのか、その一面が見え隠れしている。逆に、面白い時代ともいえそうだ。

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