カラヤンについて3回連続で触れた。
カラヤンへの熱狂は、1950〜1960年代の文化的要請に応えたことにより、決定的な記憶を世間に刻印することが出来たから、と私は考えている。
それはレコードやテレビ/ビデオなどのメディアを活用して、何度も繰り返して聴く一方で、コンサートという祝祭の場をツアー化して世界中で行うものだった。今の人々が当り前のように思って疑いもしない音楽状況を、創り出していく過程でもあったはずだ。
これが第2次世界大戦後の、クラシック音楽のメインストリームである。
ベルリン・フィル、ウィーン・フィルといった中央ヨーロッパの最高楽団の世界制覇、ヨーロッパ各地の特徴や伝統を活かした地方都市楽団がそれぞれの特徴を活かした録音を展開する一方で、新興世界のアメリカではシカゴやボストン、ニューヨークのオーケストラ、あるいはメトロポリタン歌劇場が(経済力にものをいわせて)競ってもいた。
こうした文化の特性は、歌舞伎のように、よく知られた演目を、誰がどうやるかに関心が置かれるものであり、それを世界中で共有するようになったとも言える。
ところで、レコードは時空を超えて演奏を再現できる。いや、厳密にいえば演奏そのものではなく、可聴周波数の一部を再現して、印象の一部だけを伝えるものであって、その場の空気感や、ライブでの聴衆の反応まですべてわかるかといえば、無理である。しかし少なくとも曲や演奏の印象を在る程度は再現できる可能性が出てきた。
こうなると、大衆の熱狂するメインストリームだけでなく、音を記録して、何度も再生することを念頭においた企画、というものが成立するはずだ。
何が言いたいかといえば、図書館や博物館に譜面が眠り、また一部は印刷されてもいるが、ほとんど演奏会にかからない曲目を、一流の演奏家による音で残しておく、という発想が同時に出てくる、ということ。
つまり、古楽の復興と記録である。
1960〜1970年代にはテレフンケンのDas Alte Werkシリーズや、ハルモニア・ムンディによる古楽(バッハ以前の音楽)が、退屈せずに聴ける録音を残し始めた。アーノンクール、レオンハルト、ブリュッヘン、クイケン兄弟らが登場してきたのはこの時期であり、一部の若者の熱狂を呼び起こした。ヨーロッパ中世末期、ゴシック建築の中で鳴り響いた対位法音楽が、場合によってはシェーンベルク以降の極めてモダンな響きと相対する、といった驚きを、世界中で共有しようとするような側面もあったと思う。古典派やロマン派の音楽すべてが美しく枠にはまっていく中で、前衛的な現代音楽の興隆から少し遅れてやってきた、温故知新の前衛、だったのかもしれない。
(注:ただし、こうした古楽復興初期の演奏家達は、戦前〜戦中生まれであり、むしろ20世紀の「すべての文物を博物館に」という発想から、本来の響きある音楽に解放したいし、それは現在よく聴かれる19〜20世紀の音楽と同じくらいに楽しく面白い、という発想が基本だったように思う。それが、時代と合致した、とも考えている。)
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