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2008.06.12

秋葉原、いや街の知恵とは

先日、秋葉原で起きた事件から、あの街について最近思うことを書いた
もちろん、あの街が事件そのものの原因ではなく、トラックで突っ込んでナイフを振り回した人間が犯人であり、秋葉原のあり方を云々することは犯罪防止などと直接の関係はない。
ただし、最近の目立ち方はあまりよい方向には見えない(あくまで個人的な意見だが)。

あの街は、電気街として、さらにオーディオやビデオの普及に伴う音楽・映像ソフトの街として、さらにPCの街、あるいはゲーム/コミック/アニメの街として、発展してきた。
つまり、周囲に理解者がいるとは限らない濃い趣味について、作り手/受け手の双方に訴える街であり続けた。
普段は表に出さないことでも、ここなら表に出せるような、一種の解放区として作用していることも意味する(だから最近の若者は「聖地」などと言うのだと思う)。
コミックなどのマーケットに見られるコスプレが街に出てくるようになったのも、そういうことを商売にする店があるからだし、アイドルの卵が道の片隅でイベントを行うのも、そういう商品が多数行き交う街だから。
オタク的なものが路上に溢れるような文化があったわけではないし、電気街やオタク系商売の邪魔をするようなことも、元々はなかったはずだ。

しかし、人が集まる場で、変わった衣装を纏う人々がいることがメディアに取り上げられ、さらにそういう人々を吸い寄せるような路上イベントを積極的に打つ場と認識されるようになると、それがあの街の文化のような印象さえ持たれるようになる。
歩行者天国は以前に増して人が集まるようになり、場合によっては店の近くで人だかりが出来て、商売の邪魔になりかねないケースも出てくる。
それは、おそらくこの街の本来の姿ではない。
むしろ、回遊しては様々なブツや店をおもしろがり、気に入るものがあれば予算内で購入する地味な交易が、この街の顔だ。一人で歩いても、仲間と歩いても、家族と歩いても、どうにかなる街でもある。
そこがうまく伝わらないと、悪目立ちをなんでもやっていい街、という誤解が独り歩きしてしまう。

そうなると、たとえば…
日常生活で普通の社交が苦手な人がいて、オタク系文化に関心を寄せていた、とする。しかし、似たような趣味を持つ人々との交流もあまり広がっていかない、と感じてもいる、とする。
さらに、メディアで見かけるアキバは、日常生活に要求されるような社交性以上の「目立ち」がなければ入り込めない、ように見えたら。
自分の好きな世界にさえ、居場所がない、などと感じて絶望してしまうかもしれない。

でも、本来はそんなことはない街なのだ。
マスメディアはより多くの人々に訴求するため、ある側面を強調することが多いが、そういうところを見たら、やはり現地に行ってみて、自分なりの感じ方や見方を味わい直すほうが、おもしろい。
世の中にはいろんな場があり、いろんな人間がいる。簡単に絶望しないほうが、少しでも長く生きるほうが、トクだし、おもしろいはず。

ある種の商品を扱う店が集中すると、それに伴って周縁にいろんな店が集まり始めて、ごった煮の磁場を形成するようになる。こういう街は、秋葉原に限らず東京の問屋街の文化であり、様々な人々が共存しなければいけない場における知恵であるはず。それは今こそ強調されてもいいように思う。

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