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2008.08.31

小川洋子「猫を抱いて象と泳ぐ」読了

気がつくと8月がもう終わろうとしている。下旬になってから妙に気温が下がり、でも湿度だけはあるので、身体が困っているみたい。

さて、小川洋子「猫を抱いて象と泳ぐ」、3回集中連載にて完結(文學界9月号、8/7発売)。
いや、そんなことは既に触れた
小川洋子の変化?(文學界8月号)」(7/16)から印象が変わったかどうか、である。

後に「リトル・アリョーヒン」と呼ばれることになる少年は、唇の上下がくっついて生まれた。医師は唇を上下に分かち、足りない皮膚を脛から持ってきた。このため、口のあたりに脛毛が生えることになる。容貌ゆえに友人も少ない。祖父母と弟との地味な生活の中で、少年は廃車となったバスを住居にする男性(元運転手、今はバス会社の寮管理人)と知りあい、チェスの手ほどきを受ける。
少年がマスターと呼ぶようになるその男性は、少年がチェス盤の下にもぐらないと思考できない性質も問わず、チェスの精髄を穏やかに伝えようとする。マスターは無類の甘味好きであり、それゆえバスの運転手が勤まらないほど巨大になったため、寮の管理人をしているのだった。ある日、バスの中で息絶え、それ以降、少年は成長を拒絶する。のみならず、大きくなることへの悲劇がすり込まれる。
マスターのチェス盤をなんとか持ち出し、それ以降はチェスが少年を導いていく…チェス盤の下に潜り込む彼の、唯一のコミュニケーションとして。
(まぁあとはお読みいただきましょう。)

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2008.08.26

やっぱり使いにくいです

アサヒ・コムは、皆様ご存知のように、朝日新聞社のサイト。
始めたのは毎日新聞のほうが早かったのに、本紙と同じ記事を大量に掲載、比較的見やすい見出しレイアウトなどをとって、閲覧数はあっという間に上昇していった。それはまぁ1990年代の話。

今年の春、大幅にリニューアルした。かなり変わったので、戸惑った。
慣れの問題かと思いながら、半年くらい見てきたが。

やっぱり慣れない。
というか、使いにくい。前の方がまだよかったんじゃないかな。
(仕方ないので、「ニュース」をクリックして、以前と似たレイアウトのページを表示してから見ている。)

一番の問題は、新聞社の運営するサイトなのに、ニュース以外の項目もごちゃごちゃとトップページに羅列されること。見にくい。
もしもmixiを意識した変更ならば、そんなことはしなかったほうがいいんじゃないかと思う(実際、mixiもレイアウト変更時には、使いにくいと大騒ぎになった)。

とにもかくにも、新聞なんだから、ニュース提供を最優先して、過去の連載記事をWeb上で見やすく引けるような工夫をするなどしてほしいな。
そういう方向に力を入れると、むしろ評判がよくなるように思えるんだが。

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2008.08.20

夏のある日の、のん気ライフ

Cat080820

以前、のん気ライフとして触れた猫(ここと、ここ)。
天才なんだかちょっと足りないんだかよくわからない。
しかも、他の野良猫たちと同様、近所の人々からそれなりに餌などもらっている様子だが、いつまでも毛並み悪く、ばっちぃまま。

ある夏の夕方。
排水溝に身体の一部を預けている。
もしかして、空気が動いて、涼しいのか?

それにしても、3月の写真でも排水溝の近くだし、マンホールの上が好きだし、犬は怖がらないし、もちろん写真をとられても動じない。
やっぱり変わった猫だねぇ。君が幸せで動じないなら、それでいいんだけどね。

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2008.08.19

iPhoneとBlackBerry

7月のiPhone熱狂が終わってみると、販売の勢いは失速しつつある、という記事が出ていた。
J-CASTの記事は、BCNランキングの結果を引き、発売当初の家電量販店シェアは13%あったのに、8月に入って4.4%に落ちたこと、またその原因をインタビューで紹介している。

ソフトバンクはパケット定額が2段階にした上で、供給安定を理由に予約受付を開始しているが、これはMNP(番号ポータビリティ制度)を利用して他キャリアから移ってくる人々が、安心して買えるようにするためだろう。
MNPで転出届を出したら、発行日を含めて15日以内に移行しなければ、その届けは無効になる。いつ買えるかわからないようでは、新規契約者はともかく、転入は獲得しにくいからだ。
では、これによってiPhoneは再びグングン売れるか?

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ちゃんびぃ

ご存知だろうか、chumby
今年の初めあたりから徐々に話題になり、日本でも発売が決まっている。
ニュースサイトでも取り上げられるようになってきた。
(たとえば、アスキーの記事、ITmediaの記事(1)記事(2)。)

合成皮革に覆われたかわいらしい外見、愛嬌あるマスコット、ポーチ付属、手のひらサイズ。
でも中身は、タッチパネル液晶と無線LANを内蔵し、Linuxベースの多機能デバイス。
USBポートも持ち、たとえばiPodを接続すれば、音楽を再生できたりする。
(小さいので持ち歩くこともできるけど、無線LANの電波が届かなければ、ただの箱である。)

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2008.08.17

小川洋子の前に、水村美苗

読みたいものに、時間がかかる月。

小川洋子「猫を抱いて象と泳ぐ」(文學界9月号)が、集中連載の第3回で完結を迎えているが、まだ手をつけたばかり。

水村美苗の特別評論「日本語が亡びる時−−英語の世紀の中で」(新潮9月号)を、じっくり読んでいた。

アイオワでIWP (International Writing Program) に参加するため、バスに乗り込むところから始まる。IWPとは、主催のアイオワ大学が様々な国々から小説家や詩人を招待し、「アメリカの大学生活を味わいながらそれぞれ自分の仕事を続けてもらおうという、たいへん結構なプログラム」というもの。生活費の心配もない。日本人は水村氏だけ(来年は島田雅彦の参加が決まっているという)。
自己紹介の会話、参加の動機(自律神経失調症の転地療養にならないかという淡い期待)、到着してからの参加者たちの様子。水村節満載の、むしろ小説のような導入だ。
参加者の様子からすぐに、様々な言語で、様々な地域で、富む国でも貧しい国でも、ほんとうに多く書かれているという感嘆に移る。やがてそれは<自分たちの言葉>で当たり前のように書くことの意味へと思考が向く。英語が<普遍語>になりつつある今より前、ヨーロッパ(というより世界)ではフランス語が<普遍語>だった時期があり(もちろんそれ以前はラテン語、アラビア語、漢語などが文化圏ごとに普遍語だった)、それが凋落する過程に触れる。
そして、書き言葉の成立に触れる時、さらに近代文学とは国民国家と国民文学の成立であることに話が及ぶ時、読み物から論に、進んでいる。
パリでの水村氏の講演内容は、論に転調する際に、全文引用される。氏の作品「私小説 from left to right」の核心に触れ、そこが転回点となる。論文でも小説でもない、評論が作品であることを見せつけ、しかし論理は踏まえていく。妙技だ。

だが、これからというところで、すなわち「<国語>の祝祭の時代が終わってしまった今」、「<叡知を求める人>であればあるほど、日本語で書かれた文学だけは読もうとはしなくなってきている」ことを指摘したところで突如、流れが止まる。
新潮掲載は3章まで。この秋に筑摩書房から刊行予定で、全7章のうちの冒頭3章が掲載分、とのこと。

読書が好きな方なら、少なくともこの冒頭3章がおもしろくないはずはない。
同意するにせよ反発を覚えるにせよ、全7章がどのような運びになっているか、気にならないはずもない。

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2008.08.15

マンガ喫茶じゃないんだしねぇ

アサヒ・コムに猫カフェの記事が掲載された(8/15)。
エンターブレイン(旧アスキー系、今は角川系の出版社)から、丸々一冊猫カフェのムックが発売されているけど、ついに新聞でも記事になるとは。

うーん、この商売が始まった頃にのぞいた印象では、普通にお茶してる場に猫が行き来していて、たまにこちらに寄ってくるとラッキー、くらいの印象を持っていたんだが、この写真だとちょっと感じが違うのかな。
基本的にはニッチな商売として、細く長く続けていただくとして、流行りのようになってもらわないほうがいいかも。

たとえば、人が猫を撫でる時、猫は相手の今の感情を受け止めるように見えるんだよね。
ひたすら「あぁ、幸せ」と撫でるのならいいんだけど、猫を撫でている今の自分の幸福感と比べると日ごろの自分は、といった愚痴を持っていると、それも受け止めちゃうんじゃないかな。
そんなことが続いたら、その猫は体調を崩しかねないんじゃないかな…
いやはや、えらく非科学的な妄想になっちまった。

それはともかく、猫っていつも撫でられているより、人のそばに付かず離れずの距離でいて、たまに撫でてもらう程度が落ち着く、というケースが多い。
猫時間通信@Blogとしても、猫は眺めるのが一番、撫でるのは二番だと思うな(一緒に遊ぶのが好きな猫をかまってあげるのは歓迎だけどね)。
相互に幸せになるような感情の交流がある店ばかりならいいんだけど、あまりに客層が広がると、猫にひどい負荷がかからないだろうか、と妙な心配をしてみたり。
こういう店のオーナーなら、そのあたりはわかってらっしゃるだろうから、杞憂である、ということにしておこう。うん。

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2008.08.12

アンビバレントな潮風

海に行くことは楽しい。
砂利が足にからんだり、時々足をチクッと虫にかまれたりはするけれど、水に飛び込んで、泳いで、砂で遊んで、広がる浜を見ていると、考えすぎていることが頭から離れていく。
広がる景色に向かうと、細かいことから離れて俯瞰する感じを思い出すというか。

海から上がり、ちょっと離れがたく浜を散歩していると(今はいい感じの浜カフェも結構ある)、潮風が意外なくらいひんやりと気持ちいい。9月よりはゆっくり暮れる紫色の空に、一日の終わりを実感する。
デスクワークばかりの私には、これさえ珍しい。

そういえば、堂々巡りに陥った時、海水浴に行かなくなってからどうしていたかといえば、横浜に行ったりしていた。これも似たようなもんだな、きっと。
(ちなみに、お台場は、私にはちょっと人工的過ぎます。)

***

だけど、海って気分じゃない時もある。
日本の潮風の、肌にまとわりつくような湿度が、うっとうしく感じられる、とでもいえばいいか。

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2008.08.11

海へ、流れに乗って

Hayama2008_01

Hayama2008_02

朝起きたら、軽い筋肉痛。それは、海へ行ってきたから。
昨年同様、葉山へ。ただし今年は、午前から張り切って海に入ったりしない、緩めの計画で。何も考えず、とにかく日本の潮風に吹かれてみる。

移ろいやすく「ゲリラ雷雨」も心配だった天候も、なんとかなりそうな予報。
集合して電車に乗っているうちは曇っていたが、逗子に着いた頃は薄く日が差してきた。

***

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2008.08.09

長い目で見れば長城なのかも

ここ数年、夏になると毎年「今年の夏はヘンだ」が合言葉になっている。
ただ、今年はいくらなんでも妙すぎる。

五月晴れに薫風がほとんど感じられなかった5月からすでに妙。それなりに降って湿っぽいけど、ザッとは降らない6〜7月の梅雨(でも水不足になるほどでもない)。
やっと梅雨が明けた7月下旬は、湿度そのままで30度越えが続いた。バテる人、続出。
そうして8月、気象関係のニュースで「ゲリラ雷雨」と呼ばれる局地的豪雨が数回、その度ごとに甚大な被害が出た。

ここ数年のヘンな気象は、マクロで眺めれば地球全体の海水温分布が変化してきているということなんだろうけど。
個人的には、汐留地区再開発あたりから、妙なことになってるんじゃないかと思うことがあった(実際に2006年、早稲田大学理工学部の尾島俊雄教授(建築学)研究室が調査した結果として、1〜2度気温を上昇させている可能性があると、東京新聞や朝日新聞などに掲載された)。

でも、あそこだけじゃないのだ。
品川駅の港湾口が再開発され、汐留同様に高層ビルが林立している。
いや、それ以前、少し南の天王洲アイルが開発されていたし、そのさらに南には品川シーサイドといったビル林立地帯もある。
また、品川と汐留地区の間、竹芝桟橋、芝浦ふ頭といったあたりも、ビルがどんどん建っている。

もしかして、長い目で見れば、海からの風をせき止め、街の熱気を海へ流さない長城を、建設し続けているんじゃないのかな。その影響は、もしかすると想定を上回っていたのかもしれない。
(空気の流れがこもりがちな都会で、逃げ場のあまりない熱気に、海や山から温度の違う風と混じると、巨大な雨粒をドッカーンと降らせる、などといったことはないのかな。)

湾岸再開発は、東京の夜景を美しくしたし、お台場は韓国や中国を始めとして多くの観光客からも人気のある地域。
でも、数百年後の東京を考えた場合、宿題を積み残した開発になっている可能性があるなら、今からでも考えられる対策は立てていったほうがいいんじゃないのか。
(こういうことこそ、専門家がリーダーシップをとりつつ、産学官の協力がなければできないことだよなぁ。)

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