小川洋子「猫を抱いて象と泳ぐ」読了
気がつくと8月がもう終わろうとしている。下旬になってから妙に気温が下がり、でも湿度だけはあるので、身体が困っているみたい。
さて、小川洋子「猫を抱いて象と泳ぐ」、3回集中連載にて完結(文學界9月号、8/7発売)。
いや、そんなことは既に触れた。
「小川洋子の変化?(文學界8月号)」(7/16)から印象が変わったかどうか、である。
後に「リトル・アリョーヒン」と呼ばれることになる少年は、唇の上下がくっついて生まれた。医師は唇を上下に分かち、足りない皮膚を脛から持ってきた。このため、口のあたりに脛毛が生えることになる。容貌ゆえに友人も少ない。祖父母と弟との地味な生活の中で、少年は廃車となったバスを住居にする男性(元運転手、今はバス会社の寮管理人)と知りあい、チェスの手ほどきを受ける。
少年がマスターと呼ぶようになるその男性は、少年がチェス盤の下にもぐらないと思考できない性質も問わず、チェスの精髄を穏やかに伝えようとする。マスターは無類の甘味好きであり、それゆえバスの運転手が勤まらないほど巨大になったため、寮の管理人をしているのだった。ある日、バスの中で息絶え、それ以降、少年は成長を拒絶する。のみならず、大きくなることへの悲劇がすり込まれる。
マスターのチェス盤をなんとか持ち出し、それ以降はチェスが少年を導いていく…チェス盤の下に潜り込む彼の、唯一のコミュニケーションとして。
(まぁあとはお読みいただきましょう。)
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