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2008.09.28

渋谷もいよいよか

先日、渋谷のギャラリー・ルデコで様々な写真展を観た。ビルの6〜5F、3〜2Fが写真展。たくさん観過ぎてゲップが出そうなくらいだった。
やはり場数を重ねた方々は、展示に強さがある。
逆に1年くらいの初展示の方々は、もっとあばれてもいいんじゃないかな。たとえば、モノクロ写真はかなりいろいろなことがやられてきた分野だけに、ちょっとノスタルジック、あるいは今の不安な空気、あるいは少しきれいな写真などはほとんど印象に残らない。
そんな中、突然、森山大道の写真が目に飛び込んで驚いた。写真家が所有するオリジナル・プリントの重みは、New Yorkの雑踏の空気を気合いで切り抜いた力に満ちているのに、静謐ささえ漂う。写真が芸術だとわかる瞬間である。

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帰り道、旧東急文化会館(今は副都心線中央改札に至る出入り口)の裏手に足を運んでみた。東急東横線の改札から長い廊下を渡った先である。
ちょっとコチャコチャしたクランク状の道に、書店や飲食店がたくさんある。東京ならではの光景。
モスバーガーは東急文化会館の少し後になくなっている。でも、ドトールもルノアールもあるし、規模を半分にしても山下書店が営業して…

山下書店は9月18日に閉店していた。
この地域の再開発に伴って、とのこと。
そういえば、向かいのマツモトキヨシは閉店セールで、商品がかなり減っていた。そこをお買い得品がないか、目を皿のようにして歩き回る会社帰りのOL達が行き来する。

銀座のビルの歯抜けが少しずつおさまってきた昨今、新宿は東映や松竹が建替えを完了すると、伊勢丹脇の銀座アスターの入っていたビルがなくなった。他にも建替え中がちらほら。
渋谷では4年後を目指して、東急東横線と地下鉄副都心線の連結を目指している。その周辺のビルに手が入るタイミング、というわけか。

でも個人的には、21世紀に入って早々、東急文化会館に続いて、宮益坂に面した書店がなくなった時、この街はもう決定的に変わっていくんだな、と思った。古いビルの1階で、みっちり書物を詰めた書店が、あそこで生き延びるのはたいへんだったはずで、それがなくなるということは、あの街にとって文化の意味が変わっていくということだ。
いずれにせよ、あの界隈を刷新した甲斐があったと思える、新しい顔になってほしい。

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文學界10月号にマンガ特集

更新をさぼっていたけど、文學界10月号(9月7日発売)の特集「マンガをブンガクする」は、もっと早めに触れるべきだったね(発売からだいぶ時間が経っちゃったし)。
対談が3本、桐生夏生×山本直樹、佐藤優×伊藤潤二、柴崎友香×浅野にいお。
(ちなみに、柴崎友香はマンガ家との対談集「ワンダーワード」が有名。)
なかなかおもしろいです。気になる方はぜひどうぞ。
とりあえず、今日はここまでってことで、次へ。

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独り言

明日は新月。
月はたいてい女と関連付けられ、男は月の満ち欠けにからむ情緒の変動などないように言われることがある。
ただ、男でも無関係とは言えない、というのが個人的な感触。
満ちていく月が地上を照らし出している時、街を歩く人々はなんとなく浮かれている。光量が毎晩増えていくことに、まったく影響されない人って、むしろ少ないように思えるのだが。
太陰暦に関する本が出版され、その著作には男性がいることからも、同様に感じている人々はいることをうかがわせる。

明日の新月からの新たなサイクル。
よい巡りが世界にあらわれんことを。

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2008.09.17

因縁の二人、宮崎駿と押井守

「スカイ・クロラ」(押井守監督)を観たことは触れたけど、先日やっと「崖の上のポニョ」(宮崎駿監督)も観てきた。

両作品ともヴェネツィア映画祭の公式招待作品となったが、賞はとれなかった(世間が騒いだのは、日本びいきのヴェンダーズ監督が映画祭の委員長だったからだろう)。
けれど、「ポニョ」は歓びをもって迎えられたという記事がいくつも出ていたし、「スカイ・クロラ」も注目されていたそうだ(その割には、エンドロールで席を立つ人も多かった、という記事もあったけれど)。

1984年、「風の谷のナウシカ」(宮崎)と「うる星☆やつら 2 ビューティフル・ドリーマー」(押井)でそれぞれ注目を浴びた二人は、20年以上にわたって傑作を何本もものにしてきた。日本のアニメが世界中の映画界から注目を浴びるようになったきっかけの一端は、間違いなくこの二人にもある。
とはいえ、この二人、どちらかといえば、アニメという世界では鬼っ子なのだと思う。いわゆるフツーの連続テレビアニメ、ことにラブコメだの萌えだのロボだの、マンガ的パターンが入ったものは作らない(押井は「パトレイバー」までは作っていたけれど、これもどちらかといえばフツーじゃないし)。
映画館での観賞を強く意識した映像表現と音楽で、宮崎は圧倒的な生命力を(せめぎ合いも含めて)肯定し、押井は日常生活のループからふいに割ける瞬間にこだわる。

たとえば、海外のオタク達は日本同様に、日本のテレビアニメやテレビゲームそのものが大好きだ。宮崎や押井も観るが、それ以上にフツーのテレビアニメ(に観られるマンガ的パターン)も喜んで観る。
だが、宮崎や押井は、日本のフツーのアニメを拒絶したところで成立する世界を提供し続けている。映像作品としての問題意識の置き所であって、どちらがえらいとかいう話ではないが、この二人の作品に触れれば、独特の時間が流れていくことはまず間違いない。

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[以下、少しネタバレあるので、未見の方はご注意を。]

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2008.09.12

スマートフォン、補足

映画「スカイ・クロラ」の感想も書きたいが、その前に。
先日のスマートフォンのエントリーを、少し補足。

日経ITProに、2008年第2四半期(4〜6月)のスマートフォン市場に関する記事(9/10)が掲載された。
(日経BPのTech-On!の記事(9/9)もあり。)

簡単にまとめると。
Nokiaは相変わらず首位だが、成長率は鈍化し、シェアを落としている。
勢いがあるのは、RIM社のBlackBerry。また、台湾のHTCが、Windows Mobile機で伸びていることも読み取れる。
iPhoneに関しては、3Gの発表前で買い控えがあり、下半期は伸びる、とTech-On!が触れている。

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2008.09.07

スマートフォンは世界全体をみないと

先週末の記事だが、iPhoneを含むスマートフォン市場についてのもの。

スマートフォン戦線異常あり iPhone失速、ドコモ攻勢」(9/5、フジサンケイビジネスi.の記事を、ITmedia経由で)

騒いだほどiPhoneが売れてないこと、ドコモがBlackBerryで法人市場だけでなく、SOHOや個人にも普及を狙うこと、またソフトバンク、ドコモなどにスマートフォンを提供しているHTC(台湾)のことなどが触れられている。
(小さな紙面に掲載する記事だから、少ない文字数に情報を盛り込むと、こんな感じになるとは思う。)

私もiPhoneとBlackBerryについて書いたけど、それは両者の故郷である北米市場における動きを意識した上で、なぜiPhoneがBlackBerryを追い越せないのか、を考察したかったから。
日本では、ケータイを業務に導入する方向でこれまで動いてきたため、一気にスマートフォンに動くかどうか、まだ見えてこない。
高機能な日本のケータイを使いつつ、サーバ上のソフトウェアを改良し、ケータイ上の小さなブラウザやアプリ(iアプリ、BREW、S!アプリ)と通信する選択肢だって、消えたわけではないから。
北米ベースの外資系がBlackBerryを導入しているのは当然としても、ドコモが扱うことでスマートフォンがぐっと普及するかは、まだわからない。(もちろん、上の記事でも、NetBookのような小型PCが売れているので、スマートフォンかPCかはわからない、ともある。)

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ただ、日本と世界市場の比較を意識してスマートフォンをとらえるなら、Nokiaに言及する必要もあるだろう。(歴史的にはPalmのTreoにも触れるべきだろうが、大きな市場を形成していないので、今は省く。)

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2008.09.06

時空をフラットにする時代に

過日、「スカイ・クロラ」を観てきた(押井守監督作品)。
(「ポニョ」はまだ観ていない。)
実にたっぷりとした、濃厚な120分だった。あんなに間が長いのに、退屈しない(ただし、人によって意見が分かれるはず)。
いろいろ思うところはあるが、キーワードは「人形浄瑠璃」「すばらしい音響」「爆音の静謐」であり、「押井の原点回帰(ニルス的な意味ではなく、ビューティフル・ドリーマー的な意味で)」であるとともに、「良くも悪くも永遠の中二病」とも言える。
ヴェネツィア映画祭の結果が出るのは、もうじき。この間が、様々な国の人々から、どのような印象で語られるのだろう。結果が出てから、また書いてみたい。

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何かあればググる、(まぁGoogleじゃなくてもいいんだけど)検索で様々なことが引き出せる、それが当たり前の世の中になった。
数年前まで、インターネット以前のことは図書館に行ったほうがいい場合もあった。
ところが最近は、誰かが何らかの形で古い書物や資料にも感想などを残していることも増えている。図書館に行く必要がある場合でも、検索してから行ったほうがいいくらいになってきた。

検索して出てくるのは、様々な意見だったり、raw dataそのものだったり、まとめだったり、いろいろだが。
インターネット以前と違うのは、raw dataや元の資料へのアクセスが、圧倒的に楽になったこと。
このため、ちょっと調べて、うまくいけば著作権を問われない様々な資料に当たることも可能になってきた。
そういうものを膨大に読み込んでいけば、大学などのアカデミズムな場に所属しなくても、知識を得ることは可能になりつつある。
ただし、それがあるからと言って、何でもすぐに読めるし、読めばわかる、とは限らない。

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