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2008.12.15

祈りは調律

前回、満月を見た後、いつもと違うトーンで書いてみた。
世間はいろいろタイヘンだと騒ぐけど、せっかくの満月だ、少し気持ちを緩めましょう、リラックスだけでなく未来を祈るのもいいかも、という思いがあった。
祈りだけでどうにかなるなら世の中とっくにうまくいってる、という方がたくさんいるのはわかる。大事なのは行動であることもわかる。
ただ、行動する際には、状況を把握して判断することだけでなく、自分がどちらを向いているか、その結果何が見えているかも、折々で意識したほうがいいんじゃないか、とも思う。

たとえば、道で人と自転車がすれ違う時。
道幅はそこそこあり、車もほとんどなく、人も少ない。
それなのに、なぜか自転車が人のほうに寄ってしまい、あららとまたコースを戻すことがある。
こういう時はたいてい、自転車に乗っている人の意識が、歩いている人に向いている。だから、視線も歩いている人にゆく。
すると、ハンドルは自然に視線に従うため、あららと思ううちに、人に近づいてしまう。(自転車でなく、人と人がすれ違う時でも似たようなことが起きるが、歩行は自転車より遅いので余裕があり、そうなる前に軌道修正したり、速度を調整したりする。)

なんと不器用な、と笑うのはカンタン。歩いたり自転車を漕ぐ時なら、もっとうまくやる方も多いだろうしね。
だけど、人間は視線のほうへ自然と動いてしまう、という事実を、あまり甘く見ないほうがいい、と思うのだ。
人に「AかBか、どっちにするか?!」と詰問されれば、どっちにしようか、と一緒に考えてしまうかもしれない。けれど、そうやって二者択一問題を設定された時には、もしかしてもっと他に選択肢がないか、と自由に考えたほうがいい結果を生むことだってたくさんある。(紛糾する会議の時などは特にそうだ。)

リラックスすることは、視線の方向に一心不乱になっている自分を緩めて、違う角度から見ることを可能にしてくれる。
未来を祈ることは、リラックスした上で、自分がやろうと考えていたことと、目前の状況や出来事とのギャップを意識し、改めて目指し直すための気づきを起こすきっかけになるんじゃないかな。
つまり、祈ることで意識を調律して、判断や行動を導き直すきっかけになるんじゃないかな。

そのためには、「××になりますように」という他人事のようなお祈りよりも、「○○をするための最適の手段を思いつき/見つけ出し、実行することができました」といった提言型の文言を設定し、あえて自分にリラックスを与える形にするのがいいんじゃないかな。
見えにくいことに対して、気持ちの視線を向け直す、という意味での祈りなら、行動を導き出しやすいと思うし。

私個人のためのメモとして残しているんで、私仕様の言葉になっているけど、要するに「祈りとは本来、理性・思考とともに両輪を構成し、人を支えるものだ」ということ。

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