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2011.03.16

物理的にも精神的にも揺さぶられた

多くの人々が、TwitterやらmixiやらFaceBookやら、あるいはニュースサイトやテレビに釘付けになっている。

びっくりするほど大きく長く揺れ続けたショック、一夜明けて次々に入る被災地の厳しい状況、津波と原発。関東でも千葉や東京東部は地盤液状化や断水の影響があり、より被災地に近い埼玉や茨城なども地域によっては日常生活を営めないという知らせ。
さらに、原発事故の発電量の減少による計画停電の実施。次から次へといろいろな知らせが持ち上がってくる。

これほどめまぐるしいのは珍しい。1995年上半期以来かもしれない。

***

地震当日は、家にいてこれから出かけようとするところだった。髭を剃っていて、突然の揺れに驚き、思わず居間に走った。
地盤全体が持ち上がって揺すられる感覚に、まず揺れに弱いA&Vラックを押さえながら、本棚が倒れないこと、床や柱が持つことを願った。東京都心部は立てないほどの揺れにはならない。それはまだいいが、揺れがおさまらない。むしろ、より強い揺れを呼び込んでは去る、という状態が3度ほど続いた。やっとゆらゆらと船に乗っているような感覚に「落ち着いた」。
退路の確保のため、玄関をあけると、同様のことをしているご近所の方々と顔があう。まだ揺れていますね、震源は遠いようですがまだ注意が必要ですかね、と話しながら、これ以上大きくならないだろうと見極めて、中に入った。

本が少し落ちた程度で、家全体、生活空間に被害はなかった。ガスと水道は一度止まったが、電気は止まらず、インターネットも無事だった。
しかし、揺れはゆっくり少しずつ持続して、たまに揺れてはまた戻る。最初の衝撃を含めて3回の大きな波がきて、その都度揺れ対応をとる。午後5時くらいまで、揺れないときの方が少ない状態が続いた。
テレビをみつつ、Twitterで情報をとりつつ、親族の安否などを確認しているうちに、夕暮れになる。その合間にも、津波の情報と、その桁違いの大きな波などがテレビから流れる。
幸い、東京都心部に暮らす自分の周囲の人々は無事だった。このあたりは直接の被災地ではないだろうと、暗くなる前にガスをあけ、日常を立ち上げ直そうとした。

しかし、深夜に入っても余震はまったくおさまらず、宮城沖から茨城沖、長野県、千葉沖、場合によっては東京湾と、場所を変えて五月雨式に大地が持ち上がっては揺れる。
なるほど、これはなかなか手強いと判断せざるを得ない、と考えながら、やっと朝方に寝た。

***

翌日の土曜日、家の周囲や内部に被害がないことを確認、足りない翌朝の食材などを買おうと出かけたら、スーパーからどんどんものが消えている。カップ麺や納豆などの保存食、水などはまだわかる。おにぎりやサンドイッチなどを大量に買い込んでどうするのか、冷凍しても停電したらおわりではないか。一方で、肉や魚などは結構普通に買える。
そんなことを思っていると、夕方になって原発のニュース。

日曜はコンビニやスーパー、薬局の保存食はほぼ空になり、トイレットペーパーやティッシュペーパーを日常分買うのに苦労する。
その状況は、月曜から火曜、水曜になってもそう大きく変わっていない。
気持ちはわかるが、東京はいわゆる被災地とは違うところも多い、特に都心部は。
流通を麻痺させるほうがこわい。買いだめではなく、買い占めになってはよくない。静かなパニック、二次被害になってしまう。

また、都心部では原発を気にしている人々が多い。とはいえ、あのあたりのことはプロにしかどうしようもない。
むしろ、被災地と呼べるほどの災害をうけていない地域では、次の大きな余震、また新たな震源が揺れることに備える必要がある。

とりあえず、机の向きを変えたり、本棚をより揺れにくくしたりして、退路をより確保しやすくした。
自分の場合、そもそも古い家に住んでいる問題はある。ただし、いますぐ建て替えや引越も出来ないから、現在の状況でどうにかするしかない。
もう少し先かと思っていたが、そういう考え自体がすでに甘いのだと言われたも同然。
でもまぁ、生きてくしかない。

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