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2011.05.31

スマホという略語

日米に限らず多くの国でiPhoneが牽引してきたスマートフォン市場だが、日本でもいわゆるガラパゴスケータイの機能を取り込んだり、特徴ある機能を持つAndroid搭載機が増えてきた。
こんな記事もある(Gigazine、5/11)。
その割にはiPhoneばかりを見かけることが多いが、これは先行してシェアを獲得していった強みなのだろう。Android機もちらほら見かけるので、あと半年もすれば街に溢れてくると思われる。

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スマートフォンとは何かというと、もともとかなり曖昧な定義の言葉。

言い出したのはNokiaとSymbian(携帯端末のOSを提供している)。2000年頃、メールや小さなブラウザを載せた高機能電話のことを指していた。2.5Gか3Gの高速通信も推奨され、機種によっては簡単なオフィスソフト(ワープロ、表計算、プレゼンツール)も搭載。
西欧ではNokia + Symbianが市場を拡大する中、北米はRIMのBlackBerryと、MSのWindows CE搭載電話機が機能競争をしていた。北米はむしろBlackBerryの一人勝ちといってもいいくらい、世界市場ならNokiaの勝ちだが、総体として今ほど大きな市場にまだ育っていなかった。

この頃は多くの国で、通話ベースの携帯電話が主流であり、北米のBlackBerryはともかく、ほかのスマートフォンが現在ほど世界中で大きな市場を形成している状態ではなかった。
そちらの方向へ進むとわかってはいても、価格が高くなること、3G展開に成功しているのが日本と韓国中心という状態であることから、広く世界で歓迎されているほどではなかった。

一方、1999年〜2000年代前半なら、日本はドコモのiモードを筆頭に、au、J-Phone→Vodafone(現ソフトバンクモバイル)がそれぞれ、メールとインターネットの可能な携帯電話を一斉に展開していた。
しかも液晶画面のカラー化、カメラ搭載とメール送信、Javaによるアプリ追加、内蔵ICカードによる決済機能(おさいふケータイ)など、矢継ぎ早に機能を強化。スマートフォンなどという言葉が流行る前に、なんでも呑み込むケータイ市場が事実上出来上がっていた。

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Appleは2007年初頭、「携帯電話を再定義する」と宣言して、iPhoneを投入した。
むしろスマートフォンを再定義するという方が正確だったと考えるが、ともかく「インターネットができる携帯電話」ではなく、「通話も出来るポータブルコンピュータ」という新しいカテゴリーを創出することに成功した。
当初のiPhoneは2G〜2.5GのGSMベースで通信する機種であり、アプリ追加はまだ不可能で、Webアプリを使うものだったが、未来的で官能的ともいえる操作感に、世界中が騒然となった。

翌2008年には3Gの高速通信に対応した新機種を投入。OSのAPIを開発者に公開し、iTunes Storeでアプリをダウンロード/インストール出来る仕組みも整えた。
この機種で、ポータブルコンピュータとしての基盤はほぼ整い、日本を含む多くの国で爆発的に売れた。実際、この年を境にNokiaのシェアは下がり続けている。つまり、スマートフォンの牽引役・定義者が交替した、ということでもあった。
また、iPodシリーズにもiPhoneから通話機能とGPSを除いたiPod touchシリーズが登場、iPodの主流となっている。

2009年のiPhons 3GS、2010年のiPhone 4と堅実な向上を重ねていくにつれ、ガジェット好きだけでなく、一般ユーザの人気も獲得して、ソフトバンクモバイルのユーザ数増加の一翼を担い続けている。
一方で、携帯電話のキャリアを変更したくない人々は、iPhoneに似た端末を求めるようになり、それが今の日本でのスマートフォン市場活況に繋がっている。

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ところで、スマートフォンにつくsmartとは、頭がよい/利口/機知にとんだ/効果的な、といった意味だ(主に米国)。また、きびきびした/動作が機敏な、という意味もある。英国圏では、身なりが整った/颯爽とした、といった日本での用法に近い意味もあるそうだが、smartphoneという言葉に宿る意味合いとしては、コンピュータ搭載で賢く色々な処理が出来る電話、といったニュアンスになるだろう。

日本でこうしたガジェットについてあまり詳しくない人々の会話には、どうもスマートフォンを「すっきりとボタンがなく、スラリと薄い、板状の電話」と捉えていることが時折ある。
もちろん話は通じるのだが、見た目のすっきりした携帯電話ととらえてもあまり問題にならないのは、これまで日本のケータイが、スマートフォンを先取りした機能をすでに持っていたこともあるように思われる。買ってきた状態で出来ることに、極端な違いはみえにくいのかもしれない(もちろん使用感は全然違うのだが)。

スマートフォンを「スマホ/スマフォ」と略するあたり、既に本来の定義などどーでもよくなってる(苦笑)わけで、つまり一般化したということなのだろう。
そうなるにあたっては、いわゆるガラケーも結構たくさんの機能があるから、理解しやすい土壌はある程度出来上がっていたのかもしれない。

それにしても、食べ物の名前みたいなこの略語、私はあまり馴染めないんだな。一般化したことは慶賀すべきことであるのだが。

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最近の東京

震災後、計画停電による強制的な節電地域が出たり、それが終わってからも積極的節電状態にあって、東京は全体的に暗い。
それでもゴールデンウィークに入ってからは、人出が戻りつつあるようだ。閑散としていると言われた浅草も、5月初旬はかなり賑わったと聞いた。
とはいえ、これまでネオンや灯りに強く照らされてきた渋谷、新宿、池袋などは、薄暗い中に人がたくさん出ていたためか、非日常感が強かった、というより今も少し引きずっている。そうして、妙にテンションが高い人々も多いように感じる。
(ちなみに、G.W.に京都に行ってきた方々によれば、ネオンなどを控えめにしている京都より、戻ってからの東京の方がずっと暗かったとか。)

そういえば、今年は規模を縮小という三社祭の直前(5月下旬)、浅草に少し足を伸ばしてみた。
所用のついでだったので、夜の8時前くらいに着いたから、土産物などの店はどんどん閉まっていく最中。この時期の浅草としては、人が少なかったと思う。
とはいえ、居酒屋などから漂う気配はいつもの落ち着いたもの。もともとネオンでピカピカの街ではないし、落ち着いた方が客層なのだろう、穏やかな笑い声があちこちから漏れていた。

散歩から山の手側に戻ってくると、4月よりは明るくなった(それでも以前よりは暗い)街で、歩く人々のテンションは以前より高いように感じる。
というより、この2ヶ月間の異常さはもういいでしょう、とでもいうような、妙なテンションの高さというほうがしっくりくる。
浅草の、あの穏やかな笑い声とは違う、ちょっとけたたましいような笑い。
そろそろ肩の力を抜いていくほうがいいのかもしれない。

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2011.05.06

ホテルフジタ京都のあとには

ホテルフジタ京都が今年1月に閉館したことについては、当ブログでも話題にした

その後の動きとして、米国の高級ホテル、リッツ・カールトンが跡地に進出予定であることが報道された。
たとえば、京都新聞のこちらの記事(4/30)。

客室140程度というのはほぼすべての報道で触れられているが、この記事によれば地上4〜5階とのこと。ホテルフジタより低層になるのか、天井を高くゆったりとって同じ程度の高さで4〜5階になるかはまだわからない。
ただ、盆地で広々とした平野の少ない京都は、ちんまりした客室のホテルが多かったが、ここは平均的にゆったりした造りにする、ということだろう。
そうして、よくある商業ビルにならないことがよかったかどうかは、2014年春以降にわかるのだろう。

ところ、ホテルフジタ京都に宿泊すると、客室に案内が置かれていて、その日時にある観光行事などがまとめられていた。
それは「かるがも通信」という名だった。フジタの庭にいた、かるがもの親子を思い出す。半地下の和食の店から、朝日の中を遊ぶかるがもの親子はかわいいものだった。(みながら朝食をとった。)
あのかるがも達は、どうなるんだろうなぁ。

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