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2011.08.26

厚い本・薄い本

俗にいう「薄い本」とは、コミケなどで販売されるエロ同人誌(18禁)のことであるが、ここでは単純に言葉通りの意味で、厚い本と薄い本の話。

前のエントリーで、渋谷を例に最近の書店の変化について思うところを記してみた。
ビジネス書が棚の一等地を占めているが、それは発売直後の瞬間売上の高さが期待され、その中からベストセラーが出ることも期待されるから、ということだ。

かつてそれは、文芸書が担っていた時期がある。ビジネス書がそこを占めるようになったのは、手帳やメモを使った自己開発本やライフハック系がよく売れているからだろう(自己啓発本というと、かなりデムパな内容も含まれるので、自己開発本とあえて記した)。それに加えて、経済的な知識、それに絡む数学的な知識、組織論などを噛み砕いて伝授する本も広く売れている。
そうして、それらビジネス書が文芸書と異なるのは、経験に基づいて「こーすればあーなる」とはっきり記されている点だ。
また、女性向けの、きれいになる/結婚がうまくいく/独立できる/お金に困らないなどのエッセイ的カルチャー本も、心や頭の使い方に関するノウハウ本とみなせば、広い意味でのビジネス書とみなせる。

こうしたビジネス書で広く共通するのは、文字がびっしり書かれていなくて、行間も上下も広く、大事なポイントと心構えが主に記されていて、あまり厚くない(つまりページ数も多くない)こと。200ページない本も少なくない。
行き帰りの電車の中でサラリと読めて、休み時間や仕事中に役立つものが中心、というところか。

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一方、とても分厚いビジネス書もある。
海外で出版されたものの翻訳だ。
少々古いが卑近なところだと、フランクリン・プランナーという手帳システムを活用するための、エンジンのようなノウハウを伝える「七つの習慣」などもそうだ。

こうした(主に米国発の)ビジネス書には、ある種のフォーマットがある。
献辞と前書きがあり、ここでその書籍の目的と学習内容、さらに章ごとの構成が語られる。
最初の章で現在の人々に共通する問題点が提示され、それを解決するための方策があるのだ、と伝えられる。
そこから、順を追って項目ごとに一つの章が割り当てられ、最後の章でそれらを総合して、提示された問題が確かに解決される、と確認される。
各章では、一つの問題点と、その解決のメソッド、メソッドを適用した実例が複数語られる。場合によっては、演習問題も設定される。そうして、章のまとめが箇条書きとして提示される。
その繰り返しで、最後の章に至る。

これらは欧米の、ことに米国の論文やマニュアル執筆のパターンである。アカデミックな場でも、極端に大きな違いはない(厳密度はまったく異なるが)。
こうした厚い本は、上記のように非常に細かい例、また例外や失敗談などが掲載されているものだ。
日本語訳ではこうした細かい例を割愛してしまう書籍も中にはある(それでも日本でよく売られている薄いビジネス書よりは厚めになる)。
しかし、それはほんとうに翻訳と呼べるものなのか。
なぜ米国ではこのような分厚いパターンが継続されているのかは、意外に重要なポイントだ。

たとえば、自分の生活時間をうまく組み立てる、習慣をよりよく組み立てる、また対人関係を向上させるためなどの、重要な秘策を提示した場合。
読み手はそれに慣れていないはずである(慣れていればあえて買わないだろう)。
そうなると、秘策の重要ポイントを読んだだけだと、自分勝手な解釈をして、うまくやっているつもりでも実は的外れになっている可能性は高い。
そのようなことが起きにくくなるように、卑近な例から困難な事態まで、様々な例を掲載して、適用方法や例外などについて、読者に知らしめる必要がある。
それらを知った後で、まとめの箇条書きを読むことに、マニュアル本の意味はある。

***

文芸書で売れないものが増えていることと、面倒な例を省いた箇条書きに近いビジネス書が売れていることは、いくらか関係があるように感じることがある。
細かいこと、面倒な例や失敗談を読まず、こーしてあーしてそーすればうまくいく、という言葉だけを浴びていたい、という願望を叶えるような本が売れることになっていないだろうか、ということ。
何より、厚い本を読まなくなるということは、頭の筋力が衰えていくようなもの。
一部のエネルギッシュな人ばかりがバリバリ本を読んでいるのは知っている。一方で、薄いビジネス書だけで済ませようとする人が増えているのだとしたら、ちょっとこわい気もする。
杞憂であることを祈っているし、自分も気をつけないと、とは思うが。

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