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2011.10.29

絶対移動中の前号(vol.9 オタクライフ)について

最近は掲載誌の感想をまったく書いていなかった。
特に他意はないのだが、多忙に流されて書いてこなかっただけなのだが、前号のvol.9から少し変化が出てきた。

相変わらず短編・掌編・マンガ/イラストなどの創作集だが、vol.9からは評論が掲載された。
志方尊志「あなた(オタク)は死なないわ、わたし(おたく)が守るもの −−ライトノベルの戦う主人公タイプ分析」である。
おたく/オタクの歴史的な流れをざっと概観してから、オタクが読む中心的な活字であるライトノベルに焦点を当て、主人公のタイプ分析、文章の人称の問題に移り、最後に小さな問題提起をして終わる。

絶対移動中が創作中心の冊子であるためか、いわゆる評論・批評本の作法に満ち満ちたものというより、平易な記述からオタクの変遷と今後の問題をやんわりと浮かび上がらせる手法は、コラム的な読み味を持たせつつも、内容は本格的な方向を指向するもの。
こういう評論が掲載されるような幅が出てきた、というのが変化のポイントの一つ。

一方、「オタクライフ」というテーマによる様々な創作は、自分のものも含めて、全体にややこじんまりとした印象だったかもしれない。
とはいえ、各作者の意匠をこらした読み物ばかりである。
数号続けてきた雑誌形式として上昇路線にあったのだが、オタクライフというハマり過ぎたテーマとともに、ちょっと落ち着いたような印象を個人的に持った。
ただ、参加者や読者と話をしてみると、こういう印象はむしろ私個人のものらしく、みなさんもっと肯定的であり、むしろ軽妙でいいものが多かったのではないかという声も聞いた…

個人的な感触としては、次の新刊 vol.10「妄想×少女」のほうが緊張感あるものを寄稿できたと思うし、相変わらず評論も掲載されるので、仕上がりがいつも以上に楽しみだったりする。

多くの方の手に取っていただきたい。

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文学フリマで寄稿

11月3日、文化の日の祝日に、第13回文学フリマが開催されます。
私は、サークル「絶対移動中」(主宰は伊藤鳥子さん)の新刊、「絶対移動中 vol.10 妄想×少女」に寄稿しています。
有村行人名義で「小さな肩を震わせて」という短編です。
目次は、鳥子さんの記事をご参照ください。他の皆さんが書かれたものも含めて、まとめて紹介されています。
絶対移動中のブース番号は「F-08」です。いらした皆様、ぜひF-08の絶対移動中にお立ち寄りくださいませ。

今回は会場が変更されておりますので、ご注意ください(前回までの大田区産業プラザではありません)。

 日時:11月3日(木・祝)、11:00〜16:00
 場所:東京流通センター 第二展示場(E・Fホール)

東京モノレールの流通センター駅が最寄り駅です。
詳細は、文学フリマ公式ページもご参照ください。

晴れるといいなぁ。晴天特異日だから、期待しちゃいますな。

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2011.10.26

ジョン・マッカーシーの訃報

ジョン・マッカーシー、逝去。享年84歳。
記事は、たとえばTech Crunchのこちら(10/25)。

と言われても、よほどコンピューターについて知っている人でなければ「誰、それ?」と問い返されるであろう。
人工知能、プログラミング言語のLisp、タイム・シェアリング・システムによるコンピュータ・ユーティリティという概念など、コンピューター科学の発展期に多大な貢献をされた方である。
Lispは関数型言語として長く生き残っている現役のプログラミング言語。関数型言語はここ数年、注目されている。

1980年代に起こり、1990年代から2000年代前半に普及した概念や技術に、オブジェクト指向言語/オブジェクト指向設計、Javaなどがある。これらは構造化プログラミングの欠点を克服し、開発プロセス全般から底上げしてく面が強い。
Javaが広がり切った後で注目されているのは関数型言語であるが、Lispは最初期の関数型言語だ。単に論理数学的であるだけでなく、プログラムそのものもデータとして扱うノイマン型アーキテクチャの特徴を、もっとも端的に表している言語のが最大の特徴だろう。
逆にいえば、ノイマン型アーキテクチャのコンピューターが大量に溢れ出して、それらを極限まで使い切ろうという発想が行き渡り始めた今、関数型言語やユーティリティ・コンピューターといった発想に、時代が追いついてきたとも言える。

今のコンピューターに関する様々な概念や手法は、1950〜1970年代にほぼ出揃った。
デニス・リッチー、ジョン・マッカーシーは、こうした時代にアカデミックな世界と産業界の両面において、多大な影響を与えた人物だ。
改めて御冥福を祈るものである。

こうして、21世紀になっていくのだな、とも思う。

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2011.10.22

Dennis Ritchie 逝去に思う一区切り

Steve Jobsについては、Apple社設立者の一人にして、Apple IIで世界を席巻し、MacintoshでGUIを世に広め、一度は社を追われながらも戻って中興させると、iPhone/iPadを生み出してポストPCを見据えた新しい情報端末を生み出した人物として、いまではかなり多くの方が認知している人物だ。
その逝去はロックスターと同等か、それ以上の扱いだった。

一方、10/15にはDennis Ritchie(デニス・リッチー)氏の逝去が報じられた。こちらは一般紙よりもIT系の専門誌中心だった。たとえばマイコミ・ジャーナルの記事(10/15)。
ごく一般的にはUNIXおよびC言語の父、といわれる。もう少し踏み込んでほしい気もするが、それはさておき。

私はUNIXとC言語を通じてコンピューティングとプログラミングの基礎を学び、MacintoshのGUIを通じてコンピューティングが肉体的な意匠をまとう様をみた。
だから、会社でUNIXを使い、Macを自身で所有して使ってきた。
言ってみれば、JobsとRitchieらの示したコンピューティングとは、自分の精神的な故郷といえる風景でもあった。
この二人が亡くなったのは、自分としては一つの区切りに直面している感慨がある。

***

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2011.10.07

S.Jobs逝去

本日のお昼前から、ネット界隈だけでない、一般ニュースも含めて騒然となったニュース。
Apple創業者(当時はApple Computer)にして、一度は追われながらも返り咲き、Macの製品ライン刷新とiPodで瀕死の企業を建て直したばかりか、MacやPCの次の時代をiPhoneやiPadで創造したS. Jobsの逝去。享年56歳。
あちこちで報じられているので、もうあえてリンクは貼らない。

それにしても、CEOを後継のTim Cookに譲り、彼らがiPhone 4Sを発表した直後とは。
なんというタイミング。

ただ、もう一つ思うこと。それは、Appleは確かにJobsが興し、彼が再興した企業ではあるが、彼一人だけの力によるものではないこと。

たとえば、Macintosh(とその姉のような存在のLisa)が広めたマルチウィンドウは、QuickDrawがあればこそ、だった。内蔵ROMに格納され、画面描画を一手に引き受けるこのソフトウェアは、Bill Atkinsonというエンジニアの手になるもの。
そのBillは、JobsがAppleを追われ、John Scully体制になった後でHyperCardという革命的なオーサリングツールを開発し、全Macへの標準添付を実現している。カード型データベースのようでありながら、画面のパーツと、そこに組込まれたスクリプトの記述により、電子絵本やゲームから住所録、ビジネスデータの整理まで、様々な活用が可能な、素人のための簡易プログラミング環境。
残念ながら開発はだいぶ前に止まっているが、インターネット時代に入り、ソフトウェアやサービスの開発にスクリプト言語を使う機会が増えていることを思うと、HyperTalkというスクリプト言語を備えたHyperCardは、当時では考えられないほど先を見通したソフトウェアだった。
Jobsが去ったAppleにおいても、残っているエンジニア達がHyperCardだけでなく、QuickTimeなど現在に至る様々な革新を行ってきた。Jobsがいなくなり、すぐに業績が悪化した訳ではなかったのだ。

そういう気風が、肥大化した組織で運営に支障をきたした時、Jobsが戻ってきた。その後も、必ずしもすべて順風満帆に事が運んだ訳ではない。
Mac G4 Cubeは高い評価をうけつつも、セールス的にはうまくいかずに自ら製品ラインを閉じたし、iPodの成功だって雪崩を打って大きくなるには2〜3年ほどかかっている。
Mac OS Xへの切り替えは、今からみればスムーズだったようにみえるが、旧来のMac OSのユーザを失い、シェアがどんどん下がった時期もある。しかし、10.0から数えて4度のメジャーバージョンアップとなる10.3 "Jaguar"の頃から、ユーザには安定して使いやすいOS、開発者には無償の開発ツールとUNIXが素で使えるOSとして、評価され直していった。
今やMacBook Airの成功とともに、ユーザは増え続けている。

こうしたことを通じて、おそらくAppleを、エンジニアから製品管理、マーケティングに至るまで、層の厚い企業に育て直すことにも成功したはずだ。
つまり、最初にJobsがいなくなった後がしばらくは大丈夫だったように、いやそれとは比べ物にならないくらい強い企業になっているはずだと思う。
そうでなければ、いくらJobs一人がすばらしいビジョンを持っていたとしても、矢継ぎ早にiPhone、iPad、MacBook Airといった、傑作と呼べるラインナップを次々には作り出せない。
そういう意味では、彼が亡くなったとしても、いきなり魅力がなくなってしまうわけではないだろう、と思っている。

とはいえ、Jobsのように強いビジョンと妥協を排する胆力がなければ、その最初の体制を整えることは不可能だったろう。
人生の最後の14年を、これほどの勢いで駆け抜けた人物。
アメリカどころか世界で有数の企業は、近年のアメリカによくみられる、マネーがマネーを呼ぶ金融商品は扱わず、夢を論理的かつ実直に実現する製品とサービスのために力を尽くす会社として、その地位を得たし、そこに導いたのがJobsであった。
合掌。

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