音楽

2009.06.21

新オリエント楽派Liveの感想を今頃

Macがアレしたりして、ちと気分がのらなかったけど(いや更新回数はもともと少なめだけどさ)、戻ってきたし、そろそろ復帰を。

6月3日、平日の夜に、一風変わった音楽を聴いてきた。
新オリエント楽派2009ムジカーザLIVE。

新オリエント楽派の公式な情報は、こちらをどうぞ
作曲家の笠松泰洋氏がギリシャ劇「エレクトラ3部作」(王子ホールの委嘱作品)で集めた方々を中心に結成された、室内楽編成の楽団。というより、バンドと呼ぶほうが、性格をよく表しているかも。だから、コンサートではなく、LIVE。
クラシカルな音楽教養を身につけた方、中近東や中央アジアの古典音楽を身につけた方が集い、地中海から中近東を経て中央アジアにまたがる様々な音楽語法を掌握しながら、響きを紡いでいく。
ちなみに歌姫は、古楽ほか様々な分野のソプラノとして活躍中の広瀬奈緒氏。

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2009.02.16

室内楽こそ

少し前の話題だが、お茶の水にあるカザルスホールが2010年3月をもって閉館される。

バブル期を迎え、演奏会に足を運ぶ層が増えていく中、サントリーホールなど優れた音響空間を持つ大ホールが、再開発の一環として建設されていた。
お茶の水という落ち着いた街には、主婦の友社が建設したお茶の水スクェアの目玉施設として、室内楽専用のホールが生まれた。チェロの神様、パブロ・カザルスの名を冠して、カザルスホールと命名された。
ホールとして独自の企画を立てて運営し、そのためにも定期活動する弦楽四重奏団と契約するなど、今のクラシック音楽運営の走りとなる事業形態をとってきた。実際、とても面白い演奏会が多かった。日本で最初のフランス・ブリュッヘン/18世紀オーケストラの公演はここだったし、古楽普及期の1980年代後半から1990年代前半の演奏会はここを使うことが少なくなかった。ヴィオラを中心にした演奏会も独自の企画だったし、カザルス後のチェロの王様、ロストロポーヴィチも演奏した。十周年にパイプオルガンも設置した。
その後、主婦の友社はこの地を去ることが決まり、ホールの去就は話題となった。日本大学がお茶の水スクェアごと取得、名前を「日本大学カザルスホール」と改めたが、室内楽専用ホールとしての活動は継続してきた。

大編成のオーケストラとはまったく違った魅力が、室内楽にはある。
迫力や音響スペクタクルではなく、静かにたたずむ朝や夕べ、ふと感じるすてきな何か。
大人数のの統制がないからこそ溢れてくる、一人一人の息吹。
親密で、ゆったり話しながらも、突然人生の深淵に触れるような瞬間。
そんなものがあるからこそ、ハイドンやベートーヴェンの弦楽四重奏曲だけでなく、モーツァルトやブラームス、あるいはメシアンやプーランクのように管楽器を含む様々な編成の曲だって、多くの人々に愛されている。
室内楽こそ音楽の本質を秘めている。

しかし、ここを維持できないほど、日本では室内楽編成の客層は定着しにくい、ということなのだろうか。また、お茶の水から神田の書店街にかけて、かつてほどのにぎわいを見せていないこともあるのだろうか。
今は室内楽専用ホールが他にもある。特に王子ホール、トッパンホール。
だから、カザルスホールがなくなっても、室内楽専用ホールがなくなるわけではない。
ただ、こうした運営形態を始めたホールがなくなるということが、最大の衝撃だ。一度は閉鎖されかかったホールをあえて買い、運営してきた日大なのだから、他に選択肢がないと判断してのことなのだろう、そのことを一方的に非難することもできない。

それでも、指揮者の大野和士が、NHK「プロフェッショナル」で話していたことを思い出す。
過酷な状況の中でも、演奏会に人々は集まってくるのだ、人間は音楽を必要とするのだ、と。
言葉と音楽は、人間の生み出した最大の産物だと思う私も、同感だ。
だからきっと、新しい試みを始める人々が現れるのではないかとも思う。

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2009.01.08

正月あれこれ

あけましておめでとうございます。
三が日どころか、松の内もあけたところでやっとご挨拶となりました。
本年もよろしくお願い申し上げます。

***

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2008.12.30

もうすぐ2008年も終わり

自分なりに2008年を振り返っておこう(そんな時間があるなら他にすることが、などと考えるとかえってストレスたまるし)。

米国発のバブル崩壊が今年最大のニュースだろうな、やっぱり。
同時に、オバマを大統領に選出したことも、大きなニュースだ。あの、政治経済における史上空前の実験国家は、いまだに実験の途上にあるのだと実感させる選択。

世間的には北京オリンピックも話題なのだろうが、一度見逃すとなし崩し的に見損ねた。

***

むしろ、オリンピック開催中の夏は、えらく長い小説がバンバン出てきたのが印象的。

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2008.11.04

ニケ指揮、ル・コンセール・スピリテュエルの東京公演(3)

前回の続き]

私がこの演奏会で少し驚いたのは、休憩後に演奏された合奏協奏曲への聴衆の反応が、他の曲に比べると少し薄かったこと。
この曲への反応は意外なくらい薄く、むしろ次の「水上の音楽」第3組曲で大きな拍手がやってきた。
おそらく、なじんだ曲であること、しかも見事な打楽器やリコーダーに、安心しながらも新鮮味があって、見事に感じられたからだろう。

しかし、この夜の白眉は、金管や太鼓が派手な曲よりも、この合奏協奏曲だったように思う。
大量のオーボエ(およびリコーダー)と弦楽合奏は、大所帯ゆえの鈍さなど皆無。指揮に皆が吸い寄せられて、まるで同じ情緒を味わっていると思えるほど、親密かつ高速な反応を繰り返していた。
そこからは、ヘンデルらしい、一見すると単純なのに、とてもつややかで恰幅のいい響き、しかも少し短調に寄った途端に出てくる、胸がスッとするようなはかなさが、存分に流れていた。
もののあはれとはこのことだ、というほどに。

音楽を聴き、そのあまりの見事さに、喜びとはかなさが同時に感じられてしまう。
それはどういうことなのだろう。

***

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2008.10.31

ニケ指揮、ル・コンセール・スピリテュエルの東京公演(2)

前回の続き]

ところで前回、「水上の音楽」第1組曲の冒頭で、思わず微笑みが浮かんでしまう、と書いた。
より正確に言えば、胸の内の真の感情は泣き笑いだった。楽想と緊密に結びついた演奏のあまりの見事さ、それゆえに生じるはかなさに、うれしくも物悲しくなり、微笑みながらも涙をこぼさんばかりだった。
彼らによるCDを数えきれないくらい聴いてきたのに、こんな気持ちになったことはなかった。いや、演奏会に通っていて、10年に一度あるかないか。
そうして鼻水をこらえながら掌を口元に寄せ、耳を澄ませるうちに、微笑みが支配的になった、というのがほんとうのところ。

今回の演奏会を「事件」だと、ファースト・インプレッションで書いた
その意味は、規模の大きさや祝祭性だけにあるのではない。この滅多に経験できないなにものかにこそ、あったのだと思っている。

いや、話を急ぎ過ぎてはいけない。
響きの華であった金管楽器や打楽器にも触れておこう。

***

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2008.10.30

ニケ指揮、ル・コンセール・スピリテュエルの東京公演(1)

先日触れたが、エルヴェ・ニケ指揮、ル・コンセール・スピリテュエルの東京公演が終了した。
2005年に一度企画されたが、助成金がおりず、やむなく中止となった
今回は3年越しの実現であり、まずは関係者および出演者に感謝したい。
特に、入り口できちんとした解説の書かれたプログラムが、無料で配布されていたことは特筆に値する。

長くなりそうなので、今回は複数に分けて書いてみたいが、まずは全体的な印象から。
すごかったのは、大編成による音量だけではない。それだけなら、現代のオーケストラを聴けばよい。
大編成のユニゾンがもたらす表現力の豊かさ(音量、音色、和声のすべてにおいて!)、それをバネにしたバロック時代のロイヤルな音楽の巨大さを如実に体験できる美の祭典になっていた。こんな演奏会は、一生に何度も体験できない。

***

さて、今回の曲目。

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2008.10.28

ニケのヘンデル、東京公演終了!

右翼に9本のトランペット。
左翼に9本のホルン。
両翼に配置されたティンパニ(つまりツイン・ティンパニ)。

ひな壇中央は、木管群。
18本のオーボエ、8本のバッソン(そのうち、13名がリコーダーと持ち替え)。
天地を貫く巨大な2本のコントラ・バッソン。

その手前は弦楽合奏。
ヴァイオリン16、ヴィオラ6、チェロ6、ダブルベース4。

エルヴェ・ニケ(Herve Niquet)指揮、ル・コンセール・スピリテュエル(Le Concert Spirtuel)の来日公演の陣容だ。
総勢80名によるヘンデルの祝祭音楽、つまり「水上の音楽」および「王宮の花火の音楽」を中心とするプログラムは、GLOSSAレーベルから出たCDが日本でも話題になった。その東京公演が10/28、無事終了した(東京オペラシティ)。

2005年の企画が中止となり、今回やっと実現。
直前まで行けない可能性が高かったが、なんとか時間をこじ開けて、行ってきた。

豪奢な響き、自然なフレージング、柔軟な表情が、これでもかとタケミツメモリアルホールを満たす。
贅沢の極みを味わい尽くす2時間15分。
詳細な感想は後日書くが(追記:ここからどうぞ)、この公演は、フランス・ブリュッヘン指揮/18世紀オーケストラの初来日、あるいはニコラウス・アーノンクール指揮/ウィーン・フィルおよびウィーン・コンチェントゥス・ムジクスの初来日に匹敵する「事件」だ。

ほんとうにすばらしい時間だった。
そして、ニケ氏、誕生日おめでとう!

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2008.08.12

アンビバレントな潮風

海に行くことは楽しい。
砂利が足にからんだり、時々足をチクッと虫にかまれたりはするけれど、水に飛び込んで、泳いで、砂で遊んで、広がる浜を見ていると、考えすぎていることが頭から離れていく。
広がる景色に向かうと、細かいことから離れて俯瞰する感じを思い出すというか。

海から上がり、ちょっと離れがたく浜を散歩していると(今はいい感じの浜カフェも結構ある)、潮風が意外なくらいひんやりと気持ちいい。9月よりはゆっくり暮れる紫色の空に、一日の終わりを実感する。
デスクワークばかりの私には、これさえ珍しい。

そういえば、堂々巡りに陥った時、海水浴に行かなくなってからどうしていたかといえば、横浜に行ったりしていた。これも似たようなもんだな、きっと。
(ちなみに、お台場は、私にはちょっと人工的過ぎます。)

***

だけど、海って気分じゃない時もある。
日本の潮風の、肌にまとわりつくような湿度が、うっとうしく感じられる、とでもいえばいいか。

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2008.05.24

カラヤンとブリュッヘン、そして21世紀?

カラヤンについて3回連続で触れた。
カラヤンへの熱狂は、1950〜1960年代の文化的要請に応えたことにより、決定的な記憶を世間に刻印することが出来たから、と私は考えている。
それはレコードやテレビ/ビデオなどのメディアを活用して、何度も繰り返して聴く一方で、コンサートという祝祭の場をツアー化して世界中で行うものだった。今の人々が当り前のように思って疑いもしない音楽状況を、創り出していく過程でもあったはずだ。
これが第2次世界大戦後の、クラシック音楽のメインストリームである。
ベルリン・フィル、ウィーン・フィルといった中央ヨーロッパの最高楽団の世界制覇、ヨーロッパ各地の特徴や伝統を活かした地方都市楽団がそれぞれの特徴を活かした録音を展開する一方で、新興世界のアメリカではシカゴやボストン、ニューヨークのオーケストラ、あるいはメトロポリタン歌劇場が(経済力にものをいわせて)競ってもいた。
こうした文化の特性は、歌舞伎のように、よく知られた演目を、誰がどうやるかに関心が置かれるものであり、それを世界中で共有するようになったとも言える。

ところで、レコードは時空を超えて演奏を再現できる。いや、厳密にいえば演奏そのものではなく、可聴周波数の一部を再現して、印象の一部だけを伝えるものであって、その場の空気感や、ライブでの聴衆の反応まですべてわかるかといえば、無理である。しかし少なくとも曲や演奏の印象を在る程度は再現できる可能性が出てきた。
こうなると、大衆の熱狂するメインストリームだけでなく、音を記録して、何度も再生することを念頭においた企画、というものが成立するはずだ。

何が言いたいかといえば、図書館や博物館に譜面が眠り、また一部は印刷されてもいるが、ほとんど演奏会にかからない曲目を、一流の演奏家による音で残しておく、という発想が同時に出てくる、ということ。
つまり、古楽の復興と記録である。
1960〜1970年代にはテレフンケンのDas Alte Werkシリーズや、ハルモニア・ムンディによる古楽(バッハ以前の音楽)が、退屈せずに聴ける録音を残し始めた。アーノンクール、レオンハルト、ブリュッヘン、クイケン兄弟らが登場してきたのはこの時期であり、一部の若者の熱狂を呼び起こした。ヨーロッパ中世末期、ゴシック建築の中で鳴り響いた対位法音楽が、場合によってはシェーンベルク以降の極めてモダンな響きと相対する、といった驚きを、世界中で共有しようとするような側面もあったと思う。古典派やロマン派の音楽すべてが美しく枠にはまっていく中で、前衛的な現代音楽の興隆から少し遅れてやってきた、温故知新の前衛、だったのかもしれない。

(注:ただし、こうした古楽復興初期の演奏家達は、戦前〜戦中生まれであり、むしろ20世紀の「すべての文物を博物館に」という発想から、本来の響きある音楽に解放したいし、それは現在よく聴かれる19〜20世紀の音楽と同じくらいに楽しく面白い、という発想が基本だったように思う。それが、時代と合致した、とも考えている。)

***

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2008.05.20

CDは減っても音楽はそう簡単に減らない、はず

前のエントリーの最後で、往年の巨匠達のCDはカラヤンを含めて売れているが、新しい演奏家達のCDはあまり売れず、そのため点数も減っている、ということに触れた。
CDが売れないのは特にクラシック音楽に顕著だそうで(クラシック音楽という括りもあまり好きではないが、便宜上仕方ない)、西欧ではオーケストラ奏者を目指す層も以前より薄くなっている、と音楽好きがしばしば話題にする。
しかし、他のジャンル、ポップスやロック、ジャズなども同様で、iTunesなどに代表されるデータ販売などがその穴を埋められるか、ということもしばしば雑誌やWebで記事になる。

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これで思い出すことがある。
2005年あたりに火がついた「のだめ」ブームだ。

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2008.05.19

カラヤンの纏う響きと、その後

前回の続き。

カラヤンはベートーヴェンの全集を何度も録音したことで有名だし、オーストリアの音楽家としては当然かもしれない。
ただ、ベートーヴェンやブラームスといった19世紀ドイツ音楽のメインストリームより、チャイコフスキーやドヴォルジャーク、ムソルグスキー、リムスキー=コルサコフといった色彩豊かな曲のほうがよく似合う、という人は少なくない。ドラマティックな構成を、楽譜の構造に沿って描き出すことが得意だったから、結果的に映像的な音楽の特質をあぶり出すことになった。
さらに、磨き上げた透明度の高い弦楽器群の音色、曲の構成を明確にする演奏設計が得意だったことから、シベリウスなども非常にうけがよい。
その意味では、ドイツ音楽ならばリヒャルト=シュトラウスを得意としたのも頷ける。同様に、ワーグナーを演奏すると、これまたスペクタクル映画のBGMのように響き渡る。ワーグナーの音楽は元々そういう要素を持っているが、カラヤンの手にかかるとそれが強調されるように感じられる。
ビゼーやヴェルディのようなオペラでも力を発揮するが、この特質を嫌う人もまたたくさんいた。

***

こうした彼の演奏の特徴は、演奏会よりも録音を頻繁に聴く時代に向けられたものであり、気楽に、かつ蠱惑的に聴けるような演奏しかしない、と言われることが、存命中にしばしばあった。
しかし、私にはまったくそうは思えなかったし、今でも変わらない。カラヤンのスタイリッシュな演奏は、実演でも録音でもそう大きく変化しない。もちろん実演だと、録音よりも大きな見得を切っていたようで、彼が録音と演奏会における音楽経験をそれぞれ重視していた証でもあるだろう。
ただし、不満を持つ人の気持ちもわからないではなかった。

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2008.05.18

カラヤン、再び

20世紀後半クラシック音楽界の話題をさらった指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤン。4月に生誕100周年を迎え、新譜やセットものが出ており、現在CD/DVDを扱う店ではフェアの真っ最中。
また、よく売れているらしい。豪華盤は当時が懐かしいオジサン世代が中心だとは思うが、廉価盤は年齢層に関係なく売れてもいるという。

それにしても、同じ生誕100周年の朝比奈隆(指揮者)、オリヴィエ・メシアン(作曲家)とはえらい扱いの違いである。
それもそうか、レコード及びCD業界は、彼がいてこそ大きな売上を維持することが出来た。いや、CDの盤の大きさ、つまり収録時間についても、カラヤンが「ベートーヴェンの第9交響曲を1枚に収めることが出来る大きさ」という意見を取り入れた、とさえ言われている。真偽はともかく、それくらいの影響力があった、ということだ。

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2008.03.26

むすびひめ、CD発売と記念演奏会

本館の更新情報です(3月23日更新済み)。

おもしろそうな催し」のページにて、横笛と笙の雅楽ユニット、むすびひめのCD発売、および記念演奏会の情報を掲載しました。
CD発売は本日、3/26ですね。
記念演奏会は4月6日〜10日。
詳細は公式ページをどうぞ。
こちらでも告知しておきます。

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2007.11.15

これは…凶悪な仕様変更では?

iTunes 7.5を使っていて、表示中のリストから曲がどんどん消えていくことに気付いた。
びっくりして、検索してみると。
リストから消えた曲はすべて、ジャンルが「Jazz」から「ジャズ」へ、あるいは「Classical」から「クラシック」になっていた。

つまり、曲を再生するたびにカテゴリを書き換えていくので、ジャンル別のリストから曲が消えていくのだった。

いまさらジャンルをローカライズするのか?
何をしようというのだ、Appleよ。
勝手にジャンルを書き換えられたら、驚くに決まってるじゃないか。
ここまで普及した後にやるなら、ちゃんと事前にアナウンスするべきだろう。

珍しく、iTunes 7.4.2に戻した。
うーん、やはりアップルにフィードバックすべきだろうかね、これは。

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2007.10.31

音のタイムカプセル

あ。音楽の捧げ物、だ。

グスタフ・レオンハルトがチェンバロ演奏と全体監修を行い、クイケン3兄弟がヴァイオリン、フルート、ガンバを、またロベルト・コーネンが第2チェンバロを担当。
1974年、セオンレーベルの録音。
発売当時は評価が割れたが、いまは名盤の一つに挙げる人も少なくない。

自分で選んでCDをかけたんだ、確かに。
数えきれないくらい聴いてきたけど、ここ数年聴いてないと思って。
けれど、まるで初めて聴いたような新鮮さで、急に迫ってきた。

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2007.09.20

音楽の原理

ものすごくうれしい時の表現って、跳ねる、飛び上がる、天に上りそう、ふわふわと浮き上がるような、といった具合に、躍動や上昇と関わりのある言葉が出てくる。また、その時に上昇するイメージの多くは、晴れ渡っているだろう。
そういえば、子供は喜ぶと、ほんとに飛び跳ねるし、アニメーションでもその手の表現はよく出てくる。
たぶん、哺乳動物にある程度は共通の感覚なのではないか。だから、犬や猫などを見ても「うれしそう」とわかったりするんじゃないか。

生得的に味わう感情は、身体の動きや姿勢、筋肉の状態などにある程度関連している。
逆に言えば、その種の感情を味わうと、身体の動きや姿勢も、それに沿ったものになる、ということなのかもしれない。

もっと抽象的な事柄、たとえば時間などはどうだろう。
自分の目・顔があって、そこから前に見て開けている方向が、未来。
自分の背後の方向が、過去。
つまり、時間は、空間の把握と、関連して身に付いていくことを示唆する。
そして、歩いていくことと、そこで生じる時間経過との関連から、自然な比喩として受け入れられている。
この比喩に着目して、それが英語ならどう活かされているか、といった具合に、外国語の時制を学ぶケースもあると聞く。

***

音楽の場合。
音程が高い音はより上、低い音はより下のイメージにつながる。
ピッコロやフルートが高い音で吹き渡れば、上空を飛翔したり、鳥のイメージにつながりやすい。一方、コントラバスやティンパニ、大太鼓などの響きは、どっしりした大地を連想させる。ドラムやベースの太い音は、テンポの速い場合であっても、やはり足を地につけて失踪するイメージにつながる。

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2007.08.28

湿度と、好みの響き

夜の風は秋の気配がひそんでいるんだけど、もしかして夏バテか…
ダウンするほどではないけど、なんとなく活力充実とはいかないというか。
この前の日曜、某所で笙をちょっと吹いたが、帰宅したら意外にぐったりきた。
酷暑が続いたこともあるけど、夜に気温が下がってもすごく湿ってる、という方がきいてるような。あの夜も、すごく湿って、汗でぐっしょりだったし。
関東平野でこうだから、関西はもっとすごいのかもしれない。

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2007.07.05

骨董に込める思い

先日触れた「ETV特集・吉田秀和」は、あちこちのブログやSNSでも言及されている。おそるべしテレビ、おそるべし吉田秀和、である。

番組でも取り上げられていたが、ホロヴィッツ初来日公演についてコメントした「ひび割れた骨董」は、独り歩きしてあちこちで反射・共鳴していった。

***

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2007.07.03

ETV特集・吉田秀和

先日放映された「ETV特集・吉田秀和」を、録画で見た。

吉田秀和氏は、90歳を超える現役の音楽評論家。終戦直後から一貫してクラシック音楽について書き、語り、教育に関わっている。
1950年代の二十世紀音楽研究所設立は、おそらく戦後音楽史の一つのエポックだろう(私はリアルタイム世代ではないが、様々な前衛音楽創作活動を横断する場、初演を行う場があったことは重要であり、その精神は、後に音楽祭で現代音楽が多数上演されることに引き継がれていると感じる)。
1980年代以降は美術評論も展開。最近は水戸芸術館の館長も務めている。昨年、文化勲章を受章。

個人的には、中原中也と東大で出会って以来、友人だったこと、鎌倉に暮らす鎌倉文人の一人であり、小林秀雄、大岡昇平らと交流があった、といったことを思う。
つまり、第2次大戦前夜から現代に至る、近現代文化史と音楽の生き証人である。政治家なら後藤田正晴氏、宮沢喜一氏らのような存在でもあるか。

そんな氏の軌跡を映像とナレーションで追いながら、作家・堀江敏幸氏によるインタビューを挟む構成。

マイクに対して、真摯に、しかし軽やかに応える姿は相変わらずであり、この方は老いてますます明るく研ぎ澄まされているのかと驚く。(生と死に向き合い、芸術について思考してきた、氏ならではだ。)

番組自体は、これまでの名文・名台詞の集約もあって、見応えじゅうぶん。

***

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2007.06.18

iPod + iTunesに、Paulが歌ってる

米国Apple, Inc.のサイトでは、iPod + iTunesのCMに、ポール・マッカートニーが登場。
iTunesページの下のほうに、CMの欄があります。)

60過ぎてもポップ。
以前のU2 "Vertigo"もすごかったけど。
これもすごい。
なんか幸せな気分になってくる。
(だまされちゃうよね〜、こりゃ。)

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2007.06.11

偏愛する楽器に置かれた、最後の華

[サンマルティーニ作曲:リコーダー協奏曲 ヘ長調]

クラシック音楽の一般的イメージといえば、フル・オーケストラの壮大かつ繊細な響き、大舞台のグランド・オペラ、あるいはピアノのソリストによる華麗かつ情緒溢れる演奏だろう。

その、ピアノ曲のCDを長く聴くのが苦手である。CD1枚くらいは聴いていられるが、その後もずっと続くと、違う楽器のCDに替えたくなる。
ショパンやシューマンの名曲集、あるいはシューベルトのソナタ、ラフマニノフの前奏曲などを収めたCDばかりをずっと聞き続けることはあまりない。いわゆるクラシカルな音楽だけではない。キース・ジャレットのソロ・コンサートや、ウィンダムヒル・レーベルのジョージ・ウィンストンなど、ピアノ・ソロをずっと聴き続けることは、あまりない。

これが、オルガンならば、オッケーなのだ。また、ピアノに、ヴァイオリンかチェロだけでも加われば、長く聴いていられる。それだけじゃない、無伴奏ヴァイオリンの音楽を集めたCD、同様のチェロ、フルート、オーボエ、サックスなどでもだいじょうぶ。バンドネオン、笙、リコーダーなどはむしろ歓迎である。
ピアノの、正弦波がわずかに変化していくような響きよりも、倍音成分を多く含む、リーディーな響きが好きなのだ、きっと。
リコーダーのような(言ってみれば単純な)楽器を長く吹き続けているのも、それが理由なのだと思う。

クラシック音楽の持つ重厚でたっぷりと浸るような響きというイメージは、弦楽器群の厚みある音色にもあるだろうし、それを一人で疑似的にやれるから、ピアノという楽器が特別な地位を占めている。
そして、一般的に言われるクラシック音楽、つまり19世紀初頭のベートーヴェンから20世紀前半あたりの音楽は、大編成化と、そこから可能になった振幅の大きさ、多彩な音色をベースに、ものすごくたっぷりした旋律(ワーグナーのように)が奏でられることにも特徴がある。

だから、リコーダーが好きで、17〜18世紀の音楽が好きな私の感性は、通常のクラシック音楽とはやや別の何かを聴いている、とも言える。
(誤解がないように断っておくが、私だって19世紀から21世紀までの音楽を聴く。ただ、普通の人より、17〜18世紀の音楽を偏愛しているだけだ…って、力説するほどのことでもないか。)

***

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2007.06.07

ウィーン国立歌劇場、小澤の後任、決まる

ウィーン国立歌劇場の音楽監督は、現在小沢征爾氏(2期目)だが、後任の決定が発表された模様。
(たとえばアサヒ・コムのこちらの記事。)

2010年より、フランツ・ウェルザーメスト氏が就任。
また、いきなり若返りだ。
この方、小澤氏以上に理知的な音楽を組み立てる印象がある。
(その意味で、クリーヴランド管弦楽団とは相性がよかったのではないか。)
官能的な響きを喜ぶウィーン国立歌劇場と、どのような相性になるか。
ただ、最近はとても柔軟なところを見せているオケだし、悪くないのかもしれない。

とはいえ3年後。当事者にとってはとても短いだろうが、こちらは楽しみに待つのが吉、というところだ。

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2007.06.02

帰るのもったいないなぁ

乾いた風が気持ちいい土曜日だった。
とはいえ、こちとら薬をのんで、できれば安静に、と言われてる(昨日の記事参照)。
夕方、買い物ついでにちょっと近所を歩いた程度。

ZARDのボーカル、坂井泉水氏の突然の訃報から、あちこちでZARDの曲が流れる。今日歩いていても、聞こえてきた。iTunes Storeでもベストアルバムが売上トップになっている。
彼女の歌い方って、森高千里と共通点があるんじゃないかな。
声や節回しが似ているわけじゃないけど、咽の開け方/閉め方が似ている。少なくともアイドル系女性歌手特有の、声が甘く聞こえるような咽の使い方じゃない。
それに、うまく歌う方向よりも、歌詞が直接届きやすい響かせ方をする(元の声の魅力を活かすような歌い方でもある)。
二人とも作詞する。その意味でも共通点はあるのかもしれない。
だからどーってわけじゃないけどね。

そーいえば、mihimaru GTのアップテンポの曲などを耳にすると、「洋風盆踊り」って言葉が頭に出てくる。
悪い意味で言ってるわけじゃない。
こうやってみんなが歌って踊るような曲は、10年くらいすると「まさにあの頃の曲!」って感じで思い出したりする。
それを洋風盆踊り、って呼んでみたくなるだけ。
そういえば最初にパラパラを見た時、「4倍速盆踊り」と思ったが、頭がどんどんどーでもいい方向に流れていくな。

…ぼんやりしてると、風が気持ちいい(相変わらずちょっと痛いけど)。
一番星を見上げながら、家に戻った。
きれいな空だなぁ、帰るのもったいないなぁ、なんて思いつつ。(だから疲労がたまるんだろーに。)

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2007.04.29

ロストロポーヴィッチ氏、逝去

チェロ奏者、指揮者のロストロポーヴィッチ氏、逝去。享年80歳。

Yahoo!ニュース、毎日新聞提供の記事(4/27)

旧ソ連(現アゼルバイジャン)出身。20世紀後半に君臨し続けたチェロ奏者であり、後に指揮活動を中心に置くようになった。
若い頃から神童として注目され、数々の国際コンクールを総なめにして、パブロ・カザルスの後継者のような位置に立つ。1960年代に反体制分子として国外活動を禁止された。
1974年、謹慎が解けて西側の演奏旅行に出るや、英国で亡命を宣言(後にソ連市民権を剥奪される)。チェロのソリストとして活動する他、1977年より米国に定住、ナショナル交響楽団の音楽監督として指揮活動にも力を入れ始めた。
ソ連崩壊をきっかけにして、1989年には故国での市民権が復活、その後は文字通り世界を縦横に動く活動を続けた。

***

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2007.04.05

英国EMI、iTunes StoreでDRM無し楽曲の販売を発表

4/3夜、更新しようと思ったら、ココログのメンテだった。。。

というタイミングなのだから、話題は当然、4/2に英国EMIとAppleが発表した「iTunes StoreでDRMフリーの高音質楽曲を、5月より配信開始」なのであった。

アップルのプレスリリース(4/3に翻訳掲載)

Internet Watchの記事(4/3)

ITmediaの記事(4/2)

CNET Japanの記事(4/2〜3)

上記の要点は、以下のごとし。

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2007.02.25

一人で聴き、みんなで聴く

オーケストラのコンサートに行くとしよう。

夜道に人の流れが出来ていく。流れに乗って歩くと、すぅっと明るくなる。演奏会場入り口だ。
チラシをとりあえず受け取る。チケットを取り出し、もぎってもらう。曲目などを記したパンフレットを取り、まずは座席の確認。
まだ時間がある。ロビーに出てみよう。既に客が入って寛ぎ、ざわめいている。プログラムやチラシを見たり、CD販売の様子をうかがっていると、知人に会ってちょっと歓談したり。あるいは、演奏中に腹の虫が騒がないよう、ホワイエでサンドイッチにコーヒーをとったり。念のためにトイレを済ませておいたり。

開演の知らせが鳴り響く。
席に着く。思い思いの姿勢で、あるいはおしゃべりで、登場を待つ。ざわめきは、オーケストラのメンバーの登場で、低くなる。場合によってはここで拍手。
全員が揃うと、チューニング。オーボエが出すAの音。コンサートマスターと弦楽器の合わせ。やがて木管、金管が合わせ、音が満ちていくと、ティンパニ奏者も耳を近づけて、最後の確認をしている。
そうしてどこからともなく音が止む。
客席の期待が、静けさにぐっと凝縮される。

指揮者の登場。
満場の拍手。オーケストラ・メンバーの起立。
指揮台にたどり着いた指揮者は、客席に会釈をすると、振り向いてオケに向かう。
メンバーが着席。拍手も止む。
鎮まり、高まる空気。
それを身にまとうように指揮者はオケをうかがい、構える。客席の空気は一瞬で呑み込まれる。
棒の一閃。
鳴り響く音が、そこに居合わせるすべての人々を運んでいく…

***

ポピュラー音楽の歌姫が、数万人を収容するアリーナでのライヴなら、静けさよりは熱狂で始まるかもしれない。一挙一投足に皆の注目が集まり、いつも聴いているあの曲の、あの声を、同じ場で共にしていることに(マイク越しであっても)震えるだろう。
1曲、あるいは数曲歌って皆をつかむと、MC(語り)が入る。
アップテンポなら、歌姫のリードに、一緒に手拍子をするだろう。バラードになれば、自然に動きが止まり、全身が声をとらえるだろう。

コンサートに赴き、会場で聴くなら、これだけの音の起伏と皆の呼吸がある。他の何にもジャマされず、各人がひたすら思いを投げ出せる。陶酔と覚醒が同時にやってくる。
何か特別な、祝祭に等しい体験。そう表現しても過言ではないだろう。(それだけに、つまらなかったら、とっても腹立たしいわけだが。)

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2007.02.23

iPodと音風景--エピローグ

前編および後編を先にお読みください。]

iPodを使っていると、むしろ耳につくのは都会の騒音であり、過酷な音環境、ということを書いた。
まぁ、格別に新しいことではない。多くの方が経験しているだろうし、様々な感想が出てくることだし。

たとえば、私は歩く際には使わなくなっていったが、10代前半から携帯型音楽プレイヤーに慣れた層は、むしろ積極的に使って自分の耳に入る音をコントロールするから、あまり音環境に不満を感じないのだろうか、と想像することもある。

また、私はイヤホンと環境音が打ち消しあうように感じて、不満を覚えたが。
デートの最中、彼氏あるいは彼女だけがイヤホンを着けていて、しかもそのまま普通に会話しているのを、繁華街で見かけるということは。
イヤホンをして、その音が周りの音と混じることをむしろ歓迎しており、さらに外部音を遮断している意識など毛頭ない、という人々もいるのかもしれない。

***

一方で、ノイズキャンセリング・ヘッドフォンはここ数ヶ月、いきなり製品の種類が増えてきた。
支持する人々が増えているのだろう。

ただ、これを使って周囲の音をなかったことにする、というのは選択肢の一つであって、本来の解決策ではない。
耳に過酷な状況なら、そうでなくなるようにすることに、もっと注目が集まってもいいんじゃないかと思う。

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2007.02.21

iPodと音風景−−後編

[この記事は前編からお読みください。]

結局、iPodを外で使うのは、座っていられる時か、じっと立っている時が中心になってきた。
つまり、耳元の音に、ある程度気持ちを集中させても問題ない状況で、何か聴きたいなと感じた時。

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iPodと音風景−−前編

iPod、もしくはウォークマンなど、小型のデジタルオーディオプレイヤー。
いまや近所の住宅街でさえ、誰かしら使っている。つまり、10〜30代は言うに及ばず、かなりお年を召した方も、白いイヤホンを耳に当てて、散歩や買い物をしている。
それくらい普及した。1999年頃の携帯電話のようだ。

私の生活にiPodが入ってから、1年半は過ぎた。
ちなみに、それまでカセットやMDの携帯プレイヤーを愛用したことがない。そのせいか、PCを母艦とするプレイヤーも長らく買わないできた。
そんな私が購入にあたり思ったことは、まとまった分量の音楽を自由に持ち歩ける暮らしがどんなものかを体験する、くらいのつもりだった。

いざ使ってみれば、思いの外、楽しい。よく連れ歩いて、ひょいと聴き、また外す。
たくさんの楽曲を一気に持ち出して、聴きたいと思ったらいつでも聴ける。それは確かに幸せだ。
これが、曲の入ったディスク/メモリ/カセットを差し替えるタイプの製品なら、ここまで楽しいとは感じなかったはず。しかもiPodのホイールによる操作は、生理的にはまる何かがある。人によっては中毒に近い状況になるかもしれない。

実際のところ、なければないで困ることもない。が、あればやはり使う。
そう、よほどのこと(今後iPod以外では一切音楽を聴けない状況など)がない限り、なくても暮らしてはいける。家でゆっくりCDを聴く、という以前の生活も、そう悪いものではなかったのだし。
では、iPodのある暮らしは変化をもたらさなかったのかといえば、そうではない。
一番変わったことは、音環境について以前より鋭敏になったことだ。

***

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2007.01.16

マイケル・ブレッカー、逝去

テナーサックス奏者、マイケル・ブレッカー氏、逝去。1月13日、ニューヨークで、白血病のため。享年57歳。
若い、若すぎる……

日経の記事はこちら(1/14)。

(朝日新聞は、1/15朝刊に写真入りで訃報が掲載されるも、アサヒ・コムでは記事無し。YOMIURI ONLINEにも訃報はなし。両社とも、アリス・コルトレーンの訃報はあるが。)

ジャズのテナーサックス奏者と紹介されるが、活動は幅広い。

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2007.01.07

アウェーでの音楽

滔々と迫る音の波がついに沸騰し、巨大な音の柱を打ち立てる。清楚かつ重量感のある金管とティンパニに、すべての楽器が唱和していく。胸に迫るその白金の輝き。

自分だけでは得られないものをつかむ瞬間というやつが、人間にはあるらしい。
ただし、齢87に達した者にそれが訪れるとは、普通は思わない。
長く真剣に生きたものに与えられる、神様からの褒美なのか。

私がいうのは「朝比奈隆+シカゴ交響楽団 1996年アメリカ公演」という1枚のDVDのことである。

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2007.01.03

2007年のウィーン・フィル・ニューイヤーコンサート

さて、今年のウィーン・フィル・ニューイヤーコンサート。
指揮はズービン・メータ。
時々他の用事が入ったりして、じっくり腰を落ち着けて観賞はできなかったのだが、意外にも楽しかった。

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2006.12.31

ピリオド奏法と古楽器オケ

ところで、2006年のオーケストラは」、眠くてたまらんかったせいか、書き忘れたことがあったので補足(ちょっと長めになっちゃったけど)。

ピリオド奏法という言葉は、通常の現代の楽器を使うオーケストラ(モダンオケ)が、作曲家在世中の演奏方法や習慣を考慮して行う演奏を指す。
一方、古楽器オーケストラ(古楽器オケ)の場合は、楽器そのものから作曲当時のものを使い、演奏方法や習慣ももちろん同様にする。

どちらが優位か、どちらがよいのかといったことは、決める必要はない。説得力ある演奏であれば、どちらでもよいのだ。それが古い音楽の演奏というものだから。

***

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拍手雑感

さて、アーノンクールのモーツァルトで、最後に面白かったこと。
それは拍手。

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ところで、2006年のオーケストラは

モーツァルト・イヤーであり、ショスタコーヴィッチ・イヤーでもあった。
また、のだめイヤーでもあった。
東京圏のオーケストラの定期で観客数が増えることなど、ここ最近なかったことだ。
それ自体は悪いことではないが、無垢な素人ほど怖い客もない。本当におもしろい演奏でなければ、あっという間に飽きられてしまう。来年は正念場になるのだろうか。

個人的には、ピリオド奏法を取り入れる動きが目立ったことが印象に残る。
春に来日したパーヴォ・ヤルヴィ/ドイツ・カンマーフィル・ブレーメンだけではない。都響、N響も挑戦した。新日本フィルもブリュッヘンを招聘したことがある。
流行りで終わらず、論理的に詰めることが、感覚的にも面白いのだ、ということを納得させてくれるように、これからも続くといい。

のだめブームのあるうちに、20世紀以降、古楽、また室内楽にも人が流れるといいなぁ。
なにせ、あの中ではプーランクの室内楽なども平気で取り上げられる。
のだめで目覚めて、もっといろんな音楽が聴かれていくといいな。
(あと、現代音楽という呼び名はそろそろやめないかな。20世紀音楽とか、ポストモダン音楽でいいんじゃないかな。)

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NHK音楽祭のハイライト(モーツァルト)

今月放映されたNHK音楽祭2006のハイライトは、モーツァルトイヤーの掉尾を飾るものだった。


  1. 交響曲39番 ノリントン/N響
  2. レクイエム アーノンクール/ウィーン・コンチェントゥス・ムジクス&アーノルド・シェーンベルグ合唱団

***

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2006.12.12

アーノンクールのモーツァルト3大交響曲

先日ちらりと触れた、アーノンクール指揮、ウィーン・フィルハーモニーの来日公演、モーツァルトの交響曲第39〜41番。
放送されたビデオで観賞。
さすがにインパクトある演奏だった。曲の番号順に演奏されたが、尻上がりによくなっていったようだ。

***

ウィーン・フィルだから、ヴィブラートは豊富だし、無理してピリオド奏法に特化はしない。響きは豊かでふくよか。
一方で、金管やティンパニを抑えようとせず、アクセントは際立たせる。フレーズの始点と終点を明確にして、流れる音の中でも特に句読点がくっきりした演奏。

これにより、アーノンクールの意図する響きの骨組みはきっちり伝わるものになっていた。3曲に共通するアプローチはそのままだが、それぞれの曲の主題をとても丁寧に組み立てるため、3曲の異なる性格が一気に明らかになっていく趣向。
これまでコンセルトヘボウ、ヨーロッパ室内管弦楽団などでやってきた演奏と基本ラインは同じ。

***

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2006.11.29

黒船レディと銀星楽団@渋谷 7th FLOOR

「芸術劇場」でピリオド奏法特集が放映されている時、とあるライヴ会場にいた。
渋谷の7th FLOOR(O-EASTの上)。
この日の出し物は、黒船レディと銀星楽団
10/18にリリースされたCD「古本屋のワルツ」の発売記念ライヴのファイナルである。

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アクセス数が上がった

アクセス数がいつもより多いと思ったら、11.26放映のNHK教育「芸術劇場」で、ピリオド奏法の特集(ゲストは指揮者の金聖響)と、アーノンクール/ウィーン・フィル来日公演(モーツァルト3大交響曲)の影響らしい。

ちなみに、録画をまだ全部見終わっていないため、コメントは見終わってからにでも。

今回の来日公演は所用ですべて諦めたので、「ウィーンフィルがやると、ヴィブラートなしってわけにはいかないだろうし」などと自分をなだめていたが、21日にサントリーホールでやったヘンデル「メサイア」はすごかったらしい(こちらはウィーン・フィルじゃなく、ウィーン・コンチェントゥス・ムジクス)。

それにしても、老いてますます盛んな巨匠になった、アーノンクールは。
1970〜1980年代に彼がウィーン・フィル、ベルリン・フィルの両方から迎えられるようになるとは想像しにくかった。クレーメルの指名で初めてウィーン・フィルを振った時には、団員から強烈な反発があった、という噂が流れまくったものだ。
感慨深い。

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2006.10.22

黒船レディと銀星楽団「古本屋のワルツ」

昨夜、阿佐ケ谷バルトで開催されたライヴに行ってきた。
出演は、黒船レディと銀星楽団
10/18にリリースされたCD「古本屋のワルツ」の発売記念の演奏会。

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2006.09.20

iTunes 7、1週間使って

日本時間で9月13日、Apple ComputerからiTunes 7、映画配信、それらに対応した新iPodラインナップ、加えて来年発売予定の新製品iTVが発表された。

重量15gというiPod shuffleは本当にモデルチェンジだろうが、iPod nanoおよびiPod 6Gは正常進化のマイナーアップデートに近い印象を受けた。

もちろん、iPod nanoのようにデザインが重視される機種は、Appleからはフルモデルチェンジという位置づけだ。ただし中身をみると、前の世代でよく言われた、傷がつきやすいという欠点を克服することも含めた、デザインアップデートに見える。
驚いたのは、ホイールの真ん中のボタンが、凹状になっていたこと。なるほど、薄くしつつも触感で判別しやすい工夫をしたようだ。

***

今回のアップデートでもっとも変わったのは、iTunes 7。

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2006.08.14

耳の経年変化

先日書いた「大人には聞こえない?」だけど、こうした耳の変化に関する話を聞くと、思い起こさずにはいられない。

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2006.08.05

20世紀中葉に輝いたソプラノ、眠る

アサヒ・コムで午前中に発見(記事はこちら)、夕刊にも掲載されたのは、エリザベート・シュワルツコップの訃報。享年90歳。

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2006.07.24

跳躍の前には大きくかがむものだ

[ベートーヴェン作曲:交響曲第2番 ニ長調]

前回(9ヶ月近く前だが)、テレマンの協奏曲で触れたフランス・ブリュッヘン。
21世紀に入った今、ブリュッヘンがリコーダーを吹いていた話をすると、ぎょっとして「冗談でしょう、指揮者が教育用楽器を吹いていたなんて」と真顔で答える音大生さえいる。
もはや彼は指揮者と認知されているようだ。

ブリュッヘンが笛吹きとして最後に来日したのは1980年の11月だった。
当時、彼は天下に並ぶものなきリコーダー(ブロックフレーテ)、フラウト・トラヴェルソのカリスマだった。

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2006.06.26

ヤマハ銀座ビル、建て替えの計画

日経のプレスリリースとして、こういう記事(日経、6/21)があった。

資生堂に続いて、ヤマハもビルの建て替え。
2007年より解体と建設に入り、2009年3月オープン予定とのこと。
地上12階、地下3階。1階は玄関とイベントスペース。地下1階および2〜5階が店舗。6〜9階がホールなど、10〜12階が音楽教室。スタジオや駐車場も備えるという。
店舗に喫茶などが入るというのもおもしろい計画だ。
しかし、50年も経っていたとは知らなかった。結構まめにメンテナンスしてたんだろうか。

おそらく最近の銀座では、CDを買う人は山野楽器かHMVあたりに流れていて、ヤマハは楽器や楽譜、専門書などを目当てにする人が多いと思う。
今度の建て替えで床面積が増えるから、総合音楽店としての位置づけを強めよう、ということかもしれない。

それより気になるのは、銀座の目抜き通りがどんどん外資系の店になっていくこと。
店がなくなるよりいいけれど、なんだか寂しい。近藤書店/洋書イエナもなくなった今、ここは新しい銀座の顔になってほしいな。

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2006.06.20

癒されたいわけぢゃございませぬ

西欧の古楽、いわゆるJ.S.バッハ以前の音楽が好き、という話をすると「癒しの響きがいいんですねぇ」と言われることが、たまぁにある。
相手は悪気があるわけじゃないんだろうが、一応話しておく。

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2006.06.14

岩城宏之(指揮)、リゲティ(作曲)の訃報

指揮者の岩城宏之氏、逝去。享年73歳。心不全ということ。
記事はたとえばこちら(アサヒ・コム、6/13)。

突然で驚いた。
新作初演が好きで、多くの人に聞いてもらうためにあえてポピュラーな曲と組み合わせた演奏会を開く、というのは有名な話。
ご冥福を祈ります。

***

また、ルーマニア出身の作曲家、ジェルジ・リゲティ氏、ウィーンで12日に逝去。享年83歳。死因は明らかにされていない、とのこと。
記事はたとえばこちら(アサヒ・コム、6/13)。
または、こちら(YOMIURI ONLINE、6/13)。

ちなみに、アサヒ・コムではチェコ出身の作曲家となっているが、ルーマニア領のトランシルバニア地方出身、ハンガリーで学ぶ、だろうね
[付記]あとで見たらアサヒ・コムは「ハンガリー出身」になっていました。お詫びして訂正します。

ブダペストでコダーイらに学び、1956年のハンガリー動乱でウィーンに亡命。以後、ウィーン在住で市民権も得る。
日本とは武満徹らの交流を通じて縁があり、2001年に京都賞を受賞している(受賞時には既に病気がちだった)。

それにしても、この方はポピュラリティを獲得する一方で、「盗作だ」「なんでそんなに無節操に影響を受ける」と非難されることも多い方だった。
シュットクハウゼンと電子音楽をやるかと思えば、「レクイエム」のような宗教的響きを書き、かと思うとグレツキからの影響も受ければ、シンセのDX7(YAMAHA製、1980年代を席巻)を使ってみたりと、確かにそんな感じ。
(自分でもあっさり認めていたというし。)
晩年のピアノ練習曲集は、多くの国際コンクールで使われていて、現代音楽作曲家としては珍しいくらいのポピュラリティを持っている(映画「2001年宇宙の旅」で使われたことが一番有名だが)。
こういう点では、武満とちょっと近いところがあるか。
(でも、武満の響きはオリジナリティがあるけど。)

私はあんまり熱心に聞いていたわけじゃないんだが(従って聞いたことある曲も少ない)、伝え聞く話を思うに、まさに20世紀後半の作曲家という印象(動乱や亡命生活の苦渋をなめたという点でも)。
ご冥福を祈ります。

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2006.06.04

古い音楽を何度も聴いてしまう理由

5月30日に書いた「パーヴォ・ヤルヴィの来日公演への雑感」で、古楽器オーケストラと、ピリオド奏法による現代楽器オーケストラを、私は区別していると書いた。
ただし、先日のパーヴォ・ヤルヴィ/ドイツ・カンマーフィル・ブレーメンに見られる演奏上の特徴は、古楽器のみを用いたオーケストラとあまり変わらないかもしれない。
にもかかわらず、古楽器と、ピリオド奏法の現代楽器はまったく響きが異なる。最近は一般的になりつつあることだが、念のためにまとめてみる。

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2006.05.31

自然な表情

先日のパーヴォ・ヤルヴィに限らず、ピリオド奏法による響きの設計は、楽しく聴く人もいれば、まったく受け付けない人もいる。
好みは人それぞれであるし、嫌いになる人がいるのも当然のことだ。キュウリが大嫌いな人に「瓜の仲間なんだぞ、スイカと同じだと思って食ってみろ!」と言ったところで仕方ないのと同じ。

古楽器オケやピリオド奏法を私は楽しむが、嫌いという人に無理矢理押し付けようとは思わない。普通に演奏される現代のオーケストラ演奏にあまり不満らしい不満がなければ、あえてそういう演奏を聴いたりしないだろう。

ただし、古楽器やピリオド奏法を使うことは、正統的な演奏であるかのように喧伝されやすい。これは「そういう演奏だからといって正統的とは限らない、だって多くの人は普通に伝承されてきた演奏を聴いている、ひねり出した演奏のほうが不自然だ」という反論を呼び出してしまう。
さらに「楽器の発展に従ってよりよい音で演奏するように進歩してきたのに、あえて戻す理由があるの?」とか「今の楽器でさらに進歩していけばいいんじゃない? 当時の音を聴くことなんか、できないんだよ?」なんて疑問も出てくるだろう。

こんなことは1960年代から散々議論されてきた。1990年代以降は若手の演奏家が先入観なく古楽と現代の演奏法を行き来するようになっており、古楽器 vs 現代楽器などとうるさく言わなくても、単に聴いて面白いかどうかを判断する人々が増えてきた。もはやあえて書くことではないのかもしれないが、たまたま買ってみたCDが古楽器やピリオド奏法による録音であることが増えてきた今、自分なりのメモを残してみたいと思う。

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2006.05.30

パーヴォ・ヤルヴィの来日公演への雑感

パーヴォ・ヤルヴィ&ドイツ・カンマーフィル・ブレーメンのベートーヴェン交響曲全曲演奏会、私が聞いてきた限りの模様は記した(初日二日目の夜)。
この魅力的な演奏にインパクトを受けた人は多いだろうが、個人的には音楽そのものから少し離れたことも感じていた。

***

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2006.05.29

パーヴォ・ヤルヴィ&ドイツ・カンマーフィル・ブレーメンのベートーヴェン(2)

すばらしかった初日に続いて、チケットをとった。
二日目は午後に第4、ヴァイオリン協奏曲、第5。こちらは早々に完売と聞く。
夜に第6〜7。こちらをとった。

***

まず第6番

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パーヴォ・ヤルヴィ&ドイツ・カンマーフィル・ブレーメンのベートーヴェン(1)

ヤルヴィといえば、ネーメ・ヤルヴィの振るシベリウスやグリーグの名演奏が懐かしい(ドイツ・グラモフォンから出ている)。
しかし今ならまず、ネーメ・ヤルヴィの長男、パーヴォ・ヤルヴィ。また、次男のクリスチャン・ヤルヴィもいる。二人とも中堅どころの指揮者として頭角を現してきた。
5月にドイツ・カンマーフィルハーモニック・ブレーメン(以下ドイツ・カンマーフィル)を率いて来日しているのは、兄のパーヴォ・ヤルヴィ。

ドイツ・カンマーフィルといえば、ハーディングの棒のもとで続々と名演奏を生み出してきた。現在の音楽監督が、パーヴォ・ヤルヴィ。
そのパーヴォが、満を持してベートーヴェンに取り組み始めた。交響曲全集の第1段として、第3&第8のカップリングが発売されたばかり。
近年話題の楽譜、新ベーレンライター全集をベースにする。また古楽器のオーケストラを研究し、現代の楽器の機動性に当時の響きのバランスを考慮に入れたもの。弦楽器を6-6-6-4-3で編成し、音量のバランスと音色を考慮してトランペットとティンパニだけは古楽器にする。ベートーヴェンの書いたテクスチャがきれいに見えるだけでなく、現代楽器の表現力も活用するという。

今回の来日公演は、横浜みなとみらい大ホールでベートーヴェン交響曲全曲集中演奏会を開くのが目玉。まだ録音されていない作品も含めて、作曲された年代順に聞く企画。
加えてヴァイオリン協奏曲のソロに諏訪内晶子が予定されていたが、体調を崩して活動休止中。その代役がなんと、ヒラリー・ハーン。
ヒラリー・ハーンの協奏曲は横浜に先行する各地の演奏会で、絶賛の嵐を呼び起こしている。

バタバタ忙しかったので無理だと思っていたが、急遽時間がとれたので、初日に行ってきた。聞き飽きたとさえ言えるベートーヴェンにお金を払うのは久しぶりだ。
そして、1回のつもりが、2回聞きに行くことになった。もちろん、すばらしかったからだ!

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2006.04.02

EWI4000s、もうすぐ出荷開始

久々の更新は、短信から。

AKAI professionalの3/31付ニュースで、ついにEWI4000sの出荷が告知されている。
4月第2週(4月3日の週)とのこと。

数が少ないようだが、無事に出荷にこぎつけてなにより。

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2006.03.02

iPod Hi-Fiだって?/SHURE E4cその後

Apple Computerが発表した新製品は、Mac mini Intel Coreと、iPod Hi-Fi、およびiPod用の新しい皮ケースだった。

小さな筐体で、部屋を音楽いっぱいにする。
なんだかBOSEみたい。
iPod Dockを持ち、充電も可能。オーディオ入力を備えるので、MacやPCからiTunesの音や、ゲームその他の音も鳴らせる。
この単純な機能は、サードパーティのiPod向けスピーカーに配慮した結果なのか、例によってJobsはシンプルな製品が好きなのか。

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2006.02.20

AKAI EWI4000s、発売が決定

AKAI professionalの2/17付新着情報によれば。

ウィンドシンセサイザーEWI4000sは、2月下旬に生産開始、3月下旬に出荷開始を予定している、とのこと。
新体制になっても、よい製品とよいサポートを、お願いいたしますよ。

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2006.01.20

外で音を堪能する、またはSHUREの音

うわ。ついに買ってしまった。SHURE E4c。
iPod mini本体より高いイヤホンである。
しかし、ここ数年で買ったものの中では、もっともすてきな買い物だった。

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2006.01.17

AKAI professional、とりあえず始動?

プロ・オーディオ・ジャパンによる新ブランドとしてリニューアルのAKAI professional。
予告通り、www.akai-pro.jpが始動している。

1/16付けの情報として、事業が継続されること、ウィンド・シンセサイザーEWI4000sの発売延期のことしか掲載されている…って、これは以前のままですな。
まぁたぶん、1/16付けで新会社として始動したってことなんだろう。
製品がなくならないことは確定しているようだし、時々チェックすることといたしましょう。

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2006.01.06

2006年のウィーンフィル・ニューイヤーコンサート

大晦日まであれこれと忙しく、元旦はあまり調子がよくなかったが、それでもこれがなければ年が明けた気がしない。
ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート。

今年の指揮はマリス・ヤンソンス。
王立コンセルトヘボウ管弦楽団やバイエルン放送交響楽団の指揮者として、きわめて有名。
どちらかといえば非常に実直な音楽造形であるが、単に地味なわけではなく、内声部をしっかり鳴らしつつ、メリハリがきいた響きを構築する。たっぷりした量感と、機敏さを両立させるのがすごいところ。ウィーンフィルがどのように反応するか、とても期待していた。
また、今年は第1部から第2部まで全て、衛生中継された。これも楽しみだった。

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2005.12.23

Akaiの続々報(公式情報が出た)

12/11の記事の、さらなる続報。

破産手続きを行い、公式サイトがメンテナンス中になっていたアカイプロフェッショナルエムアイ
www.musicgear.jp に、新しい公式ページ www.akai-pro.jp が出来ている。

プロ・オーディオ・ジャパンのもとで、Akaiブランドは生き残るということだ。
MPC1000は出荷を開始し、EWI4000sもノイズ問題を克服次第、量産と出荷を開始する、との公式情報が出ている。
修理品も、受け付けているとのこと。
2006/1/16より本格始動、というところだろうか。

何はともあれ、公式情報が出て、蛇の生殺し状態でなくなった。
製品が残ることもはっきりしたので、とりあえずはよかった。

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2005.12.13

日本にも協会があったのね

ウィンド・シンセサイザーや、EWIの件で検索してたどり着かれる方が多いようだ。

ところで、Internatilnal Wind Synthesis Associationがあるのは知っていたが、日本にもあったのね。

  日本ウィンドシンセ協会(JWSA)

掲示板での情報交流もあるようなので、昨今のアカイの様子なども含めて気になる方々は、参考になるかもしれません。
(ちなみに、私は現在ウィンドシンセに全力をかけられないので、上記のどちらも未入会。だから、どんな感じの団体なのかまではわかりませんし、入会を推奨しているわけでもありません。一情報としてどうぞ、ということです。)

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2005.12.11

新EWIはちゃんと出るらしい…

前の記事の続き。

クリエイターズランド楽天市場店において、EWI 4000sを扱うページ(こちら)では、「倒産は誤報で、正確には流通ルートの変更であり、プロオーディオジャパン社からAKAI製品が今後も継続して発売される」という意味のことが書いてあった。
(「誤報」ねぇ……つまり、倒産じゃなくて、破産申請だけが静かに報じられているところがミソ、ということか。)
AKAIは破産申請で業務整理するけど、移管先はちゃんとあって、新製品も発売されるので、安心してほしい、ということらしい。

ちなみに、アカイプロフェッショナルエムアイのページは、2005/12/11現在、メンテナンス中。

前の記事の続きとしては「ちゃんと製品発売は継続されるようなので、もう少し待ちましょう」ということになります。

正確な情報(新製品の発売日、今後のサポート体制など)が改めて出るだろうから、騒がず待つことにします…

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2005.12.09

AKAI professional MIがぁ…新EWIは?

書こうと思ってたことを吹き飛ばしちまう情報が流れてきた。
アカイプロフェッショナルエムアイが、破産手続きを開始したという。
記事はこちら(神奈川新聞社、12/8)。

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2005.12.06

黄金の日々

冷たい雨の降った4日、日曜日。
一夜明ければ、この冬一番の青空。
もっとすてきだったのは、夕暮れから青黒く冷えていく午後5時半。
ビルの谷間から見上げると、金星と細い月が、仲良くおりていく。
クリスマスのネオンが、くっきり浮かび上がる。
あぁ、冬だ。

***

東京を冷たく洗った日曜日は、パーティだった。
母校(高校)の管弦楽部を創設された方は、有名な作曲家としてご活躍。その大先輩を、感謝とともに囲む会だった。
人だらけ! いやー、160名も出席とは。

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2005.10.28

18世紀の悦びが今にこぼれる

[テレマン作曲:フルートとリコーダーのための協奏曲 ホ短調]

テレマンは在世中、ヨーロッパ随一の名声を誇った作曲家だった。同時代のドイツ出身の作曲家にはヘンデルやJ.S.バッハがいるが、比べ物にならないくらいの人気だったという。しかし、彼らは時代の変化とともにほとんど忘れられ、一部の音楽家や愛好家の間で細々と受け継がれていた。
モーツァルトは「古楽」愛好家の男爵が集めた楽譜でバッハやヘンデルを改めて知った。これは交響曲第41番に結実する。
ベートーヴェンの場合、先生がバッハの系譜に属しており、教育に採り入れた。これは素晴らしい歴史の偶然で、ベートーヴェンは曲に厚みを持たせる際に、対位法を採り入れることになる。交響曲第9番に至っては、パレストリーナの楽譜まで参照して作曲している。パレストリーナはイタリア・ルネッサンスとバロックの狭間に位置する巨匠だ。バッハ以前の音楽に至る系譜がなんとか記憶にあった、最後の世代とも言える。
しかし、一般には18世紀までの作曲家は、19世紀に入ってほぼ忘れられた。(モーツァルトだってそういう面がある!)

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2005.10.27

著しい圧縮

最近、iTunes取り込みが復活して、以前買った盤を時々ハードディスクに落としている。いつも似たような曲ばかり聴いているのに飽きた、というのもあるか。
CDより音が悪くなっちまうのはまぁ承知の上だ。
んが、ものすご〜〜く音が悪くなっちまうCDがあった。

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2005.10.21

やっと晴れた

東京の青空、何日ぶりだろう。
風も乾いてきた。頬や腕を気持ちよく撫でていく。
移動中、イヤホンはつけない。歩きながら思い浮かぶ様々な音と、現実の音とが混ざっていく色を楽しむ。

iPodは好きだけど、いい空気には目も耳も開放しておきたいと思う今日この頃。
マイクに拾った楽音は心地よいけれど、楽音自体はもっと微細で微妙な波形(音のスパイスとなる雑音成分)がある。電子楽器の音、あるいは電子化された音がもつ均質性を超えた生々しさを生み出す元とでもいうべきか。
世界はもっと様々な波で満ちている。
そして、乾いた日は響きがよく染みる。
そんなときは、圧縮しても気持ちよく聞ける音ばかりに身を任せているのがもったいない。
楽器を扱う身としては、生々しい響きも大切にしたいしね。

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2005.09.13

新型ウィンドシンセ、AKAI proのEWI4000s

昨年(2004年)の今ごろ、ウィンドシンセの一つであるEWIについて、エントリーを起こした(9/11、及び9/13)。

昨年9/11の記事は、マイケル・ブレッカーが特徴ある新型EWIプロトタイプと思われる楽器を吹いていた、というもの。

そして今年、EWIを製造・販売しているアカイ・プロフェッショナル・エムアイ(以下、アカイ)は、いよいよ新型EWIであるEWI4000sを発売することを発表。

アカイのプレスリリース(9/12付)

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2005.09.09

iPod nano、iTunes携帯 "ROKR"

今日のココログの音楽、あるいはコンピュータ系カテゴリーは、この話題で持ち切りだろう。

iPod nanoの公式ページ

ROKRの公式ページ

***

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2005.09.06

切々と紡ぎ続ける歌姫、またはタペストリー

[遊佐未森「タペストリー」]

しばらく間が空いたからというわけじゃないけど、たまにはポップスを。

遊佐未森って、1980年代後半から1990年代前半までそこそこ話題になったけど、それ以降は一部の人々で静かにかつ熱烈に愛好されているような気がする。
(ご存知ない方は、オフィシャル・サイトをどうぞ。)
というのは、彼女のことを好きだという方に話をうかがうとたいてい、アルバムなら「瞳水晶」(1988年)、「空耳の丘」(1988年)、「ハルモニオデオン」(1989年)、「HOPE」(1990年)あたりが話題になるから。

***

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2005.08.27

アイデア豊かだったモーグ博士

昨日の記事「遅ればせながら、モーグ博士のご冥福を祈る」で触れ損ねたこと。

モーグ博士の貢献にはシンセサイザーという楽器の構成を確定させたことだけではない。

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2005.08.26

遅ればせながら、モーグ博士のご冥福を祈る

文学関連ニュース。今年の谷崎賞は町田康「告白」および山田詠美「風味絶佳」に決定。(報道多数、たとえばアサヒ・コム8/24の記事。)
というめでたい話はあるのだが、その「告白」。まだ積ん読に入ってて、手を付けてない…

それはさておき、驚きのニュース。
8/21、ロバート・モーグ博士が亡くなられた。−−−アサヒ・コム(8/23)

シンセサイザーに興味を持ったことがある者、使ったことがある者にとって、モーグ博士の名は(機器を直接使ったことがなくても)必ず耳にした。1960年代にアナログ・シンセサイザーの基礎を確定し、普及させた方だ。
電子的な発信音を制御して楽器にする上で、VCO(発信器)→VCF(フィルター)→VCA(アンプ)という音操作の制御フローを確定・普及させたことはもちろん素晴らしい。
それ以上に、VCFやVCAにエンヴェロープ・ジェネレーター(Envelope Generator)を通すことで、時間経過に伴う音色や音量の変化を行えるようにして、それまでの電子楽器では制御しにくかった音楽的な音を合成できるようにしたことも、大きな功績だ。

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2005.08.21

だって、シャッフルできねぇじゃん?

iTunes Music Store(以下iTMS)で買った曲データは、ポータブルデジタル音楽プレイヤー(現実はiPodのみ)への転送回数制限がない。また、5台までのPC/Macで共有できる。
他の音楽配信システムでは、ポータブルプレイヤーへの転送回数に制限があったり、ダウンロードしたPC以外での再生を許可しなかったりする(サービスによっても、また楽曲によっても異なる)。

[注]私はちゃんと使ったことがないので詳しくないが、ソニーのジュークボックスソフトSonicStageでも、対応ポータブルプレイヤーへの転送回数に制限を設けないという。ただし、配信された楽曲によって、転送回数制限が設定されている場合があり、その回数は楽曲提供者によって異なったりする。

なんでiTMSで販売された楽曲は、転送回数制限がないのだろうか。

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2005.08.10

湿度がボディブローのようにきいてくる

iTunes Music Store、あっという間に100万ダウンロードを達成したとか。
(Internet Watchの8/8の記事へのリンク。他にも報道多数。)
掲示板で松崎しげる「愛のメモリー」を1位にしよう運動が起きたりとか、最初の盛り上がりに支えられているところはあるだろう。
曲はこれからも増やしてほしいし、ジャンルが不思議(というより不適切)な分類だったり、そのために検索が万全でなかったりと、メタデータの整備がいまひとつ必要な状況なんだろうけれど。
4日で100万とは、実に多くの人が待っていたってことだろうな、これは。

***

それはさておき。
夏バテがキまして、へばり気味です。
温度よりも湿度のほうがきついですわ。
トラックバックへの対応も遅れておりまして、すみませんが。
今週は所用が多く、更新を控えます。ご理解くださいませ。

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2005.07.20

王子ホールのエレクトラ3部作におけるコラボレーション

先日、簡単に触れた笠松氏の音楽劇「エレクトラ3部作」
私は初年度を見逃しており(熱で倒れて行けなくなった)、第2部と第3部のみの観賞だった。残念であるが、仕方ない。全体に関する感想は書けないのだが、2年連続で観て聴いて、感じたことを簡単に記録しておく。

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2005.07.17

王子ホールのエレクトラ、完結!

今年も「王子ホールのエレクトラ」がやってきた。
王子ホールが作曲家の笠松泰洋氏に委嘱した室内楽編成のオペラ。蜷川の「グリークス」で音楽を担当した笠松氏が、作曲だけでなく台本構成も行った作品であり、当日はタクトもとる。
演奏家は8名。歌は1〜2名、これに語りとダンスが加わって、コンサート形式とは思えぬ多面的な新作音楽劇だ。
3部構成をとり、1年に1部ずつ上演。今年は完結編「弟 オレステスの放浪と帰還」。

昨年の興奮はすごかった。父(アルゴス王アガメムノン)の仇を望む姉エレクトラが、弟オレステスとともに母とその愛人アイギストスに剣を向ける。復讐は成功するが、母殺しの罪を負って錯乱してしまうオレステス。
1幕で休憩なしの上映、しかも大きなクレッシェンドをうねりつつ形成していって、そのクライマックスでズドン!と幕切れになった。

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2005.07.11

串田孫一氏とフランス・ブリュッヘン

ふ〜、なんだかんだとこっちに回す時間が少なくて、書きたいことが積み上がっていく…

と思っていたら、串田孫一氏の訃報(アサヒ・コム、7/8)。
個人的には、クロード・シモン氏の訃報(アサヒ・コム、7/9)よりも記憶を触発されてしまう。

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2005.07.06

「のだめ」のCD発売と、デジタル音楽

たまたま用があって銀座に行ったついでに、ヤマハ銀座店の地下で楽譜を買った。
エレベーターで1階に上がり、出ようとしたところ、ピンク色のコピー・チラシが目に飛び込んできた。
なぜかといえば、なんか見たことがある絵のチラシが…
「のだめ」だ。

銀座ヤマハは「のだめカンタービレ」特集をやる予定だそうで。
(7/16〜9/30の予定)
1階に特設コーナーを作るそうで。
8月11日発売の「のだめカンタービレ Selection CD Book」発売記念だそうで。

チラシを持参すると、有明佐賀のりとか、有明ひじきとかの特典もあるらしい…マンガを読んでればすぐに微笑むところだな、ここは。

あとな。
千秋真一・指揮、R☆SオーケストラのCDが9月11日に出るそうで。
(キング・レコードだそうで。)

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2005.07.04

シャッフルも使い方ひとつです

先月、記事「シャッフルと人生相談」で、iPod miniのシャッフルについて触れた。その時、こんなことを書いた。

17世紀初頭のヴェネツィアの宗教音楽のあとに、U2が鳴ったりする。 雅楽の後に、ヴィヴァルディの協奏曲が鳴ったりする。 落差に驚く。 落語や河内音頭なども入れてる人がランダム再生すると、もっとすごいことになりそう。

「それじゃぁ、いろんな音楽を聞く人は、シャッフルするとすごい組み合わせになることがあるから、使えないじゃない?」

いやいや、そんなことはないですよ。
あんなことをあえて書いてみたのは、トップメニューにある「曲をシャッフル」で、入ってるすべての曲からランダムに再生してみるとどうなるか、実験してみただけ。

では、使いやすいシャッフルの方法。
メニューをたどってみると…

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2005.07.03

爆発する音の自由

[ヴィヴァルディ作曲:4つのヴァイオリンのための協奏曲 ロ短調]

いま、私は1枚のCDを前にしている。
ジャケット写真は、一人の女性がこちらを向いている。
知的で端正な顔立ち。細身のようだが、楽器を支えるであろう腕はしっかりしている。
セクシーではないかもしれない。しかし、若い頃から美女として通ってきた。

女性の名はヴィクトリア・ムローヴァ (Viktoria Mullova)。
1982年のチャイコフスキー・コンクール優勝で名を轟かせ、翌年の亡命以後、着実に歩みを進めてきたヴァイオリニスト。
目前にあるCDは、彼女の弾く最新のアルバム、ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲集である。
もう1ヶ月くらいになるが、折りに触れて聞き、しかも飽きない。

CDのリリースは、今年に旗揚げした英国のレーベルonyx。
第一弾はパスカル・ロジェの弾くドビュッシー「前奏曲集」が入っていたりして、なかなかおもしろい。
しかし、試聴して抜群におもしろく、さっとレジに持っていってしまったのは、ムローヴァがイタリアの古楽アンサンブルのイル・ジャルディーノ・アルモニコ(Il Giardino Armonico)を指名して実現した方だった。

猫、いやチーターのように敏捷なイル・ジャルディーノ・アルモニコの音を、とても魅力的に録っているし、その上でほんとうに楽しげに羽を広げるムローヴァのヴァイオリンがすてき。
こんなに魅力的なCDには滅多に巡り合えない。

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2005.06.25

シャッフルと人生相談

iPod miniを買ったことは既に書いた

iPod Shuffleでなくとも、iPod全シリーズで曲のランダム再生ができる。
これ、ちょっと驚くことがある。
17世紀初頭のヴェネツィアの宗教音楽のあとに、U2が鳴ったりする。
雅楽の後に、ヴィヴァルディの協奏曲が鳴ったりする。
落差に驚く。
落語や河内音頭なども入れてる人がランダム再生すると、もっとすごいことになりそう。

それで思い出したこと。
相当に昔、新聞の(軽めの)人生相談で読んだことである。
ある女性が、夫の趣味について嘆いていた。
曲をラジオ放送などをラジオ放送などから曲をカセットテープにいろいろ録音するのはいいんだが、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第五番「皇帝」が終わったと思うと、いきなり都はるみの「あんこ椿」が鳴って、脈絡のなさにがっくりしてしまう、なんとか夫に、カセットテープはせめてジャンル別にするなり、脈絡のあるようにできないものか、という相談。

回答の内容は正確に覚えていないのだが、確か「それは直そうと思っても直らないだろう、一緒に付き合って、思わぬ音楽が鳴る驚きを楽しんでしまってはいかが?」といったようなものだったと思う。

いまなら、悩みにもならないかもな。

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2005.06.21

宗旨替えってわけぢゃなくて(iPod mini Green)

先週。
iPod mini、買いました。
Green、4GB。

特に必要はなかったんだけど(周囲にもそう話していたんだけど)。
ある程度の分量の音楽を持ち歩くというのがどんな気分になるものか、まったく触ったこともないのもナンだな、と思うようになってきた。

iPod Shuffleでもいいかと思ったけど。
今聴きたい曲へのアクセスが悪いと困る、という気持ちも強いし、さすがに1GBじゃ足りないかと思い始め。
買ったのは液晶ディスプレイ付きの、ミニマム仕様。
それに、FireWireのケーブルも買ってみた(同期が遅いのは困るし)。

第2世代のminiは、色が全体に少しずつ濃くなっている。
Greenは、カエル色と呼びたくなりますね。(ケロロ軍曹?)

あと、付属のヘッドフォンは、音質が全然ダメ。
それほどうるさくない私でも、まったく我慢が出来ず、ゼンハイザーをとりあえず導入。すごくいい音じゃないけど、まぁまぁのバランスです。

4GBは意外にたくさん入ります。
別に自分の音楽ライブラリを全部持ち出すことは考えていなかった私には、じゅうぶん。

そして、ほんとにバッテリーが持ちます。
公称18時間。12時間以上の外出でもまだまだ余裕あり。(ちなみにバックライトはつけず。)
ただ、Macに接続しないと充電も出来ないのは驚いた。別売のACアダプタがいるようだけど、当面は不要なので買わずに済ませてます。

***

ところで、買う前にいろいろと想像していたことはあるけど、やっぱり実物を持つと感じ方が変わるもんだと思いました。

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2005.06.19

Musical Baton(ミュージカル・バトン)がまわってきたよ

toricoさんからまわってきました、ミュージカル・バトン。
(なんのことやら、という方は、とりあえずこちらをどうぞ。)
あそびにのっかってみますね。

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2005.06.17

名指揮者ジュリーニ氏、逝く

イタリア出身の名指揮者、カルロ・マリア・ジュリーニ氏、逝去。91歳。
YOMIURI ONLINEの記事はこちら(6/16)
アサヒ・コムはロイター発の記事(6/16)。

オペラ座の音楽監督を経て大きく飛躍、一流オーケストラにも多数客演。特に要請を受けてロサンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督を引き受けて、著しくレベルが上がっていったと言われる。
レパートリーを無理に広げず、たとえばベートーヴェンの交響曲全集にも清潔なアーティキュレーションと、ゆったりしたテンポをベースに、楽団員から最良のフォルティッシモを引き出して見せる。誇張もなく、音の形が明確になる演奏は、非常に正確な造形ゆえの迫力があった。
今年に入って、引退する前の録音がまとめてリリースされた矢先だった。

***

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2005.06.16

えー、脱力系略語、続き

先日触れた、クラシック音楽の脱力系略語。

「メンコン」=メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲
「チャイコン」=チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲

メンデルスゾーンは確かにヴァイオリン協奏曲ばかりがいやに有名でわかるけど、チャイコフスキーはむしろピアノ協奏曲のほうが有名じゃないか、なんでチャイコンでヴァイオリン協奏曲なの?

という質問を口頭で受けた。

この対になってる2つの言葉、ヴァイオリン業界用語といったほうが正確かも。
つまり、コンクールでよく弾かれた時期があり、またこのどちらかを取り上げると客の入りがいいということで、すごく有名になった。しかも、メンデルスゾーンもチャイコフスキーも、ヴァイオリン協奏曲は1曲ずつしか書いていない。花のある曲として、ちょうど略語にしやすい状況だった…
他にも理由があるのかもしれないけど、一応こんな風に言われることが多いようだ。

ピアノの場合、一人の作曲家が複数のピアノ協奏曲を書くことが多い。作曲家は鍵盤楽器を使うことが多いせいだろうか。
そのため、作曲家名と番号で呼ばれていることが多いようだ。

では、他の略語・隠語を少しだけ。

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2005.06.14

訃報、倉橋由美子氏と堀栄蔵氏

訃報あり。

作家の倉橋由美子氏。
(アサヒ・コムの記事、6/13より)。
古典鍵盤楽器製作者の堀栄蔵氏。
(アサヒ・コムの記事、6/13より)。

倉橋由美子氏は、私が読書に目覚める前に有名になった方であり、リアルタイムを感じにくかったかもしれない。「聖少女」を読んだのは相当昔だけど、それも話題になってだいぶたってから。昨年の群像に連載していたエッセー「偏愛文学館」についても、熱心な読者ではなかった。けれど、たまに目を通すと小気味よい文章だったことを思い出す。
でも、シルヴァスタインの絵本「ぼくを探しに」の翻訳者と言えば、あぁ!と声を挙げる人も多いだろう。「星の王子さま」新訳も終えていたという。

堀栄蔵氏は、国産のチェンバロがまだあまりなかった頃、工房を設立した方。リコーダーの伴奏用に借りた楽器が堀工房だったことは、何度もあった。

慎んでご冥福をお祈りいたします。

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京都賞の芸術部門にアーノンクール氏

2005年の京都賞が発表された。

先端技術部門:エレクトロニクスの分野から、「液晶を用いた平面型表示装置の実現への先駆的貢献」により、ジョージ・H・ハイルマイヤー博士(液晶ディスプレイ実現の功績により)アメリカ、69歳、テルコーディア社名誉会長)

基礎科学部門:生物科学(進化・行動・生態・環境)の分野から、「空間生態学の確立と生物圏に関する複雑適応系理論の提唱」により、サイモン・アッシャー・レヴィン教授(アメリカ、64歳、プリンストン大学教授)

思想・芸術部門:音楽の分野から、「古楽演奏の確立に貢献し、古楽演奏の視点から近現代音楽の作品でも新鮮な解釈を行っているオリジナリティに富む演奏家」ということで、ニコラウス・アーノンクール氏(オーストリア、75歳、音楽家)

京都賞は、稲森財団が主宰する賞。
2005年の詳細はこちら
また、同ページから、京都賞そのものや選考委員に関する情報も閲覧できる。

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2005.06.12

脱力の略語は日本の文化です

P901i、P901iS。
NTTドコモはFOMA用の、パナソニック製端末だ。
このシリーズでは、カスタムジャケットといって、様々な絵柄のジャケットを着せ替えて使える。
これを略して「カスジャケ」という。もうとっくに定着してしまってる。

これを聞くと、みうらじゅんが一時期モーニングで連載していた「かすはが」、すなわち観光地の土産物屋で売ってるうら寂しいカスな絵はがき、を連想する。
すなわち「カスなジャケット」になっちまう…
そんなこと、ないか。

***

しょぼい略語って、実はクラシック音楽に結構多い。

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2005.05.22

こんなにも濃密な時間

[ベートーヴェン チェロ・ソナタ第3番 イ長調]

バッハの無伴奏チェロ組曲は…え?まだこの話題を引っ張るかって?
いや、ほんのちょっとだけ。
えー、無伴奏チェロ組曲は、イギリス組曲(鍵盤楽器のための組曲)と同じ形式。そして、バッハの独奏器楽曲にはこうした、上質の独り言とでも括りたくなる組曲が多い。
独り言というより、名作をたくさん残した作家の日記、とでもいったほうがいいのかな。
有名なヴァイオリンのシャコンヌも、単独で扱うよりは、とある組曲の掉尾を飾る曲として聞くほうがしっくりくる。(コレルリのソナタ<<ラ・フォリア>>も同様。)
特にチェロ一本の場合、男性の声を連想させるからか、また曲に過度の緊張がなく伸び伸びとしているゆえか、作曲家の裸の声が聞こえてくるような気がする。

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2005.05.20

QuickTime 7とiTunes、IPAX 2005

QuickTimeがバージョン7になった。Mac OS X 10.4 "Tiger"だけでなく、10.3 "Panther"用も出てる(PantherまではQuickTime 6.Xだった)。

アップデートしてから、明らかにiTunesの音が変わった。
ぼーっとしてても、直接の楽音の周囲に響いている、アウラのような音が聴こえやすくなったことがわかる。曲の最後の残響も、前よりはっきりと、長く聴こえるようになった。

ただ、音がよくなった、という感じとはちょっと違う。
単に音の情報量が少し増えて、雰囲気が出てきた、でも音の良化とは少し違う感じ。
普通に考えれば、これは明らかに音がよくなったはずなのだが。周波数レンジが広がったりしていないから、そう感じるのかな。

***

iTMS(iTunes Music Store)日本版が今年4月から始まる、という某新聞のリーク記事は外れたわけだが、この記事(ITmediaライフスタイル、5/18)によれば、JASRAC(日本音楽著作権協会)がiTMSについて触れたという。
それによれば、Apple Computerは今年の4月か5月に開始しようとしていたが、しばらく延期、日本のルールでやっていくことで合意している、という。
まぁまったくの誤報というわけでもなかったのか?

むしろ気になるのは、ダウンロード音楽のビジネスにはコピーコントロールが完全に制御できるをクリアすることが重要だ、と述べている点。
日本では、1曲が150円以上、ダウンロードしてからチェックイン/チェックアウトのような操作を要求する方向になるのだろうか。
それはイヤだな。

***

ちょっと気分が暗くなるので、明るいかどうかは別にして、もうちょっと夢のある話題。

いま、東京ビッグサイトでIPA(独立行政機構 情報処理推進機構)のイベント、IPAX 2005が開かれている。ビジネスショウ 2005など複数の展示会イベントと同時開催で、20日(金)まで。
次世代を担う先端的なソフトウェアとして、IPAが支援する製品や展示が一同に会している。児童向けのWebコンテンツ、マンガ製作支援や作詞支援といった応用向けのものから、開発環境、ミドルウェア、OS、プログラミング言語やその処理系、ネットワークなど多岐に渡る分野で、技術やその原石が展示されている。
有名なSoftEtherもIPAの支援を受けつつ進んできているし、携帯電話Java上で動作するフルブラウザjigは表彰された。でも、他にも面白いものが一杯あるよ。みんな、どうやってビジネスにすればいいかを真剣に探りつつ、展示している。
まじめに考え、開発している人々に会えます。まだ当初盛り込もうと考えていた仕様のすべてが上がっていないケースもあるけど、会場で話を聞きながら今後どう進めようかという手応えを求めているようです。まだ日本も捨てたもんじゃないと思えます。

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2005.05.14

チェロとは思えぬ音数、鈴木秀美の新盤

一曲一話でとりあげたばかりの、バッハ作曲 無伴奏チェロ組曲
先月出た鈴木秀美の新盤をやっと買えた。人に勧めておきながら、自分が買いに行くと、その店では売り切れということが数回。結局、HMVの新宿店でも手に入らなかったことに業を煮やし、他の店の在庫を尋ねて、在庫があった店のものを取り押さえてもらった(←普通、取り置きといいます)。

旧盤の、ビルスマ以上に素直で軽みのある表現もよかったと思う。
だけど、この新盤はちょっとすごい。
第5番、プレリュードの冒頭。ふわっと身体の周りを包み込むような和音が響き、旋律が床から立ち上がってくる。他の演奏と一聴瞭然の違いは、和音が厚くずーんと響くこと。ちょっと大げさに言えば、オルガンのように和音が持続し、その合間をソロがつないでいくように聴こえる。
そう、このプレリュードは、こんな風に聴こえてほしかった。
それが、そのまま実現された演奏。
声部のコントロールも実に生き生きとしている。かといって、演劇的な演出をして、過剰にドラマを生み出そうとせず、上の声部と下の声部の会話はさりげなく、とても自然。

また、旧盤よりも間をたっぷりとっている。余韻をたっぷり楽しめて、響きに浸る喜びをストレートに味わえる。そのためか、速い楽章の達者な動きでも、フレーズごとの呼吸はきわめて自然。極端に言えば、管楽器で吹いているような感覚さえある。でも、生み出されるのは紛れもない、渋味豊かなチェロの響き。

バロックチェロの演奏は、ビルスマから20年を経て、ウィスペルウェイと鈴木ら中堅のよい録音により、まったく新しい地平に至ったようだ。
劇的なウィスペルウェイと、きわめてさりげない凄みの鈴木。
ほんとうに、この曲集は尽きることがない味わいがある。

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2005.05.06

笛吹きもオーボエ吹きもなぜか好き

[バッハの無伴奏チェロ組曲 BWV1007-1012]

前回一曲一話の続き。未読の方はそちらを先にお読みください。)

ところで、ブリュッヘンの<<ラ・フォリア>>はすばらしかったのはいいが、肝心の笛で吹く無伴奏チェロ組曲はどうなったか。

リコーダーが非常にまっとうな楽器であることは、あの演奏でよくわかった。
そこで練習曲がたくさん載っている楽譜や教則本を買ってきて、他の曲で指と舌を慣らしていった。しばらくすると、第3番ハ長調のメヌエットのように、ほとんど旋律を聴かせる曲は、それなりに聞こえるようになっていく。

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2005.05.05

甘い衝撃、またはFlauto Dolce

[コレルリのヴァイオリン・ソナタ 作品5]

まだCDがこの世になかった頃、新譜のLPレコードは1枚2,500円だった。

バブル経済がやってくる前。
文庫本は300〜500円程度。
喫茶店のコーヒーが350円前後、まだカフェは存在せず、部活のあとは一杯250円の喫茶店が貴重だった。(注:もちろん公式には学校の帰りに喫茶店に寄ってはいけないことになっていた。OBが保護者になるわけだ、こういう時は。)
高校生のバイトも今ほど一般的ではなかった。小遣いは月に5千〜1万円程度か。今の子がきけば「どうやって暮らしてたの?」と言い出しそうな金額だ。

そんな頃、1枚の盤に2,500円を差し出す。そうまでしても、聴きたかった。
バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューマン、ブラームス、ワーグナー、ブルックナー、マーラー、シベリウス、チャイコフスキー、ドヴォルザーク、ドビュッシー、ラヴェル、シェーンベルグ、ヴェルク、バルトーク、ショスタコーヴィッチ、etc.
他にもいくらでも聴きたいものがある。お金が足りない。多くの場合、FM放送を活用する(ポップス、ロック、ジャズなどはすべてFMから)。気に入った、どうしてもほしいものを中心にLPレコードを買う。

こんなラインナップの中に、リコーダー演奏が中心のLPレコードも含めることになるとは思ってもいなかった。
しかし、買わざるを得ない気持ちに追い込まれていた。

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2005.04.23

盤渉調調子

盤渉調調子とは、雅楽にある六調子のうち、盤渉調の曲を演奏する際に、当曲の前に演奏する曲。
その場を、盤渉調を演奏するにふさわしい空気にする曲。

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一曲一話、はじめます

音楽のことを常に気にしているくせに、このブログでは意外なくらい、音楽について書いていない。
時々、一曲について1エントリー、書いてみることにした。
曲の何について書くかは、たぶん曲によってまったく異なる。
また、洋の東西を問わないが、おそらく西欧の音楽が多めになると思う。

おそらく、私の好きな曲とか、ベスト100とかではない。
ではなんだろう。
それは各曲ごとに少しずつ。
では、はじめます。

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2005.04.04

ニケの来日公演(大編成のヘンデル)、中止

いまごろ何いってんだといわれそうですが。
エルヴェ・ニケ率いるコンセール・スピリチュエールの来日公演が、今年7月に予定されていた。Glossaレーベルより出ている「ヘンデル:水上の音楽、王宮の花火の音楽」初演版全曲と、同じ内容。楽しみにしていた

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2005.01.28

双調調子

今年も、双調をさらう頃合いになってきた。
双調は春。東。青。
奈良の若草山の緑。
ゆるやかで、爽やか。まさに春の音。
(鼻をかみつつさらうってところが、ちょっと爽やかでないけど。)

ことに双調調子。
奈良時代の前より、こんな音が存在していたことを思う。
人が調子という楽曲や音楽を感じるのではなく、音楽を感じるための種子が調子という形になった。
調子が鳴り響くと、場がその振動により、調う(ととのう)。人が、その響きの醸すイメージを受け取る準備が、自然に出来上がる。
本当に「調子」なのだなぁ、と思う。
多くの人が受け取れるような、豊かな世の中になったのだなぁ、とも思う。

この曲に息を吹き込むたびに「よい春になりますように」といつも思う。

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2005.01.05

ニケのヘンデルが来日公演の年だった

日本語になっていないタイトルですが。

エルヴェ・ニケ率いるコンセール・スピリチュエールが、2002年にヘンデルをやってたいへん有名になった。
(Glossaレーベルより発売の、ヘンデル「水上の音楽・王宮の花火の音楽」。)

第一、ロンドン初演当時の版を研究し、その再現に勤めていること。
第二、そのために当時の編成も研究し、オーボエ25名、フルートorリコーダー15名といった具合で、初演時の100名という大編成を実現したこと(第一級の奏者達を100名、スケジュールをおさえるだけでも大変だったはず)。
第三、オリジナル楽器演奏と称する金管楽器演奏が、実は現在の耳に心地よく響くような音律にすべく、楽器に穴をあけるなどの改変を行っていることに、彼は異議申し立てをしていること。そして、マウスピースなどの研究を通じて、そんな改変などなくても響かせることが可能だとし、その実現を試みていること。
第四、こうした当時の金管楽器の音律にあわせるため、木管楽器も設計し直したものを特注で用意したこと。

ゴタクがならんでいますが。
聞けば一発でわかります。
すげー演奏。

当時の英国の、ロイヤルな音楽の、バカ派手さ。
どかーんと鳴り響く音のスペクタクル。
王宮の花火の音楽なんか、すごいよ。
 バカはバカでも、ここまでやれば立派!
という見本のような演奏に仕上がってる。
(ほめてないって? いや、ほめてるんですってば。)

ちなみに、金管楽器は前述の事情から、現代人の耳には奇妙に(つまり、音が協和していないように)響く瞬間もある。
けれど、この演奏はそんなことを吹っ飛ばす凄みがある。

ニケはシャルパンティエ(ルイ王朝時代、18世紀の作曲家)の再評価でとても有名になった人だ。
だけど、このヘンデルも発売当時、ものすごく話題になった。

今年の7月に、このヘンデル100人の来日公演をするのだった。
今からけっこう楽しみ。

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2005.01.03

謹賀新年、ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート

2005年もよろしくお願い申し上げます。

東京は残雪の正月。雪が冷気を運んでくる。京都のような、冷たい湿度が身を囲む。天気がよく、気持ちよいのは幸い。
交通量が少ない上に、雪が大気を洗い流したからだろう、空が青い。夕焼けが見事なオレンジ。平穏な風景の美しさ。
よい年になりますように。

***

ウィーン・フィル・ニュー・イヤー・コンサート。
今年はロリン・マゼール。

非常にわかりやすい、たっぷりためたウィンナ・ワルツ。2次大戦後から1980年代あたりまで主流だったスタイル。
マゼールは例によって、弾き振りを2曲(ピチッカート・ポルカと、ウィーンの森の物語)。

オケはなかなか好調。ただし、2曲演奏してから、スマトラ沖地震について触れ、ウィーン・フィルからWHOを通じて飲料水を寄付すること、また、今年は賑々しくラデツキー行進曲を演奏しないで終わる、とあらかじめ告げられた。
今年のこのスタイルで、ラデツキーを聞きたかった人々は多かったかもしれない。ただし、ヨーロッパの多くの富豪にとって、バリを含むインドネシアはリゾートとして有名だ。日本よりも被害を甚大に感じているように思う。

スタイルはたっぷりしたものだったが、小澤以降の新体制らしきこと。女性奏者がのっていることも、新時代を思わせるな(もう前からだけど、いまだに驚いたりする)。

華やかだけではなかった元旦。
Blogを始める直前の、昨年元日の猫時間通信に続いて、こんなことが起きるとはね。

あらためて思います。
よい年になりますように。

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2004.12.02

ぱっと師走に

12月1日。起きたらえらく寒い。昨日と空気が違う。
お昼は暖かくなったけれど、夜には空気が澄んできた。
まだ真冬の透明感はないけれど、最近では一番群青が深い。新月に向かっていく月もくっきり浮かび上がる。

ぱっと師走になった。聖夜が明けるともう正月飾りになってるみたいに。

***

[ひとりごと・その1]

ここ数ヶ月、練習時間が激減している笙。お稽古で吹いてみると、手の形が以前より不安定。
吹けるには吹ける。だけど、するりと動くはずの指がぎこちない。つーか、そういう時って、掌の汗が出やすいんですわ。そんなこんなで余分なことを考えなくちゃいけないから、息の制御も甘くなる。
二進一退という感じ。
またあんまり考えないで吹けるところまでもっていかないと。

でも昔、打楽器、リコーダーやフルートをやった時にも、私は最後まで楽器のホールドで悩んでいて、それが解決する頃にやっと晴れ晴れと前進できたんだよな。
出す音はまったく違うけど、きっと今度も同じだ。いまが一番肝心。

***

[ひとりごと・その2]

渋谷でふと見ると、東急文化会館の建物が取り壊されていた。
あそこの三省堂は、一時期よく見ていたなぁ。その脇の喫茶店にも時々寄った。
コミックステーションができた時も、重宝すると思ったもんだ。
もちろん、映画館も。

閉館しても、建物が残っている間は、なんとなくまだ余韻が漂っているような雰囲気があった。
昔から足を運んでいた建物がまたひとつ、ほんとうになくなったんだなぁ。

今日は忙しくて寄れなかったけど、あそこの裏手の山下書店界隈にもまた、行ってみよう。

***

[ひとりごと・その3]

渋谷で不思議なのは、なぜかカフェでの会話が耳に入って来ることだ。
いつもとは限らない。でも、なんだか聞きたいと思っていなくても、聞こえてしまうことが多い。
声がでかい人が多いからなのか、店の造りの傾向なのか、よくわからん。
びっくりするような会話が聞こえると、打ち合わせ途中の移動で仕事のことを考えていても、手が止まってしまったりする。

たのむ! 仕事のことを考えてるんだ!

と思って周囲を見回した途端。

ひとりでいる人は、みんなMDかCDかiPodで、耳栓してる。

…売れるわけだぜ、iPod。

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2004.11.28

んー、調子、いまいち

んぁぁ。んがー。

文学フリマのだいぶ前から相当忙しかったけど、文学フリマが終わってからは机にかじりついて納期目前の仕事をしてるか、出かける時は必ず所用(もしくはヤボ用)で長引いて下書きやメモの時間さえないか。これほど長くブログを更新しなかったのは初めて。

少しずつ片付いてきたと思ったら、27日起床すると、お腹がくだってる。おまけに眠い…6時間以上眠れなかったりするのは、呼吸が浅いから。
必要なのは休むことなんだが、この腰と肩では頭痛になってしまう。

お腹が落ち着いた頃合いを見計らって、応急措置のマッサージにいってきた(指圧系)。腰なんか、鉛の板が3〜4枚入ってるみたい。お腹の筋肉をマッサージされたのは、久しぶりである。
何人も先生がいる鍼灸院だが、今日は話し好きの先生がついて、健康談義。しかし、さすがにフローリングの床に直接寝るのは、すぐにはやれそうにないなぁ。なんでも、まっすぐになった背骨に自然湾曲を取り戻してやるのに、よい方法らしい。

その後、身体をほぐすことと所用を兼ねてちょっと移動。帰り際、急にコーヒーが飲みたくなってきた。銀座にいたので、十一房珈琲へ。久々に足を運んだが、ちゃんとやっていて安心。25周年とのこと。記念のオールドブレンドを1杯千円で出しているという。
高いって? いや、ここのブレンド600円は、他の店の千円級。どんな味がするのか?!
でも、体調がいまいちなので、記念のオールドブレンドは頼まず、いつものイタリアンロースト。記念の一杯はまた今度。

飲み終えて歩き出してから、どうもお腹がヘン?結局、どこぞでトイレを借りた。
帰路で思った。いくら飲みたいからってコーヒーは無謀だったかもしれない。胃が鳴ってるし、さっきのこともあるので、乗り換えでおむすび2個と暖かいほうじ茶をとる。体温が上がってきて、一安心。
と思っていたら、帰りの電車で気持ち悪くなってきた。
帰宅して、もう一度トイレにいってから、暖かくしてじっとしていたら落ち着いてきた。

身体はほぐれてきたけど、お腹のほうは明日までかかりそうかな。

***

11月に入ってからなんとなく書きそびれていたことを列挙してみる。(まとまってないけど。)

  • 秋だというのに、湿っぽくて空気が澄んでこない。夜景が春みたいにけぶってる。暖かい日も多い…気持ち悪いけど、今日はお腹の調子がよくなかったせいか、ラクで助かった。
  • 合衆国の大統領選挙は、ブッシュ再選だった。またあの顔と4年、付き合うのか。日本もこのまま小泉政権で親ブッシュなのか。
  • 日本でも2005年3月にiTunes Music Storeが始まるという日経のリーク記事が、11/19に出た。翌日にすぐ「品揃えや詳細は未定」という続報がITmediaなどから流れた。品揃えもだけど、価格だよな、気になるのは。個別の曲を安く買えるなら、意外にウケるんじゃないかな。打撃を受けるのはレンタルCDだったりして。
  • 本当に街でiPodをよく見かける。しかも、女性ユーザが多い。1年前じゃ考えられないくらいに。
  • 着うたフルは本当にiPodキラーになるんだろうか。それぞれ、まったく違う内容のサービスに見えるんだが。
  • U2のニューアルバム "How to Dismuntle an Atomic Bomb" は、かっこいい。いいんだけど、シングルカットされ、iPodのCMに使われている1曲目 "Vertigo" は、他の曲から浮いている。つーか、他の曲はU2節たっぷり、"Vertigo"は違うテイスト。いいアルバムなんですけど、ちょっとフクザツな気持ち。
  • 三の酉には間に合った。新しい熊手を買う。昨年と同じ店で買うと、ちゃんと名前を入れてくれる。昨年、少しいいのを買ったのと、業績が上向いたのとで、今年はもうちょっといいヤツにした。がんばりますからひとつ、頼みまっせ。
  • アフタヌーン1月号(11/25発売)の岩明均「ヒストリエ」、エウメヌスが奴隷として売られていくくだりの最後。先月のエウメヌスの号泣と、今月のカロンの押し殺した涙の対照の深さ! 2年かけてゆっくり熟成した物語が一気に広がった凄みを感じてきた先月から、今月はさらに高く深い振幅に至っている。一連の衝撃は名作「寄生獣」の連載中の盛り上がりを思い起こさせてくれた。こんなの、久々である。
  • ついでに漆原友紀「蟲師」について。この作品、おそらくマンガ好きは「最近マンネリ」と感じる人が多いかもしれない。だけど「ブラック・ジャック」以降のパターンを踏襲せざるを得ない作品群の中では、ピノコにあたる人物も現れず、意欲的に成功したり失敗したりしてる。「蟲師」だけについて言えば、偉大なるマンネリを目指してほしいくらいだな。
  • 11月7日発売の群像は、阿部和重「グランド・フィナーレ」、岡崎祥久「ナラズモノの唄」の2本が載っていて、お買い得。文藝の新人賞も話題になってますね、でも未読状態。
  • 朝日新聞11月18日朝刊で、雑誌の印刷部数が発表された(出版社のいう発行部数とは異なるデータである)。文學界と新潮が12,000強だったのはまぁいいとして、群像が8,000台だったのは驚いた。そんなに減っていたのか。
  • ここから文芸誌が役割を果たしているのか、という話題になるのかもしれない。笙野頼子 vs. 大塚英志の議論、そこから生まれた文学フリマを思い出したりするけど、こんな話も聞いたことがある。「文芸誌は、文芸書が売れていた頃からほとんど赤字だった、もともと黒字じゃなかったんだ」と。
  • その一方で、新宿の駅ビルMy Cityに入っている山下書店がなくなったという。あそこはビジネス書やコンピュータ書はちょっととんちんかんな感じがあったけど、コミックと文芸はまずまずだった。とても駅前書店じゃないレベル。こういう店がなくなっていく状況をこそ、考えるべきなんだろうな。

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2004.10.22

日本でもiPodの新CM(Vertigo by U2)、出た!

先日触れた、iPodの新CM。
日本でも開始!

http://www.apple.com/jp/itunes/u2/

トップページからも、"Watch the new ad"って出てます。
何度見てもかっこいいね。

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2004.10.17

米国のiPodのCMは、U2だ!

iPodのCM(正確にはCF、コマーシャルフィルムかな)、見たことある方は多いと思う。
リズミックな音楽と、強烈な色をバックに、シルエットが踊りまくる。インパクトがあって、サザエさんバージョンのパロディがインターネット上で流れたくらい。
何度も作られているけど、今日本のアップルのサイトで見られるのは、Sterio RockのCF

ところで、米国の新しいCF。
U2の新曲 "Vertigo"。
いや、単に曲が使われているだけじゃないぞ、U2がプレイしている!
ここだ!!
30秒のCF(要QuickTime)もいいけど、ロングバージョン(要iTunes)が抜群にかっこいい!!!
(iTunes Music Storeで見るんだけど、日本ではまだ曲は買えない…)

いや、いままでのiPodのCFも、製品の性格をよく表現したもんだと思ってはいた。軽くて、自分の音楽ライブラリを丸ごと持って歩けて、どこでも自分の音世界が広がるよ、という明確なメッセージがあったしね。
U2が新曲で出演するこのCFは、まるでイメージが違う。いや、今までの印象は引き継いでいる。派手な色の中でシルエットが現れる。プレイするU2のメンバーは、うっすら顔がわかるように処理されていて、凝った仕掛け。時々iPod持って踊る人に切り替わり、プレイするメンバーとすごくいいリズムで交錯する。
U2だから音楽の骨が太くて豪快、あの姿でドドーンと迫ってくる。
こりゃちょっと、圧巻です。

今度のCF、Apple Computerの気合いが、U2の新曲とともにズシリと伝わる。
U2に興奮するのはもう十分におっさんの証拠なんだろうけどさ、逆に言えば、そのおっさん達にも訴求しているということだ。
それ以上に、今ままでの軽いリズムと違う、腰が座った重厚な音の中で、映像パターンの品格まで上げてしまった。だって、音と映像のシンクロのさせ方が、ずっとかっこいいんだもん。それまでのCFを見ている人にも、見ていない人にも、訴えかけるものがある。
それはきっと、ブランドってこういうもの、という強さだ。
他のメーカーもがんばって製品を出してくるから、今までのように一人勝ちするのは徐々に難しくなってくるだろうけど、このCFの持つブランド力は、絶大なんじゃないかな。

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2004.09.27

iTunesで見るもの

iTunesで、時々見たくなるものがある。
「え? 見るもの? 聴くんじゃなくて?」
そう、見るもの。Visual Effect。メニューに「ヴィジュアライザ」とある、あれ。Appleのデフォルトのままでね。

***

曲が常に定まっているわけじゃない。見たくなる周期が定まっているわけでもないようだ。ただ、ぼんやりと眺めたくなることがある。

クラシック、ジャズ、ポップス、ノンジャンル…曲調によって、様々な表情がある。
リズムセクションがないクラシックや、アカペラのポピュラー、教会音楽など、実に不思議よ? 色が落ちて、暗くなる。そこに不思議な形の乱舞が始まる。音楽にあっているわけじゃないんだが、かといって大はずれというわけでもない。ただ、その形を眺めながらたゆたう。
リズムがあっても、ジャズ、フュージョン、ロック、ポップスなど、ジャンルによってまた全然違う。
あまりに曲調にあった画像の流れに驚いたとしても、二度と再現されることはない。いや、再現されないからいいのかもしれない。

もしかして、おいらは、この抽象図形のストリーム(流れ)に、洗脳でもされてるんだろうか、この形には禁断症状でもあるのか、などと不気味な考えが浮かばないでもない。
もちろん、見なくてイライラするようなことはないし、見なけりゃ見ないで済む。
ほんのたまにぽっかりと5分くらい、つまり1曲だけ、眺めてみる。眺めればそれでおしまい。
音楽って、ある情緒や気分を引き起こすことが多いけど、ヴィジュアライザとともにあると、それとはまた別の経験になるように思う。音楽からもう一つ離れて客体化するというか。それは、iTunesの、決してほめられるほどではない音質も関係してるのかな。

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2004.09.13

EWIはフュージョン向けの楽器?違うと思うんだけどね

昨日の記事の補足というか、続きというか。

EWIはジャズ・フュージョン系のミュージシャンが活用することが多く、それ以外の分野の人が仕事に使う例をあまり聞かない。スタジオでは、ポップ系でもシンセの音を管楽器っぽく表情つけようとほんのたまに使うことがあるらしい。でも、目立つ使用例は少ない。Tom Scottや伊藤たけしのLyriconのイメージが強いからか、またMichael Breckerという強力な人が演奏しているからか。
まぁでも、内蔵のアナログ・シンセサイザーを鳴らす、またはMIDIシンセサイザーを駆動する、あるいはその両方をミキサーで混ぜる、といった使い方からすれば、どうしてもフュージョンかポップくらいになりやすいのかな。

確かにジャズ・フュージョン畑の人が使い出したんだけど、別のその分野のための楽器というわけじゃないはずなんだよな。

EWI以前の管楽器型シンセは、Lyriconというもの。これは商標名であって、Lyriconという楽器の分野があるわけじゃない。クラリネットとソプラノ・サックスを混ぜたような独特の管体で、最初は内蔵音源を鳴らしていたそうだ。私が吹いたことがあるのは内蔵音源がなく、MOOGやOberheimのアナログ・シンセサイザーを鳴らすタイプ(Lyricon Driverという)。
音源内蔵の初期のLyriconを活用していたミュージシャンに、Chuck Greenbergという管楽器奏者がいる。ウィンダム・ヒル・レーベルに録音が多数。ギター奏者William Ackermanのアルバムへの参加、及び自身のグループであるShadowfaxでのアルバムなど。分類からすれば一応ニュー・エイジ系の走りということになるようだが、いわゆるニュー・エイジ系とは違うように感じる。民族音楽やアコースティックな響きと、エレクトリックやジャズ・フュージョンとの融合とでもいうか、いわゆる癒しを目指した音楽とは異なる。
聞いてみるとわかるけど、笛やオーボエのような音色を使いつつ、アイリッシュ・フルートなどでは素直に出来ないパッセージを吹いている。Tom Scott他の、ジャズっぽさをどこかに残した音楽とはまったく違う分野で使われてきた。
William Ackermanのアルバム "Confering with the moon"、及びShadowfaxのアルバム "Shadowfax"は、一度耳にしてみていいです…こういう音楽が退屈な人もいるだろうけど、元祖はやっぱりどこか違うもんです。
(Chuck Greenbergは1995年に亡くなったという。)

EWIが出た頃の1988年、日本サキソフォーン協会でウィンド・シンセと弦楽器のための協奏曲を演奏したという記録がある(こちら)。残念ながら、私は聴いたことがない。フレデリック・ヘムケといえば、アメリカのクラシック・サックス界の大御所だ。こういうところはアメリカらしいかもしれない。
そっち系といえば、マイケル・ナイマン・バンドのサックス奏者、サイモン・ハラームはEWIを吹くという話を聞いたことがある。マイケル・ナイマンの響きを思うと、さもありなんという気がする。

でも多分、こんなところのようだ、いろいろな試みは。
EWI、あるいはLyriconやWXといった楽器は、内蔵音源で音を作るから、その楽器でないと出来ない表現というのを、見出しにくく感じるのだろうか。でも、電子管楽器らしい表現って、やっぱりある。アナログ・シンセの音に、息の強弱をのせていて、息に対する音の変化が独特。
しかし、音色の変化と音量の変化の幅が、もっと広いといい、ということは、吹いていても聴いていても思う。そういう意味では、まだあれこれと改良の余地もあり、面白い発見があるのかもしれない、電子管楽器は。

***

オンド・マルトゥノという楽器がある。フランスで20世紀前半に発明された、シンセ以前の電子楽器。日本では原田節氏(節でタカシと読む)が第一人者。メシアンのトゥランガリラ交響曲では極めて重要なパート。オーケストラの大音量を飛び越えて、天の声のように響くのだ! 地上から放たれる光、歌。聴くと鳥肌が立ちますよ。
この楽器の場合、多彩な音を持っているけど、基本的に聴けばすぐ「あ、オンド・マルトゥノだ」とわかる。そういう決定的なナニかがあって、生きてるみんなに響き合う音として、作曲家に「書きたい」と思わせるところまでいかないと、楽器としてのジャンル確立は難しいのだろうか。
その意味では、覚えやすいメロディを、声とはまったく違う音で響かせる、というスタイルを確立したスクェアはえらいのかもしれない。

それにしても、私はヘンな楽器が好きなのかも。リコーダー、バロック・オーボエ、コルネット、アコーディオン、笙、オンド・マルトゥノ、テルミン、EWI…
リード系の楽器が多い! しかも、メジャーじゃないもんばっか。

それはともかく、EWIなどの電子管楽器は、決してフュージョンだけのための楽器じゃない、ましてや歌的旋律を奏でるだけの楽器じゃない、ということで。

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2004.09.11

Mt.Fuji Jazz Festival '04での新型EWI

マウント・フジ・ジャズ・フェスティバル '04で、マイケル・ブレッカーが久々にEWIをメインに吹いたという情報を発見!
jazz-fusion.comライブレポートに詳細が出ている。これ、行きたいけど日があわずに断念したんだけど、がんばって行けばよかったなー、最近マイケルはサックス中心の日々だったし。

EWIって、何かって?
いや、失礼。ごもっともな質問かと。
Electronic Woodwind Instrument Electric Wind Instrumentの略。イーウィと発音する、管楽器型シンセサイザー。この手の楽器、みんな「リリコン」と呼ばれるけど、Lyriconは1980年代のアナログ・シンセ型電子管楽器で、EWIとはまったく別のもの。
EWIの原型は、ナイル・スタイナーが開発したスタイナー・ホーン。元々は金管楽器型だったが、その木管型をサックス吹きのマイケル・ブレッカーが気に入るようになった。ニューヨークの腕利きミュージシャンが集まったバンド、STEPS AHEADで吹いて、一躍有名に。このバンド、ヴィブラホーン&MIDIヴィブラホーンのマイク・マイニエリに、テナー・サックス&スタイナー・ホーンのマイケル・ブレッカーという二人のソロがいる。ギターはマイルス・バンドで弾いていたマイク・スターン、それにベースのダリル・ジョーンズ、ドラムのスティーヴ・スミスという5人編成。1986年の東京ライヴは、電子楽器で武装したミュージシャン達の驚くべき名演として有名。
そのスタイナー・ホーンを、アカイ電機が製品化。EWIという名は、YAMAHAのWXと並んで、電子管楽器の標準に育った。日本ではスクェアのソリスト(伊藤たけし、本田雅人、宮崎隆睦)が吹くことでも有名。
アカイは経営譲渡が何度か行われ、電子楽器部門は現在アカイ・プロフェッショナル・エムアイという会社になっている。そこで今でもしっかり、EWIの看板を守っている。ちなみに、EWIの製品情報にて、どんな楽器かがわかる。
ここの本館であるStudio KenKenに音楽ページがあって、その中のWindSynthesizerでも、取り上げてます。

ただ、EWIは楽器としてかなり洗練されてきた側面、最近は大きな動きがなかったことも確か。(テレビ朝日系金曜深夜のタモリ倶楽部で、スクェアの「Truth」を吹こうとタモリらが挑戦した、というのはあったけど。)
アカイのEWIと、上記ライブレポートを見比べれば、楽器の違いは一目瞭然。もはや、木管楽器らしい形を放棄してるみたいだな、この形は。新型として出るらしい。
しかも、音源をPowerBookにソフトウェア・シンセサイザーを入れて、MINI MOOGなどを再現した音でやってるとか。
うーん、聴いてみたかった! 最近のマイケル・ブレッカーは、表現の柄が一回り大きくなった感じがするからなぁ。ライヴ盤にならんもんだろうか。

[追記] EWIの正式名称について、勘違いがあったので直しました。すみません。
もう一言添えておくと、最初に発売された管楽器型コントローラーは、木管タイプと金管タイプがあったんです。ナイル・スタイナーは金管楽器奏者で、自身はそちらを吹いていますした(最初の教則ビデオがそうだった)。アカイが製品化する際に、金管型をEVI、木管型をEWIという名称で販売しました。金管型は売れ行きがよくなかったらしく、結局木管型のEWIが残ったようだ、という経緯もありました。参考になれば。

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2004.08.11

7/24、伶楽舎、雅楽公演

7/24の伶楽舎、雅楽公演(紀尾井ホール)について、だいぶ時間が経ったがメモしておく。

第1部は古典。黄鐘調の管絃として「西王楽 破」と「拾翠楽」。続いて舞楽「散手」。
第2部は新作。西村朗作曲「夢幻の光」(委嘱初演)。
ちなみに、東京の夏音楽祭2004の参加公演であり、西村朗は同音楽祭で中心的な役割を担っている。

第1部の古典は、ハイライトの舞楽がよかった。管絃は管(龍笛、篳篥、笙)が3人ずつだったが、舞楽では5人編成。音量と音質が強靭になったのは、調子の演奏だけでもよくわかった。舞手が入場すると、兜を着けた面に鉾の力強さ、会場の期待が高まる。一見飄々とした動きのようでいて、要所では丹田から力強い気が漲る。すばらしい!
雅な軽みと、鉾を操っての厳かさが同居。場が清められていくようだ。至福。
暑くて疲れたせいか、眠っている人もいましたけど、まぁご愛嬌。聴衆も概ね熱心だった。

第2部の新作。20世紀後半の現代音楽オーケストラのような響きを、ほとんどそのまま雅楽の管絃に持ち込む。オルガンのように響く笙、ピアノのように響く箏、フルートのように響く龍笛(しかも龍笛はかなりの負荷がかかる演目だったのではないだろうか)。
退屈とまで思わないが、しかし、これを雅楽の管絃でやる意義が聴こえてこない。瞑想法を内容構成の発想の大本にしていると、作曲家自身の言葉でプログラムに書かれている。標題は確かにそうだ。しかし、まるで西洋音楽の、バロック合奏協奏曲のような構成(カデンツァ的ソロもある)。
楽器や響きの生理から導かれた音というより、コンセプチュアルな構成が先にあって、それを雅楽の管絃におろしてきたような作曲。いや、作曲者が楽器の生理にあわせるべきだとまでは思わないし、官能によりかかってつまんない曲になるのは凡百の西洋オペラにたくさんある。だけど、先にコンセプトがあって、それを雅楽や西欧近代オケなどに適用するだけというのも、座りが悪い。
新作雅楽には、再演されてきた武満徹の傑作「秋庭歌一具」がある。あのあとの新作雅楽は、あれを意識して力んでいるのかな、と思える瞬間に出会う。今回、それはなかったけど、新しい音に共振する瞬間も感じられなかった。

西洋の古楽器のために書かれた現代の曲も同様だが、単に従来の音楽語法が、新しい音色で響けばいいのではないことは、作曲者ももちろんわかっているのに、結果的にそうなってしまうことは、往々にしてある。そこから「古い楽器は当時の音楽だけを演奏していた方がいい」という意見が出てくることも、よくある。今回も、舞楽はたのしめたから、余計そういう人も出てきそう。
だけど、現代に生きる我々が、古い楽器や、古い音組織の語法を活かしつつ、今の響きを作り出す事は、決して無意味とは思えない。それが、また今現在の楽器や音楽に影響を与え合ったりするのだし。だから、こういう機会は非常に大切だと思うが、その結果がこんな体験というのも悲しい。

こんなこともありますが、新作雅楽、これからも続けていただきたいとは思ったのでした。

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2004.08.07

カルロス・クライバーが聞かせてくれたもの

カルロス・クライバー逝去に対して、独善概論から、トラックバックをいただきました。多謝。

私が最初に買ったクライバーの録音(当時はLP)は、実は父のエーリッヒのものだった。ウィーン・フィルを振ったベートーヴェンの交響曲第9番と第3番。もう手放してしまったのだが、すっきりとバランスがよくて、こういうドイツ系音楽家もいるのか、と気持ちよく聞いていたことを覚えている。
そのすぐ後、カルロスがえらく有名になった。日本デビュー盤の第5番を聞いてみて、ビックリ。バランス感覚のよさは共通するところがあるものの、響きがまったく異なる。オケの合奏への集中度がきわめて高く、メゾフォルテのなんでもないフレーズがしなやかに響き、そのしなやかさを失わないままにフォルティッシモへ登り詰める。クライマックスでのテーマ(有名なダダダーン)、その強靭さに鳥肌が立った。実際の速度以上に速度感を感じさせるリズムの運びにも驚いた。ヤラれてしまった。
こういう路線では、ベートーヴェンの第7番が最上のものだと思う。木管と弦と金管が寄せては返し、異常に音が豊富な第4楽章。速くないのに、ものすごく速く感じる。
逆に、第4番など、オケはたいへんかもしれない。あの速度の第4楽章は!

私はオペラ鑑賞がどちらかといえば苦手なほうで、特に昼メロ以下の内容のないお話だと我慢できなくなることがある(オペラなら歌舞伎のほうがいい)。見るなら20世紀以降か、18世紀以前のものがありがたい。その意味でも、彼が得意とした「ばらの騎士」のすばらしさは、得難いものがあった。内容のある台詞と筋運び、一流の歌手に、文字通り錦上添花のオケ。
ヴェルディ「椿姫」(私は作品としては「?」だが)、ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」、またベルクの「ヴォツェック」など、真摯な葛藤を強いる状況自体をテーマにした作品に注力し、他は振らない。彼がいかに、心身ともに中身の濃い音楽体験を重視していたかがよくわかる。また、20世紀がいかに人に葛藤を強いた時代だったのかにも思い至る。そういえば、エーリッヒが南米に逃れ、そこで育ち、後にヨーロッパで音楽を志すも父に反対された、それがカルロスだった。

そう多くはない録音の中で、一時期ずっと心を占めていたもの。
それはブラームスの交響曲第4番。ウィーン・フィルがあんなに熱心に弾きながら、醒めた目がどこかで見つめているようで、響きは枯れているのになお生々しい。諦観などという落ち着いたもんじゃない、こんな風に、地上に異世界(黄泉の国と言ってもいい)を呼び寄せるような演奏がなんで可能なのか。スコアを見ながら何度も繰り返して聴いた。
ブラームスをあまり聴かなくなり、後にアーノンクールがベルリン・フィルを振った第4番で新しいフレージングに耳を洗われたとき、思い出したのはやはりカルロスの録音だった。
19世紀に生まれ育ち、自分達は18世紀の極上の作曲家達には比較すべくもないと述懐していたこともあるブラームス。その覆しようがない葛藤自体が音になる様に自らを没入させるからこそ、蒼く深く広く燃え上がるあの音が出たのだろうか。

20世紀は本当に終わったのだと、感じ入った。

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2004.07.20

カルロス・クライバー逝去

指揮者のカルロス・クライバーが7/13に亡くなっていたことが、7/19にわかったという。74歳。
スロヴェニアというから、母の祖国ということだろう。

指揮者のカルロス・クライバーさんが死去(アサヒ・コム、7/20)

カラヤンの弟子達、小澤やアッバードらは、清潔で見通しのよい音楽をつくるが、指揮者への熱狂ではなく、もっと冷めた印象がある(もっとも師匠と同じでは意味ない訳だが)。
カルロス・クライバーの場合。響きこそ見通しがよいが、しなやかにうねり、頂点に向かって熱狂を伴う、何よりオケのメンバーが醒めつつ酔っているように見える。しかも目が離せないくらい華麗に動く腕、身体。あれこそカリスマ的な指揮者。実演にはついに接する事が出来なかったが、映像媒体(ビデオやDVDなど)を通してもその磁力が伝わってきた。

R.シュトラウス「ばらの騎士」、ベートーヴェンの交響曲4, 5, 7番、そうして何よりも伝説となった2度のウィーン・フィル・ニューイヤー・コンサート。鳥肌の立つ「こうもり」序曲は、アンコールでもよく演じられた。彼の演奏に接しなければ、私はヨハン・シュトラウス親子の曲のよさを、半分くらいしか感じられなかったかもしれない。
(そういえば、最近はベートーヴェン6番のライヴ録音が発掘されていたな。)
また、カルロス・クライバーの名が全世界に伝わる頃に、私はアマチュア・オケの活動に携わっていた。古楽器演奏、果ては雅楽にまで赴いて、長いことオーケストラにはまったく所属していない(聴いてはいるけど)。しかし、彼の目の醒めるような唯一無二の響きは、いまだに鮮烈だ。

合掌。

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2004.07.17

王子ホールのエレクトラ、圧倒的!!

王子ホールの自主公演企画で、3年かけてギリシャ悲劇「エレクトラ」をコンサート型オペラとして見せるもの(企画側はライブハウス型オペラと説明している)。蜷川の「グリークス」で音楽を担当した作曲家、笠松泰洋氏が台本構成から作曲と指揮、さらにプロデュース的なところまで担当。
今年は2年目、第2部「エレクトラ」。全体のクライマックスにして、もっとも劇的になると思われる部分。昨年、夏風邪で寝込んで行けなかった恨みを、今年ははらす事ができた。

今日は時間がないので詳細までは書けないが、すごかった!
1時間15分、休憩なしの一幕。穏やかな子守唄から始まって、幕切れのクライマックスまで、全体が大きなクレッシェンドのように息づく。導入で一気に観客の呼吸をつかむソプラノの飯田みち代。そして、麻美れいが一人で全役を語り分ける、超絶的な語り。そこに、YOUYAの踊りが、感情が昂ってくる要所で、一身にその情感を引き受ける。

圧倒的なソプラノの表現力! 単に歌唱力だけでなく、役に入り込んで、かすれ声から超高音の訴えかけまで、語りと相互に高め合っていく。
また、麻美れいの語り分けのものすごさ! 蜷川のギリシャ公演凱旋直後であるが、それだけでない、なんというか、古典悲劇をやるために生まれてきたような、生々しく格調高く情感豊かで、しかし決して溺れることも崩れる事もない、ものすごく高いテンション。千両役者の名演技に、見惚れた。

古典調律のピアノ(平均率のような3度の濁りが少ない)、ウードなどの中近東ウード/サド/ドタールといった中東〜中央アジアの弦楽器、またクラリネットと弦楽器の柔軟な響き。室内楽編成のオケは、悲劇的な台詞が展開しても、むしろクールなところさえある。それが歌とともにテンションを上げると、客席に戦慄が走る。

これらがあいまって、痛く、きしみ、そして人間の裸が正確に描かれていく。
それが最高潮に達したところで、斧で切り落とすように舞台は閉じる。

千両役者を得ての公演は圧倒的。残りの日程は17〜18日(土日)だけど、今日も大入り満員だったし、当日券はあるのかしら。でも、確認する価値はあるはず。

で、私は見終わって「第3部まで1年待つのか…」
高い密度で圧縮された悲劇のクライマックスで、ズバッと断ち切られたままホールを出なければならず、胸と身体がミシミシいったまま歩き出した。
来年の第3部で、おとしまえをつけさせていただきます。>スタッフの皆様

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2004.07.02

iTunes Music Store、もうすぐ1億曲だそうだ

しかし、WWDCの話題もいいけど、「iTunes Music Store、1億曲に向けてカウントダウン開始」(アップルのプレスリリースより、7/2)のほうが、話題としてはでっかくないかな。

これ、カウントダウン中のきりのいい番号を踏んだ人は、iPodをもらえる。
しかも、1億曲目の人には、PowerBookとiPodと、1万曲分のダウンロードクーポンと、それを使って作ったプレイリストを公開する権利とがもらえるというもの。
ただし、対象となるユーザは、米国、英国、フランス、ドイツ。iTunes Music Storeがオープンしている国々である。

Macintoshをデジタルライフの中核に、という目標にはなかなか近づいていないように思えていたが、昨年あたりからかなり状況が変わり始めた。今後どうなるかはまだわからない。けど、今回のプレゼントを得た人は、音楽のデジタルライフで、まさにそういう環境一式をもらえるわけで、宣伝としてはけっこうでかい。単にマシンをもらえるだけじゃなくて、クーポンとCelebrity Playlistの公開権利がついているのがミソ。
プレミアムって、こういうことなんじゃないかな、という商売のうまさ。ほしいって人はけっこういるはず。

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2004.06.27

バロック音楽と一口にいうけど

西洋の古い音楽、特にバロック音楽が好きだ。ただし、音楽は様々なものを聴く。中世でもルネッサンスでも現代ものでも、またまったく違うジャンルのものも聴くけど、演奏にまで手を出すのが古楽分野になっている、というところか。

バロック音楽と一口にいうけど、時代の幅はけっこう広い。17世紀初頭の1607年、モンテヴェルディのオペラ「オルフェオ」の初演前後に端を発して、バッハやテレマン、ヘンデルらの活躍した18世紀後半に及ぶ200年弱。
大バッハと称されるヨハン・セバスチャン・バッハの息子、エマニュエル・バッハが活躍した18世紀中葉から末にかけては、古典派の完成に向かう時代であり、エマニュエルの晩年はモーツァルトやハイドンの活躍期とダブる。
古典派が18世紀後半から19世紀初頭にかけて、そして19世紀のシューマンがロマン派宣言をして音楽がさらに変わっていったように言われるが、よく見れば古典派以降は1つの時代が100年もない。つまり、世界史という概念が誕生した19世紀の人々の捉え方をもとに、音楽史が記述されている。
その意味では、バッハ以前の音楽の長い累積を、中世→ルネッサンス→バロックととらえるのは、少々乱暴に思えるのだ。

ただ、コレルリがバロック中期、イタリアのヴァイオリン音楽を完成の域に高めたといっても、現在のヴァイオリンのレッスンでのコレルリは、中級者の通過点のような印象が強い。ヴァイオリニストは非常に多くの曲を習得しなければならなし、その中でもコレルリなどが一般に好まれることはあまりないのだろうか。
モーツァルトの持つこわいくらいの純度、ベートーヴェンの深々とした響き、それ以降の作曲家達の情緒の深さや振幅の大きさ、ドビュッシー以降に出てきた不思議な風通しのよさと色彩感などととは、まったく方向性が異なる。
こんな話がある。19世紀後半、一度忘れられたモーツァルトが、ブラームスらの活躍により、再び聴かれるようになってきた。ロシアでも交響曲が初めて演奏されたとき、リハーサルを聴いていた評論家が言ったこと。
「これはこどもの音楽だ」
そう聴こえる人は現代にもいると思う(そして件の評論家は悪い意味で言った)。モーツァルトでさえ、こうである。コレルリを聴いて、そこに表現されたものに深い情緒を見出せない人は、こういうかもしれない。「人間としての感情や繊細さのまるでない音楽だ」などと。
いまだに19世紀〜20世紀前半の音に価値をおくことが多い、現在のクラシック音楽市場をみれば、バッハ以前を十把一絡げにまとめがちになっちゃうのも仕方ないのか。

でも、音楽の聞き方、捉え方、枠組みをいったんとっぱらって聴いてみれば、ずいぶんと音が様々なことを教えてくれる。
私が特に感じるのは、17世紀から18世紀にかけての音楽の変遷は、西欧が今のようになっていく過程を色濃く反映している、ということ。宗教と哲学・科学の位置づけが逆転して戻らないことが決定的になり、都市や国家の交流、さらに植民地による大規模な資本の動きが活発になった時期。スペインからオランダやイギリスに強国の地位が移り、フランスに強い王権が存在し、北イタリアの文化的リードが衰えつつあった時期。その狭間にあるドイツ語圏は、戦乱と混乱の中から、安定を模索していく時期。
いや、話を広げすぎた。音楽に関わる事で言えば、ヨーロッパ世界がそれまでに比べて飛躍的に豊かになり、人やモノの動きが活発になり、時間や空間の感覚が変化していく時期。

***

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2004.05.30

昔イージーリスニング、いま…

カフェや喫茶店に行くと、どんな音楽が流れているか。
いわゆるカフェ・ブームに関わったチェーン店だと、ボサ・ノヴァやフランス歌もの、または聴きやすいジャズなどもかかる。スタバとか、エクセルシールとかね。
かっちりした喫茶店だと、クラシック音楽(あまり重いものじゃなくて、バロック音楽やモーツァルトなどが中心)もよく流れている。

そういえば、いわゆる喫茶店のBGMといえば、イージーリスニングってジャンルが相場だった頃がある。
イージーリスニングというのは、クラシック音楽ほどシリアスでない、弦楽器主体のやわらかい響きの音楽。映画音楽、大ヒットのポップス、スタンダードなどを、その楽団流にアレンジして演奏する。ポール・モーリア、パーシー・フェースなどが有名どころ。1960〜1970年代に一般的だったかな。
気楽に聴けるなんて言葉通り、BGMとして練り上げられていた。

では、VELOCEのような、喫茶店チェーンが背後についている、カフェ系の店。
時々、1980年代のフュージョン(日本のものでなく、アメリカ西海岸らしきもの)を耳にする。
ジャズが突っ走って前衛になっちまって、かえって野暮ったく聞こえた頃に、ラテンやロックなどと融合する新しい響きを追い求めたフュージョン。もともとリラックスした雰囲気もあって、決してBGMに使えないわけではない。実際、日本のフュージョンの代名詞に近いスクェアの曲は、テレビで頻繁に使われていたし。
ただ、値段が安いことがとりえのカフェで響くフュージョンは、すごく薄いコーヒ−よりも味気なく感じられて、なんだかちょっと物悲しい。

おしゃれな創作和食ダイニング・バー(なんだそりゃ?)といった趣の店に入れば、1960年代ブルーノート系ジャズをかけるのが、数年前に流行った(いまでもやってるけど)。そういや、サンマルク・カフェでもそうか。
だいぶ時間を経て、ジャズはいい感じでリラックスする音にみなされるんだ、と思ったりしたけれど、1980年代の曲はそこまでいってないのか。世間では80年代リバイバルがけっこう行われているわけなんだが、本当に枯れるにはさらにあと10年くらい(つまり出来てから30年くらい)かかるのか。それともそういう問題ではないのか。

まぁどっちでもよくて、時と場を選んで流さないと、音楽がないほうが気持ちよく感じられちゃうから注意、ということなんだけどね。

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2004.05.26

フォルテ・ピアノ奏者小島芳子氏の訃報

アサヒ・コムより。
フォルテピアノ奏者の小島芳子さん死去

43歳。肺がんだそうである。ショック…
もうあのハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンは聴けないのか。

チェロ奏者の鈴木秀美と組んだ「ベートーヴェン:チェロとピアノのための作品全集」(BMGファンハウス)。これはすばらしい。
いきなり全集は買えないという方は、「シューベルト:アルペジオーネ・ソナタ」(BMGファンハウス)に収録されたベートーヴェンのチェロ・ソナタ第3番をどうぞ。
チェロ・ソナタの3番って、ベートーヴェンの中でも屈指の名曲だけに、フルニエ、トゥルトリエ、ロストロポーヴィッチ等々名盤に事欠かない。
一方、鈴木&小島の演奏。従来のモダンなチェロとは異なる、だいぶ渋い響き。そうして、残響の短いフォルテピアノ(とはいえ、モーツァルトの時代よりはだいぶ長く豊かな音)。古楽器の特性を考慮した演奏は、音量の増減よりも、音色や音質の大幅な変化を活かした細やかなニュアンスなのだが、それに頼りすぎると音楽がちんまりまとまってしまう。二人の演奏は、大きな音楽の骨格を、風通しのよい音でダイナミックに表現するもの。1996年の録音だが、もちろんまったく色あせていない。

27日にお別れ会があるという。所用で行けませんが、ご冥福をお祈りいたします。

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2004.05.12

暑い、猫ダラーン、練習も暑い

家を出ようとすると、日陰になっている塀の上に、野良猫が一匹。2階から塀の上を眺める構図なので、よく見える。
しかし、デブだ。塀の上は地べたのように肉を支えてくれないから、ビローンと伸びた肉が引力に呼ばれている。
きっと、暑いんで空中に肉をさらして、冷やしてるのかな。猫にやせろといってもわからんしな。

暑い時は、笙の練習が少々きつい。
笙は、火鉢か電気コンロで、吹く前、演奏の合間、吹き終わってから、必ず暖める。水分を飛ばして、まっとうに演奏できるようにする。しまう前にも、水分を飛ばす。
あれです、リコーダーを吹いた事がある方は、水分がたまって音が出にくくなることがあったのを、思い出してもらうといいです。
それを、熱で防ぐ方法、とでもいえばいいか。もちろん、カンカンに暖めたりはせず、湯船よりいくらか高い温度に保つようにする。
[注意:まっとうなリコーダーは木製なので、人肌であっためてから吹く。ヘタに扱うと割れるから。構造に似ているところがあると、扱いも少し似るか。]

暖かいほうが、楽器の鳴りはよい。ぼーんと共鳴するのがわかる。それはそれで、うれしい。
でも、真夏もコンロで暖める。もちろん、やります、楽器は大切ですから。むー。

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2004.04.27

なんで古楽か、なんで雅楽か

そういえば、Blogで音楽をとりあげたことがなかった。
実は、昨年より笙を始めた(Blog以前の猫時間通信でも触れないできたが、ある程度続けてから書こうと思ったから)。雅楽の笙である。師匠について、習っている。ゆっくりとした歩みだが、少しずつ吹ける曲が増えてきた。
まったく新しい楽器と、音組織をもった音楽を、自分が中年になってからやるとは、想像もしていなかった。いまから思うと、当たり前に感じるのだが。

高校からアマチュア・オーケストラに所属しつつ、リコーダーなどを吹く。なんでリコーダーやトラヴェルソなどにこだわるのか? 西欧の音楽だと、18世紀以前の音楽か、むしろ20世紀以降のほうが相性がよかった。社会人になってしばらくすると、オーケストラのほうをやめてしまったくらい。
18世紀後半、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンが中核となった古典派音楽。彼らは古典派の熟成期であり、ベートーヴェンなどは19世紀のロマン派を呼び出した人。彼ら以前の音楽を「古楽」とまとめて呼ぶ。
古楽とはいえ、17〜18世紀のバロック音楽、それ以前のルネッサンス音楽と中世音楽がある。それも実は曖昧すぎる分類で、都市国家ごとに様々な発展があり…とヨーロッパの音の源を遡って行く。すると、現代の西欧音楽に流れ込んだ楽器や文化には、十字軍のもたらしたイスラム文化圏の音があった。たとえば、18世紀まで存在した撥弦楽器リュートは、アラブ圏のウードと同根である、など。
その気持ちは「なんでこんなに懐かしいのだろうか」である。日本人なのに、なんでこんなにヨーロッパの音が好きなんだろうか。また、西欧の人と一緒にやれば、呼吸やフレーズの自然さで、かないっこないのに、なんでこんなにやってみたくなるんだろうか。

ウードは中央アジアからシルクロードを経て中国に渡り、唐を経て日本に琵琶としてもたらされた。概念として、それは知ってはいた。
けれど、数年前に生の雅楽を聴いた時の衝撃。自分がいかに頭でっかちだったかを思い知らされたものだった。日本人は6〜7世紀あたりにこの音に出会い、二百年近い歳月を経て(遣唐使廃止などもあって)自家薬籠中のものとした。西洋音楽が入ってきて、根付いていった明治以来の百年。それ以前に、唐などを通じて多くのことを感じ、そして保存してきたものが雅楽だった。

実際、春の双調を耳にすると、青い色が思い浮かぶ(春は五行で木、色なら青)。最初は京都の東山を連想した。奈良の土を踏んで、もっとぴたりとくる場所があった。あおによし奈良。
身体が知っていると思った、生まれて初めての経験だったように思う。

ピタゴラス調律と、三分損益法という調律の共通点。また、教会旋法と、雅楽の調子の、似ている点と異なる点。その他、自分を揺り動かすルーツが垣間見えてきた気がしている。同時に、なんで19世紀の音の相性が悪く感じられたかにも思い至るようになり、むしろ以前より楽しめるようになってきた。
そんな経験をすれば、やはり習い出す。私はやってみなければ気が済まないのだ。音の聞こえ方や感じ方も、少しずつ変化してきているのかもしれない。折に触れてまた、音楽の事も書いていこう。

[付記]
sendaさんのブログtopazの「子供と雅楽を楽しむ会」にトラックバックいたしました。(2005.05.05)

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