経済・政治・国際

2011.08.11

かの国の暴動に思う

ロンドンの暴動はかつてない状況になっているようだ。
現在はインターネット経由で現地の方々の声が届く。

TwitterのMayRomaさんのつぶやきをまとめたブログ記事、英国在住の作家、入江敦彦さんのつぶやきのTogetterまとめイギリス、ギャングによる暴動のbcxxxさんのつぶやきというTogetterまとめなどがある。
(そして、リアルタイムでどんどん更新されつつある。)

どうもこれまでの英国での暴動とは違い、どこか無軌道な印象が伝わってくる。
そして、短い文字数でまとめなければならず、その中にどこか因果関係の考察を含めようとする新聞報道とは、印象もかなり異なる。
さらに、今回の件に関しては、たとえば「暴動を起こしたのは日本だったら、どのへんの層の人達に当たるか、そういう人達が何を背景にどんな行動をとったのか、日本ならどうか」という形で置換できる問題ではないようにみえる。

大英帝国以来の歴史的政治的経緯、福祉政策、それらを背景にした移民受け容れ、彼らの就労や社会的な状況、さらにこれ以上借金できなくなっている英国の現状、そうした様々な要因が複合した挙げ句、社会的な断層の割れが暴発という形で顕在化したこと。
また、すぐに有効な対策が出ないために初動が遅れて、とにかく警察が逮捕して廻っている現状。

そうして、英国の高い教育や福祉へのコストにより、移民や貧困層を受け容れつつ、かつての労働者階級が中間層に移行したような状態になることも想定していたが、相互にそうはいなかったという現実。

ただ、同じ国土の中で長らく暮らしていた人々の間の階層変化と、まったくよそからやってきた生活習慣も文化も違う移民を受け容れる場合では、状況はかなり異なり、同じようにはいかないだろう。
日本の古代も、大陸や朝鮮半島・渤海などと人の交流や受け容れなどがあったはずで(規模や範囲は諸説あるようだが)、奈良に都があった頃はかなりきな臭い状態が続いていた。支配階級の権力争いだが、背景には支配階級の氏族の背景にある海外の支援や繋がりに関わる戦いもあったはず。それを経て、平城京から平安京遷都あたりにかけて、今の日本に近づいていった。

現在の日本は、経済格差による社会階層の分断、さらに中国やインドなどからの移住者(移民ではない)も少なくない。海外からの移住者達と、生活習慣の違いから、ゴミ出しのルールや暮らしぶりに関して、小さなトラブルが起きる話をちょくちょく耳にはする。
ロンドンがひとごとのようにはみえないが、かの国と同様のことが起きるわけでもないようにもみえる。少なくとも今は。
逆に、今のうちに考えておくこと、やっておくといいことは、結構多いのかもしれない。
それが何か、すぐに例示できるかは別にしても、何を当然と思うかが違う相手がいる場合、なぜそう思い考えるかを相互に知ろうとすることは、少なくともやっておいたほうがいい。そんな風には考える。話してもわからん相手、という言葉ばかりが横行しないくらいには。

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2011.02.17

エジプトの政変は革命か

断続的に注視していたエジプト。ついに民衆の声が軍や米国(といった後ろ盾)を動かして、ムバラク大統領を辞任に追い込んだ。(ニュースは山ほど流れているし、あえてリンクははらない。)
デモで血は流れた。それは悲しいことだが、様々な人々が「今のままでは埒があかない!」と声をあげ、軍は民衆に銃口を向けず、強権独裁政治を終わらせようという点で一致した。
その後は軍が臨時に管理機能を掌握したが、民主的な憲法を定める移行期間に限定し、新憲法が動き出したら権限を握らない、これまでの国際条約も遵守する、とも明言した。

エジプトに向かけた米国(エジプト軍への支援国である)のメッセージはふらつき、後手にまわったが、現在のところ最悪の事態は免れているとみているのだろう、落ち着いてはきた。

今回の政治体制変更は、大統領辞任後の絵図がないこと、運動には背景となる思想や方向性が一致していないことから、これはいわゆる革命ではない、という声もある。
ただ、これまで声を汲まれにくかった若者らが、ネットを軸に開放的な連携を示し、それに市民が賛同して、自分達に可能なことをやることで、政治体制に声を届けたということは、革命的な事態と呼びたくなる。
それに、今後のシナリオをきちんと考えて着実にやれる保証がなければ進まない、などとしていたら、変更可能なことも変えられなくなる。

今後の推移によっては、このような陽性の革命が継続しなくなる可能性もあるが、今回のように「これさえ押さえてくれれば合意出来る」というポイントを見出しつつ前へ進み続ければ、新しい政治体制変更の例として、歴史に刻まれるのではないか。

日本では、やはり「このままでは埒があかない」と、選挙で政権党を交替させた。その結果は、前と同じか、それ以上に迷走している。
エジプトでも似たようなことが起きるのかもしれないが、それでも若者が声をあげたあの国は、間違ったらまたやり直せばいいという陽気さがありそうにみえる。
日本でも、皆がもっと陽気に、気軽に、試行錯誤してみればいいだけなのかもしれないね。

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2008.11.06

クリアな空、米国の新大統領

4日の夕刻、ふと空を見上げると、月が木星を追い越していったところ。
西の消えゆく紅の上には、暖かい光の金星。

数日前は月と金星の合だった。
月ってやっぱり速く動くんだなぁ。
というより、秋らしいクリアな空だな。
こういうものをふと見た時、なんだか得した気分になる。

翌日、今日は少し潤んでいるかな、と思っていると。
米国大統領選挙では下馬評通り、オバマが次期大統領に選出された。
ブッシュ vs. ゴアの時より、くっきり出た結果。
勝利宣言の演説は、困難に立ち向かうためにこそ、希望を持って参加しよう、と伝えるものだった。

ボランティア活動、インターネットを通じた個人の小口献金、特定のレッテルを避けつつ自らの立場を静かに語る姿などを総合してみると、インターネットを生んだアメリカ合衆国が、最初に選択したインターネット世代の政治家に見えてくる。
米国は選挙でもインターネットを活用しているという話題がよく出てきたが、ツールとしての活用ではなく、インターネットの精神(分散型ネットワークによる危機分散、オープンかつ多様なソフトウェアの共存)を具現化した姿は、これまで見られなかった。オバマはおそらく大国で最初の、インターネット世代的政治家ではないか。
(インターネット世代というと、インターネットを高校生〜大学生で経験した1970年代生まれに焦点が当たるが、1950年代後半〜1960年代生まれがその普及に当たり、後続の世代に可能性を開示した。)

これが最良の選択かどうかは別にしても、もっとも影響力のある国が、変化を選択した。
期待が集まった分、オバマの政策、言説や行動へのハードルは非常に高いものになるが、それでも変化を選んだことが、歴史に残る瞬間であることは間違いない。

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2007.11.10

さる人、ねぇ…

民主党党首小沢氏の辞任騒動は結局のところ、元の鞘に収まることで決着を見た。
小沢氏と意見が合わないにも関わらず、党首を交替させるわけにもいかない状況であるのは、民主党にとっても小沢氏にとっても、まぁ情けない結果ではある。
むしろ話題になっているのは「さる人」が福田首相と小沢民主党党首との間を取り持って会談が実現したこと、その際に連立の話題も上がっていたらしいこと、さる人は読売新聞社の渡邉恒雄氏ということ、中曽根氏、森氏らも動いていたこと、など。

辞任会見をやったから小沢氏のことが話題に上りがちだが。
男を下げたのは小沢氏だけでなく、福田氏も同様なのではないかな。
連立を許した場合、国会運営の主導権に首相周辺以外の強力なファクターが加わり、求心力は必要以上に低下する。もちろんそうなったとしても、結果的に法案がサクサク通れば、福田首相の点数にはなるわけだが、連立したからといって、そうなる保証もないだろう…いや、民主党だ、あり得るか(苦笑)。

***

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2007.11.05

やっぱり辞める意味が見えにくい

週末、4日の日曜日にいきなり発表、大騒ぎになった小沢民主党代表の辞意。
民主党幹部は慰留の方向でまだ動いている。事前の党首会談についても、辞意会見で述べた小沢代表の言い分と、福田首相の言い分とは異なっている。
小沢氏は、かねてからやろうとしていたことを、実行する機会がやってきたと思ってるのか、と憶測したくなってくる。

小選挙区制は当時自民党幹部だった小沢が力を入れた制度であり、かねてから二大政党にして、政権をとったりとられたりするのが健全で望ましいと発言していたこと。実際、自民党を離党して、細川内閣誕生に動いたこと。その後の動きも、連立と解消を行ってきたこと。

今回は民主党で、党首として参議院に臨み、過半数を押さえてからの行動だ。
自民・民主の大連立によって、大きなシャッフルの機会がやってくる。そこで政策を軸に人を分け、今度こそ二大政党体勢に至らしめる。これにテコにして、長らく続く「政権担当は一党」体勢を、政権交替可能な状況に落とし込む。現段階で選挙による二大政党は難しいから、これが一番確実。
そんなことを考えているようにも見える…が、今現在、そういうことが可能だと本気で考えているようにも見えないし。
状況を作り出そうとして失敗したのか、単に一党員として選挙に邁進することを考えていたのか。どっちにしろ、なんだかなぁ。

小泉氏の場合は、びっくりするほど高い支持率を背景に、本人が前に出て政局を作り出したけど(その是非を今は問うまい)。
小沢氏はそもそも、そういうことをする気があるかどうかも、よくわからん(たぶんないだろう)。
今後の動きを見ないとなんともいえんが、小沢氏の動き方は民主党とあまり相性がよくないのだ、なんて当たり前の結果で終わったら、それこそ泣けてくるぞ。そんなことはわかった上で、票を投じた人だって多いはずだし。

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2007.07.31

日本国は単なる会社じゃありません

前のエントリー「忘れ難き日だろう」の最後に、日本の戦後政治のメインストリームとして自民党や社会党、共産党などに少し触れ、メインとなる選択肢やオルタナティヴということを話題にした。
過去についての話だから、こうした枠組みに触れるわけだが、これからのことを考えれば違う話題に転ずることになる。

***

党というのは、イデオロギーや政治経済の方向を共にする人間が集まり、そこから導き出される政策を実現するための組織だ。党が複数あり、さらに巨大な政党は内部に派閥があり、それぞれが政策のパッケージを示す。有権者はそれを選挙で選択する。
しかし、実際のところ、有権者の本音は「地域振興策はこの政策がいいけど、選挙制度はあれがよくて、税制はまた…」という具合に、一つの政党が示すパッケージだけで満足しないケースも多い。
それでも、経済成長と豊かさの享受が大きな目標だった1980年あたりまでは、政党のパッケージ政策を選ぶことでどうにかなってきた。より便利で豊かに、が暗黙の了承だったので、どこがそれをもたらすかを目安に出来たからだ。
ある程度の豊かさが行き渡り始めたのと、無党派層が拡大していったのが時期を同じくしている。現在重点を置いてほしい政策に対して、自分に合いそうな候補者を選ぶ、それがなければ仕方なく希望に近そうな政党を選ぶ。だから、時々大きく票が動く。以前は自民党から社民党へ、今回は自民党から民主党へ。

パッケージ選択の方法に関しては、結婚式の変遷が参考になるのかもしれない。
以前は、ホテルや結婚式場の示すパッケージがあり、式のランクに応じて料理も式次第もある程度決まっている。ランクの高い=料金の高い式は、料理もドレスも会場も引き出物もみんな高い。安い式はその逆。そこにオプションの希望を少し盛り込んで、あとは半ばオートマティックに動く。
それが、パッケージは一応あっても、料理はお金をかけるが、ドレスはシンプル、引き出物は簡素で邪魔にならないもの、といった具合に選択可能になっていく。会場も洋館貸し切りなどバリエーションが豊富。
おそらく、政策もそんな風に選びたい、と思っているのが、無党派層なんじゃないか。

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忘れ難き日だろう

先日のエントリー「二人の永眠」は、他の方にとってみれば「臨床心理学の巨人と、お前のばあさんとの日を並べられても、だからどーしたってんだ」というところだ。

祖母は明るく柔らかで、子や孫、ひ孫らを受け入れつつ、野放図にもしない何かがあった。威圧感などとは無縁でありながら、一族の中心となる立ち位置、ゼロポイントといっていいような何かをまとっていた。小さな家のことだが、ある種のカリスマ性と言っていいようなものを持っていたのかもしれない。
私が幼い頃まで経営していた旅館のおかみとしての働きがそうさせたのか、元々そんなところがあったから祖父を支えてともに旅館を経営できたのか、それはなんとも言えないが。

入院してから、何かとても神々しいような、厳かな瞬間が時折あり、生の不思議を思った。そんな時、ほとんど同時に河合隼雄氏の訃報にも接した。
河合氏は日本のユング派臨床心理の紹介者、箱庭療法の創始者である。カリスマ性があったことは、私が触れるまでもない。
同じ日に亡くなったことは、私個人にとって、何かの符牒のように感じられてならなかった…まぁ確かに他の方にとってはどうでもいいことかもしれん。

***

7/29、参議院選で自民党(および公明党)が記録的大敗を喫し、初めて自民党が参院第1党から転げ落ちた後、作家の小田実氏の訃報が流れた。享年75歳。

・アサヒ・コムの記事(7/30)

・YOMIURI ONLINEの記事(出版トピックより、7/30)

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2007.04.09

都知事、交替なしか

4/8は、統一地方選挙だった(4/22に後半がある)。
現在4/9に入って少し経ったところだが、現職知事がすべて当選する結果となった。

アサヒ・コムの記事(4/9)

YOMIURI ONLINEの記事(4/9)

東京に住んでいるから、都知事なんだが。
悪夢のような選択肢から選ばなければならなかった、といったら言い過ぎっすかね。
実感なんすけど。
しかもというか、やっぱりというか、替わらず、ですか。

積極的に支持したが多かったにせよ、消極的に「他に魅力がない」「替える理由がない」と投票した人が多かったにせよ、当選は当選。
今回の結果というより、都民のマジョリティが石原を支持する理由って、なんなんだ。

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